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143話 「薬にも毒にもなる」

テーブルに置かれた湯気の立ったコップ。

手に持って匂いを嗅がずともその甘い香りが部屋中に立ち込める。


「……おいし」


一口含めば口に広がるコクのある甘味に、苦み。その飲みなれた味に加賀の顔に自然と笑みが浮かぶ。



「おう、現実逃避は終わったか」


「…………はい」


八木のじとりとした目を見て珍しくしゅんとする加賀。

さすがに今回の出来事は加賀もまさかそうなるとは思っていなかったのである。

だがそうなってみれば加賀には一応心当たりがあったりする。


「……たぶんだけど、こうなったのに心当たりがある」


「ほう?」


心当たりがあると聞いて軽く首を傾げる八木、モヒカンを揺らめかせ加賀に先を促す。


「っ……今朝オルソンさん見たでしょ、たぶんそのせい。無意識のうちにあの髪形意識しちゃったんだと思う」


笑いを堪え、心当たりについて語る加賀。

今朝何気なくみてしまったオルソンの髪形と、その後のカルロの態度それらが心のどこかに残ってしまっていたのだ。


「それだけでこうなるのかよ……加賀、次は特に誰も意識しないでやってみてくれ、出来るか?」


「ん……やる。……でも無意識のはどうしようもないかも」


「いやそうなんだけどさ、俺らの髪形このままって訳にはいかないし……」


そう言ってちらちらと横目でカルロの様子を伺う八木。

さきほどガチ泣きしてたのを見ていただけに今彼がどんな状態なのか非常に気になっているのであった。

そしてその視線に気づいたのかふと、顔を上げるカルロ。


「私はこのままでも構いませんが」


「落ち着いて! カルロさん!」


1週回って割とその髪型を気に入ってしまったのか、このままで構わないと言い出すカルロ。

彼がおかしくなってしまったのだと思った八木は必死に止めにかかる。


「一応生えた訳ですし」


「それっ、違うから! 横のそれ禿げだから!!」


禿げと聞いてびくりと震えるカルロ。

そのまま頭を抱えうずくまってしまう。


「禁句だった!?」


「なかなかカオスだね……とりあえず次の作ってくるよ……」


カルロの肩を必死にゆする八木を置いて厨房へと向かう加賀。

何にせよ今の状態をなんとかするにはまた毛生え薬を作るしかない。

次は余計な事を考えないように……そう心に決めて加賀は調理を開始するのであった。



そしてお昼にはちょっと早い時間帯、食堂に再び集まった二人の前にスープの入った皿がことりと置かれる。


「ほい、できたよー。なるべく早いほうがいいだろうし、スープにしてみました」


「お、すまんな」


「……頂きます」


加賀が無心で作ったスープをもくもくと啜る二人。

その後はすぐ自室に戻り薬の効果が表れるまでそのままと言う事になった。

そしてこの日を境に彼らの地獄の様な日々がはじまる。



「……どこぞの野菜王子かな?」


「Mッ禿げえぇぇぇええっ!?」


どうも無心で作った場合、加賀が見た中で印象に残った人物の髪形になる事が判明する。

故に結果のほうは中々悲惨な事となる。それでも次にかけ二人は加賀の作った料理を食べ続けた。


ある日はユ〇様であったり。


「またモヒカン!?」


「あー……予想外すぎて印象に残ってるのよね」


ゴ〇さんの時もあり。


「天井届いてるんですけど……」


「これでもういいんじゃ……いや、ダメだ反動で死にかねん」


ワ〇パ〇マ〇なんてこともあったりした。


「う、うわぁぁ……」


「ただの禿げじゃねーか!」




そして1週間が過ぎたころ遂に二人は元の髪形を取り戻す事に成功する。


「あー……本当うまくいってよかった。全部なくなったときは本当にどうしようかと思ったよ、もう」


八木はこの世界に降り立った頃と同じぐらいの長さに、そしてカルロは元の禿げ……ではなく、違和感ない程度にふさふさに仕上がっている。

どうやってこの状態戻したかと言うと実は簡単で、その人を目の前にして髪形を思い浮かべ魔力を込めるだけ。と言ったものであった。


「加賀殿、ありがとうございます……このご恩は一生忘れません!」


「俺もまあ助かったよ、伸び切るまで大分かかったろうしなあ」


加賀に涙を流しながら礼を言うカルロ。

恩は一生忘れないと言うのも割と本気なのだろう、彼は朝起きてからずっと笑顔のままである、それだけ嬉しかったのだ。

八木もすっかりもとに戻った髪を触り嬉しそうに笑顔を浮かべている、頭の中では次にエルザを連れて行くお店の事でも考えているのだろう。


「しかし、あれですな……今まで加賀殿の加護を恐ろしいと思った事はなかったですが……実にこの加護は恐ろしいものです。今回の事はまわりには決して吹聴しない方が良いかと」


「お、恐ろしいですか……? 確かに変な髪形にはなっちゃいましたけど……」


そこまで恐ろしいだろうかと尋ねる加賀にカルロは首を大げさに振ると加賀の問いに答えを返す。


「意識して魔力を込めただけであの効果なのです……もし仮に加賀殿が……そうですな、ヒューゴあたりに腹を立て、あのくそ野郎、禿げちまえ! と思って魔力を作って料理を作ったとしましょう……出来上がるのは脱毛剤です」


「うっわあ」


もしそんなことが起これば大惨事もいいところだ。対象がヒューゴだけならともかく、恐らく被害は宿の人全てになる。

加賀は今後普通に料理するときは意識して魔力を込める事はしないと心の中で誓うのであった。

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