結晶龍
「な、地震か!?」
足元が大きく揺れた。部屋全体が強く軋みだして部屋をとびだした。薄暗い竪穴の底では地鳴りのような不気味な音が辺り一帯に響き渡る。
揺れはしばらくして収まり、静寂はすぐに戻ってきた。或斗はほっと一息をついたが、スピカとジェフティは厳しい面持ちであった。
「なんとか、収まったか……?」
「……嫌な予感がする」
「この感じは、マナの乱れが起きてるのか」
「おいおい、二人だけで話を進め――」
或斗は途中で言葉を切った。強烈な光に思わず顔をそむけたからだ。
恐る恐る顔をあげてみると、目の前に現れたものに思わず目を剥いた。地震で生まれた地割れの間から、巨大な結晶の柱が突き出していた。
結晶体はほのかな光を放っており、ここが地下深くであることを忘れさせるほどに周囲を照らす。強烈な光を発した正体はこれだろう。
ここがかつて採掘場でもあったので掘りきれなかった魔鉱石の鉱脈が今に地震で隆起したものだと、或斗は予想する。あるものを見つけるまでは。
「……えっ、目玉?」
「危ない! 二人ともここを離れるぞ!」
またしても大きな揺れが襲い、翼を広げたジェフティが或斗とスピカを持ち上げて飛び立つ。その間も或斗は結晶体を凝視していた。
伸びる結晶体の根元あたりにある丸い窪みが動いて、それがこちらを凝視してきた。地震のよってできた裂け目の中から飛び出して、結晶体がその正体を現す。
鋭い牙が生えそろった頭部に節足動物を思わせる長い胴体からは触手が無数に生えて、尻尾の先端はモーニングスターを思わせる突起がついている。眉間から伸びた角が結晶体の正体で、全身を覆う鱗も結晶体と同じもので構成されて、ある種の神々しいさを放っている。
全体からの印象は、まさに龍だ。翼や脚を持たない点は蛇に似ているが、その巨体からあふれる圧迫感は既存の生物の範疇ではない。
「な、なんでこんな所に龍がいるんだ!?」
「それは確かにな。空に住まう龍は高空の龍の巣に、地に住まう龍はもっと地下深くマグマに近いところに生息してるはずだ」
「地脈だよ、ここの下に流れているから、それに乗ってきたんじゃないかな?」
岩陰に潜みながら龍の動向を確認する。見つかればひとたまりもないだろうから、隙を見て上に昇っていくしかない。
地中から完全に姿を現した龍によって監獄は大きく姿を変えさせられた。隆起した地盤に押されてシャフトは折られて、支えを失った天蓋が落下してきたのだ。
倒れたシャフトや天蓋の残骸が降り注いで、螺旋状の監獄をズタズタに引き裂いた。それは螺旋を辿って地上へ上がろうといしていた或斗達にも襲いかかった。
「大丈夫かスピカ?」
「うん、ありがとう。アルトの方こそ大丈夫なの?」
「どうってことはないさ、……ちくしょう、出口が塞がれてしまった」
落ちてくる天蓋の欠片からスピカを庇った或斗は土埃にまみれながらもなんとか無事だった。辺り一帯は残骸の山がいくつも並び、上へ繋がる通路は完全に崩落していて進むべき道は完全に絶たれていた。
それだけじゃない。遥か上方から感じる視線にゾクリと背中が震える。恐る恐る振り向いてみれば、結晶龍が舌なめずりをしながらこちらを凝視していた。
蛇に睨まれた蛙のように動けず、その場で棒立ちになる。このままでは容易く龍に蹴散らされてしまうだろう。
『どうした? 何を呆けているのだ、それともここで全部諦めるのか』
「ハッ、よく言うぜ、オレに逆境を覆せとのたまったのはどこのどいつだ」
『ならばよし、我はお前の中で魔力を練り込んでいる。お前はただ走ることだけを考えればいい』
返事もなく或斗は駆け出した。戦うしかないのなら、まずは龍の意識をこちらへ向けることだ。手にした魔導銃の引き金を絞りながら、龍に向けて啖呵を切った。
「幻想種最強がなんだっていうんだ、このオレが相手だ!!」
魔導銃の魔力弾程度では強固な鱗を抜くことは出来ないが、気を逸らすことはできた。だが、唸りを上げながら大木ほどの尻尾がアルトを目掛けて振り落とされた。
前へ飛び込むように間一髪で回避する。先ほどまでいた場所は抉れたクレーターと化しており、掠っただけでも致命傷になりえる。
続いてキラキラと光る鱗が上から降り注いだ。その光景は美しいものであるが、触れれば肉体を容易く切り裂く凶器でもあった。弾丸で一つ一つを弾き落としていくが、一度に何十もの鱗が飛びかかってくるので、崩れた天蓋の残骸を盾にしつつやりすごす。
だが、鱗の回避に意識を向けすぎてしまい、細く鋭い槍のような触手が迫ってきている事への反応が遅れてしまった。そのまま盾にしていた残骸ごと数本の触手に刺し抜かれる。
「残念だったな、そこにオレはもういないぜ!」
結晶龍の目線と合わせるように、シャフトの残骸の上で或斗はふんぞり返っていた。触手が刺さる瞬間にジェフティが用意していた魔力を開放して、ここまで跳び上がってきたのだ。
低い唸り声を漏らす結晶龍に気圧されぬように或斗も不敵に口角を上げる。その背中には青い焔を上げるジェフティが立つ。
『さぁ、準備は整ったぞ。これから見せるは我とお前が持つ力の極致、あらゆる逆境を覆す意思の力だ。乗りこなしてみせよ!』
「いくぜ、クリスタルドラゴン。オレの、オレたちの力を見くびるなよ!」
ジェフティの姿が揺らいで青白い焔となり、或斗を包み込む。焔が或斗の目元に張り付いて炎の仮面を構築し、青炎のオーラを纏った或斗は跳び上がる。
軌跡を残しながら或斗は自在に空を飛び、掌から黒炎の魔力弾を放つ。向かって飛んできた鱗を全て焼き払われ、ジェフティの持つ高速移動を行使している或斗には追いつけずにいる。
「まだまだ、これからだ!」
『魔力の収束なぞの雑多なことは我に任せて、お前はただ動き回ることだけを考えよ!』
結晶龍の周りを飛び周りながら、掌に溜めた魔力を撃ち出さずに直接触手へ叩き込んでちぎり落とした。その勢いのまま、胴体へ渾身の力を込めた拳をぶつけた。
しかし、拳は表面の鱗を砕いただけでそれ以上の損傷は与えられず、切り落としたはずの触手もすぐさま再生して或斗へ向かってくる。
このまま決定打を与えられずにいれば、先に魔力が切れてこちらが負ける。そう判断した或斗は勝負に出た。龍の真正面、頭部に向かって加速する。
或斗の意図に気づいた結晶龍も大きく咆哮して迎え撃つ。魔力を集中させた右拳を振り上げながら突っ込んでいくが、この勝負は結晶龍の方が一枚上手であった。
角からまばゆい光が発せられたのと同時に強い衝撃が或斗を襲う。攻撃態勢に入っていたこともあり、まともに食らって地面近くまで吹き飛ばされてしまう。
なんとか落ちる前に体制を整えて着地するが、その隙を逃すことなどなく結晶龍が角を突き立てて迫っていた。早く飛び上がらなければ、そう思った時に光波がどこからとなく放たれて、龍を押し返した。
「ヴァイス・ヴェーレ」
「スピカか……?」
魔法剣を携えたスピカは間髪入れずに魔法を唱えて光波を撃ち込んでいく。結晶龍が距離を置いた隙に或斗はスピカと合流した。
「もう、勝手に先走っちゃて。わたしのこと信用できないの?」
「信用できないとそんなことないさ! あ、いや、ホントすんません……」
頬を膨らましたスピカに或斗はただ平謝りするしかなかった。今はそんなことしてる場合ではなかったが、緊張感がほぐれたのか二人とも口元が緩んでいた。
そして龍と相対するスピカは決意を決めた眼差しを向けた。
「わたしならあの龍を倒せるかもしれない。でも時間が必要だから、時間稼ぎお願いできない?」
「それならいつだってバッチコイだぜ。でもどうやってあんなのを倒すんだ?」
或斗の疑問に応えてスピカは地面に大きく開いた穴を指差す。それは結晶龍がここへ出てくる時に開け
た大穴だった。そこから高濃度なマナが漏れている。
魔法を発動させる動力源として、魔法使いは空気中のマナを取り込んで魔力の一部としているが、濃度が濃ければ人体に悪影響を与えるものだ。
「あの穴は地脈と繋がってるみたいだから、ここにもマナがたくさん流れ込んでいる。それを取り込めば大魔法を放てるはず」
「おいおい、それって危なすぎるだろ! 地脈のマナの濃度は致死量クラスだ、それを取り込むなんて。それに左眼にも負担が……」
「大丈夫、その代わりわたしを命がけで守ってね? わたしも命がけでがんばるから」
「あぁわかった、すまんな野暮なこと言ってよ。それじゃあ、オレも負けないくらいの意地って奴を見せてやりますか!」
或斗は駆け出す。地面を強く蹴ると、そのまま跳び上がって拳を結晶龍へ叩きつけた。ジェフティが使う高速移動術を駆使して、拳を当てては引き下がる事を繰り返す。
飛び回りながら下を見れば、大穴の前に立ったスピカが意識を集中させていた。そこのマナの濃度ならまだ死には至らないだろうが、息苦しいことに変わりはないだろう。今の或斗に出来るのはスピカの集中を途切らせぬよう、飛び回るだけだ。
致命傷を受けずとも周囲を飛び回って魔力弾を放つ存在に、結晶龍もうんざりしてることだろう。或斗も魔力が尽きかけようとしているが、攻撃の手を緩めることはなかった。
既に20発以上の魔力弾を撃ったであろう、その時だった。すぐ下から強いプレッシャーを感じた。
スピカだ。
瞬時にそう感じた或斗は結晶龍から距離を取った。魔法剣を掲げるスピカには凄まじい魔力が渦巻いている。それらがスピカを中心に渦を巻き、一本の光の束と収縮していった。
やがて巨大な光の剣となった魔法剣をスピカは振り下ろした。背丈を超える魔力の塊を角で受け止めるが、結晶龍は大きく押されていった。
「いいぞ、そのままいけぇ!」
光の剣と角の鍔迫り合い。膨大な魔力のぶつかり合いはしばし続いたが、軍配が上がったのは結晶龍の方であった。光の剣は龍の角によって真ん中から折られて、元の魔力へと散っていった。
「折れたァ!?」
「いや、まだ終われないよ」
折れた光の剣の残滓が周囲を照らす。雪のような魔力塊が降り注ぐ中、スピカは魔力の翼がその背中から生えた。光剣は周囲をスピカの魔力で満たすための布石であり、翼を羽ばたかせるスピカが魔法剣を構える。
「ヴァイス・レイシュトローム」
スピカの全身が光りに包まれると、魔力が白い鳥を模って結晶龍へ衝突する。その中心にいるスピカは魔法剣の剣先を或斗が鱗を引き剥がした胴体の一部に突き立てた。
剣先から魔力が結晶龍へ流し込まれる。外殻が硬くあらゆる攻撃を防ぐのなら内部から攻撃すればいい。周囲の魔力全てが龍の内部を蹂躙していくのだ。
龍が大きく吠えた。首をもたげて角をスピカへ向けようとしていた。その行為そのものが内部からの攻撃が効いていることを示している。
「させるかよぉ! ここは死んでも通させねぇぞ!!」
スピカに向けられた龍の角を或斗が立ちふさがって受け止める。残りの魔力全てを右手に集中させて、角の根本に叩き込んだ。光剣との鍔迫り合いでヒビが入っていた角は、アルトの渾身の貫手を受けて真っ二つにへし折られた。
魔力の塊である角を折られたことで結晶龍は魔力のコントロールが上手くな出来なくなった。その瞬間を逃しはしない。
「今だスピカ! やっちまいな!!」
「うん、ありがとうアルト」
スピカから注がれるヴァイス・レイシュトロームの魔力に抗える事が出来なくなった結晶龍の全身に、ひび割れがが走ってその肉体が崩壊していく。
最後に断末魔の叫びを上げると、体内の魔力を放ちながらバラバラに砕けていった。
―おねぇちゃん、行かないで―
真っ白に染まる視界の中で、スピカは自身を呼ぶ声が聞こえた。
脳裏に映ったその姿と声は覚えている。いや今思い出したのだ、そして心の奥底に眠っていた記憶がその名前を呼び覚ます。
「……アーテル」