人魚を仲間にしたい姫騎士
「あれ知ってるぞ! 人魚というものだ!」
大興奮したのはレヴィア姫である。
この人、幼少期は夢見がちな女の子だったもかも知れないな。
色々な物語っぽいものに大変詳しい。
現に、人魚と聞いて、俺もメリッサもクリストファもポカーンとしている。
ゼインは鼻の下を伸ばしてダラーンとしている。
「おい、おいあれ、下は魚だが、上は女だろ? おいおいおい、何も付けてないんじゃないか……! こりゃあけしからんなあ」
「ボンゴレ、ゴー!」
「フャン!!」
「ぐおわーっ!? ケモノにのしかかられるのは趣味じゃねえんだよぉぉぉ!!」
またボンゴレとゼインがじゃれ合っているな。
でかいボンゴレに押し倒され、うちの叔父さんがじたばたしているのを横目に、俺とレヴィア姫は水辺に近づいていった。
案内人は慌てて前に出てきて、
「おーい! 渚の君! お客さんだよー!」
呼びかけた。
渚の君ってなんだ。呼び名か。
人魚は呼びかけに気づくと、水中に潜った。
そして、水音もさせずにスイーッとこちらに向かって泳いでくる。
猛烈に早い。
目の前で、ザバッと彼女が顔を上げた。
「あら、お客さんって言うから、別の島の人かと思いましたのに……初めまして?」
青く長い髪に、色とりどりの貝殻や珊瑚というらしい殻を飾り付けた女の人だった。
「あっ、本当になにもつけていない!」
俺はびっくりした。
びっくりして凝視した。
初めて生で見た!!
大興奮して鼻息を荒くする俺だが、隣り合うレヴィアは別の意味で興奮している。
「ほ、本当に人魚だ!! 本で読んだとおりだ! いや、挿絵よりもずっときれいじゃないか! なあウェスカー!」
「ええ、生で見られるなんて大変なことです」
俺たちの言葉を聞いて、人魚はにっこり笑った。
「そうでしたね。人間の殿方には、裸のままですと刺激が強すぎるのでした。少し待っていてくださいね」
彼女は水中に戻っていくと、すぐに胸元に、ちょうどいいサイズの貝殻をあてがってやって来た。
俺は冷静になる。
だが、レヴィアの興奮は覚めやらないわけである。
「うんうん、物語の本で読んだままの姿だ……! 良かった……! この世界に来て良かった……!」
「あのぉ、姫様が変になっちゃったので私が代わりにお話しますね」
俺たちの惨状を見かねて、メリッサ登場である。
俺とレヴィアを押しのけて、人魚と差し向かう。
「あなたが、島の人たちが言う魔法使いなんですか?」
「魔法使い……。広い意味で言えば、そうなのかもしれませんね。わたくしは、あなたがた人間が言う意味での魔法を使います」
「海王、という言葉に聞き覚えはありますか?」
「海を統べる王であるのならば……正しい意味で、わたくしたちの一族を表す言葉になるでしょう。あなた方は、わたくしを求めていらっしゃったのですか?」
「ええと……」
メリッサがチラチラとレヴィアの方を見た。
姫騎士は、嬉しそうにうんうんと頷いている。
あっ、これは文脈を正しく理解しているのではなくて、人魚が仲間になったら凄い! とか考えて頷いている顔だ!
「そうみたいです」
「あっ、確かに今のはわたくしにもよく分かりました。その顔、人魚の肉を求めているというわけでもないようですね」
「に、肉!?」
メリッサが仰天したようだ。
俺は憤慨した。
「こんなおっぱ……じゃない人魚さんの肉を食べるなんてとんでもない。っていうかなんでそういう話になるの」
「説明しよう」
レヴィアが得意気に語りだす。
「大昔、人魚の肉を食べると、不老長生の薬になると言われていたらしい。それで、その時代の愚かな王は人魚の肉を持ってくるように命じたのだとか。だが人魚は強い魔法の力を持ち、さらに歌声で水を操る力を持つ。たったひとりの人魚を捕まえるために、王の部下たちは次々に犠牲になった。そして、ようやく人魚を捕まえて王の前に差し出した者がいたが……。人魚の歌声によって、王はその虜になってしまい、共にと何処かへと消えていったという。そして、ほどなくして愚かな王が消えた国は無くなってしまった」
「うわっ、姫様詳しいですね。そんな長々と語る姫様初めて見ましたよ」
「だろう? 私は物語には詳しいんだ」
「凄い」
「凄いか? ふふふ」
俺たち二人で大いに盛り上がる。
そこへ、クリストファが何やらたくさんの物を抱えてやって来た。
後ろには、パンジャがやはり同じ物を上に載せながらふよふよと浮いてくる。
「皆さん、立ち話もなんですから、ここは席に腰掛けて話しませんか」
木の枝と繊維で編まれた、一人がけの椅子なのであった。
「地上に上がるのならば、相応の姿をせねばなりませんね。“告げる、我が身は地の民。歩む力をこの下肢に。変身”」
人魚は詠唱を行うと、魚だった下半身を人間のものに変えてしまった。
すると、すごい速度でメリッサが布を差し出してくる。
人魚は「あらあら」とか微笑みながら、それを腰に巻く。
あっ!
人間の下半身になると、何も付けていないのか!
メリッサの機転が恐ろしい。
砂浜に六人分の椅子を用意して、何だか妙な雰囲気で語らう状況になった。
この椅子というのが面白くて、縦長で、背もたれはゆったり寝そべることができるほど角度が浅く、つま先まで乗せられるほど、先端が長い。
俺とゼインとクリストファは、腰掛けるなりダラーンと全開で背もたれに寄りかかった。
「あっ、これはいけませんね。私は寝てしまいそうだ」
クリストファが早くも脱落しそうである。
「おい、甥っ子よ。見たな? 見たんだな」
「あれのことかな。見た、この目でしかと見た。初めて見た」
「そうか……。お前も一つ、大人になったようだな……!」
ゼインが俺の肩をバシバシ叩いてきた。
なるほど、俺もどうやら大人の階段を一つ昇ったらしい。
そう思うと、何やら俺の中で、むくむくと力が湧き上がってくる気がする。
具体的には俺の中にある魔力が増大したようだ。
女性の胸を見ただけでこの効果……! あの部分には神秘が詰まっているな。
「それでは、皆様は魔王オルゴンゾーラと戦っていらっしゃるのですね……!? まさか、あの存在に抗える者たちがいたとは、わたくし存じ上げませんでした」
あっ、話が進んでいる。
「どういうこと?」
俺が首を突っ込んでくると、女子側にいるメリッサが、噛み砕いて説明してくれた。
「いい、ウェスカーさん? 今、私と姫様で、どうしてこっちの世界に来たか話をして、それで今までやってきたことを振り返ったの。情報は交換しないとだめだからね。そうしたら、人魚さんがびっくりしたの。わかった?」
「なるほど」
「あのお嬢ちゃん、お前の扱い方がよく分かってるなあ」
何やらゼインが感心しているぞ。
「それで、姫様はこっちの人魚を仲間にしようと狙ってるわけですな」
「そういうことだ。だがダメらしい」
レヴィア姫がガッカリしている。
「はい。わたくしとしては、皆様のやって来たことは大いに評価しています。それに、出来ることであれば助力となりたいとも。ですが、それは叶わないのです」
「なんでですかね」
俺はストレートに聞いてみた。
ここで、島の人が俺たち向けに飲み物を持ってきた。
一見して馬鹿でかい木の実なのだが、そこに穴が開いている。
「えっ、これを? 穴に口を付けて傾けて? 中身を飲む? ははは、木の実の中にジュースがあるわけ……ンマーイ!」
ナッツの味がするジュースが出てきて、俺は大満足。
すっかり木の実からジュースを飲むことに集中してしまった。
「それは……今のわたくしが、本体から抜け出した魂だけの存在だからなのです」
「えっ、今なんて?」
いきなり凄く重要な事を言われた気がする。
だが、この場で話を聞く体勢にあった俺たちの姿を確認してみるとだ。
「す、すごい! 木の実から甘いジュースが出てる! なにこれ!? 神様が作った木の実なの!?」
メリッサは目の色を変えてこの木の実を貪っている。
「貝殻の胸当てってのも、神秘的でいいな……いい……」
ゼインは人魚の胸と腰回りしか見てない。
「ぐう」
クリストファは寝た。
「なるほど、では魔将を倒せば解決だな」
あっ!
レヴィアだけが何か、一足飛びで真実に近づいたようだぞ。
人魚が困惑した表情をしている。
「あ、はい……。それは確かに、出来るならばそのとおりなのですが……。魔将ネプトゥルフはこの海を世界から切り離し、海底城塞に閉じこもっています。あれがわたくしの一族全てを、石に変えて封印しているから、この海は魔物たちが闊歩するようになってしまっているのです。ですから、かの魔将が住まう城へ行くには、この海の底を抜けて行かねばならないということなのです。無数の魔物たちを潜り抜けて……」
「よし、やろう」
レヴィアが決断した。
人魚が目を丸くする。
「ええっ!? そ、そんなに簡単に決断してしまっていいのですか!? 場所は、遥か深き海の底。人間がたどり着くことも困難な場所なのですよ……!」
「そこはまあ、俺がなんとかする方向で」
俺もまた、レヴィア姫の決断に賛同する。
木の実のジュースを飲み終わったメリッサは、満足げな顔で頷いた。
「だって、決めるのは姫様ですもん。それで、ウェスカーさんが何とかするって言ったら、大体何とかなっちゃうんですよ?」
「俺はこんな美人さんが仲間になるんだったら、全力を尽くすこともやぶさかではないぞ」
ゼインはとてもやる気だ。
クリストファはすっかり寝ているが、まあ彼のことだ。事後承諾で全く問題はない。
かくして、俺たちの方針が決定した。
つまり、いつも通りである。




