117話 「暗い夜道には気を付けよう」
シグトリアの港町、その北門で陸船を前にうんうんと唸る人物がいた。
陸船の中は様々な荷物で埋め尽くされているが、足元にはまだいくつか荷物があるのが確認できる。
「厳しそう?」
「うーん……ちょっと重ねれるのは重ねて、それなら何とか」
うんうんと頭を悩ませているのを見かねて声をかけるアイネ。
加賀はアイネの言葉に答え一度入れた荷物を少し取り出し、今度は重ねる様に並べていく。
陸船の揺れで崩れない程度に重ねなければいけない為、単純にぽんぽんおいていけば良いと言う訳でもないようだ。
「こんなもんっかなー」
「お疲れ様。それじゃ早速出発しようか」
そう言って陸船に乗り込むアイネ、見送りに来た何人もの人に手を振りレバー引く。
広がった帆が風を受け少しづつ加速していく陸船、街から離れたところで全ての帆を開く。
ここからトゥラウニまで行きは3日ほど掛かった、だが帰りは荷物が満載なのと風が行きと同じぐらい吹くとは限らない。アイネはどうやら場合によっては夜間も走る腹積もりのようである。
「やっぱちょっと速度遅いね」
「積みすぎたかなー……でも置いていく訳には」
「どれも使うものね、しょうがないよ」
買ったものはいずれも便利なもの達ばかり。
毎日使うものではないが、いざと言うときは調理をするのにとても役立つ事だろう。
ここで全てを持ち帰らずフォルセイリアに戻ったら鍛冶屋に作ってもらうという手もある。だが今はダンジョン攻略組の需要によりとてもそこまで手をまわす余裕は鍛冶師には無い。
したがって多少遅くなろうが持って帰らないという選択は加賀には初めからなかったのだ。
「そろそろお昼休憩だね」
昼を過ぎ空腹を感じ始めた頃少し開けた場所に陸船を止めるアイネ。
道から少し離れた所まで陸船を曳いていき、固定しておく。
今日の昼はいつもと少し違うようで、加賀は手に入れた器具を実際使ってみるつもりらしい。
取り出したのは蒸し器であった。街を出る前に仕込んで、痛まないように氷と共に運んできたものを蒸し器にならべ火にかける。
少し大量の蒸気が蒸し器からあふれ出してくる。
「蒸気すごいね、これだけ高温なら火も通るか」
蒸気に手をかざし温度を見るアイネ。
どう考えても火傷しそうな行為ではあるが、当のアイネは熱がるそぶりは見せず手に付いた水滴をしげしげと眺めている。
「今日作るのは饅頭だけど……えーと、パンの一種みたいのね。他にもいろいろ使えるし欲しかったんだよねー」
「便利なのね」
「便利だよー、もうそろそろ出来たかなっと」
蒸しはじめてから結構な時間が経つ。
加賀はもう出来ただろうと判断し蓋をぱかっと開ける。その途端詰まっていた蒸気が一気にあふれ出し近くで見ていたアイネが驚きの声をあげる。
「それじゃー食べよっか。今日の魚介とお肉の饅頭だよ」
「生地がすごいふかふかになってるね」
饅頭を手に持ち生地を観察するように眺めるアイネ、やがて十分眺めたところでぱくりと饅頭を口にする。
途端あふれ出す肉汁、アイネが先に食べたのは肉を使った饅頭のようだ。なんとか肉汁をこぼさず一口目を無事食べ終える。
「おいしい……でも、この匂い何かしら。香ばしいような今まで嗅いだことない香り」
「ごま油だねー、ちょっと入れるだけで風味すごい変わるよね」
「……あのちょっとだけ入れた油のこと?」
「そうそう、あれだけで……ってあっつ!」
アイネが余りにも普通に饅頭を手にしていたので加賀も思わずむんずと饅頭を手に取ってしまう。
当然蒸したての饅頭はとても熱い、手の上で転がすようにしてなんとかやりすごそうとする加賀。
「おさかなの方もおいしいね、野菜も食感残ってて良い感じ」
熱くて手をぱたぱたしている加賀をよそにアイネは二個目の饅頭に取り掛かっていた。
魚介と野菜を合わせた少し変わり種の餡であるが、魚介のうまみがたっぷりでこれも十分おいしく仕上がっている。
「そうそう、加賀」
「あふ?」
「食べたままでいいよ。このペースだと三日で着きそうにないから夜も少し走ろうと思う」
「ん、わかったー……あれ、ライトとかついてたっけ」
ちらりと陸船に視線を向ける加賀。
どう見ても陸船にはライトの類がついていないように見えた。
「なくても見えるし」
「……なるほど」
さすがはノーライフキング。きっちり暗視機能も備わっているようである。
それならば良いかと承諾する加賀。暗い夜道を待ち明かりすらなく走る怖さも知らずに。
「まって、アイネさん。まってえええ」
案の定というかなんと言うか、真っ暗な夜道を結構な速度で走る陸船に足元や手元がまったく見えず、恐怖から思わず叫ぶ加賀。
「ちゃんと見えてるよ?」
「そ、そうじゃなくて。うっすらとしか見えなくてなんか怖いっ」
あいにく今日の夜は曇り空のようで月明かりがなく辺りは闇に包まれている。
周りがほぼ見えず、だが音と風から地面すれすれのところを高速で走っているのが分かる。もちろん椅子に座っているので落ちる事はないのだが……やはり怖いものは怖かったらしい。
「しょうがないなあ」
「え、あ、ちょっ」
加賀のシートベルトを外し加賀をひょいと持ち上げると自らの膝の上に乗せるアイネ。
「これで大丈夫?」
「……ハイ」
アイネの言葉にうつむき答える加賀。
どうやら行きに続いて帰りの道でもこの状態で過ごす事になるようだ。




