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177話 「宿の日常」

左手には真っ赤に熟れたリンゴを持ち、右手にはやや小ぶりな包丁が握られている。

時刻は昼を少し過ぎた頃、宿の厨房で加賀は黙々とリンゴの皮むきに精を出していた。


「…………」


慣れた手つきで剥かれたリンゴの皮は余分な実が付いておらず、途中で切れることなく続いていた。

皮は地面に届くかどうかと言う長さまでなっていたが、なぜか地面に向かって垂れるのではなく重力に逆らうように上へと伸びていた。


「皮おいしい?」


うー(わりといける)


皮の行き先はうーちゃんのふっくらとした口の中だ。

もひもひと口を動かしてはリンゴの皮を剥いた傍から食べていく。


「はい、リンゴ剥けたよ。こっちの皮は食べちゃダメだかんねー」


うーちゃんに剥いたリンゴを差し出し、剥いてとっておいた皮をすっと引っ込める。

えーといった表情を浮かべるうーちゃんであるが皮はこの後リンゴを煮る際に色づけに使う予定であり、これ以上食べられると困ってしまうのだ。


「ん、微妙にたらない……うーちゃんめ。仕方ない、半分は普通に煮よっと」


加賀が見てない間に置いておいた皮も食べられていたようだ。加賀は全てを一緒に煮るのを諦め半分は普通に、残り半分を皮と一緒に煮る事にする。


「パイにするほうは別に色ついてなくても良いしねー」


うー(りんごーりんごー)


煮られるリンゴを耳を揺らしながら眺めるうーちゃん。リンゴはうーちゃんの好物である、だが年中手に入るものでもない、今日は久しぶりにリンゴが手に入った事もありうーちゃんは今朝からご機嫌である。


「うーちゃんリンゴ好きねー、やっぱ最初に食べたからかな?」


うー(どじゃろ)


加賀の言葉に首をくいっと傾げるうーちゃん。


最初に食べたその印象も大きかったのだろうが、何よりリンゴの味や触感などを気に入っているだけなのかも知れない。


「いい感じで煮えたかなー」


うっ(ちょっとおくれー)


フォーク片手に鍋にとことこと寄ってくるうーちゃん。加賀は味見ぐらいなら良いかと思いそっと鍋から少し離れる。


「ん、どうするのかな?」


だが、うーちゃんの目的は少し違ったらしい。フォークで煮たリンゴを鍋からいくつか取ると今度はまな板の上へ置く、そして手には包丁を握っていた。


「刻むのね……」


包丁をとんとんとリズム良く動かすうーちゃん。鮮やかなピンク色に染まったリンゴは小さな角切りへと姿を変えていく。


うー(これにいれるー)


冷蔵庫から何か入った容器をとりだし、その中に角切りしたリンゴを入れる。


「なるほどー、ヨーグルトに入れるのね」


白いヨーグルトがわずかにピンク色にそまり、見た目もなかなか美しい美味しそうなデザートが出来上がった。


「……そういえばうーちゃん」


う?(う?)


美味しそうなヨーグルトも気になるが、加賀の視線がヨーグルトではなく包丁へと注がれていた。


「どうやって包丁もってるの……?」


前々から疑問に思っていた事であるが、うーちゃんは包丁を持つとき決して握ってはいない。こう磁石か何かでくっつくようにうーちゃんの手に包丁がぴたっとくっついているのだ。


うー(こーやって)


「うんうん」


加賀の問いに答えるべく包丁の塚へと手を置くうーちゃん。加賀はその様子をじっくり見ながら頷いている。


うー(こう)


「うん……?」


結論から言うとじっくり見せてもらってもさっぱり分からなかった。

加賀はこれはこういうものなんだと自分を納得させとりあえずおやつを食べる事にしたようである。

パイは夜用として昼間のおやつはリンゴ入りのヨーグルトにしたらしくたっぷりとヨーグルトの入った容器と取り皿をもって食堂へと向かう。


「お、今日のおやつはなーにー?」


「何やらヨーグルトに……加賀さん、これなんです?」


食堂には先客がいた。

アイネや咲耶は別としていずれも今日はダンジョン攻略をさぼった……ではなくお休みとした探索者達である、


「リンゴ煮たやつですよー、ヨーグルトには合うはず。あ、足らなかったら焼き菓子もあるんで言ってくださいなー」


「あ、これリンゴなんですかなんでまたこんな色に?」


色がピンクなのを不思議がる探索者に皮と一緒に煮たことを伝える加賀。

なるほどと感心した様子でとりあえずヨーグルトを食べ始める探索者達、いつもよりシンプルなおやつではあるがヨーグルトとリンゴの相性はとても良く、用意したヨーグルトはすぐになくなってしまう。

ヨーグルトが無くなったあとはアイネと加賀が焼いて常備してある焼き菓子を食べながら雑談を楽しむ皆。

宿の日常はこうして過ぎて行くのであった。


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