206話 「閑話 夏の過ごし方4」
夕方になるにつれてダンジョンへ行っていた探索者達がちらほら宿へと戻ってくる。
「あっちぃ……ん? ……んんんっ!?」
宿の敷地に入りすぐそこにある玄関をくぐれば冷房の効いた天国が待っている。
その期待から伏し目がちだった視線を上げれば視界の端に入る異様に大きな穴。
最初は暑さで頭でもやられたのかと目をこするなり、頭を振るなりするがやはりその穴は錯覚ではないと目の前の光景がひしひしと訴えかけてくる。
「何ですか? そんな所で立ち止まっては迷惑でしょう。後ろがつか……え……は?」
後ろから来た者もまた同様にその異様な光景に目を奪われ、その場に立ち尽くしてしまう。
「はー? なんだこれ……」
「えぇー……ってまたあの二人の内どっちかでしょ? いいから中入ろうよー! 涼んで後で聞けばいいじゃんー」
「そうだな、いい加減べっとべとで気持ちが悪い……風呂入って楽な格好になりてえよ」
風呂に入りたい。
その意見には他の探索者も同意せざるをえない。
毒などの液体から体を保護するため全身をピッタリと覆うスーツの様な物を鎧の下に着込んでいる探索者達であるが、はっきり言って夏は地獄である。
今すぐこの不快感から解放されたいと足早に宿へと向かうのであった。
「くはー……さっぱりさっぱり」
「本当風呂は最高だぜ……」
風呂から上がった探索者達は体を拭き新しい服へと着替えていく。
そして着替えていると入る前は気が付かなかったが壁に何やら見慣れぬ張り紙があるのが目に入る。
「あん?」
「なんだこりゃ」
壁の張り紙の正体は加賀手書きのBBQ大会のお知らせであった。
それには大勢で何かを豪快に焼いて食べる姿や、プールに入り遊ぶ姿などが描かれている。
別に食事の際についでに伝えれば良いのではあるが、そこはちょっとこだわって見たようだ。
「えーと何々……暑気払いをしよう、来週BBQ大会をやります……BBQってこのなんかすげー肉焼いて食ってるやつだよな。てか絵が無駄にうめえ」
「プールもあるよ? この泳いでるやつ庭のあれか……だとしたらかなりでかいぞこれ」
「お酒もたっぷりね……良いんじゃないの? がっつり飲んで食って楽しもうぜって事だろ。んで暑くなったら泳げと」
男連中にはおおむね好評ではあるようだ。
巨大なお肉を描いておいたのが功を奏したのかも知れない。
「ねーねーソシエ。ここなんか張ってあるよ」
「本当だー気が付かなかったよ」
張り紙は男湯だけではなく女湯の脱衣所にもはってあるようだ。
内容は大体同じではあるが少し異なる点がある。
「これ、もしかして氷かな? アイスクリームでも作るのかなー?」
「んー、こっちはそうだね。でもこっちのは違うんじゃないかなー……たぶん氷削った奴果物の果汁でもかけたんだと思う」
「あ、いいね。夏には嬉しい食べものだよー……加賀っち冷たいデザートあまり作ってくれないんだよねー」
女性陣も甘味で上手い具合に興味を引けたようだ。
ちなみに加賀があまり冷たいデザートを作らないのは大量に食べてお腹壊すのを避けるためである。
過去に出したときは毎回数名腹を壊す者が出たので対策として極端に冷たいのは出さなくなったのだ。
「加賀ちゃん張り紙見たぜー。1週間後だよな、その日は休みにしとくな」
「正直暑さで参っていたんで助かりますよ。外のプール?も嬉しいですね、本当暑いと思わず水に飛び込みたくなるんですよね……」
食事時になり厨房に集まった探索者達は加賀を見付けるなり次々と声をかけていく。
いずれも張り紙をみた感想と参加する旨を伝える内容である。
「よかったー全員参加だ」
「ふふ、楽しみね」
全員参加と聞いてバンザイする加賀を見て嬉しそうに微笑むアイネ。
BBQであれば時間が掛かる料理を作っておいても、あとは各自で好きなものを焼いてとある程度作業を分担することが出来る。そうなれば普段は料理に掛かりっきりのアイネも加賀も皆と一緒にご飯を食べることが出来るだろう。
「そういやアイネさんて泳げるのー?」
「もちろん泳げるよ、溺れることもないし底に足が着けば平気」
「へー……それって底を歩いているだけじゃ」
加賀の指摘にアイネはふいと顔を横に逸らしてしまう。
どうも泳げないらしい……おそらく泳ぐような機会が無かったのかの知れない。元はかぴかぴの骨と皮であったアイネである。泳ぐとなるとふやけて酷いことになるのだろう。きっと本人も自重してたに違いない。
「それじゃあ、ボクが泳ぎ方教えるよー。せっかくプール出来るんだしー?」
「ん……それじゃお願いしようかな」
「おー、母ちゃんに頼んで水着用意してもらうねー」
もう既に30人以上の分の水着を発注した後である。今更ひとつ増えたとしても咲耶の負担も加賀の精神的ダメージもほとんど変わらないだろう。




