魔将はお留守? 鬼の居ぬ間に家捜し
ぽこぽこと、次々に生えてくるトーチマンをぺちぺち叩きながら進む。
さすが火山、いくらでも出てくるぜ!
俺は速射エナジーボルト、ゴリラは抜き打ちドラミングで次々に敵を無力化する。
それを、嬉々としてレヴィアがとどめを刺して回るのである。
ゴリラがちょっと複雑そうな顔をした。
「な? レヴィア様はああいう魔王軍絶対殺すガール……レディなので、平和主義者の君とは合わないぞ。森へ帰ってバナナを食うといい」
俺は優しい声でゴリラを諭した。ガールをレディと言い直したのは、うちの女王騎士が確か十九歳のはずだからだ。
ゴリラは難しい顔をした。
「ゴホ」
「なにっ、諦めないつもりか。ならば俺も徹底抗戦だぞ」
互いにファイティングポーズを取って向き合うのである。
「二人とも、お代わりはまだか?」
そんな俺たちに、わくわくした様子で催促してくるレヴィア。
どんどん敵が沸いて来る環境が、楽しくて仕方ないらしい。
ゼインなど、敵を叩くのに疲れて、飽き飽きした表情なんだが。
「レヴィア様。あまりここでスパートをかけては、後で疲れて魔将と戦えませんよ。元気は後に取っておいて、まずは先に進みましょうね」
「なるほど、確かにそうだな。魔将と戦うときのために、力を残しておかねば……!」
マリエルが、小さな子どもに話しかけるような口調でレヴィアを諭す。
これは分かりやすかったようで、レヴィアが素直にうなずいた。
「ウェスカーさんもゴリラさんも、そうやって賑やかにしているから魔物が寄って来るのですよ。静かに行けば、魔物が出てこないかもしれません。その方が楽でしょう」
「ほんとだ」
「ウホ」
俺とゴリラも説得された。
ということで、俺たちはここから、粛々と山登りを行うことになったのである。
そうしたら、本当に魔物が出てこないでやんの。
「突然平和になりましたね」
「ウェスカーさんも、レヴィア様も、ゴリラもうるさかったもんねー」
クリストファとメリッサが、ひそひそ声で会話している。
メリッサのお供三匹も、音を立てないように動いている。
ボンゴレは猫なので、その辺は得意だろう。
パンジャは不思議な力で浮いているから、音が立たない。
チョキは横着して、自分の足で歩かずに、ゴリラの背中に張り付いている。
いつの間にゴリラと仲良くなったんだ。
「トーチマンって連中は、自動的に出てきて侵入者を迎撃するんじゃねえか? なんつうか、さっきから出てきてる奴ら、自分の意思ってものを感じないんだが」
「レヴィア様の結婚式では、人間に化けたりして、普通に動き回ってたのにな」
「結婚式ではない」
レヴィアに脇腹を小突かれた。
「例の事件」
「よし」
レヴィアからのチェックが厳しいな。
「だが確かにウェスカーの言うとおり、トーチマンたちの動きはおかしい。私たちがこうして静かに動くだけで出てこなくなるとかもな。まるで、誰かに操られねばまともに動けないかのようだ」
そんな女王騎士の想像は、頂上までやって来てみて明らかになった。
そこそこ高い山だったので、途中から疲れたメリッサをおんぶして上ってきたのだが、頂上は見事なまでに何もない。
いや、大きなすり鉢状の穴がある。
「これが噴火口です。活動している火山であれば、この穴から炎や溶けた岩が噴き出して来ます。気をつけてください」
クリストファの説明を受け、なるほどなるほど、と火口を覗き込む俺とレヴィアである。
「危ない危ない!」
ゼインに二人まとめて引っ張り上げられた。
「何でお前ら、言われたそばから危ないことするんだよ! 子どもか!!」
叱られたぞ。
「正座して叱られてる女王様って構図、シュールだよね」
「でもレヴィア様、あの顔は全く反省してない顔ですよ」
「だよね。ウェスカーさんが反省しないのはいつも通りだけど」
メリッサもクリストファも人聞きが悪い。
常に失敗を恐れずチャレンジし続けると言ってくれ。
とにかく、火口付近でゼインが俺たちを叱っていたら、流石にうるさかったようで、トーチマンたちが湧いてきた。
これをまた、みんなでポカポカ叩くのである。
火口付近は、足場がもろい気がする。
あまり踏ん張ると、落っこちてしまいそうだな。
「ウホ」
言ったそばから、ゴリラが火口に落っこちた。
「ゴリラが!」
「ぶいー!」
ゴリラの背中からジャンプして、俺のローブに飛び移ってくるチョキ。
お前、ゴリラを踏み台にしたな?
「ゴリラー!」
レヴィアが叫ぶ。
ゴリラは火口に沈んでいきながら、腕を突き上げながら、グッと親指を立てた。
そのまま火口に没していく。
死んだかな? と思ったら、火口の底からポコポコとドラミングの音が聞こえるではないか。
「あれっ。この下、行けるみたいだぞ」
「ぶいー」
チョキは俺の腹の辺りに張り付きながら、そうだそうだ、とでも言いたげにうなずく。
「よし、チョキ、偵察に行って来い」
「ぶい?」
「いってらっしゃい」
俺は微笑みながら、子オークのチョキを火口に放り込んだ。
「ぶぶぶ、ぶいー!?」
なんか叫びながら落ちていった。
「ウェスカーさん!? チョキが焼き豚になっちゃうでしょー!! や、焼き豚、に……。ジュルリ」
「メリッサこわいわあ」
俺に注意しながら、途中でよだれを拭うメリッサなのである。
ちなみに、少しした後、火口から「ぶいー」というチョキの声が聞こえてきたので、これは本当に無事に下まで行けるみたいだ。
「みんな、この火口が入り口だ。山の中に魔将の住処があるぞ! 俺はお先に」
俺は自ら火口に向って飛び込んだ。
「あっ、ウェスカーずるいぞ! 私も行く!」
「え、えーと……。ボンゴレ、行こう!」
「フャン!」
レヴィアにメリッサ、ボンゴレも続く。
俺とレヴィアが自由落下なのに対して、ボンゴレは火口の斜面を駆け下りてくるあたり、流石である。
どこまで落ちるかなー、なんて思いながら、落下に身を任せていたのだが、すぐに火口から別の空間になった。
そこは、明らかに城の一室みたいになっている。
ゴリラが下で待機していた。
「おお、ゴリラ、やはり生きていたか」
「ウホッ」
ゴリラが落下してくる俺たちに向けて手を差し伸べた。
俺はその腕目掛けて落ちていき……。
触れる寸前にゴリラがサッと手を引っ込めたので、床に思い切り尻から激突してしまった。
「いてえっ!」
ちなみにゴリラは、レヴィアをキャッチしていたりする。
なんて判断力だ。
「ありがとうゴリラ」
「ウホホッ」
「的確な点数稼ぎだな。だが俺も負けてはいないぞ」
俺はスッと立ち上がった。
落下の瞬間、尻が当たった床にウィークネスの魔法をかけたのだ。
床は俺の尻の形に凹み、放射線状に亀裂が入ったが、俺の尻は無事である。
「ウェスカーさんって、無駄に頑丈だよね……。普通、魔法使いって体が弱そうなのに」
「何を言う。魔法を使って真っ先に敵に突っ込むんだから、丈夫さと体力は一番大事だぞ」
ボンゴレに乗って悠々と降り立ったメリッサに、俺は魔法使いは体が資本であることを伝える。
そして、この空間の調査を開始するわけである。
天井を見上げると、真っ黒。空が見えるわけでもない。
これは、火口とここを繋ぐ魔法が掛かっているのかもしれない。
部屋の中には椅子とテーブルくらいしかない。
ここがもし、フレア・タンの居城だとするとずいぶん質素だ。
あちこちに扉があるから、そこに魔将らしいものが置いてあるかもしれない。
俺は早速、目に付いた扉を開けることにした。
「どーれ」
ドアノブを握った。
すると、ドア全体がぐにゃっと歪む。
『フレア・タン様ではないな! 侵入者め!』
「ドアの形の魔物かあ! うわっ、火を吹きやがった」
ドアに目が付き、口が開き、そこから俺目掛けて炎を吐きかけてくる。
これは、ローブで防ぐのである。
魔将フォッグチルが残したこのローブ、耐熱性能があるのでとても便利。
炎を防ぎながら、俺は握ったドアノブ目掛けて魔法をかける。
「うりゃあっ、ウィークネスだ!!」
『ウッ、ウグワーッ!?』
魔物とは言え、ドアだ。
ウィークネスで脆くなる。
ボロッとドアノブが取れた。
「ウェスカーさん! ドアノブ取れたら開かないでしょ!」
「あっ」
メリッサに突っ込まれて気付いた。
これはいかん。
「ではこれだ! 体当たりウィークネス!」
俺は肩から扉目掛けて突進しながら魔法を放つ。
『ウグワーッ!!』
扉の魔物は、断末魔の声を上げると、そのまま粉々に砕け散ってしまった。
俺はその向こうにある部屋へ転がり混む。
そして、視界いっぱいに広がったものに、思わず声を上げてしまっていた。
「な、なんだこりゃあ」
「どうしたのだウェスカー!」
俺の声を聞いて、ドシンドシンとレヴィアが……いや、ゴリラに乗ったレヴィアがやって来る。
姫騎士から女王騎士、そしてついにゴリラ・ライダーに進化したか。
「ああ、これか? ゴリラがなかなか下ろしてくれなくてな。であれば、足として使ってみようという試みなのだ。そなたよりも背が高くなった心地で、なかなか気分がいいぞ」
女性としては結構な長身であるレヴィアだが、俺よりはちょっと背が低い。
気にしていたのか。
得意げに俺を見下ろしてくるな。
いやいや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「レヴィア様、これこれ」
「むっ? なんだこれは! まるで衣装の森ではないか!」
そう、そこには、見渡す限りの服、服、服。
全てが男性物で、しかも普通の服ではない。
やたら飾りがジャラジャラついていたり、強そうな肩アーマーがついていたり、逆に革のベルトだけで作られたヘンテコな服だったり。
「あの魔将、服を集めるのが趣味であったのか」
「おっ、レヴィア様、ほら、この服。例の事件の時にフレア・タンが着てた花婿用の礼服で……」
「そこをどけウェスカー!! うらあああああっ!!」
いきなり本気モードになったレヴィアが、剣を振りかぶって投げつけてきた。
「あぶねっ!!」
俺は全力で真横に跳躍する。
さっきまで俺がいた場所、つまり、フレア・タンの礼服があったところに、雷を纏った剣が炸裂した。
大爆発が起こる。
どうやら、炎の魔将の衣装らしく燃え上がりはしない。
だが、爆発に巻き込まれると話は別なようだ。
粉々のばらばらになり、衣裳部屋は一瞬にして、よく分からないチリにまみれた空間になった。
「あーあ、もったいない……」
「何を言う。これでいいのだ。あの忌まわしい記憶を思い出さなくて済むからな」
レヴィアが爽やかに笑った。
かくして、第一の部屋を灰燼へと変えた俺たち。
次なる部屋の散策を行うのである。




