201話 「きなこが無いなら作れば良いじゃない」
ごりごりと何かをする音が厨房に響く。
厨房では甘い香りが漂っており、その香りの発生源であるオーブンから熱く熱せられた鉄板が引き出される。鉄板の上にはケーキによく使う丸い型が乗っていた。
「ん、よしよしちゃんと火通ってるね」
焼かれたケーキの生地に串を突き刺しちゃんと焼けているのを見て満足そうに頷く加賀。
「後は冷ましてクリーム塗って……蜂蜜漬けの果物乗っけて……」
ごりごりと何かをする音が厨房に響く。
音の発生源はオーブンではない、生クリームを泡立て始めた加賀からでもない。それは厨房の椅子にちょこんと座るデーモンの手元から響いていた。
「ごめんねデーモンさん。ちょっと手が空いてる人がいなくてねー」
否定するように首を軽く振るデーモン。彼の手元では炒った大豆がすりこぎによってきなこへと変わっていく。なぜデーモンがそのような事をしているかと言うと、それは昨晩の八木の発言が原因である。
「このさー、鬼まんじゅうとサツマイモの餅たべたい」
サツマイモが届いた日の夜、八木はせっかくだからとサツマイモを使ったレシピを探し加賀へとおねだりしていた。
「んあー……鬼まんじゅうはいいよ。サツマイモのお餅はきなこが無いかなー」
レシピをちらっと見て一つは許可、もう一つは却下する加賀。
「えー……こっちも食べたぁい、きなこ作ってよー」
「大豆あるから作れなくは無いけど粉にするのめんど……手間だからなあ」
食べたいとごねる八木にきなこを作るのが手間だからなーと渋る加賀。
八木はこのままでは食べれないと考え、あることを思いついた。
「……デーモンさんにやってもらうとか」
「ん……いいのかな? お礼にケーキとか用意すればやってくれるかな……」
その様なやりとりが二人の間になり今朝になって試しデーモンへと話してみた結果ワンホールのケーキと引き換えにきなこ作成の依頼に成功したのである。
「アイネさんはどー?」
「もう少しで混ぜ終わるよ」
ちなみにアイネは蒸したサツマイモと餅を混ぜる作業をやっている。
加賀はすでに鬼まんじゅうは作成し終わり、デーモン用のケーキを作成している所である。
「できました」
「お、ありがとー。ケーキはもう少しで完成だよー冷蔵庫に入れておいて後で食べる? それともすぐ食べちゃう?」
「あとでお願いします」
了解と言ってきなこを受け取ってケーキに最後の飾りつけをしていく。とは言っても本職ではないのであくまで簡単なものではあるが。
ケーキの飾り付けが終わった後はきなこに砂糖を混ぜて行く、サツマイモの甘みが少ない品種のため割と多めである。
「できたできた……へへ、1個だけ味見しちゃお」
うー(いっこおくれー)
きなこをまぶした芋餅をつまみ上げぱくりと食べる。
出来るだけきなこをこぼさない様にした為、口の中は餅でいっぱいである。
「んー」
うー(こぼれたー)
口が餅でいっぱいなので喋れないが、しょーがないなあといった表情を浮かべうーちゃんの毛皮についたきなこをぽんぽんと軽くはらってあげる加賀。
「かなり柔く仕上がったね」
「……うん、サツマイモが多めだからかな? 冷えても固くなり難いそうだよ」
アイネの評価も悪くないようだ、一つ食べ終えると満足そうにぺろりと唇についたきなこを舐めとる。
「それじゃ持っていきましょうか。皆待ってる」
厨房では例によって新作のお菓子が提供されると聞いた探索者達、それに八木に咲耶、バクス達がすでに席について待ち構えていた。
さらに準備のいいことに八木と咲耶に至ってはおそらく緑茶を用意している。
「用意いいね。どしたのそれ?」
「ん、普通に発酵してないお茶ある?って聞いたら取り扱ってた」
「あ、そうなんだ……」
まさか普通に売っているとは思っていなかった加賀は軽くショックを受けた様子である。
紅茶などはあるのだしダメ元で聞いてみれば良かったと後悔するが、それはともかく今はせっかくの緑茶を楽しもう。そう考えお菓子を置き自分も椅子に腰かける。
「この周りの粉は何でしょう……もしかして豆ですか?」
「あ、味はともかく水分が……お茶をくれい」
「うんめうんめ」
食いなれた者は別としてきなこもまた独特な食べ物ではある、水分が奪われる感じが苦手というものが多少なりともいるようだ。
「こっちは生地がすっごいもちっとしてるねー」
「きなこあったのねえ……」
「大豆炒って粉にするだけだしね。大豆自体はあったからさー」
久しぶりに食べたきなこが嬉しかったのか、何時になく笑顔を浮かべお菓子を頬張る咲耶。
お茶を飲んでほっと一息つくと加賀へ話しかける。
「ちょっと味違うけど緑茶も久しぶり……そうそう、きなこってまだ余ってるのかしら」
「余ってるよー、いる?」
きなこはデーモンのがんばりにより大量生産が叶った。
もし無くなったとしても炒めてすればすぐ作れるので使っても問題ない。加賀はきなこがたっぷり入った器を見せ咲耶に手渡す。
「こんなにはいらないのだけどね……ほら、あれしようと思って?」
「あれ?」
「あれよあれ、ほら……牛乳に混ぜるやつ」
あー……と加賀と八木の口から声が同時にでる。
確かにそんなのあったなと、そういえば健康に良いからと咲耶が飲んでいたのを思い出す。
八木も加賀の家にいったさいに目撃してるのだろう。
「これを牛乳に……どうなるんだ? ふくらむのか?」
「ドロドロになりそう……」
きなこを受け取った咲耶はご機嫌だが、まわりはちょっと引き気味である。
いずれ宿できなこ牛乳がはやる日が……くるのだろうか。




