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120話 「饅頭こわい」

「あら命、戻ってたの? その様子だと特に問題なかったみたいね」


食堂で3人がココアを楽しんでいると匂いに釣られたか、咲耶がやってきた。

食堂に入り加賀を見つけた咲耶、とりあえず元気そうなその姿を見て安心した表情を見せる。


「目当てのも手に入ったんだ、良かったじゃない」


「うん、とりあえず一通り手に入ったよ。ほい」


「ありがと。……やっぱ久しぶりに飲んだけど美味しいね」


加賀から受け取ったココアを飲み満足そうに頷く咲耶。

ふと顔を上げると自分をじっと見つめる加賀の視線に気が付く。


「? どしたの?」


「母ちゃん、一月ひたすらモデルやるのはいくら何でもきついと思うんだ」


「……」


責めるような加賀の言葉に咲耶自身も悪いことをしたと思っていたのだろう、そっと視線をそらす。

だがそらした視線の先には死んだ目をしたバクスがいる。


「分かってはね、いたのよ。でもこんな機会なんて早々ないし……てっきり断られるかと思ったけど、引き受けてもらえちゃったんでつい……ごめんなさい」


バクスに対し深々と頭を下げる咲耶。


「……まぁ、咲耶さんもたまには息抜きも必要でしょう。次何かある場合は事前に相談してください」


バクスの方としても本来なら複数名で回す仕事を咲耶一人でこなして貰っていると言う負い目がある。

次回からは相談を。それで取り合えずは手打ちとなったようである。


「ん、じゃあ。話もまとまった所で夕飯にしますかー。あ、今日はボクとアイネさんでやるんで二人は休んでてー」


「あぁ……すまないが頼んでもいいか?」


「ほいほい、まかせといてよー」


気が付けば日が傾き外は薄暗くなってきていた。

まだまだ疲れた様子のバクスに加賀は夕飯は自分たちで用意すると厨房へアイネと二人向かっていく。

一月ぶりに戻ってきた宿の厨房、日々バクスが掃除を欠かさなかったようで一月前と変わった様子は見られない。


「それで、何作るのかな?」


大量に購入した調理器具のいくつかを手に取り、使う前に洗いはじめる加賀を見て声をかけるアイネ。

手にした調理器具は帰る途中でも使用したあの蒸し器である。


「饅頭だよん。あ、もちろん具は前と変えるけどねー」


「そう、あれ美味しいものね」


ふかふかの生地を口に含むと中から熱々の具があふれ出る。

味はもちろんの事その触感や具があふれ出る感じがアイネは割と気に入っていたようだ。饅頭と聞いて少しうれし気な表情を見せる。


「具はお肉のとピザ……トマトソースとチーズ使ったやつとー……チョコ!」


「……なるほど、確かに合いそうね」


「実際人気商品だったんよー」


肉まんは元よりピザマンやチョコマン、どちらも変わり種ではあるがおいしく非常に人気があった商品だ。

加賀も冬になるとたまに買って食べていたりする。


チョコの方はアイネにまかせ、加賀は肉とピザの具を担当する。

幸いな事にトマトソースは冷凍していたものが残っていた。チーズはフォルセイリアの名産でもあるので宿にはまだたっぷりと在庫がある。


「夕飯が饅頭だけってのもあれかな……スープぐらいは作っておこ」


鶏ガラスープに卵を入れたシンプルなスープ、加賀はそこに香りづけにごま油を加え中華風に仕上げる。

バクスにごま油を使ったものを食わせるのは初であるが、アイネの反応からそう悪い反応はしないだろうとの判断だ。


「どうせならスープも中華風にしといたほう良いよねっと」


チョコとピザは……置いておき、メインが饅頭なのだからスープも中華風にとの考えのようだ。


「この香りあの油?」


「そそ」


「へぇ、スープにも使うんだね」


感心した様子を見せるアイネにそうだよ、と答え小皿にスープをよそいアイネに差し出す加賀。


「……本当に一気に風味変わるね、美味しい」


「ん、それじゃそろそろ持っていこうか」


美味しいと聞いて満足そうに頷くとスープを器によそい始める加賀。

アイネも蒸し器から蒸し上がった饅頭を取り出し皿に並べていく。


二人が料理を抱え食堂に戻るとそこではくつろいだ様子を見せる咲耶とバクスの姿があった。

それを見て少し安堵した加賀、笑顔で二人に料理が出来たことを伝える。


「こりゃまた変わった料理だな」


「そっか、蒸し器手に入れたのね」


手に取った饅頭を物珍しそうにしげしげと眺めるバクス。

咲耶は懐かしそうに饅頭を手に取り一口かじりその溢れる肉汁に驚き目を見開く。


「……出来立てだとこんな風になるのね」


「うまっ、これうまいな」


咲耶の言葉を聞いて自分もと饅頭にかぶりつくバクス。

味的にはかなり好みであったようだ、溢れる肉汁を物ともせず次々と胃におさめていく。

一つ目をあっさり食べ終わると次へ取り掛かり、そこでまた驚きの声を上げる。


「……中身違うのか! 溶けたチーズとトマトソースがやばいぐらい合うな」


「おいしいですよねー。あ、最後の1個は甘いやつなんで気を付けてー」


二つ目もぺろりと平らげたバクス。

最後のチョコマンへと手を伸ばす。


「見た目は他と変わらんのだがな、甘いということは……むお」


恐らく先ほど飲んだココアを使ったものだろう、そう予想を立てて饅頭へとかぶりついたバクスであるが、想像以上のチョコの濃厚さに思わず声を上げる。


「これは……うまい。冬とかたまらんだろうなこいつは」


全て平らげスープを飲むバクス。

最初は香りの違いい驚いたようだがこれも気にいったようですぐに器は空となる。


饅頭3個と言えば普通の人なら十分満足できる量ではある。

だがバクスにとっては物足りない、空になった皿を悲し気に見つめるバクス。


「おまたせー、第二弾でっきたよー」


だが、そんな事は加賀は想定済みだった訳で、追加の饅頭を笑顔を浮かべるバクスの前へと並べていくのであった。

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