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マッチポンプ革命当日 前編

 城壁の外を、民衆が埋め尽くしている。

 右から左まで、見渡す限り、人、人、人。

 みっしりと詰まっているわけではなく、それなりにスペースは空いている。

 第一、そこまでこの街の人の数は多くない。

 だが、動員される限りの人が集まり、わあわあと壁の内側に向かい、怒号を張り上げていた。


「とうもろこし! とうもろこし! 焼きとうもろこし!」


「肉のパイ! 肉のパイ! 革命のお供に肉のパイ!」


「景気づけにはエールだ! エールを一杯やって城に突貫しよう!」


 道の脇には点々と屋台が並び、ここぞとばかりに周辺の店の亭主たちが声を張り上げて食べ物を売る。

 そりゃあもう、飛ぶように売れる。

 革命にはエネルギーが必要なのだ。

 そう、これは革命。

 ついにユーティリット王国、壁の外の住人たちが一斉に蜂起したのだ。


「あっ、これなんだ。超美味しい。パンにソーセージ挟んだの?」


 黒く艶やかなローブを着込んだ男が、屋台の店先で料理を貪っている。

 隣では、ピンク色のフード付き衣装の少女が、無言で料理に食らいつく。


「ああ。ソーセージサンドと言ってな。長いパンをスライスして、切れ目を作ってこのソーセージを挟むんだ」


「すげえ……! この上に乗ってる赤いソースうめえ」


「おいひい、おいひい……! お代わり!」


「俺もお代わりだ! メリッサ、俺たちはどうやら新しい時代の始まりに立ち会っているようだぞ!」


「おお、このソースが分かるかい!? こりゃ、トマトを煮詰めたペーストに、塩や砂糖を加えてその他隠し味に野菜を入れてだな……!」


「神の食べ物かよ……!!」


「おいひい、おいひい……!」


 屋台でソーセージサンドに感動する二人が、この革命の立役者の一員……いや一因であることは誰も気づかない。

 二人は猛烈な勢いで料理を食べつつ、これまた屋台側が提供している蜂蜜入りの水をガブガブ飲む。

 彼等にとっての最重要な案件は、目の前の食べ物をたらふく食べることなのであった。


「我々はーっ! ユーティリット王国解放戦線であーるっ! 我々はーっ! 王国に巣食う毒虫どもによってーっ! 国家が蝕まれていく現状をーっ! 憂えるものであーるっ!」


 拡声の魔法を使って、朗々と演説する一人の騎士。

 彼こそは、この革命を先導した組織、ユーティリット王国解放戦線……略してユ解戦線。これの旗頭である、騎士リチャードであった。


「今すぐ解散しなさい! 壁外で集会を行うことは認められていなーいっ!」


 城壁の上には兵士たちが集まり、民衆に向けて警告が行われる。

 対する返事は、民衆からの怒号である。

 ユーティリット王国は今、混乱の極みにあった。


「城壁の上にいる諸君!! 諸君は恥ずかしいと思わないのかーっ! 我らは国家に仕える者! では国家は一体何のためにあるのか! 即ち! 民衆の幸福のためである! だが今はどうか! 諸君も自らの胸に問いかけて欲しい! 今の! 魔物を受け入れる王国が! 本当に民衆の方を向いているのか!」


 そうだそうだ、とあちこちから声が上がる。

 城壁には、とうとう役職的にリチャードよりも高い、騎士団長クラスの壮年男性が登場する。


「騎士リチャード! 貴様、このままなら降格どころでは済まんぞ! 家を取り潰した上で、貴様は公開処刑だ! これは王国侮辱罪だぞ!!」


「私は一向に構わん!! この身は民衆に捧げると決めた!! 騎士と生まれたからには! 国家と人のために尽くすが義!! そして! 私がこの剣を向けるのは! 王国ではない!!」


 リチャードが叫びながら剣を抜く。

 その切っ先は、城壁に向けられていた。


「王国内部に巣食い! 善政を敷くでもなく! 自らの利益を得るためにきゅうきゅうとする官僚に向けられた剣である!!」


 うおおおおーっ!! 強烈な歓声が上がる。


「き、きさっ、貴様っ!! 言うに事欠いて……!!」


 騎士団長側からは具体的な反論は無い。

 みんな分かってはいるし、納得していないのである。

 だが、職務への忠実さと、壁内にいる家族の生活を人質に取られており、己の意見を表明することができないでいるだけなのだ。


「そして!! 我々には!! 王国を正すための正当な資格がある!」


「な、何いっ!?」


「レヴィア殿下、どうぞ!!」


 リチャードが指し示すと、彼の背後で屈強な男たちが腕を組み合わせ、筋肉の櫓を作り上げた。

 その上に、赤い衣装にオーダーメイドの胸部甲冑を着込んだ、金髪の乙女が上っていく。

 これを見た騎士団長の顔色が、蒼白になった。


「げえっ、レヴィア殿下……!?」


「もうだめだ……」


「城壁は破られたも同然だ……」


 城壁側の兵士、騎士たちの間に、絶望感が漂う。

 対して、革命を希求する市民たちは、大盛り上がりである。

 湧き上がるレヴィアコール。

 この美しき姫騎士は、間違いなく民衆たちの中で、シンボルとなるべき存在だった。

 当のレヴィアも、必死に嬉しさでニヤつきそうになる表情筋をコントロールしようとしている。


「見ろよ姫様の顔。超嬉しそう」


「ずっと姫様、お城では報われなかったもんね。でも時代が姫様に追いついた形だよね」


 ソーセージサンドでお腹を膨らませた、黒ローブとピンクフードの二人が、遠くからレヴィアを見てほっこりしている。


「おっ、いよいよ姫様の演説だぞ。絶対いらんこと言うぞ」


「うん、私もそう思うな」


 二人の観察どおり、レヴィアが大きく息を吸い、まず一言発する。


「魔物は敵である!! 魔王軍滅ぼすべし!!」


 拡声魔法で拡大されてはいるのだが、未拡大の状態でリチャードの拡大された声に匹敵する大音量である。

 近くにいた民衆がバタバタと倒れた。

 城壁までもが、振動でビリビリと震えている。

 兵士たちが何人か、腰を抜かしたようだ。


「私は第二王女レヴィアである!! 義によってこの戦いに参戦した!! 高級官僚どもでてこい!! 私と正々堂々勝負だ!!」


「姫様と一対一とか、絶対正々堂々じゃないだろ」


 苦笑しながらぼやくのは、支えの一人になっている大柄な男、ゼインである。

 彼の近くには、あと二人の仲間、革命における参謀の地位を手に入れた、神懸りのクリストファ。そして、マリエルがいる。


「ですが、姫様は大変見栄えがします。そしてこの状況……。絶対に、魔王軍は静観していないでしょう」


「わざと姫様に手を出させるということ?」


 マリエルの質問に、クリストファはニッコリと笑った。


「そのために、ウェスカーには周囲を歩きまわってもらっています。彼なら、何があっても姫様を守れますから」


「あら……。クリストファさんは、随分ウェスカーさんを信じているのですね?」


「ははは。私はこのような、表に自分を出さない気質なものですからね。だからこそ、彼のような表裏無い男を好ましく思います。ありていに言って、私は彼が大好きですからね」


「まあ」


 マリエルがニッコリ笑った。

 そして、視線をちらりと民衆の外に向ける。


「そろそろ来ますわね」


 マリエルは、魔力を感知する魔法を使っていたのだろう。

 彼女の言葉通り、それは突然飛来した。

 レヴィアを狙い、一本の矢が放たれたのである。

 それは彼女の背中側に突き刺さり……という寸前。


「ふんっ!」


 振り返ったレヴィアが掴み取った。


「げえっ!?」


 何者かが物陰で呻く。

 鏃には紫色の液体が塗られている。

 毒であろう。

 これを見たリチャード、目を見開き、次いで全身をわなわなと震わせた。


「暗殺だ!! 今この瞬間、レヴィア殿下を暗殺しようとした者がいる!! 卑劣なり王国!! 王国の官僚たち!! 手段を選ばず、王族に名を連ねるレヴィア殿下を!!」


 一瞬静まり返った民衆だったが、すぐに、うおおおおお!! と大いに盛り上がる。

 彼等は、振り上げた拳を振り下ろす大義名分を得たのである。

 これを見て、城壁にいた兵士の一人が身を乗り出した。


「ええい、もう構わん! レヴィア王女を殺せ!! この状況は危険すぎる! オペルク様がお戻りになられる前に国を落とされるなど、洒落にならんぞ!!」


 兵士の姿が見る見ると変わっていく。

 それは、人の倍近い体格を持つ、山羊の角と下半身をした、筋骨隆々の真っ赤な大男だ。


「ひえっ」


 隣りにいた騎士団長が腰を抜かした。

 大男の叫びに応じて、民衆の中から魔物に変身する者が現れる。

 民衆の怒号が悲鳴に変わった。

 その時である。


「ウェスカーさん、ゴー!!」


「うむ!!」


 シュゴゴゴゴゴッと空気を打つ音が響き渡る。

 真っ黒なローブを着込んだ男が、ピンクの衣装の少女を乗せて、空に舞い上がったのだ。


「何っ!?」


 近くにいた魔物が、驚いて彼を見上げる。


「エナジーボルトッ!!」


 男の目が光り輝いた。

 注がれる紫色の光線。


「ウグワーッ!?」


 憐れ、魔物は光線に打たれて叩き伏せられる。

 そこに群がり、棒や酒瓶で魔物を殴打する民衆である。


「出たぞ! あれは魔王様が最も警戒する、勇者パーティの大魔導だ!! あいつをねらウグワーッ!!」


「大魔導の首を取れ……ウグワーッ!!」


 ウェスカーの目から、指先から、耳から紫色の光線が放たれる。

 それは時たま民衆を巻き込みつつ、魔物たちを打ち倒していく。


「目から耳から魔法を……!! あの男、本当に人間か!? あんな非常識な奴は魔物にもいないぞ! ええい、俺が出る!!」


 城壁の上の赤い大男。

 壁を乗り越えてウェスカーへ指先を向けた。


「“魔王よ! 我が手に宿る闇の一撃を……”」


「ボンゴレ!」


「フャン!」


 詠唱は最期まで行えなかった。

 ウェスカーの背に乗った少女が、抱きしめていた赤い猫を解き放ったのである。

 猫は一瞬で巨大なネコ科の肉食獣へと変化し、大男に真っ向から衝突した。


「うごおっ!? ア、アーマーレオパルドだと!?」


「フャーンッ!」


 驚きの叫びを上げながら、大男は城壁の内側へ吹き飛ばされていた。

 そこを目掛けて、ボンゴレと呼ばれた赤い肉食獣の尾が、幾つにも枝分かれしながらその先端を光らせる。

 放たれたのは、魔法の力を持つ光線だ。

 空中で避けることも叶わず、大男は全身に光線を浴びて燃え上がった。


「ウグワワーッ!!」


「よし、突入だ! ただし、略奪や暴力はいかんぞ!!」


 リチャードの叫びが響き渡るのであった。

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魔銃/獣使いの召喚士 ~ブラックな冒険者稼業からドロップアウトした俺、召喚の才能を得て、可愛いお姉さんと新天地で楽しくやっていく~
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世界観を同じくするお話です。
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