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220話 「カレー作るよ」

照り焼きを皆に食わせる事に成功した翌日、加賀は手に袋を持ちバクスの燻製小屋を訪ねていた。

バクスは丁度燻製に使う香辛料の調合を行っている所であり、普段見せない張り詰めた表情で測りの針を見つめていた。

今声を掛けるのは良くないと思った加賀はバクスの調合が終わるか、向こうが加賀に気が付くまで待つことにした様だ。

時間にして数分後、香辛料の重さをはかり終えたバクスが軽く息を吐いて顔を上げ、入り口付近にいた加賀に気が付き声をかける。


「む、加賀か。どうした?」


「バクスさん石臼借りていいー?」


「おうよ」


どうしたと尋ねるバクスに予備の石臼を指さし借りて良いか尋ねる加賀。

バクスは使い慣れた石臼を使っているため予備を使う事はまずない、あっさりと許可が下りたので加賀は機嫌良さそうに石臼を棚から取り出す。


「……初めて嗅ぐ匂い。加賀もしかして新しい香辛料も手に入れたのか?」


加賀が近くを通ったとき微かにバクスの鼻が動く。

手に持った袋から香辛料の匂いを嗅ぎ取ったのである。


「そーでっす。また新しいメニュー増えちゃう、やったね」


「テンション……あーっと、すまんが……その」


妙にテンションの高い加賀にちょっと引きつつも袋から目を離さないバクス。

加賀に何かを言いかけて、ためらう様子を見せる。


「もちろんバクスさんにもおすそ分けー。はいこれ分けておきました。こっちで一度に使う分は確保したんで後はご自由にどぞー」


加賀とバクスの付き合いもそれなりの長さになってきた、加賀はバクスの言いたいことを察して……と言うよりは元々予想していたので手に持っていた袋をバクスへと手渡す。

袋の中身はバクス様に分けておいた香辛料達である。


「すまんな助かる。……これでまた新たなステージに行ける」


(……今更だけどすっごいめり込み様だよねー)


あまり人様に見せてはいけない様な笑みを浮かべ袋を大事そうに抱えるバクス。

加賀は石臼を抱えバクスに軽く会釈をしそそくさと退散するのであった。



ゴリゴリと音を立てて香辛料用の石臼によって様々な香辛料がすり潰されて行く。

その種類は多く10種類は優に超えているだろう、その様子をアイネが目をぱちくりさせながら見ている。


「これ、全部使うの? すごい種類ね」


「すごいっしょー。ボクも八木も大好きな料理だから期待しててー」


アイネに答える加賀はとても楽し気である、なにせ作っているのはカレーである。

八木はもちろん加賀も大好物であり、それを久しぶり食べれると思えば機嫌も良くなるだろう。

ふんふーんと無駄にうまい鼻歌交じりに石臼に新たな香辛料を放り込むとすりこぎでゴリゴリしていく。

そして残りの香辛料もあと少しとなった所で加賀はぴたっと手を止め、ぐりっとアイネの方へと顔を向ける。


「あ、でも香辛料いっぱいでちっと辛いから慣れないときついかも……? 甘口にしよ」


「私は辛いの平気だけど……そうね、他の人はどうか分からないものね、それが良いと思う」


自分たちは平気でも他の人はどうか分からない、実際宿では辛い料理というのはせいぜい胡椒やマスタード程度である。呼称は風味付け程度で、マスタードは各自が量を調整できるし付ける付けないも自由だ。カレーの様に全て辛いという料理は出したことがない。

加賀はアイネの意見も聞いて、すり潰した香辛料を混ぜる際に唐辛子系の量は減らしておく事にした様である。



香辛料の調合も終わり、加賀はフライパンを熱すると中にに何かを放り込んだ。

途端に辺りに非常に刺激的な香りが漂う。


「やばい、この匂いやばい……あぁ~」


そしてその強い香りは厨房だけではなく食堂、そして宿中の部屋や外へも漂っていく。

部屋で待機していた八木にもその香りは届いた様で、匂いに誘われふらふらと厨房まで行きその扉から中を覗き込む。


「八木うるさい、まだ出来るまで暫く掛かるから大人しく待ってなさーい」


「……あとどれぐらい?」


大人しく待っていろと言われても今もフライパンを揺するたびに抵抗し難い香りが八木の鼻をがっつり刺激してくる。

八木はフライパンをじっと見つめたままどれぐらい掛かるか加賀に尋ねる。


「2時間かな、煮込んだりしないとだし」


「うそやん。この匂いを嗅ぎながら2時間待つなんてそれなんて拷問。加賀の鬼っ悪魔っ」


八木の問いに少し考え指を2本立て答える加賀。

八木は絶望に打ちひしがれた様に両ひざをつき、顔を手で押さえながら泣きわめく。


「もー……ほらそこにおやつ用意してあるからそれでも食べてなよ。カレー味だよ」


「まじでっ!? 加賀様ありがとうございますぅぅうっ」


どうせ我慢できなくなるだろうと予想してた加賀は八木様におやつを用意してた様である。

皿に盛られたカレーの良い匂いを発するお菓子を抱えた八木は先ほどまでの様子が嘘のように大はしゃぎで厨房を出て行く。そしてうーちゃんだめえと食堂から悲鳴が聞こえてくる。


「あれってさっき揚げてた餅だよね」


「うん、年末の余ったカチカチのやつ。揚げて塩とカレー粉ちょびっと掛けといた」


まったくもうと呟く加賀に先ほど八木が持っていたお菓子について尋ねるアイネ。

あのお菓子は前に作ったお餅のあまりを揚げてかき揚げにしたものである。

まだ残っていたのを忘れていた加賀がここ数日のお米の件で思い出し、急遽お菓子に仕立てのである。


「なるほど……」


「気になるー?」


カレー味のお菓子と言う者に興味惹かれたのかじっと食堂を見つめるアイネ。

それに対し食べてきなよと言う加賀にアイネは軽く首を横に振ると口を開いた。


「ん、私はご飯までがまんする」


「そう? 遠慮しなくてもいいのにー」


明らかに興味は惹かれている様子であるのにがまんすると言うアイネに対し首をかしげる加賀。


「だって、お腹空いている方が美味しく感じるもの」


「ん、確かにその通り。んじゃボクらはご飯まで我慢だねー」


数年ぶりに食べる加賀と初めて食べるアイネ。

二人とも出来ればより美味しく感じられる状態で食べたい、その思いは同じである。カレーを仕上げるべく二人は作業へと戻るのであった。


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