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ウィドン王国への来訪

 シュテルンはすっかり毒気が抜けたようである。

 お供の女魔導師も、シュテルンが胸の中からバッジを抜き取られ、破壊されると同時に別人のようになってしまった。


「うーむ……。未だにお前のことは嫌いなのだが、不思議だ。人間たちをどうしても滅ぼさねば、という気持ちが無くなっている……」


「正気に戻ったのだ」


「近い近い! あまり近寄るなウェスカー! 嫌いだと言ったのが聞こえなかったのか!」


 シュテルンが顔をしかめて、俺を押し出した。

 だが、俺は基本的に自分に都合が悪い話は聞こえない性格なのだ。

 聞こえたとしてもすぐに忘れるぞ。


「すみません。ウェスカーはほら、パーソナルスペース的なものが非常に狭いので、ぐいぐい来るんですよ。ああ、私はそういうの嫌いじゃないんですが」


 サッと俺のフォローに入ってくるクリストファ。

 シュテルンの部下であった骸骨兵士たちが消えたので、彼らもこっちにやって来たのだ。


「むむむっ、私は不完全燃焼だぞ!! おいイヴァリアとやら。正気のままでもいいから、あの巨大な骸骨を出してくれ! こう、この心の中で沸き立つものを消化しない事には、落ち着いていられない……!」


「な、なんて野蛮なの……! 私、やっぱりこの女嫌いだわ……!」


 おっ、レヴィアとイヴァリアも水と油的な感じだぞ。

 よくよく考えれば、前衛の戦士と魔導師という組み合わせ。

 俺とレヴィア、シュテルンとイヴァリアは割と、鏡写しみたいな感じなのだな。


「まあまあレヴィア様。ここからもっとムカつくことがあると思うので、今ムカムカしてたら大変なことになりますぞ」


「もっとムカつくことだと……?」


「オエスツー王国を開放したことを、隣国のウィドン王国に伝えないと。つまりー」


「ガーヴィン兄上か」


 レヴィアの目が剣呑な輝きを帯びた。

 この人、嫌いな相手が割と多いからなあ。

 幼い頃から周囲から認められず、ずっと溜めてきたフラストレーションを、戦闘訓練に明け暮れることで発散してきた女性である。

 怒りを発散した訓練が、完全に身になっており、俺から見ても異常なほどの戦闘力を発揮するようになっているが、それはそれとして嫌いな人はずっと嫌いらしい。


「今会うと、私はあの男をひっぱたいてしまうかもしれん」


「ガーヴィン様の首が吹っ飛びますなー。ハハハ」


 俺はついつい笑ってしまった。

 横で、ゼインとマリエルが笑い事じゃないよ! という顔をしている。

 さてさて、そういうことで8人と4匹にまで数を増やした俺たちのパーティ。

 ウィドン王国まで移動するのである。


「任せて下さい。“我が生命の雫を以て召喚する。不死の軍勢よここに”」


 イヴァリアは、持っていたナイフで指先に傷をつける。

 詠唱と共に、滴り落ちた血の雫が膨れ上がった。

 それは、あっという間に無数の骸骨兵士の群れに変わる。


 正しくは、骸骨兵士と、彼らが担いだ御輿(みこし)だ。


「見事な骸骨御輿だ」


「ありがとうございます、シュテルン様」


「……えーと」


 メリッサが、召喚されたこの不思議な物を見て首を傾げた。


「乗るの?」


「御輿は乗るためにあるでしょう」


 何を言ってるのこの娘は、という感じでイヴァリア。

 うちの仲間たちは、みんな訝しげな顔だ。


「まあまあ。俺が乗ってみましょう。あっ、レヴィア様はあれですか。魔物に乗るのは」


「ボンゴレやソファゴーレム以外に乗るのは、あまり楽しいものではないな」


「なるほど、では俺にいい考えがあるのですが」


「ほう? いいぞ、やって見せてくれ!」


「では」


 俺はレヴィアの横に回ると、彼女をひょいっとお姫様抱っこした。


「ひゃっ!?」


「こうすれば、俺に乗っている状態で、レヴィア様を載せた俺が骸骨御輿に乗った状態になるので解決です」


「ウェスカーさんトンチだなあ」


 メリッサが感心する。

 対して、レヴィアはちょっと赤くなりながら、俺をポカポカ叩く。


「こ、こら! 皆が見ている前で何をするのだ! 下ろせー」


 ははは、いつもなら岩を砕き地を割る彼女の拳だが、今は全然腰が入ってないから痛くないぞ。

 これじゃあ骸骨兵士くらいしか屠れないだろう。


「さあ、みんなも御輿に乗るのだ。サクサク移動しよう」


「俺はいつも、甥っ子の順応性が羨ましくなるぜ……。っていうか、ついに骸骨に乗るのか……。俺たちはどこまでとんでもない事になっていくんだ……」


 ゼインが天を仰いだ。




 骸骨御輿はなかなか早い。

 人が全力疾走するくらいの速度を、延々と続けられるのだ。

 途中で骸骨が疲弊すると、新たな骸骨が後ろからやって来てバトンタッチする。


「良く出来てるなあ。これを見るに、イヴァリアの能力は骸骨使い?」


「私は死霊術師(ネクロマンサー)よ。己の血を媒介にして、世界の裏側から死者の思念を呼び出して形を与え、使役するの。同じことをシュテルン様もできるわ」


「ええ、見ていて驚きました。イヴァリアさんご自身は、生命魔法を行使することで、これを呼び水に死者の肉体を属性魔法で作り上げていますね。そして、それを動かす死者の思念は、世界魔法の領域です。複合魔法と言っていいでしょう」


「純粋な世界魔法は使えはしないけれどね」


 ほうほう。

 従者作成よりも、より高い位階にある魔法らしいな。

 俺も今度使ってみよう。

 血を流すのは痛そうだから、なんか血じゃない身体の一部でいいか。

 切った後の爪とかどうだろう。


「よし、エアカッター」


 俺は空気の刃で、伸びていた爪を切った。

 それを地面に放り投げながら、従者作成に生命魔法を混ぜ込み、世界魔法でなにか適当なのをそこに吹き込むイメージをする。


「ええと、死霊術(ネクロマンシー)


 すると、地面に落ちた俺の爪が、ボコボコボコっとでかくなった。

 出てきたのは、バカでかい髑髏の頭だ。

 そこから爪のような足がわさわさと六本生えてきた。


「うわー!! ウェスカーさんやめて! 気持ち悪い!!」


 メリッサから大不評を買ったので、哀れ、俺の初めての死霊術はお蔵入りとなった。



 骸骨に担がれて、どんどんと街道を進んでいく。

 トイレ休憩を挟んで丸一日進むと、ウィドン王国が見えてくる。

 ここで、レヴィアの兄であるガーヴィン殿下はガーヴィン公爵となり、王国復興に尽力している。

 ウィドン王国は、貨幣のもとになる金銀を豊富に含んだ鉱山があり、そのために滅ぼされる以前は裕福だった国だ。

 ユーティリット王国は、この国を復興支援の名のもとに属国化したわけなのだが、そのユーティリットをレヴィアが革命でひっくり返して支配したので、ウィドン王国もまたウィドン地方となり、ユーティリット連合王国の一員となっているのだ。


「割と復興してきてますなあ」


「そうなのか? 私が幼い頃に視察したウィドン王国と比べれば、みすぼらしいものだが……」


 流石にお姫様抱っこを一日中されて慣れてしまったのか、レヴィアは余裕な様子で周囲を見回す。

 破壊された跡は、まだあちこちに残っている。

 魔法合戦の後、ウィドン王国は既に滅ぼされていたオエスツーに次いで攻められたのだ。

 魔王軍は強かった……らしい。

 平和ボケしていたこの世界の魔導師ではまともに対抗することも出来ないし、戦士だって似たようなものだ。

 少なくとも、魔法合戦で俺が見たウィドン王国の人たちは、華美に自分を飾ることに一生懸命だったなあ。


 そして今のウィドン地方。

 見渡す限りの掘っ立て小屋である。

 それでも、質素な格好の町人が、賑やかに通りを歩き回っている。

 彼らはいつも通り、復興しつつある町で日常生活を送っていた。

 そこに、骸骨御輿に乗った俺たちが到着したので、町は一気に阿鼻叫喚の地獄になった。


「……そうか、この国を滅ぼしたのは俺だった」


 シュテルンがうっかりしていた、と言う顔で呟いたのだった。


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新作はじめました。
魔銃/獣使いの召喚士 ~ブラックな冒険者稼業からドロップアウトした俺、召喚の才能を得て、可愛いお姉さんと新天地で楽しくやっていく~
どこかで見たような女の子がヒロインで……?
世界観を同じくするお話です。
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