チキチキ! ウェスカーパーティ猛レース!
いやあー、人間って、平たい石を池に投げたときみたいに、水面を切って飛ぶのな。
俺は我が身を以って証明してしまったぞ。
後ろから、アナベルとメリッサがわあわあ騒ぐ声が聞こえる。
「女王サマやりすぎだって!! ウェスカーすっげえ勢いで飛んでくじゃん!」
「あー、惜しい! あの状態のウェスカーさん、乗ってみたら絶対楽しかったのに!」
メリッサが何気にひどいな?
「し、しかしだな。私も遊びのつもりで……」
「うんうん。レヴィア様、遊びでも手は抜かないもんね」
「ううっ、分かった。私が責任を取ろう。せやっ!」
「ままま、待って、あたいも一緒に……ひやーっ!!」
アナベルの悲鳴が近づいてくる。
俺は水を切ってぶっ飛ばされながら、聞き耳を立ててみた。
なにやら、水上を駆けるような音が聞こえるぞ。
少しして、俺の横にレヴィアが並んだ。
「大丈夫だな、ウェスカー」
「そりゃあもう。俺は頑丈にできてますからね。というかレヴィア様の首にしがみついたアナベル、今にも吹っ飛ばされそうなんですが」
「おっと」
レヴィアは、足元からバリバリと稲妻を出して、よく分からない反発力で水の上を走ってきたらしい。
立ち止まると、ざぶんと沈んだ。
ついでに手を伸ばし、俺を捕獲。
俺もざぶんと沈んだ。
「あらあら、皆さんまでこちらに来て。泳ぎを競うおつもりですか?」
水中から、ぷかあっと浮いてきたのはマリエル。
見れば、割と向こうでソファゴーレムが浮かんでいる。
ピクリともしないので、競泳に敗れて力尽きたらしい。
今度、泳ぐように改造をしてやらねばなるまい。
「いや、泳ぐつもりはないが……」
言葉を濁すレヴィア。
「まあ、こう、ね。なりゆきだよね」
レヴィアをかばう辺り、アナベルは優しいのである。
「俺がレヴィア様をゴリラと言ったので、水を掛けられてぶっ飛ばされてな」
「ウェスカー!?」
「おいぃウェスカー!!」
俺がサラッと喋ったので、レヴィアとアナベルから一斉に突っ込まれた。
物理突っ込みなので水中に没する俺。
また突っ込まれてはアレなので、マリエルの後ろに浮かんできた。
「ご覧の通りだぞ」
「なるほどです。うふふふふふふふふ」
マリエル、含み笑いで爆笑という器用な真似を見せてくれる。
レヴィアもアナベルもばつが悪そうな顔をしたので、この話はここでお開きであろう。
さて、ここから砂浜に戻らねば。
三日月型の島を、ぐるりと回るように来てしまった。
ここは、マリエルに牽引してもらって戻るのはどうか、と思った時。
もう一人やって来た。
「皆さん何か面白そうなことをしているんですか? 私も混ぜてください」
カラフルな板を海面に浮かべ、その上に立つ上半身裸の美形。
サラッサラな銀髪が海風に揺らいで大変絵になる。
クリストファである。
「クリストファ、それなに」
「これもハブーのゴミから回収されたものですよ。私が個人的に受け取り、修理をして色を塗ったのです。仮にゴッド・ボードと名づけまして、こうして水上を走るのです」
クリストファがスッと、ボードの上でかっこいいポーズを決めると、ボードが動き出した。
水の上をすいすいと走る。
これ、動力はクリストファの魔法だろう。
「ほう、クリストファもなかなかいい体をしているな」
「意外だ……。割と筋肉ついてる」
「ふふふ、神懸りは片手の親指のみで己の自重を支えられるレベルの筋力と、バランス感覚が必須ですからね」
「なるほど、それでボードの上でもバランスを取っていられるのか」
「ええ。あと一人乗っても余裕ですよ」
「では俺が乗ろう」
俺はスッと浮かび上がり、クリストファの後ろに立った。
がしっと彼の肩を掴む。
「ええ……。普通そこは女子が後ろにくっつくだろ……。なんでノータイムでウェスカーが乗ったんだよ……」
アナベルが呆れた声を漏らした。
「簡単ですよ。それは私たちが親友だからです」
「親友!!」
グッとくる言葉である。
俺は思わずサムズアップした。クリストファもサムズアップした。
「親友ならば仕方ありませんわね。それで……競泳しますの?」
マリエルが、いつもの温和そうな笑顔を浮かべたまま、ギラリと目を光らせた。
クリストファが不敵に笑う。
「受けて立ちましょう」
「ほう」
「うわーっ!! レヴィア様がなんでやる気になってんの!? さっきの海の上走るやつやるの!? や、やめてー!!」
「しっかり掴まるのだアナベル。振り落とされたらバラバラになるかもしれないぞ」
「ひいーっ」
アナベルがレヴィアに全力でしがみつく。
さあ、レース開始である。
「クリストファ、マリエルにはうちのソファがやられているのだ。仇をとってくれ」
「なんと……。あのソファは、私とウェスカーが出会うきっかけになったソファ。これは負けるわけにはいかなくなりましたね。あ、ウェスカー、私の腰に手を回して密着して下さい。空気抵抗を減らしましょう」
「よし」
「うわーっ、お、男同士で裸で!! うわーっ」
アナベルは何を言っているんだ。
かくして、なりゆきで始まる俺たちのレースである。
復活したソファが、
『ま”! ま”! ま”! ま”-!!』
ばしゃーんと水面を叩いたのが合図だ。
あれ、多分3、2、1、とカウントしたんだろう。
それを皮切りに、三つのチームが一斉にスタートした。
まずは、アナベルを背中にくっつけたまま、泳いでるのか走ってるのか分からない速度で突き進むレヴィア。
水泳の概念を破壊する動きだ。
形容しがたい。
次に、マリエル。
海の支配者たる海王として、これは負けられないレースであろう。
さらに彼女は、水の申し子たる人魚である。
水中を、まさに鳥のように、猛烈な勢いで泳いでいく。水面に顔を出さなくていい分、泳ぎに集中できるので速い速い。
そして、俺とクリストファ。
クリストファがやや前傾姿勢になって、サーッとボードを走らせる。
俺は彼に掴まったまま、片手を広げたり、足を伸ばしてみたり、クリストファの上に乗っかってみたりと色々だ。
こりゃあ楽しいぞ。
三日月島をぐるりと回りこみ、真裏にやってきた。
今の所、マリエルが体一つ分リード。後を追うのがクリストファで、レヴィアは遅れている。
というのも、レヴィアは動きが雑なので、水面から突き出た岩礁にぶち当たってはこれを砕き、カーブをギリギリで曲がろうとしては砂浜を大きく削って砂塵を巻き上げ、大暴れなのである。凄いパワーロスだ。
アナベルはさっきから、悲鳴を上げ通し。
丈夫な喉である。
いよいよ最終コーナーが見えてきた。
コーナーってなんだ。まあ、最後のカーブのことである。
ここから、俺たちが到着した三日月島の内部へ到着する。
「くっ、流石は人魚。恐るべき速度です。このままでは……! ウェスカー、仕掛けますよ!」
「よし。で、何をやるの」
「ウェスカー、私と手を繋いで、こう、ボードの両脇に手を広げて展開してですね、ええ、そう。名づけて人間横帆!」
よく分からないが、言われたとおりにしてみた。
おお、背中に風が当たる。
クリストファのボードの速度が上がったようだぞ。
こりゃあ楽しい。
「おっ? お前ら一体何をやってうわーっ!?」
今、水上のボートで女の子といちゃいちゃしていたゼインを撥ねた気がする。
「必要な犠牲です」
「そうかもしれん」
俺は納得した。
マリエルの背中がどんどん近づいてくる。
「させませんわ……!! 人魚の矜持にかけて!!」
マリエルは俺たちの気配を察し、全身に魔力を漲らせた。
彼女の髪が、下半身の魚ボディが、形を変える。
髪の毛が翼のような形になり、尾びれは横向きから縦向きに。
「ば、馬鹿な! 速度がまた上がりました!!」
クリストファが動揺の声を上げた。
「わたくしの……勝ちです……!!」
凄まじい速度まで加速したマリエルが、最後は俺たちを大きく引き離してゴール。
人魚の底力を思い知ったのである。
これは、生半可な改造ではソファに勝ち目はないな。
「いやあ、マリエル、素晴らしい泳ぎでした。美しくもあり、鬼気迫るものもあった……!」
「ありがとうございます。クリストファも、そのボードを使った走り、凡百の人魚であれば負けていましたわね」
二人は固く握手を交わす。
ちなみにレヴィアは……いない。
ちょっと離れたハブーの横っ腹が、どーんっと音を立てた。
「うわーっ!! なんだなんだ!? アナベル、お前空を飛んで突っ込んできたのか!?」
「ひいーっ、兄貴ーっ! あたい、死ぬかと思ったよぉー!」
「むぐ、むぐーっ!」
おお、ハブーにレヴィアが突き刺さってもがいているな。
アナベルは、甲板から身を乗り出したアンドリューがキャッチしたようだ。
あのレヴィアの泳ぎ、危険すぎるから封印だな。




