珊瑚の島
三日目にして、完全に氷が溶けきった。
ということで、舟はどんどんと進んでいくわけである。
ところで、俺は舟だと思っていたのだが、こういう大きいのはニュアンスが違って、船なんだそうだ。
へえ、びっくり。
「風で進むんですな。この大きさじゃ手漕ぎは難しいでしょ」
「なるほど」
船長と並んで、二人でイカ焼きを食いながら話をした。
臭い抜きをしたクラーケンは、なかなかいけるな。
手のひらサイズの薄切りにして、俺が使った火の魔法で炙ってある。
ちょっと焦げ目がついて、香ばしくて美味しい。
カリッとしたあと、もちもちした肉が出てくるのは楽しいな。
船の上でも、クラーケンブームが巻き起こっていた。
船員たちが色々な肉の位置を削っては、俺に焼いてもらおうと持ってくる。
俺は肉焼き係だぞ。
「とう! “ティンダー”!」
「おおーっ、こんがりと焼けていく!!」
「火を使う魔法なんて初めて見たぜ……」
「島の魔法使いは、水と風の魔法ばっかりだからな」
おっ、聞き捨てならん情報が出てきたぞ。
「その島の魔法使いというのは」
俺が尋ねようとしたら、イカ足をもりもり食べながらレヴィア姫が会話に加わってきた。
「強いのか? 魔法使い」
もっもっもっ、とイカ足を雄々しく食べる姫。
食欲旺盛。育ち盛りは過ぎているはずだが、きっと燃費が悪いんだろう。
「強いっていうか、ちょっと変わっててな」
「うんうん、人間じゃないっていうか」
「聞いたかウェスカー。何か凄そうな魔法使いじゃないか。人間とは思えないほど強いのかも知れない。そうだったら勧誘しよう」
「姫様、ワクワクしてますな。そうか、姫様が前に言ってた、伝説のメンバーみたいなのが揃うってことですか?」
「ああ。魔物使い、戦王、神懸り、そして大魔導。最後は海王が揃えば全員。そして、ここは海!」
おお、テンションが高まっている。
レヴィアの頬も、興奮からか赤く染まっているのだ。
「海で人間じゃないくらい凄い魔法使いなら、海王の可能性もありますね。おお、俺もちょっと楽しみになってきました」
「そうだろう、そうだろう」
二人でキャッキャと盛り上がっているところである。
「見えたぞー! 島だー! 帰ってきたぞー!!」
船にそびえ立つ柱の上で、見張りをしていた男が叫んだ。
マストというこの柱からは、横に太い棒が突き出ていて、そこからロープや大きな布が巻きつけられている。
その一番上の辺りに、人が収まる場所があって、そこに見張りの男がいたのだ。
今は、メリッサも見学に行っており、見張り台から顔を出して、こっちに手を振っている。
すると、メリッサの横からパンジャがニューっと出てきた。
青い玉はどこからか、光り輝くヒモみたいなものを出すと、それをマストの横棒に絡めて、ふわっと浮かび上がった。
これに掴まって宙に浮く、メリッサとボンゴレ。
ヒモはスーッと伸びて、俺たちのところまで降りてきた。
「なんだそれ、面白そうな魔法だなあ」
「パンジャが使う魔法なんだって! うちゅうナントカヒモっていう本当は別の使い方をする魔法だけど、別にヒモとして使ってもいいんだって」
「なるほど……。パンジャは凄いやつだったのだな」
『キュー!』
青い玉が胸を張ったような気がした。
「それよりも、みんなこっち来て!」
メリッサがドタドタと甲板を走り出した。
舳先の辺りにやって来ると、俺たちを手招きする。
これには興味を惹かれてか、船員相手に何か木札のゲームみたいなのをしていたゼインと、怪我をした船員を癒やしていたクリストファもやってくる。
「なんだなんだ」
「なんでしょうね」
「見て! 島!」
メリッサが真っ直ぐ指差した先に、青一色の視界に浮かぶ、白いものが見えた。
確かに島だ。
エフエクス島の砂浜の色に似てる気が……いや、もっと白いか。
それが、近づくにつれてあちこちに増えていく。
「島がたくさんあるなあ……!」
「そうなの! あとそれから、海見て!」
俺たちは一斉に、船べりから顔を出す。
すると、見える海は真っ青なものではなく、水の底が透けて見える水色だった。
「おおーっ!」
どよめく俺たち一行。
「ここからは、水の底が浅いんですよ。だから、大きな魔物が入ってこれなくなる。我々人間に残された最後の場所なんです」
船長が解説してくれた。
なるほど、確かに、海の魔物は大きい物が多かった。
大変に食べがいがあったのもうなずける。
ちなみにこの船の底は、浅い海でもこすらないように特殊な形をしていて、水底を滑るように進んでいけるんだそうだ。
その代わり、風で煽られすぎると転覆しやすいのだとか。
視界に映る島は、真っ白な砂浜に囲まれていて、真ん中に木が生えている。
小さな島が幾つも幾つも連なっているようで、島と島の間が狭く、歩いて渡れるくらい水の底は浅い。
あちこちの島から人が顔を出して、わーっとこちらに駆け寄ってきた。
「おかえりー!」
「無事に帰ってきた!」
「よくぞ帰ってきた!!」
島人みんな、総出で出迎えだ。
そして、彼らは舟のすぐ近くまで来ると、クリストファが失敗した焼け跡に気づいたようだ。
「ひいっ! 攻撃されてる!!」
「や、やっぱり近海にも魔物がいたんだ!!」
「恐ろしい恐ろしい……!」
「大きな船をここまでボロボロにする魔物……!」
「いやあ」
クリストファが半笑いをしている。
これは、船員たちも笑って誤魔化すしかなかったようだ。
ざわざわと騒ぐ島人たちに向かって、船は積み込んでいた荷物を降ろし始めた。
主に、俺たちが狩った魔物である。
これをほどよい大きさにカットして、天日干しにしたもの。
島ではあまり火を使えないのだそうで、主に干して食べるらしい。
たくさんの食べ物が姿を表したので、島人たちがわーっと盛り上がった。
「なんつうか……素直な連中だなあ、こいつらは。マクベロンやウィドンみたいな権謀術策の国に慣れてると、拍子抜けしちまうぜ……」
ゼインは戸惑っているようだが、こういう空気は嫌いじゃないらしい。
「長老が来たようです。レヴィア姫さま、下へどうぞ」
「ああ、分かった」
船長に促され、俺たちは船から降りることになった。
舳先から縄梯子を降ろして、それを伝っていく。
待っていたのは、白い髭を長く伸ばしたおじいさんである。
「おおっ……! なんと美しい方だ……! 船長、こちらの女性は一体……!?」
「聞いて驚かないでくれ長老。なんと、あのお伽話で語られていた、大きな島からやって来たという、王国とやらのお姫様なのだ」
「おおっ……!!」
「おおーっ!!」「おおーっ!!」「おおーっ!!」
島人たちが大いにどよめく。
凄いぞ。
レヴィアがお姫様としての価値をちゃんと発揮したのは、初めてかもしれない。
「姫様、お姫様だったんですねえ」
「うむ、私も失念していた」
本人まで忘れているような身の上だが、持っててよかった地位である。
「このソーンテックの海は、神々から見放されたわけではなかった……! これは希望が見えてきましたぞ……! おお、大きな島の姫君、よろしくお願いいたしまする」
「うむ。なんだか分からないが任された」
レヴィアと長老が、がっしりと固い握手を交わした。
その背後で、クリストファが唇をむずむずさせている。
メリッサが彼を肘で突いた。
「クリストファさん、神様がみんな封印されちゃった話はしちゃだめですからね!」
小声なので、島人には届いてないようだ。
クリストファはうんうんと頷いて、自分の口を手で塞いでいる。
これはすぐに喋っちゃいそうだぞ。
そして、そんなことをしている間にも、長老とレヴィアの話しは続いているのである。
「ようこそおいでくださいました。船長の話では、なんとレヴィア様が魔物を狩って、我が島の食料としてくださったのだとか」
「ああ。海はいいな。魔物が美味い」
「ありがとうございます、格別な慈悲に感謝いたします」
「イカ焼きなどは最高だった。ところで魔法使いはどこだ?」
「あれっ、姫様と長老で会話が通じてないぞ」
「しーっ! ウェスカーさん、みんなそう思ってるんだから口にしちゃだめ」
長老は一人合点して、どんどん状況を進めていってしまう。
俺たち用の宿泊場所を用意して、あとは島の客人として扱うとか、なんとか……。
見かねて船長が口出ししてきた。
「長老、長老! レヴィア姫は、ソーンテックの魔法使いに会いに来られんだよ」
「おお、おお!? そ、そうじゃったか! いやあ失敬失敬。魔法使いどのならば、いつも島の裏側におりますな。案内をつけましょう」
「よし、すぐ行こう」
「えっ!? レヴィア様が直々に行くのですかな!?」
サッと長老から離れて動き出す姫騎士である。
この人即断即決即実行をモットーとしている。
「いやあ、どんな魔法使いなのか楽しみですねえ」
「ああ。凄い使い手だといいな」
俺と姫様はワクワクしながら、案内されていった。
そして、案内人は一見して何もない海の前で立ち止まる。
「ここです」
「? 誰もいないようだが……」
「おられますよ、ほら」
案内人が指差した先で、海面から大きなものが跳ねた。
それは、女性のように見えて……なんと、腰から下が魚だったのだ。




