マクベロンのピースを探せ!
「あっ、貴女がレヴィア殿下なのですねっ!!」
アンジェレーナの声が、明らかに俺に話してたときよりも高いトーンになってる。
その熱に浮かされたような目はなんであろうか。
合掌しながらレヴィアを見つめる、前のめりな姿勢。
はっ、さては、ずっと魔王軍の中にいたので瘴気みたいなものに当てられているのかもしれぬ。
「姫様、こっちのお姫様変ですよ」
「誰が変ですってーっ!!」
俺が率直にアンジェレーナ姫の様子がおかしいことを告げると、当のお姫様は眉尻を吊り上げて、むきぃーっ! と甲高い声を上げる。
なんだなんだ。
レヴィアはふむ、と頷くと、アンジェレーナへと近づき、彼女の顎に手を当て、自分の方を向かせた。
そして、ぐっと顔を近づけると、
「ふむ、確かに目元は赤く、息は荒くなっている。顔もいやに血の気が増しているな。どれ……」
「ひゃーっ」
二人の額と額がぶつかって、アンジェレーナ姫がすげえ声を出した。
こっそり様子見に近づいてきていた骸骨兵士たちが仰け反るほどである。
「うわーっ、びっくりした」
「なんだよもう」
骸骨たちがそんな事を言っているので、俺はそっちを覗いて指先からシュッとエナジーボルトを出す。
「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」
綺麗になった。
そんな騒ぎがあっても、レヴィアとアンジェレーナは微動だにせずである。
姫騎士は、単純に俺の腕を信頼しているのだ。
ただの骸骨兵士如き、彼女が出るまでもないからな。
「あわわわわっ、レヴィア殿下と額が……額と額がごっつんこ……!!」
「むむっ、どんどん熱くなる! これは熱があるぞ。ウェスカーどうしよう」
「どうしようと言われても、熱の専門家は下で戦ってますがな」
「ふむ……。戦いとアンジェレーナ王女の健康か……。戦いの方が大事だな」
レヴィア姫はドライにそう告げると、さっと立ち上がった。
アンジェレーナ姫にはその言葉が聞こえていなかったらしい。
顔を真っ赤にしながら、白いドレスの王女様はしおしおと崩れ落ちた。
「ベッドに寝かせておけばいいだろう。時にアンジェレーナ姫。ピースを知っているか?」
王女を文字通り、お姫様抱っこするレヴィア。
王女が王女をお姫様抱っこ。
うーむ。
「ひええ、こ、このような刺激的な体勢で私を持ち上げ……ええ、ええ、知ってます! 知っています! マクベロンの魔力の象徴、ピースは私たち王族と貴族がありかの一部を知っています!」
ありかの一部と来た。
どういうことであろうか。
アンジェレーナ姫をベッドに寝かせた後、枕元に腰掛けてレヴィアが聞き出したのは、こうだ。
マクベロン王国には、いつから伝わっているのか分からないほど古い、強大な力を持つ魔道具がある。
それはピースと呼ばれ、底が婉曲した三角錐の形をしているのだとか。
ピースは無限の魔力を供給し、これを用いてマクベロンは魔道具を作成してきた。
「それだ。シュテルンの狙いは、ピースだろう。各国を滅ぼして回っていたのも、ピース目当てに違いない」
「でしょうなー。だけど、なんでまだピースが手に入ってないんですかね」
俺の疑問に、アンジェレーナはレヴィア姫の太ももの辺りをさすさすしながら答えた。
「それは、ピースが厳重に封印されているからです。話に聞くと、ここではない世界に置いてあるとか。その世界には、世界を渡る魔法が必要なのですが、魔法を掛けるにもピースがある位置を正確に知る必要があります。私たちが知るのは、それぞれピースを指し示す、魔法的な座標の数字なのです」
みんなから数字を聞き集めていくと、ピースの位置が分かる。
で、そこに向かって世界を渡る魔法を使うというわけか。
大変面倒くさい話である。
そりゃあ、魔王軍だって見つけられないだろう。
だが、これでアンジェレーナが殺されないで無事でいた理由が分かった。
「ウェスカー、きっとその数字を集めたものがどこかにあるだろう。骸骨どもをとっちめて奪ってくるんだ!」
「アイサー!」
レヴィア姫からのオーダーが飛んだ。
俺は扉を開けると、ぺたぺたと裸足で、尖塔を駆け下り始めたのである。
すると、大勢の骸骨たちが武装して駆け上がってくるではないか。
これはエナジーボルトをして駆け下りるのも一苦労だ。
「来い、ソファ!」
俺は窓から顔を出し、戦場で鎮座しているソファゴーレムに呼びかけた。
自転車から降りてまったり座り込んでいたソファが、元気よく立ち上がる。
『ま”?』
「こっちこっち!」
『ま”!』
ソファが自転車をひっくり返し、王城に立てかけてからそれを器用に登って来る。
背伸びして城門の縁に手をかけると、懸垂の要領で体を上に持ち上げる。
「うわーっ、なんか登って来たぞー!」
「変な形のゴーレムの癖に、なんて軽やかに登って来るんだ!!」
『ま”!』
「ウグワーッ!」
ソファは門の上にいた骸骨をぺちぺち払い落とすと、そのまま中庭へ着地した。
「よし、今行くぞ! 超至近炎の玉!」
「ウグワワーッ!?」
接近してきた骸骨を、俺ごと巻き込んで炎の玉で爆発させる。
狙いは攻撃だけではない。
塔の窓を大きくこじ開けるためだ。
案の定、塔の壁の一部がはじけ飛び、外にむき出しになった。
俺は爆風と共に、外に飛び出す。
「行くぞソファ!」
『ま”!』
俺とソファは空中で合体する。
つまり俺がソファに座った。
「よーし、このまままずは城の二階から行くぞ!」
『ま”!!』
俺が炎の玉で壁をぶっ壊し、そこにソファが飛び込む。
そして、城の廊下を爆走するわけである。
「うわっ、変なものが走ってくる!」
「ええい、外の連中は何をやってたんだ!」
「気をつけろ! こいつ、狙いは国の要人かも知れん!」
「大広間には通すな!」
骸骨たちが大変分かり易く解説してくれる。
「なるほど、大広間に行けばいいんだな」
ソファがどたばたと走っていると、吹き抜けになった場所にやってきた。
下の辺りがホールになっており、さらに奥に大きな扉がある。
「よし、飛ぶぞソファ! お前は移動に専念だ。敵は俺が迎撃する」
『ま”!!』
ソファが宙に踊る。
俺はソファの上に立ちながら、あちこちから現われる骸骨兵士を、エナジーボルトで迎撃である。
「うおお、とても近づけねえ!」
「なんだあの化け物は!」
「あのローブ、フォッグチル様のローブじゃないか!?」
「誰か、シュテルン様を呼んでこい!!」
「ダメだ! シュテルン様を足止めしてる人間の戦士がいる!!」
おお、ゼイン、いい仕事をしてるな。
それに、城の外にいる骸骨たちは、クリストファとメリッサとボンゴレを突破できず、城内へ助けにはやって来れないようだ。
俺は周囲に、牽制のワイドエナジーボルトをばら撒くと、ソファが着地した衝撃で宙にぶっ飛んだ。
空中を飛ばされながら、奥にある大きな扉を注視する。
でかい扉の前には骸骨兵士が詰めており、太いかんぬきがされているじゃないか。
中にいる人たちに、よほど外に出て欲しくないらしい。
「エナジーボルト・ティンダー!」
俺の指先から、一条の細いエナジーボルトが放たれた。
それはかんぬきに触れると、真っ直ぐにそれを焼き切る。
俺が落下してくる場所に、ソファが駆け込んできてキャッチだ。
『ま”!』
「ナイス!」
俺とソファでハイタッチだ。
「うおわあああ、こ、こっちに来るなああ!?」
慌てて叫ぶ骸骨兵士になど構わない。
俺たちは一直線に、大きな扉目掛けて突っ込んだ。
かんぬきが折れてしまったのだから、ソファゴーレムの突進に扉は耐えられない。
扉は骸骨兵士ごと、ひしゃげながら内側へ開いた。
どよどよどよっ、と、どよめきが俺たちを包み込む。
そこには、明らかに高価そうな衣服に身を包んだ人々がいた。
マクベロンの王族や貴族だろう。
俺はソファの上で仁王立ちになると、大きく息を吸い込んだ。
そして叫ぶ。
「ピースの座標を教えて!!」
「そなたは一体……!」
人々の中心にいた、髭の人が尋ねてくる。
そしてすぐに、思い至ったらしい。
「ああ、その突拍子もない行動と、その妙によく通る声。そなたは、魔法合戦でユーティリット側から出た魔導師だな? 魔王軍と戦っていた魔導師、名を、ウェスカー!」
「あ、知ってます?」
俺はびっくりした。
髭の人はとても偉い人のように見えていて、周りの人たちも彼に気を遣っているのが分かったからだ。
そして、そんな偉い人が俺を知っているとはどういうことであろうか。
「知らぬわけがあるまい! そなたと、ユーティリットの姫騎士レヴィア! 魔王軍と戦う、人類の希望ぞ!」
「なるほどぉ」
俺はほえー、と口を開けて目を丸くし、頷いた。
「あんな間抜けな顔をした男が、あの魔導師ウェスカーだというのか!?」
「知性の欠片もない……!」
「だが、あの跨っている巨大な魔道具を見ろ! あれほどのゴーレムを見たことがあるか!?」
「あのソファみたいなゴーレム、魔導師ウェスカーに合わせて一緒に椅子の部分を傾げてる……! なんて感情豊かなんだ!」
外野が色々言ってくるのである。
だが、俺にとって大事な事は一つ。
それは、ピースの座標なのだ。そしてもう一つ疑問が生まれた。
「髭の人、あなたは誰ですかね」
一瞬、空間が静まり返った。
そして、どよっ!! と盛大にどよめく。
髭の人は何やら、汗をかきつつこめかみをヒクヒクさせ、
「よ、余はマクベロン王、カルヴァドス十六世である。……知らんのか」
俺は神妙な顔をして頷いた。
「あと、座標教えて」
「……余もこの男が人類の希望なのか疑問を覚えてきた……。おい、誰か。教えてやれ」
カルヴァドス王の言葉を受けて、貴族らしき人が立ち上がってこっちにやって来た。
「言っておくけど、この座標のほとんどは、もう魔王軍に漏れてしまっている。後は、カモネギー伯爵の子息、ナーバンが知っているはずだ」
「ほうほう」
俺は座標の数字をメモしつつ、どこかで聞いたことがある名前だなあ、などと思うのだった。




