群島へ繰り出す
フレア・タンを倒して、気勢をあげる俺たち。
すると、周囲の状況がおかしい。
妙な揺れが島全体を包み込み、火山から上がっていた噴煙が、唐突に消えた。
やがて、空が今までよりも明るくなった。
「あっ、船がある!」
メリッサが振り返り、気付いたようだ。
なるほど、この島は、俺たちの世界にやってきたらしい。
ハブーの巨体が背後には浮かんでいて、舳先からアナベルが手を振っている。
最近ずっと船底に篭って作業をしていた、アナベルの兄のアンドリューも一緒だ。
「空、明るくなった!」
「ブルトゥス火山、怒りを鎮めた……!」
島の人たちがわーっと、あちこちから繰り出してきた。
どうやら、森に隠れていたらしい。
見覚えのある男女二人組みもいる。
「よー」
俺が挨拶すると、彼らは駆け寄ってきた。
「火の王、倒れた! 見た! すごい」
「すごいだろう」
「あなたたち、新しい火の王! 私たち崇める」
島の人々が、俺たちの周りに集まって、なにやら不思議な踊りを始める。
太鼓まで取り出して、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
これを見て、ハブーの方からも小舟が次々やってくるではないか。
「あれは、お祭りに便乗して騒ごうと言う人々ですね」
クリストファの言葉通り、船から下りてきたハブーの住民たちは、その場で屋台を作り、料理を作り始める。
この島にはお金という概念がないので、どうやら島民が持ち込んでくる食材を使って、みんなで料理をして食べようという算段らしい。
確かに、この島の食べ物は美味しいよな。
肉とか。
「ウホッ」
ゴリラに肩を叩かれた。
「なんだ、どうしたんだゴリラ」
「ウェスカー、ゴリラは何かを伝えたいようだ」
俺とレヴィアを前にして、ゴリラは神妙な表情になる。
いや、どういう表情なのか細かくは分からないが。
「ゴホホッ、ウホッ」
ジェスチャーによると、俺とレヴィアに親愛の情を示しているようだ。
そして、彼は森を指差した。
「ゴリラ、お前、森に帰るのか」
「ウホッ」
ゴリラは頷いた。
そうか……寂しくなるなあ。こいつとは、激しく何かレヴィア関連で競い合ったが、なんだかんだ言って気が合うやつだった。
俺は、彼に向って手を広げた。
ゴリラはハッとした表情をすると、静かに歩み寄り、俺をハグした。
俺も抱き返す。
友情のハグである。
俺にとって、クリストファやナーバンやアンドリューに次ぐ、親しい友である。
今、しばしの別れ!
「そなたの存在は心強かったぞ。また会えることを願っている」
レヴィアは手を差し出した。
ゴリラはそれを見て、一瞬考えると、ふっと笑ったようだ。
俺を見て、グッと親指を立てた後、レヴィアの手を力強く握り返した。
ゴリラ女王と本物のゴリラの握手である。
出会いの握手から始まり、別れの握手で終わる。
俺もちょっとグッと来た。
ゴリラはいいな。
祭りは続き、現地民、ハブーの住民関係なく、大いに盛り上がり、みんな歌って踊った。
俺はせっせと駆け回って魔物を狩り、食材を提供した。
そして夜からは、みんなで酒を飲んで騒いだのである。
気がつくと、夜明けだった。
昨日は戦場だった広場に、今はたくさんの人々が酔いつぶれて寝ている。
暖かいので、お腹を出して寝ていても風邪を引きにくい土地なのである。
その代わり、あちこち虫に刺されてかゆくなっていた。
「うーむ、かゆい」
起き上がりながら、お腹をぼりぼり掻く。
俺の横では、レヴィアが大の字になって寝ている。
少し向こうでは、昨夜は現地の女子にモテモテだったゼインが、女の子を両手に抱えて大変満足そうな寝顔を晒していた。
メリッサはと言うと、大きくなったボンゴレの毛皮を布団代わりにしている。
チョキとパンジャも枕を並べているあたり、微笑ましい光景である。
『ま”』
ソファゴーレムがいた。
俺をちょいちょい、と突いて来る。
「おはよう。おう、なんだなんだ」
『ま”、ま”』
「え? この島を走ってみたい? あっ、そうか。四王国以外走ったことないもんなお前。よし、寝覚めにいっちょ走るか!」
『ま”!』
嬉しそうに、ソファゴーレムは声を上げたのである。
その後、先に目覚めていたマリエルとクリストファも乗せて、俺たちは島をぐるりと一周することにした。
「見てください。ピースによると、この島の北にはさらにたくさんの小さな島々が散らばっています。私たちはブルトゥス火山の周りにしかいませんでしたが、恐らくはこうして海岸線を走っていけば、見えてくるはずです」
ピースを預かっているのはクリストファか。
空に掲げた青いピースが、きらりと光る。
「一番大きな島が、わたくしたちのいる、このマウザー島。ここからすぐの距離に、三つ、島がありますね。わたくしなら、泳いで行けそうです」
「マリエルも行ったことないの?」
「ええ。ソーンテック海は五百年以上、ネプトゥルフによって封じられていましたから。それに、わたくしは人魚を治める女王です。あちらこちらに出向くには、立場と言うものがございましたから」
「なるほどー。それじゃあ、今の世界を旅するのって」
「はい。大変楽しませていただいています」
マリエルがにっこり微笑んだ。
「私もですよ。神懸りというものは、本来は神の言葉を伝える者ですからね。あの島から離れることはできませんでした。いやあ、神々が封印されて実にラッキーです」
「凄いこと言うなあ」
俺はクリストファの物言いに感心した。
「ウェスカーさん、神々は案外寛容なのですよ? わたくし、海神様があまりに仕事をなさらないので、代行して仕事をしていたこともあるくらいです。ですから、海神様はわたくしに色々な便宜を図ってくれました」
「ほー」
神様の話を聞いて、俺は感嘆するばかりである。
今まで考えたこともなくて、漠然とそんなのがいるんだろうなあ、と思っていただけだった。
で、クリストファが出てきて、神様が全員封印されたと聞いて、アチャーとか思ったものだ。
次は、神様が封じられているっていう島に行ってみるのもいいなあ。
「おや、見えてきましたよ!」
クリストファが身を乗り出した。
海岸線をぐるっと回るようにソファは走っていたのだが、大きくカーブした瞬間、遠くに巨大な影が見えたのだ。
緑色の影だ。
「おー、島だ! 山がない島だぞ」
「島全体が高く盛り上がっているように見えますわね。鳥がこちらから渡って行きます」
「島が高いところにあると、上陸が大変そうだなあ。あ、いや、直接ハブーを横付けして乗り込めばいいのか!」
色々、これからのことが思い浮かんでくる。
こりゃあ、楽しいぞ。
さあ、次の島だ。
別の方向に見えたのは、今度は真っ黒な島。
草が生えているようには見えないんだけど……。
「岩山が周囲を囲んでいるようです。果たして、まるごと岩ばかりの島なのか。中には森があったりするのか……」
「もう一つ見えました! わたくし、あの島は好き……!」
マリエルが興奮している。
最後に見えた三つ目の島は、ごくごく低いところにある島で、珊瑚礁の島に似ていた。
違うのは、ちょこちょこ小さな岩山があって、その周りにたくさんの砂浜がくっついたような作りをしていること。
そして、三日月の形をしていた。
「岩と砂浜の島かあ」
「周囲の海に、岩礁が突き出しています。あそこは、ハブーで行くには難しいでしょうね。小舟で参りましょう?」
「マリエル猛プッシュしてくるなあ」
「たまにはわがままを言わせてもらいます。ウェスカーさんやクリストファさんばかり楽しむのは、フェアではないでしょう?」
「そう言えば、マリエルは俺に乗りたいくらいしかわがままを言ってなかった気がする。分かった、後でレヴィアに掛け合っとく」
「ありがとうございます! やったあ!」
子供みたいに喜ぶマリエルなのであった。
そして、俺たちはさらにマウザー島を半周し、元の広場に帰ってくるのだった。
これからの予定は、群島めぐりで決まりなのである。




