ユーティリットへ舵を取れ
「ふはっ」
俺はガバッと起き上がった。
「きゃーっ」
「きゃっ」
俺を覗き込んでいたらしきメリッサが、すてんと転げて大変な格好になり、マリエルは上品に悲鳴を上げた。
「おや? メリッサ、マリエル、どうしたんだ」
俺が首を傾げていると、ボンゴレが俺の膝に乗ってきた。
何やら腹をてしてしと肉球で打つ。
俺を見上げて何か訴えたげである。
これは、お前、俺を心配してたのか。
「フャン」
「おお……我が友よ」
訳が分からないなりに、ボンゴレと旧交を温めあっているところである。
そこで、真横からレヴィアの声がした。
「ぬうっ」
この人は目覚める時に、全く色っぽい声など出さずに臨戦態勢なボイスを発する。
「これはどういうことだ!?」
「どういうことも何も」
パンジャに背中を押されながら起き上がったメリッサが、体についた埃を払いつつ口を開く。
「二人とも、ずーっと気絶してたんだよ?」
「ええ。それに、お二人の魔力が低下していらっしゃるようだったので、どうしたものかと思案していたのです」
「気絶とな」
俺とレヴィアは顔を見合わせる。
「だとすると、俺たちが見たオエスツーは……夢ですかね?」
「そなたも同じ夢を見たのだろう? ならば、あれは夢ではない。事実だ。神懸りのクリスティーナも何か言っていたではないか」
「まあ、懐かしい名前を聴きました!」
マリエルが微笑みながら、手を合わせた。
「わたくしが千年ほど前、海の世界が封印されるより前に、仲の良かった神懸りの名前です。メリッサさんより少し大きいくらいの女の子だったでしょう?」
意外な所に顔見知りがいた……!
「ということは、間違いなくあれは事実ですね。これはまずいのではないか」
「ああ。こうしてはいられない!」
レヴィアはすぐさま起き上がろうとした。
「あっ、姫様。まだ魔力が手足に回りきっておりませんから、急に立ち上がると……」
「うわあっ」
姫騎士が俺の上どしーんっと倒れ込んできた。
すかさず受け止めた俺だったが、この手に当たる大ボリューム……。
これは役得であろう。
「おっぱい……じゃなくて姫様、大丈夫ですか?」
「ウェスカーさん正直すぎるよ!?」
メリッサの突っ込みはスルーさせてもらおう。
「むう……体が動かない……。ウェスカー、そなたは平気なのか?」
「なんか大丈夫みたいですね。姫様は俺が運んで行きますよ」
俺は彼女の体勢を変えて、いわゆるお姫様抱っこモードに持って行った。
「こ、こら! なんという体勢なのだ! 恥ずかしい!」
「うわーっ、手足に力が入らない割に暴れることはできるとは! 痛い痛い」
俺はレヴィアにぺちぺちやられながら、船に戻るのである。
ちなみにこの状況、マリエルの判断だと、体の中から一気に大量の魔力を失っていた状態から、急激に元に戻ろうとしているために魔力の循環が上手く行かず、結果として身動きができなくなっている、とのことだ。
「ウェスカーさんの回復が異常に早かった理由は、あなたが魔力を使いこなすスペシャリストだからでしょうね。わたくしが長い生の中で見てきた魔法使いでも、あなたほどの魔力の使い手は存在しませんから」
「なるほど。手足に魔力が通ってないなら、そこに押し込めばいいじゃんって俺は思うんだけどなー」
「それを意識して完全にコントロールできるというのが、既に非凡なのです」
「ちなみにマリエルはできる?」
「もちろんです」
マリエルのいつもは上品な顔が、今回ばかりはちょっとドヤ顔になった。
船で戻る最中にレヴィアが回復して、顔を赤くしながら俺をぺちぺち叩いてきた。
はっはっは、今は生命魔法で防御力を上げているから、痛くないぞ。
この人の場合、ぺちぺち一発が一般兵士が吹っ飛ぶ威力だったりするからな。
「なんだか……ちょっと仲良くなってる?」
メリッサがいやらしい笑みを浮かべた。
「なんて笑顔をするのだこの娘は」
俺は戦慄した。
「フャンフャン」
「あっ、ボンゴレお前まで」
そのような状況のまま、俺たちは蒸気船ハブーへと帰還する。
およそ半日が経過していたようで、船に残った者たちも心配していたようだ。
「今にもほこらが爆発するんじゃないかと思ってたぜ……。絶対お前らならやるだろ」
「ゼインの心配が的確すぎて同意しかできませんね」
ゼインとクリストファが出迎えざまにそんな事を言う。
アナベルは大変心配していたようで、俺の姿を見ると涙目になっていたわけである。
だが、何やらレヴィアを見て俺を見て、難しい顔になった。
「くっ……」
なぜ悔しそうなんだ。
「デリカシーがない……」
なんで俺を鋭く睨むのだメリッサ。
「あらあらまあまあ」
マリエルはいつも通りだな。
「みんな聞いてくれ。とりあえずその生暖かい視線やめろ。で、俺たちはなんかぶっ倒れて、オエスツー王国に行ってたんだが」
「露骨に話を逸してきたような気がするが……マリエルが頷いているから事実なんだろうな」
ゼインが、マリエルの反応で俺の話の真偽を見極めている。
「まあ、そこでシュテルンがいてな。あと俺と姫様が戦った女魔導師がいてな」
「オエスツー王国に、魔王軍が再び集まり始めているということですか……」
クリストファが真面目な顔になる。俺とレヴィアを茶化している場合ではないと思ったのだろう。
ここで、完全に平常モードになった姫騎士が口を開く。
「状況はもっと悪いぞ。どうやら、魔王軍はユーティリット王国と手を結んだようだ」
レヴィアは操舵室へと歩みを進めながら説明を始める。
「我が国のあの官僚たちが、魔王軍に言いくるめられたのだろう。思えば、私の結婚騒ぎの時も奴らは一枚噛んでいたような……。ぬぬぬ……後で全員ぶちのめしてくれる」
「姫様に殴られたらハンバーグになっちゃう」
俺はとりあえずレヴィアをなだめる。
「ってことで、船の行き先は戻ることにするんだがいいかい? この先にある、大きな山がある島にはまた今度ということで」
「俺は構わんぜ! ただでさえマクベロンにいられない俺が、ユーティリット王国まで帰れない国になっちまったらもう根無し草になっちまうからな! 流石にそこは死んだ姉ちゃんにも申し訳が立たん」
我が叔父さんたるゼインは賛成。
マリエルもニコニコしながら頷いているので賛成。
「私もそれがいいと思うな。だって、王国が変になっちゃったら、せっかく平和になったエフエクス村がまた危険に晒されちゃうでしょ? そんなのダメだよ」
メリッサの言葉には、彼女が従える三匹の魔物も「フャン」『キュー』「ぶいー」と賛成する。
「ウェスカーが決めたとおりでいいと思いますよ」
クリストファはニコニコ。
そう言えば、彼の先輩である神懸りに会ったんだよな。
今度、クリストファからも話を聞いてみたいもんだ。
「帰ってきたね、ウェスカー! 操舵室はしっかりとメンテナンスしておいたよ。しかしあのブタ、なかなか操舵のセンスがあるよね……」
アンドリューはニコニコで、メンテをした内容などを話してくる。
どうも、妙にフレンドリーだな。
一体どうしたというのだ。
「ウェスカー、君はあの姫騎士と末永く幸せに暮らし給え。妹は僕が幸せに」
「兄貴だまれよ!?」
「ウグワーッ」
アナベルの見事なキックが決まり、アンドリューが尻を押さえながら操舵室の外へと転げ出ていった。
操舵室には、俺とレヴィアとチョキだけが残る。
……チョキ?
「ぶいー」
「あ、お前頑張ったらしいな」
「ぶいー」
「よし、じゃあチョキのかっこいいところ見せてくれ」
「ぶいぶいー」
直立した子豚が、踏み台代わりの木箱に乗って、舵輪を握る。
おお、なかなか堂に入った操縦ではないか。
「姫様、これからどうします?」
「ああ。王国に戻るつもりだが……正面から行っても、私だとはぐらかされてしまいそうでな。こう見えて、私は口車に乗せられやすいんだ」
「知ってます。姫様、知的な攻撃に弱いですからね」
さて、ということはだ。
正面から乗り込むのではなく、何らかの搦め手を使う必要があるんじゃないだろうか。
官僚たちに、動かぬ証拠を突きつけた後でドドーンっと断罪できるような、そんな策。
だけど、うちのメンバーでそんな小難しい事を考えられるようなのは……。
「私がやりましょう」
クリストファが現れた。
満面の笑みである。
「神懸りという立場上、なかなか表立ってこのような策を講じることはできないのですが、今回のようなやむを得ぬ状況であれば、他の方を陥れる罠を張ることも致し方ありませんよね」
「ほ、ほう」
レヴィアがちょっと引いている。
「クリストファ、やれるのか」
「やれるのです」
「やれたのか……」
「そうなのです。まずはウェスカー。あなたの故郷であるキーン村へ行きましょう。王国側も、性急に人間と魔物の共存という非常識な政策を推し進めています。必ずや穴があるはずですよ」
そんな事を言うクリストファが、今日はちょっとだけ腹黒く見えるのだった。




