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Continental of Magica   作者: ドライ@厨房CQ
第2話 世界樹の下にて
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世界樹に集いし者

「ふぅ、どうにかユグドラシルにたどり着いたな。三日もかかるとは思わなかったよ、ホント」

「丸一日休息に充ててたからね、アルトは疲れてない?」

「まだまだ元気だぜ! って言いたいが、流石に疲れてきたな」


 或斗(アルト)とスピカの二人は市場の通りを進んでいる。道の両端には露店が並び、太陽が昇り切った昼下がりなこともあってか賑わいを見せている。

 地下牢獄を抜け出した後ユグドラシルを目指したのだが、思った以上に疲労していたこともあり、普通なら半日ほどの行程が三日にもなってしまった。

 ユグドラシルに来た理由も近くにあった街というだけでなく、多くの人間が行き交う事のでスピカの妹であるアーテルに関する情報が手に入りやすいと考えたからだ。

 雑多な市場には様々な物品が積み上げられており、スピカは真横を流れる露天の品々を興味深そうに眺めていた。或斗は食品を扱う露店に顔を入れて、腹の足しになりそうなものを物色している。


「スピカはここに来るのは初めてか?」

「うん、こんなに賑やかなんだから、今日はお祭りなの?」

「うんにゃ、ここじゃあこれが日常風景さ」


 街道に面した市場は町の玄関口であり常に人や物が行き交っている。訪れた冒険者やキャラバン隊向けの歓楽街も併設されており、昼夜問わず人が絶えることはない。

 露店で買った二つのリンゴのうち片方をスピカへ手渡すと、或斗はもう片方のリンゴを歩きながら食べ始めた。


「ここは屋台店の品揃えも多くてな、食事をここで済ますってひとも結構いるぜ」

「うん、美味しそうだね。レガリアにはこういった街は多いの?」

「世界樹の木陰にあるって意味じゃあオンリーワンだけど、大きな街なら海沿いの城塞都市群があるな」


 城塞都市群は人類がレガリアに初めて入植した際に築いた5つの港湾都市のことである。海に大海獣、空には龍種、地には魔獣が住まうレガリアから入植者を守るために強固な防壁を持っていることから、城塞都市という通称がつけられた。

 鉄壁を誇ることから龍種の攻撃さえも防ぐことが出来るとまことしやかに語らえているが、実際に龍が城塞都市を攻めた事はないので眉唾ものである。


「オレは城塞都市のオリエンしか見てないが、活気さならこの街の圧勝だな。他の城塞都市はどうだかわからねえけど」

「街それぞれの特色があるわけだね、いってみたいなあ」

「まぁ、それはこの街でやることをしてからだな」

「うん、アーテルの手掛かりを探さないとだね」


 リンゴ片手に二人は市場の中を進んで、併設された一区画へ入る。ここは魔法関係の物品を扱う商店や工房が集まった魔法街であり、市場の喧騒から一転して落ち着いた雰囲気を醸しだしている。

 人気の少ない通りを進んで、一軒の店の前で足を止めた。


「オルビス魔法店……、ここが目的地なの?」

「そうそう、ここにオレの雇い主様がいるのさ」


 扉を開けて店の中へと入る。こじんまりとした店内は商品を並べたテーブルが置かれて、備え付けのカウンターにはいくつかのスツールが併設されている。

 そのスツールに腰掛けた少女がドアが開く音に気付いて、二人の方へ顔を向けた。スピカほどではないが色素が薄まって青みがかった髪と深い青の瞳を持ち、天球儀を模した青い髪飾りも相俟って見る者に『蒼』の印象を与える。

 アルトの姿を視認すると蒼の少女は怪訝そうな表情を浮かべた。


「いらっしゃいませ、……あら、あなたでしたか或斗さん」

「やぁ、久しぶりだなステラ。って、なんでオレを見てそんな顔してんのさ?」

「いえ、ただあなたが女の子を連れ回しているという噂を耳にしましたので」


 看板娘のステラが言っている噂の少女とはスピカのことだろう。ユグドラシルへ来てそれほど時間が立ってないのに、もうそんな噂が巡っていることは情報交換を挨拶代わりに行っているこの街の特殊性からだ。

 そしてここを訪れた理由の一つが、街に飛び交う情報をすぐさまキャッチできるオルビス商会の力を頼りにしたからだ。


「街の噂が既に耳に入ってるなんて流石なもんだよ。でも、別に連れ回してるわけじゃなくて、スピカとは色々あって一緒にいるってわけさ」

「一ノ瀬スピカだよ、よろしくね」

「こちらこそです、私はステラ・オルビス、ここオルビス魔法店の店番をしてます」

「そして、オレに賢者の石を取り返すよう依頼してきた張本人ってわけさ」


 ぎこちなくだがスピカとステラは互いに挨拶をかわす。スツールへ二人を座らせると本題を切り出した。

 仕事の成果を期待しているステラに対して、アルトは申し訳なさ気に目を泳がせる。


「ここにいるということは、無事に取り返すことが出来たのですね?」

「あー、えっと、それがね、こうなっちゃいまして……」

「この我とは初見となるだろう、オルビス商会のご令嬢。我が名はジェフティ、賢者の石の魔力と灰村或斗ハイムラアルトの精神力が合わさり顕現した者である」

「…………これは一体どういうことか、説明願いますか」


 影の中から姿を表したジェフティが仰々しく礼の姿勢を取るも、突然のことに呆気にとられたステラは声を小さく絞り出すと、目を白黒させて黙り込んでしまった。

 或斗は平謝りのまま、何が起きたのかを説明した。賢者の石を探す中で牢獄に捕まったこと、内部でスピカに出会ったこと、賢者に石でジェフティを呼び起こしたこと、最下層で結晶龍と戦ったことなど、潜入した地下牢獄で起きた全ての事を。


「そうだったのですか……、それは大変でしたねスピカさん」

「うん、でもアルトとジェフティが一緒だったから大丈夫だったよ」

「なら、或斗さんを雇った甲斐もありました。でも困りました、賢者の石を使う予定があったのですが」

「それで、相談ががあるんだが……」


 背中に担いだ麻袋をカウがンターの上に置くと、中身を取り出した。その中には光り輝く結晶の塊が収まっていて、それを見たステラは目を丸くした。

 この結晶は結晶龍の角の一部であり、結晶龍との戦いで砕いた角の一部を或斗が回収しておいたのだった。

 高い魔力を誇る竜種の部位の中でも角は魔力を司るため、それ自体が高純度の魔鉱石ともいえる。希少性もあるものなので賢者の石の代替にならないかと考えていた。


「この龍の角を譲るからスピカの妹さんを探すのを手伝ってほしいんだ。オルビス商会の情報網ならこの街での情報は手に入りやすいだろうし、賢者の石の代替品にもなると思いしさ。まぁ、結晶龍を倒したのはスピカだから、最終的に決めるのはスピカなんだけども」

「それは願ってもない話ですが、ホントによろしいんですかスピカさん?」

「うん、アーテルを探すのを手伝ってくれるなら、わたしはそれでいいよー」

「わ、わかりました。ちょっとおじいちゃん達と相談してきますね」


 スピカからの了承を得られたので、結晶を恐る恐る抱えてステラは店の奥へ姿を消した。評定が下るのを待つ間、店の中を見て回る。

 商品棚に置かれた魔装具はどれも小さいながら精巧に作られている。ステラの祖父であるオルビス魔法店の店主が一つ一つ手作りしているものであり、機械や魔法では再現できない熟練した技術の賜物であった。他にも錬金術に関する書物や魔法薬の原料となる薬草類も取り扱っているようだ。

 スピカは本棚に置かれた魔法関係の書物に目を通し、或斗は魔装具を手にとって見ていると、店の奥のドアが開いてステラが姿を見せた。


「お待たせしました。今回のお話、受けさせていただきますので、ついてきてください」

「そいつは良かった、さっそく情報集めにくり出すかい?」

「いえ、別件ですよ」


 ステラに連れられて二人は店舗奥の扉から中へと入る。そこは工房になっており、そこをさらに通り過ぎて荷物が置かれた区画へと入っていった。

 そこには青いオート三輪が鎮座していて、荷台部分に厚手の布で厳重に包まれた龍の角が載せられている。


「オート三輪とは、これまた骨董品が出てきたねぇ」

「或斗さん、運転をお願いできますか?」

「まかせろ! ところでどこへ向かうんだ?」

「はい、世界樹の根元ですよ」


 









「けっこうすんなり入れてもらえたな」 


 オート三輪のハンドルを握りながら或斗は街のシンボルである世界樹に向かって進んでいる。

 世界樹の根元には古代魔法文明の遺構が存在しており、ユグドラシルの原型は世界樹の周りに建てられた採掘街とのことだ。根元の周辺一部は盗掘を防ぐために立ち入りが制限されているので、本来なら或斗は入ることはできないが、ステラが同乗していたので顔パスで通れた。


「こう間近で見るとほんとにおっきいね!」

「正確な樹齢はわかりませんが、万単位の年月はかかっているそうです」


 巨大な世界樹が目の前に迫り、その荘厳な佇まいに圧倒されて、スピカは嘆息を漏らす。それは或斗もステラも変わらない。

 世界樹が作り出す木陰にはなぜか魔獣が近づかない。その理由は分からないが、常に魔獣が跋扈しているレガリアの内陸部において、人間が落ち着いて暮らせる場所はユグドラシル以外ないだろう。その恩恵をもたらす世界樹を街の人々が畏敬を覚えるのは当然であろう。

 世界樹の根本まで近づけば、陽の光が遮られる影響で背の低い下草しか生えていないまっさらな草原が広がる。発掘隊のテントや簡易住居を集めたベースキャンプが立てられている。


「やぁ、話は聞いてるよ。ようこそ発掘村へ」

「こんにちは、ハカセ」


 三輪オートを降りた三人を出迎えてくれたのは、甲冑を纏った2メートル以上の大男であった。だが、その体躯とは裏腹に口調は柔らかげで声色もどこか少年らしさがあり、ステラが親しげに話していることから或斗もスピカも警戒心は抱かなかった。


「僕はフィン・レディオメス・トリビーダ・フィルツェーン・フォークト、ゴーレムさ。名前が長いもんで皆からはハカセと呼ばれているよ。或斗君にスピカ嬢、二人ともよろしく」

「ハカセ、こちらこそだ」

「よろしくね」


 互いに挨拶をさますと、ハカセは無線機で荷物が届いた事をどこかへ知らせて三輪オートの荷台に乗り込んだ。目的地は少し離れた場所にあるようなので歩くよりこちらの方が早いのだ。

 さすがに大柄というよりも金属の塊であるハカセが乗ると、骨董品なオート三輪は亀のようなノロノロ運転になってしまう。ゆっくりと進む中でスピカはハカセについて興味津々に尋ねる。


「ハカセみたいなゴーレムははじめて見たよ。確かゴーレムは魔力で動く泥人形だよね?」

「たしかに僕のようなゴーレムは珍しいみたいだね。ただ、人格を持ったゴーレムやオートマタは一定数存在していて、人権も認められているのさ」


 魔法によって生みだされたゴーレムやオートマタ、ホムンクルスなどは道具として使われていたが、長い経験から自我を持った者や最初から自我を持って生まれた者が増えて、長い騒動の末に一個の人格を持つ魔法生物たちは亜人種として人権を認めらて、現在では各々の分野で大きな力を発揮している。

 ハカセも最初から自我を持って生まれたゴーレムであり、自身を生み出した魔法研究家とともに多くの魔法を調べ上げてきた。そして主人が亡くなった後は亜人種の人権を巡る諍いから避けるために魔法大陸開拓団の第一陣に参加して、以後100年近くレガリアで魔法の研究をしている。


「ハカセの論文や研究成果は度々学会にも取り上げられるくらいに、魔法研究の第一人者なのですよ」

「それでもまだまだこのレガリアの事を解き明かすには至っていないからね、日々精進さ」


 軽く話した程度なのだが、それでも多くの事を成し遂げてきたハカセにステラは尊敬の念を送っている。なんでもハカセはステラに魔法を教えてくれた先生でもあるらしい。

 運転の方に集中していて会話に加われない或斗は、ジェフティを引っ張り出してその輪の中に入る。突然現れた黒い影にもハカセが動じることはなかった。


「素晴らしい経歴であるな、ゴーレムの大賢者殿。200年以上生きてる事を差し引いても、ここまで出来るのはたゆまぬ努力の賜物であろう。お前も見習うべきであるな、我が共犯者よ」

「その大賢者という呼ばれ方はどこか硬苦しくててね、だからハカセと呼ばれる方が気楽でいいさ。それにしても、或斗君がイド魔法の使い手とはね。しかもここまで自我がはっきりして自立しているものは初めて見るよ。はじめまして」

「こちらこそ、名乗りが遅れて面目ない。我が名はジェフティ、こうした良縁に巡り合うのは喜ばしいこと、以後お見知りおきを」

「へぇー、ジェフティみたいのってイド魔法って言うんっすか。正直なところオレもジェフティもどうしてこうなったかサッパリなもんで」


 運転している或斗に代わってジェフティは肩を竦めるジェスチャーを見せる。ハカセは持論だから正確には分からないと前置きをしてから、イド魔法について語り始めた。

 魔法は肉体が司る生命力、魂が司る精神力、そしてマナなどの外部から取り込んだ魔力を混ぜ合わせた己自身の魔力オドを使って発動させている。 

 イド魔法は自我イドの名の通り精神力のみで発現する魔法の総称である。形態は多種多様になるが、何かを模ったような形状をしているという共通点があった。これは発動者の心の奥底にある潜在意識、最も強く感じている情動が魔力によって実体化して現れるからだという。


「心のイメージ……、アルトが強いと思っているものを形にしたのがジェフティなんだね」

「我がこの姿は不屈の意志を模ったものというわけか、実に小気味良いな!」

「でもちょっと燃え移らないか心配ですね。ジェフティさんっていつも燃え盛っているので」


 ハカセのわかりやすい解説に三者三様の反応を示す。三輪オートの荷台で談笑が続く中、世界樹の周囲を走っていく或斗の眼に、大きな建造物が映った。

 世界樹とは比べても小さくそれでも巨大な鉄塊であり、横長のブロックが上下二つに重なって、その四隅から球体状の着陸脚が鎮座している。

 荷台のスピカもそれに気付いたのか身を乗り出している。


「あれは船かな? でも陸地をどうやって進むんだろう」

「ご明察だねスピカ嬢。あれは陸上航行船といった船で、浮遊魔法で少し地面から浮かべて動かすんだ。そして僕らの拠点で目的地さ」

「へぇー、あれが噂に聞く陸上航行船か。冒険者の移動手段であり拠点というのも本当なんだな」


 陸上航行船を中心に置かれたテントが集まり、三輪オートもその中へ止めた。スピカ達が降り立ったのとほど同じタイミングで、陸上航行船の中からこちらに向けて駆け寄ってくる人影が見えた。

 土埃をまき散らしながらの勢いで迫るその人影に、ハカセが気軽に手を振るとその人物も手を振り返した。

 今まで何か作業をしていたのか青い作業着は油汚れが所々についており、身なりをそこまで意識していないのか白いメッシュが入った赤い頭髪はボサボサなのだが、その明るげな表情によく馴染んでいた。


「いや~、ハカセから例の物が届いたからすっ飛んできたよ。それにしても暑い暑い、上着脱いじゃおっと」

「モニカ嬢、女性がいきなり青少年の面前で服を脱ぐもんじゃないよ……」


 全力疾走してきて汗だくとなったモニカと呼ばれた少女は、作業着をおもむろに脱ぎ捨てた。ハカセがそれを咎めるが気にする風ではなく、それを見てた或斗もげんなりとしてしまう。

 上着がなくなりシャツにショートパンツ、肩を通るサスペンダーにはポーチがいくつも吊るされた実に軽い出で立ちとなったモニカがぐっと或斗に顔を近づけてきた。パーソナルスペースがせまいのか遠慮がないのか、その勢いに或斗は押され気味だが彼女の瞳はまるで子どものようにキラキラと輝いているのだ。


「君が持ってきてくれたんだよね! さぁさぁもったいぶらないでバシッと出して頂戴なっ!!」

「オーケーオーケー、そんなにがっつかなくてもすぐに出すよ」


 ワクワクと擬音が聞こえてきそうなほどのモニカからの期待を受けながら、或斗は担いでいた麻袋を差し出した。その中身には龍の角が納められている。

 麻袋からのぞかせる龍の角の輝きに負けんばかりに、モニカは顔を輝かせながらながめていた。


「やったぁこれで完成する! ホントにありがとう、えっと、君のお名前は?」

「オレは灰村或斗だ。まぁ、元々使う予定だった賢者の石をぶっ壊したのはオレだし」

「ニュフフ、過ぎたことはいいんのだよ、或斗クン。あ、あたしはモニカ、モニカ・ティムだよ。よろしくよろしく~」

「それに礼ならスピカに言ってくれよ。結晶龍を倒したから角が手に入ったわけだからな」


 或斗が指差した先にいたスピカをまじまじとモニカは見つめた。そして何を思ったか、一気に駆け出すとスピカに飛びかかった。突然のことに呆気にとられる或斗であったが、身体は自然に動いて懐から魔導銃を引き抜いていた。


「ふええぇぇ……」

「本当にありがとうね~スピカちゃん! おかげで助かったよ~!」 

「……なんなんだよ」


 銃を構えていつでも発砲できる体勢であった或斗は脱力してがっくりと崩れる。モニカがスピカをしっかりと抱きしめて、頬ずりまでしているのだった。モニカはただ全身を使って感謝を伝えているなのだろうが、頬ずりされているスピカは突然のことに目を丸くしてされるがままだ。

 銃を下した或斗はげんなりとしていたが、このまま放置するのはまずいので、スピカからモニカを引きはがしにかかる。だが、そうするよりも早く二人の間に割って入る人物がいた。


「モニカさん、いいかげんにしてください! 初対面の方にべたべたくっつくのは失礼ですよ!」

「繊華ちゃん、これはあたし流の感謝の示し方なの。少しくらい勘弁して、ね?」

「いえ、今日という今日はお説教です!!」

「そ、そんなっ~!?」


 突然現れた繊華という少女によってスピカから引きはがされたモニカはその場に正座させられて説教を受けていた。

 怒涛の展開に置いてけぼりの或斗に後ろから声をかけられた。振り返ってみるとそこにたのは、浅黒く焼けた肌にリーゼント風に前髪を上げた少年に屈強な肉体をもった数人の男達であった。


「驚かせてすまんな。あれはここじゃあ日常茶飯事なんだよ」

「そいつはご愁傷様だ。あのモニカが相手じゃあ、繊華って子もお前さんも気が休まらんだろう」

「ホント天才と変人は紙一重ってのを体現してる人さ。おっと申し遅れたな、俺はイサム・バニングス、モニカの姐さんの助手をしてる。で、後ろのはオルビス商会の精鋭たちだよ」

「灰村或斗だ。正直なとこ、バカ騒ぎできる人間は嫌いじゃないぜ」


 イサム達は龍の角を運ぶためにきたようで、それを収めるための保護ケースを担いできていた。これから龍の角を使う形に加工するのだが、それを行うのにステラも参加するという。オルビス商会の精鋭達がステラの指示に従っているのは会長の孫娘だからというわけでもなく、彼女も優れた職人という事だからだ。

 或斗が改めて感心しながら運ばれる龍の角を眺めていると、正座していたモニカが立ち上がったのが見えて、どうやら繊華からのお説教は終わったようだ。

 繊華が振り返って自身の後ろにいたスピカの方へ振り向いて、そこで初めて姿を確認することが出来た。長い黒髪に白い肌、身に纏った紅白の衣装は巫女服を思わせて、活動的なモニカとは対照的に淑やかな女性的魅力がより強く感じられる。


「お騒がせしました。私は姫居(ヒメイ)繊華(センカ)と申します、どうぞ寛いでいってくださいね」

「大丈夫、ちょっと驚いただけだから。一ノ瀬スピカだよ、よろしくね」


 スピカと繊華は互いに挨拶を交わす。二人とも傍から見ればかなりの美少女でもあるので、並んでいるその姿は壮観である。特にイサムに至っては鼻の下を伸ばしている有様で、或斗もその中に入っていくのに気後れを感じるが、二人は気にせず手招きしている


「スピカさん、ここは騒がしいところですがゆっくりしていってくださいね。灰村或斗君、あなたとここで再会できるとは思っていませんでしたよ」

「えっ、オレのこと知ってんの?」

「はい、あなたは知らないと思いますが、地元では知らぬ者はいない悪童でしたよ」

「アルトとセンカって、おんなじところの出身なんだね」


 スピカの問いに繊華は頷く。二人とも東の大陸オージアのそのまた東にある島国扶桑の出身であり、海と山に囲まれたのどかな集落で育ったという。

 或斗はそんな静かな町を騒がせる一因であり、一対複数の喧嘩で相手方を打ち負かした挙げ句に大の大人も張り倒したり、繊華の実家である姫居大社の鳥居に落書きしたなど、その手の話をあげれば切りがない。


「だから、一度面と向かってお説教したいと思っていたところですよ」

「いやー、それは若気の至りって奴で、お説教は勘弁願いたいな」

「ふふっ、アルトは昔からアルトらしかったんだね」


 少し眉を細める繊華に対して或斗は手を上げて降参する。スピカはどこか楽しげであるが、モニカへの説教を間近で見ていた或斗は、逃げるように後ずさりしながら首をブンブンとふる。

 そんな或斗の肩に何かが寄りかかる重さを感じた。重さの正体はがっしりと肩を組んだイサムであり、その視線はどこか恨めしそうだ。


「或斗よ、羨ましいぜ。あんな美少女と大冒険を繰り広げただけじゃなく、繊華さんとも幼馴染だったなんて……」

「おいおい、スピカとはそんな大冒険っていうほどのことはしてねえよ。それに、繊華とだって地元が一緒なだけで面と向かって話したのは今が初めてだしよ。お前さんだってモニカといつも一緒じゃあないか」

「確かに姐さんも美人ではあるがなぁ、性格とか言動を差し引くとどうにも……」

「イサムくん、あたしがどうかしたの?」

「あ、姐さん!? いえいえいえいえなんでもありませんよぉ!!」


 突然ぬっと現れたモニカに千切れんばかりの勢いでイサムは首を横にふる。挙動不審なその様をあまり気にすることなくモニカは或斗とスピカの方を向いた。これから龍の角を加工する作業に入るようだ。


「二人ともありがとう、おかげで目途がついたよ。それにスピカちゃん、色々と大変だったみただけどあとはまかせてね」

「わたしもお手伝いするのです。モニカさんが勝手なことをしないように見守る義務がありますので」


 モニカたちが陸上航行船の方へ戻っていくと、この場には或斗とスピカ、繊華とハカセにイサムだけが残っていた。静かになってスピカがポツリとつぶやく。


「嵐みたいな人だね……」

「それがモニカ嬢の人となりだからね。それに僕らは君たちの事情はある程度は聞いているいる。モニカ嬢も協力してくれて気合十分なようだしね」

「うん、ありがとう。それでわたしたちは何をすればいいの?」


 スピカの目的は妹であるアーテルを探し出すこと。それにハカセたちが協力してくれるのはとても力強い。だから自分もすぐに動くべきだとスピカは考えている。

 そう勢い込むスピカをハカセはたしなめる。


「スピカ嬢の熱意はわかるよ。ただ、今は待つことも大事さ。それに長旅で疲れてるようだし、今日ぐらいはゆっくりしていきなよ」

「ハカセの言うとおりだな。果報は寝て待てって言うぐらいだからな」

「わかった、でも明日はアーテルの跡を探すから手伝ってね?」

「おう、まかせな!」


 或斗は威勢よく返事をしたが、すぐに身体を伸ばした。地下牢獄を出て以来、野宿だけだったので疲れが抜け切れていない。それはスピカも同じようで、表情には疲れの色を滲ませている。

 お疲れモードのスピカと或斗に気遣いの言葉を繊華はかける。


「色々あったと思いますが、とりあえずはゆっくりしていってください。私たちはあなた方を歓迎いたします」


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