地底にて
「みんなすまん、オレのせいでここまで落ちることになって……。でもおかげでホントに助かったぜ」
「ううん、わたしは平気だよ。それよりも大丈夫?」
「魔力が切れかかって意識を失いかけたのだろう。それに嘆く余裕があるのならそこまで酷い状態ではなかろう」
深い竪穴の一番奥底に或斗たち三人はいる。突然意識を失って落ちていった或斗をジェフティが追いかけて、岩盤に激突寸前のところでなんとか受け止めることができた。
その結果、地上からもっとも離れた場所に落ちたことに或斗は地面に伸びながら申し訳なさそうな表情を浮かべたが、スピカもジェフティも気にしていないようだった。
「ほんとにすまねぇ、朝飯から何も食ってないこと思い出してなぁ、腹が減って死にそうなんだ……」
「魔力回復には腹を満たすのもまた手ではあるな。だが、そういったものがここにあるかかどうかだな」
「うーん、あ、あそこならきっとあるかも」
スピカが指差した先には地下深くには不釣り合いな建物があり、このままでいるよりはいいとのことでそこへ向うことにする。
ジェフティは軽々と或斗を持ち上げて脇に抱えると、動けぬ或斗も黙ってそれに従う。
「ここは特別監房、わたしが入れられてたところだよ」
「文字通りスタートラインに戻ってきちまったわけか……」
或斗のぼやきを無視してスピカは中を覗く。抜け出す時に倒した看守を閉じ込めていたらしいが、扉の鍵は壊されて内部に人の気配はしなかった。
備え付けのソファの上に或斗を置くと、ジェフティは部屋の奥へと姿を消す。スピカも定位置であるベッドの上で腰をおろして、しばしの休息をとる
静寂が部屋の中をしばし包み込むが、ソファの上で身体を伸ばしていた或斗が声を上げた。
「なぁ、スピカ。ちょっと聞いていいか?」
「うん別にいいけど、どうしたの、そんなに改まって?」
どこか歯切れの悪い或斗を促すようにスピカは肯定の返事をする。状態を起こして居住まいを正したア或斗は改めて尋ねた。
「スピカの左眼のことに関してなんだけど、そこに浮かんでる紋様がね、古代魔法文明でよく見られるものに似ているんだ。まぁ、ただの偶然とは思うけどさ」
「へぇ、アルトって遺跡とかに詳しいの?」
「あぁ、これでもトレジャーハンターを名乗っているわけだからな。ほとんど親父からの受け売りなんだけどさ」
肝心なところがまだ聞けてないが、もしかしたらスピカにとっては触れられるのが嫌な事柄では思い、いつもの調子で話を続ける。
その時、部屋の奥からジェフティが顔を出した。
「今の話には我も気になる点がある。古代魔法文明に起因する術式を身に宿すなど沙汰の外にあることだ。今は停止しているが、この部屋に仕込まれている監視装置からして、スピカよ、君にはなにかとんでもない秘密でもあるのか?」
「そうなんだけど、実はよくはわかんないの」
困り気に眉を曲げたスピカは左眼に手を添える。
スピカがわかることは、左眼の術式が魔力を集めているので魔法の発動が可能になっていること、魔力切れを起こすと左眼の失明に繋がってしまうことだけだ。
他にも術式にはいろいろな機能があるらしいが、スピカにはよくわからないらしい。
「うぅ、それって相当ヤバい代物じゃんか。でも、どうしてよくわからなんだ?」
「なぜか思い出せないんだよ。術式を施されて魔法使いになったものも、ここに入れられたことも。思い出そうとするといつも、頭の中にもやがかかって見えなくなってしまうの。ただ、ここから抜け出さなくちゃいけないっては感じているけどね」
「フムン、術式自体に記憶阻害が仕込まれているようだな。これは相当にきな臭い案件だぞ」
話を聞いたジェフティは冷静に分析していたが、腹の底では義憤に燃えている。意識がつながっているア或斗も同じ気持ちで、もしくはアルトの感情がジェフティに流れてそうなったのかもしれない。
或斗はまだ回復しきっていない身体に構うことなく動かして、スピカのすぐ前に膝をついて目線を合わせる。
「スピカ、君は大丈夫なのか?」
「心配してくれてありがとね、アルト。昔が思い出しづらいだけで今のことはしっかり覚えてるよ。それにもしかしたら、ふとした拍子に思い出だすかもだし」
「なるほどね、いやはやお前さんには勝てる気がしないよ」
どこかのんきなスピカの在り方に、或斗も毒気を抜かれたように口元をほころばす。
力が抜けたからか、或斗の腹の虫がタイミングよく鳴り響いた。じーっと見つめてくるスピカから、思わず視線をはずして頭をかく。
「そういえば、腹減ってるの忘れてたぜ」
「ハハハ、最後の最後で締まらないものだな、我が共犯者よ。これを食すがよい、奥の食糧庫を漁らせてもらったが構わないかったかい?」
「うん、一緒に食べようね」
「やっぱ美味いもんだな、簡単に食えるってのもいい」
「でもインスタント食品の食べ過ぎはダメだよ?」
ジェフティが見つけてきたポークビーンズの缶詰であり、それを湯煎して温めたものがテーブルに並んでいる。
好物ということもあってか或斗は缶のまま口へ流し込むように食べているのに対して、スピカはちゃんと皿に盛っている。
当のジェフティは或斗の魔力消費を抑えるということで、姿を消して或斗の影の中に入っている。
「ねぇ、アルト。私も聞きたいことがあるんだ」
「ん、いいぜ、オレが答えられる範囲ならなんでも聞いてくれよ」
手にしているポークビーンズの缶はすでに空となり、或斗はふたつ目に手を伸ばしていた。
この調子なら万全な状態に戻るのはすぐだろう。
「その黒いコートや銃はどうやって作ったの? ジェフティが出てきた時に一緒に出てきたみたいだけど」
「あー、確かにそこはオレも気になったが、たぶん魔力から作られたんじゃないか? 詳しいことはジェフティに聞いてみようか。おーい、ジェフティ起きてくれー」
スチール缶の中の豆をスプーンで口元に運びながら、足先で自身の影を数回を小突いた。
或斗の影の中が揺らいで膨れ上がると、ジェフティが姿を見せるがどこか呆れ気味であった。
「……我とお前は意識を共有しておるのだぞ、一々呼びかけて呼びつける必要はなかろうに」
「そうか? ちゃんと顔と顔を突き合わせて話すっての大事だと思うぜ。それに説明なら、ジェフティの方がオレよりもうまいしさ」
「フムン、それがお前の流儀なら従うのも悪くなかろう」
或斗の影から完全に抜け出したジェフティは、大きな身振りをいれながら解説を始める。それはスピカが興味津々そうに耳を傾ける。
「魔力で出来たと言ったがそれで正解だ。より正確に言うなら元からあった物を魔力を使って再構築したものになるな。コートの場合は囚人服を魔力で解き直して霊装として作り直し、魔導銃は銃弾からの再構築だな。ただ、魔力消費が凄まじいから常用は禁物なのだな」
「これほどのものを作るなんて、魔法ってほんとすげぇな」
自分のコートをつまみながら或斗はその仕上がり具合に感心する。霊装ということからも、布地自体に魔力が練りこまれていて、魔法の補助を担っている。
「賢者の石の魔力があったからこそ、出来た芸当だな。我の発現に瀕死状態からの回復、装備の再構築でほんとんど魔力を浪費させたからな」
「あれ? じゃあオレの魔力が切れたのはただ単に戦闘で使いすぎたってこと?」
「フハハハ、そうなるだろうな。阻害術式の影響で魔力消費が増大していたとはいえ、後先考えずに全力投球であったからな。その姿勢は評価できるが途中でへばってしては元も子もないぞ、我が共犯者よ」
「へいへい精進いたしますよーだ」
ほくそ笑んだようなジェフティに或斗はぶっきらぼうに口を尖らせた。
とりあえず自身の魔法を鍛えるのはここを出てからだ。そう思った矢先、新たな波瀾が或斗たちを襲う。




