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Continental of Magica   作者: ドライ@厨房CQ
第7話 セイレーンの呼び声
31/33

激突

2018年最後の投稿です。

「んぅっ……、ここは……?」


 スピカは目を覚ました。セイレーンのトラップだったのか。吹き上げる流砂に飲まれてしまい、視界が真っ赤に染まったところで記憶が途切れていた。ただその時、必死な形相でこちらに手を伸ばす或斗の姿が目に焼き付いていた。


「そうだ、アルトが! ……なにこれっ!? う、動けない……!」


 腕や足に力を入れてもピクリともしなかった。それもそのはず、両手両足や胴体に真っ赤な分厚いケーブルが絡みついており、バンザイする形でスピカを宙吊りに拘束していた。ケーブルに縛られて痛みや息苦しさは感じないが、少しづつだが動くケーブルと服が擦れる時の不快感や、地肌に触れた時に感じるひんやりとした感触は嫌なものだった。

 頭は固定されていないので首が動かせる範囲なら状況を見ることが出来た。この場所はさっきまで居た場所とは違うようで、下には床が見えるが周囲はジャングルの蔦のごとく、様々な太さの触手ケーブルが張り巡らせれている。

 拘束しているケーブルは後方にある胴体ほどの太さを誇るケーブルから伸びており、そこから先程身体を調べていたキノコ状の観察ユニットもいくつか出ており、動けないスピカの観察を続けている。他のみんなもこんな風に捕まっているのではないか、それに一緒に飲み込まれた或斗がどこにいるのか心配していると、不意に誰かの声がした。


「起きたみたいだな、マギアの神子さんよ」

「……あなた、だれ?」


 スピカは声が聞こえた方に目を向ける。そこに人の姿なぞなかったが、次第に輪郭が浮かび上がってきた。暗い赤に染まった鎧と鉄仮面に身を包んでいたから、背景に映るケーブルの赤と被って見えづらかったのだろう。

 どこか親しみのある声色で呼びかける鉄仮面に鎧の人物であるが、一緒にセイレーンへ乗り込んだ者達にこんな輩はおらず、捕まって無防備な状態も相まってスピカは警戒心を露わにしていた。身体は動かせないが魔力を操るのは問題ないようで、右手に集中させていく。


「魔法を使うのはやめときな。こいつらは魔力を探知して対象を捕獲するんだ。いま魔法を使ったら雑巾みたい絞られちまうぜ?」

「うぅ。それはいやだ……」


 特にお腹の部分に絡みつくケーブルを絞られたらたまったものじゃないので、右手に集まっていた魔力を霧散させた。周囲のユニットが魔力を感じ取って次々に殺到してくるが、すぐに感じ取れなくなったので元の場所へ引っ込んでいく。

 拘束されて魔法も封じられたスピカと対照的に、真っ赤な鉄仮面は足を組んで体を伸ばしている。スピカをマギアの神子と呼んでいることから、目の前の鉄仮面はマギアが目的なのは明らかだが、急がずあくまでマイペースに進めている。


「これで少しは落ち着いて話ができるな。じゃあ改めて、久しぶりだな、マギアの神子」

「あなたなんて、知らない」

「おいおい、一年前にここで会ったろう? 確かに面と向かって話したわけじゃないが、この姿は一目見たら誰だって忘れらないはずだぜ」

「た、確かに……」


 一年前といえば穴抜きになっているスピカの記憶では空白の時期にあたる。地下牢獄にて“匣”から出てきた1ヶ月前より昔の記憶で明確なのは、アーテルと共に過ごしていて幼少期が主であり、妹と離れ離れになってしまった出来事や、このドレスや首輪をいつ手に入れたのかもわからない。唯一あやふやながら分かるのが、左眼の紋様が刻まれたのが2年から3年前ほど前ということだ。

 スピカが黙りこくったのを見て記憶喪失だと察した鉄仮面は思い出話を続ける。奴にどんな意図があるかわからないが、そこに過去への手掛かりを見出して乗っかっていく。


「確かセイレーンの調査チームの護衛やってたら、あんたがやって来て『妹を探しているから手伝って欲しい』と言ってきてな。そしたらボスが調査の協力を引き換えに承諾したんだ。それで妹さんいに会えたのかい?」

「……おかげさまで」

「そいつは良かった。あのあとすぐにセイレーンが暴走しちまったのさ。俺は命からがら逃げ出して、ボスたちは殺されて、あんたはセイレーンに飲まれたわけさ。そこでだ、なんでここが暴走したか分かるか?」


 鉄仮面の話をまとめると、スピカはアーテルを探す手掛かりを求めて臨時調査員として研究チームとおもにセイレーンを調査していたが、セイレーン暴走でスピカは取り込まれて鉄仮面以外のメンバーは全滅したらしい。

 空間を巡るケーブルの一つに腰掛ける鉄仮面はさも知ってて当然の態度でスピカに投げかける。ハカセから聞いていたセイレーンとマギア、そして“匣”の関係から答えはすぐに導き出せた。


「……マギアを求めたからだ」

「そう、正解だ! セイレーンは魔力を取り込んで巨大化していくアーティファクトだ。マギアなんてこいつらから見れば御馳走に等しいわけだ。現にそのケーブルに縛られていると魔力を吸い取られる感覚があるだろ。そして下を見てみな」


 確かに魔力を少しづつだか魔力を掠め取られるような不快感を感じてはいた。そして言われた通りに足元を見てみると、スピカを縛るケーブルの大元たる太いケーブル、その根本近くに漆黒の立方体があった。見間違えるはずもない、あれは間違いなく彼女を閉じ込めていた“匣”そのものだった。

 セイレーンは元々古代魔法文明が築いた牢獄のアーティファクトである。罪を犯した魔法使いをここに入れて、魔力を吸い取る機構によって魔法を無力化していたのだろう。さらなる凶悪犯になると強制的に魔力を吸い取り半封印状態にする“匣”に収められ、中の収監者共々魔力を吐き出す装置として扱われた。魔法使いを律する存在がセイレーンだと、鉄仮面は嘯く。


「ボスはここの魔力を吸い込む機構に目をつけて、制御しようとしたんだろうな。対魔法使いには持ってこいだしな。あんたをチームに入れたのも、その左眼もアーティファクトだからこれを操作できると踏んだようだが、裏目に出ちまったな。セイレーンに餌をやっちまって、自分も絞り尽くされちまったんだからな」


 一人どこか楽しげに語る鉄仮面に対して、スピカは怒りが湧いてくる。誰が一体ここから“匣”に入れられた自分を外へ持ち出したのか。そんなこと考えなくてもわかったが、自身では言わずにスピカから直接言わせようとする鉄仮面の意地の悪さに憤慨する。


「つまり、あなたが箱詰めのわたしをここから出したから、感謝しろと?」

「そんな恩着せがましい真似はしない。それより後悔してるのさ、なんであの時“匣”を開けなかったかってね」


 スピカが入った“匣”を外へ持ち出した時点でセイレーンは崩壊して姿を消した。その後スピカの詰まった“匣”をアーティファクトの裏取引をしている非合法ブローカーへ売りつけたという。そこでセイレーンとの縁が切れたが、復活したセイレーンを見て歓喜した。一年越しの後悔を晴らせると。

 ただ黙って聞いているスピカの耳に届く鉄仮面の言葉に、懺悔や自責の感情は感じ取れない。ただどこまでもドス黒い歓喜の声だった。


「なぜあの時“匣”を開けて、マギアの神子と戦わなかったってな! 一年越しだ、ようやくお前と殺し合いができるってもんだ」

「ならほんとに開けられなくてよかった……」


 たとえ記憶をなくす事になっても“匣”に収まったままいた結果、今こうして或斗や繊華、ハカセ達フリーケンシーと出会ってアーテルとも再開出来た。苦しいこともあったがそれ以上に喜びがあった。少なくともこんな奴の欲望を満たす為に解放させるより比べられないほどだ。

 スピカの表情に怒りの色が見えている事に喜びつつ鉄仮面は立ち上がる。そのだらりと脱力した構えは蛇の如くだ。


「前置きが長くなったな。この俺グラーフ・クレストと戦え、マギアの神子」






「……て……きて、……起きて、エミリア!」

「う、うぅん……、あ、ミーナちゃん……? あれ。ここはどこ?」

「良かった、気がついたようね」


 揺り起こされたエミリアが目を覚ましてゆっくりと状態を起こすと、すぐ傍にいたミーナは安堵して肩の力を抜いた。また寝ぼけ気味ながら周りを見ると、そこは薄暗い洞窟のようで天井の高さも2メートルほどでさっきまで居た広い空間とは違う場所だ。セイレーンのトラップにより、全員が散り散りになってしまい、エミリアもミーナも気づいたらここに居たという具合だ。

 幸いふたりはとも怪我はなくおなじ場所に流れ着いたので、他の誰かも近くにいるかも知れない。バラバラになった状況では各個撃破される危険性もあるので、いち早く合流していくのが定石だ。


「みんな無事だといいんだけど……」

「きっと大丈夫よ、みんな強いんだからさ。さあ私達も行きましょう! 前衛は頼んだから、後ろは任せときなさい!」

「う、うん」


 もし独りだけだったら心細くて動けなかっただろう。どんな時も明るさを忘れない幼馴染に感謝しつつ、エミリアは立ち上がった。二人はお互いに頷きあうと具現武装であるランスと長杖を作り出した、薄暗い居洞窟を歩み始めた。

 ここの構造も突入した時に抜けた通り道と同じく繊維状の器官が積み重なって出来ており、これらが触手や鋭い槍となって襲いかかってきたのだ。いつまた同じように攻撃されるのかわからないので前方だけでなく全方向に警戒を向ける必要がある。

 ランスの先端を前に向けたエミリアはおっかなびっくりに歩いていく。フォークト博士の訓練メニューで不安だった基礎体力を底上げしているが、まだその成果は目に見えて出ていない。なので警戒も兼ねた牛歩の如く、非常にゆっくりとしたスピードであった。だがそれに業を煮やしたミーナが動いた。


「もう気張りすぎよ! ほらここみたいに柔らかくしてかないと~」

「ひゃん!? どこ触ってるの!?」

「はあァァ……、やっぱりエミリアのおっぱいは格別ねえ~ もうちょっとだけいいじゃない、減るもんじゃないし」

「ダメ! セクハラだって立派な犯罪だよ!」


 いきなり背後から胸を揉もれたエミリアは弾けるように飛び退くと、胸を両手で覆うように隠して顔を真赤にしながらミーナを睨む。当の本人はそんな視線は気にせず恍惚感に浸っており、まだ両手をワキワキろ動かしていた。

 ミーナの同性に対するスキンシップの激しさは昔からであるが、胸を触れらたりするのは決まって幼馴染であるエミリアだけだった。これが彼女流の信頼の証だとは思うが、一番セクハラ被害を受けている犠牲者にとってはいい迷惑である。

 セクハラに限らずミーナのおふざけがあった場合叱りつけるのもエミリアの役目であり、反省したかどうかはさておきミーナはいつもちゃんと聞いていた。ある程度のお約束がこの薄暗いセイレーンでも繰り広げられ、その意図に気づいたエミリアに対していつも不敵な幼馴染はからっと笑ってみせる


「どう、余分な力とか抜けたでしょう?」

「だからって胸に触るのはやめてよね……」

「たはは、ごめんって。私だってエミリアのたわわで元気もらえるのね。……でもさっきスピカちゃんもいいなーと思ったら、繊華さんがものすごい殺気を笑顔で送られてきたわ。アレ、お触りしたら絶対にやられるわ……」

「うん、ミ痛い目を見たくないならお触りとかセクハラはしないほうがいいよ」


 青ざめて本気で怯えるミーナを見て、これで懲りてセクハラをしないようになれば良いと心の奥底より願った。ちょっとしたハプニングもあったが、改めて前に向き直ると狭い道の先の明かりが見える。どうやら出口のようだ。

 先に何があるのかわからないので警戒しつつ進んでいき、明かりの漏れる出口まであともう少しといったところで、ある違和感にミーナが気付いた。


「……ねえ、この道ってこんなに急勾配だったっけ?」

「そういえばさっきまで上り気味だったのに、いまは下り気味だよね」


 歩くにはそこまで意識するものでないので気づかなかったが、この通り道は上り気味の非常にゆるい勾配がつけられていた。それが今では下りに変わって感じれるほどに急になっている。上り坂に差し掛かっているだけなら特に問題はないのだが、勾配がどんどんきつくなっており、あわや滑り落ちそうになってきている。そして、これほどの急勾配はさきほど遠目で出口を見た時には存在していなかった。


「もしかして、この道自体が動いて傾いているんじゃ……?」

「まさか~、エミリアは心配性なんだか――うわああ!?」

「ミーナちゃん!? えいっ!」


 勾配が30度を超えていよいよ普通に立っているのがきつくなる中、ついに身体で感じられるほどのの早さで道が傾いていく。そして垂直に切り立って行く中で、ランスを床に突き立ててそこに身体を預けることでどうにか滑り落ちるのを防いだ。出口は既に真下に位置していて、奈落の底への入口へと変わっている。

 床もとい断崖に差し込んだランスに二人は縋り付いてはいたが、足元に何もない宙ぶらりんの状態でいつまで耐えられるかわからない。どこかに安全に降りられる場所はないかと周囲を見回していると、ぐらりと揺れて身体が下がる。ランスが刺さる壁の周辺に亀裂が走っており、繊維状の構造体は二人の体重を支えるには脆すぎたようだ。


「えっ。うそ―」


 悲鳴をあげる間もなく壁が崩壊していき、エミリアとミーナは重力に従って下方へ落ちていく。すぐに狭い穴から広い空間へ投げ出されると、そこは全周360度が赤褐色に染まっており遠近感や立体感を歪められる。だが通り抜ける風の強さが今も落下していることを雄弁に語り、周囲に溶け込む赤褐色の壁が迫ってきているのが分かった。


「風よ!」


 もう駄目だと思ったその時、凛とした声がエミリアの耳に届く。その号令とともに一陣の風が吹き抜けて風に包まれると、落下速度がみるみるうちに緩やかになった。やがて地面から数センチのところまで降りてくると、エミリアもミーナもふわりとした空気の塊に乗っているかのように浮かんでいた。

 風が過ぎ去って赤褐色の地面に二人が呆然と腰を下ろしていると、紅白衣装の少女が長い黒髪を揺らしながら駆け寄ってきた。腰を抜かしているようだが、外傷もない無事な姿に安堵の表情を見せる。


「良かった、お二人ともご無事なようで……!」

「せ、繊華さん、助かりました……」

「ナイスタイミング、本当に命の恩人だよ~」


 胸を撫で下ろす繊華は手にしていた扇をパチンと閉じて、へたり込んでいたミーナは緊張の糸が切れて大の字に崩れる。ここは敵地のド真ん中なので気を緩めるべきではないが、生命の危機が去ったので安心して気が抜けてしまうのは仕方ないだろう。

 上を見れば先程までいたチューブ状の通路がいくつもあり、その出口となる場所は一様に下を向いている。チューブの中に入ったものをここにふるい落としているのだろうかとエミリアが考えていると、繊華も同じように見上げて所感を述べる。


「どうやらここは下層らしく、捕らえた人達を落としているようです。お二人がいたチューブもそのための通路だと考えられます」

「じゃあ、今みたいに落とされたら他の皆は……」

「その心配はありません。ほら、あれを見てください」


 自分たちは繊華に助けられて事なきを得たが普通に落とされた他の者を想像して青ざめるエミリアだが、それを否定して繊華はある場所を指し示す。その先には赤褐色をした雲か綿のようなものがぷかぷかと空中に漂っており、複数の雲がやがて一つに集まって大きな塊となると、地面に落着して溶けるように消えていった。

 チューブから吐き出された人間は雲にキャッチされて、一纏まりでセイレーンに取り込まれる仕組みとなっているのだ。エミリアとミーナの時も近づく雲はあったが、それらは繊華が巻き起こした風に吹き飛ばされて彼女らを捕らえることは出来なかった。


「どうもこの下には細長い空洞があるみたいで、そこを捕まった人達が運ばれていると思うんです。そこを流れる風を読んで私はここまで来ましたので、近いと思うんです」

「じゃあ繊華さんがいれば捕まってる人がどこにいるか分かるわけね。それじゃあ行かないと!」


 先程まで大の字で伸びていたミーナが勢いよく立ち上がると、帽子や杖を構え直した。その力強い返答に頷いて、三人はさらなる奥地へ足を踏み入れる。






「こうして合流できて本当に良かった。みんなが居てくれると本当に心強い!」

「ありがとう、とりあえず前の防御は任せといてくれよ」


 オレンジ色のチューブが鬱蒼と生い茂るけばけばしいジャングルをかき分けながらダンは進んでいた。その後ろにレオンとナギサ、そしてイズマと取り巻きの3人が続いている。セイレーンに飲み込まれても偶然取り込まれず、そして運良く合流できた7人で他の仲間達との合流を目指して奥へ進んでおた。

 盾を構えたダンが先頭に進んでレオンとナギサが左右を、イズマ達が後方をカバーして全方位を警戒できる隊列で、ゆっくりとだが確実に進んでいく。突入時と同じく、模擬戦で見せたダンの高い防御力に信頼を置いての陣形であるが、それに納得していない者もいる。

 イズマである。今まで無能と呼んできたダンが中心にいることを気に入らず、かといってその防御力は本物であるから表立って見下すことも出来ず、暗い感情を湛えた視線で後ろから睨みつけるだけだ。


「あいつ、最近調子に乗ってねえか?」

「ちげえねえな、無能のくせによ。前からは硬くても後ろからやれば一発だろ。後で焼き入れっか」

「そいつはいいな、お前もそう思うだろう……なっ!?」


 取り巻きの一人であるオリバーに同意を求めて振り返ると、そこには音もなく忍び寄っていたオレンジ色をしたワイヤー状の触手がすぐ後ろまでやって来ていた。狙われた当人は気付いておらず、イズマの驚愕とした表情で何が起こったのかと理解するも、次の瞬間には絡め取らて宙を舞っていた。

 つんざくような悲鳴が轟いてレオン達も現状に気付く。いつの間にか周囲を触手に囲まれており、不気味に蠢く赤褐色の塊がじわじわと間合いを詰めている。オリバーを捕縛した触手は彼らの頭上を通り過ぎて、乱立する触手が少なくなって開けた場所にある巨大な“柱”に中の人間ごと取り込まれていった。


「な、なんだアレ!? さっきまでなかっただろ!」

「みんな周囲に気を配って! 仕掛けてくるわよ!」


 ナギサの号令通り、取り囲む触手達は先端を斧や槍の穂先、 フレイルといった凶器に変えて振り回しながら迫ってくる。そして“柱”もその姿を大きく変化させ、巨大な漏斗状の器官を突き出して内部にて黒光りする結晶体を露出させた。鈍色の結晶体から魔力の奔流が吐き出されてエクシードに襲いかかる。

 ダンが一歩前に出てその盾で魔力の光芒を受け止める。その力は模擬戦で受けたスピカの魔法と同等以上で、何よりも照射時間が桁違いだった。ダンが必死に受け止めている中、レオンが聖剣を振るい、ナギサが刀で一閃し、イズマが両刃のダブルブレードを突き立て、取り巻き達が魔法で触手を吹き飛ばしていく。それでも触手はたちどころに再生していき劣勢は変わらずにいる。


「くそっ、このままじゃ……!」

「はぁはぁ……ッ、収まった、か?」


 不意に光芒が収まってそれまで耐えていたダンが片膝をついて大きく肩で息をする。触手達も下がって不気味な静寂が辺りを包むが、次に何が起こるのかと緊張が解けるわけもなく警戒していると、“柱”がさらに強い光を放ち始めた。結晶体からの魔力を漏斗状器官で増幅させており、その魔力量は先の一射とは比べられないほどに強大なものだった。


「あれは受け止めれらない! みんな触手の中に隠れるんだ」

「無茶よ! 光線は避けられても、周囲から触手に襲われるわ!」

「大丈夫、あの辺りならきっと行けるはずだ。急ごう!」


 受け止める事は不可能と判断したレオンは触手の森を指さした。それに対して全方位から攻撃される危険性を顧みてナギサが異を唱えるが、レオンには考えがあった。攻撃してくる触手は一様に赤褐色やオレンジ色をしているが、朽ち果てたように佇む灰色の触手は今の騒乱でも動くことはなかった。少なくともそこなら狙い撃ちにされないと考えたのだ。

 全員が一斉に灰の木立の中へ突っ込むのと同時に、溜められていた魔力が放たれた。ダン達がそれまでいた場所は極太レーザーに呑まれて蒸発していき、追いかけるように漏斗が傾いてレーザー光も追従していき、炙り出すように触手の森ごと焼き払っていく。1分ほど光を放ち続けてようやく収束した頃には攻撃を受けた触手は灰色になって朽ちていた。


「あれだけの魔力を浴びれば、触手の再生力も追いつかないわけか」

「でも一時的みたいね。ほら、あそこの触手は大分オレンジ色に近くなってるわ」


 枯れ木のような触手内部に出来た隙間に身を潜めながら、レオンとナギサは周囲を警戒している。許容オーバーの魔力を浴びせれば触手を一時的に活動不能にできるが、そこまでの魔力を叩き込めるのはレオンにとっても大技を繰り出すのに等しい。動ける触手がキノコ状の探知器官を伸ばして捜索を続ける中で“柱”はさらに姿を変える。

 巨大な漏斗を分解すると、今度は枝を伸ばすかのように細かな末端を無数に生み出した。それをレオン達が潜む一帯まで伸ばすと、その枝先から光を放つ。先程の光芒から比べるべくもない弱々しい光であるが、その数は圧倒的で雨のように降り注いで隠れている者達を炙り出すにはちょうど良いのだろう。


「あんな芸当までできるのか!」

「これじゃジリ貧ね……」


 レオンとナギサが動けず歯噛みしているのと同じく、近くに隠れているダンとイズマ達も身動きを取れずにいる。幸い無線機がなんとか使えてやりとりが出来ており、イズマが無線を持ち他の者がレーザーと監視の目を潜り抜ける隙はないかと外を覗いている。

 ダンも同じく外を注視して警戒しているが、だからこそ気づかなかった。周囲にいる者達の悪意の籠もった視線に。そして突如として背中を蹴られると外へはじき出されてしまった。

 転がって窪地の底まで落ちてしまい、そこは遮蔽物のないのでレーザーや触手の格好の餌食となってしまう。背中の痛みに悶ながら立ち上がって自分が今まで居た場所を見上げると、無線機を口元に当てて立っているイズマと、下衆な笑みを浮かべた取り巻き達が立っていた。

 

「……なっ!? なにを――」

「レオン、ダンが囮役を買って出てくれた。今のうちにあの柱まで肉薄するんだ」


 無線機にそう告げて口元から離すと、口角を上げて今まで見たこともない邪悪な笑みを浮かべた表情がそこにあった。そしてダンの姿を見つけた触手の群れからレーザーが雨霰の如き降り注ぐ。






「わたしとたたかう……?」

「そうだ! マギアの神子と全力で鎬を削る、それがグラーフ・クレストの望みさ!」


 ケーブルに絡まったままのスピカは眼前に立つ赤黒い鎧と鉄仮面を纏った男クレストの言葉に当惑していた。スピカ自身を狙う輩は多いと聞くが、それはマギアを生み出せる神子としてであり、その人格などのパーソナリティは考慮されておらず、自身を否定されてモノ扱いされてる事はスピカにとっては許されざる所業だ。

 しかし目の前の男はマギアの神子を求めるのは同じだが、それに強さを求めているのが相違点だ。とはいえ、この男と同じものをもった者を知っている。オスカー・ワイルドである。あの男と同じくクレストもマギアの神子に何かを求めているが、結局はスピカのパーソナリティは入っていないと感じられる。

 そんな奴とは話したくもないと口を閉ざしてだんまりを決め込むスピカに、変わらずひょうひょうとした態度でクレストは続ける。いつセイレーンが襲いかかってくるのがわからない中で、魔力を抑えながらもそのケーブルを軽い足取りで登っていく。


「さっきはあんなふうに脅したが、身動きを取れないってなら心配はないぞ。この触手共は魔力が好物だが大量に取り込むと消化に夢中になって動かなくなるのさ。マギアで一撫ですりゃあ腰も立たなくなるだろうな」

「……マギアは使いたくない」

「おいおい、それだとずっと捕まったままだぜ? それにいいのか、捕まってるお仲間もいるのにな」

「えっ……? それって」


 スピカの表情が大きく動いたところでクレストは嬉しそうに続ける。ケーブルの上を進んでいって。雁字搦めで一塊になったケーブルの上に腰掛けるとそれを足で軽く小突いた。


「予想通り、この中には一緒に捕まった奴が入ってるぜ。早く助けないとバラバラに解体されちまうかもな?」

「アルト……!」


 自分を助ける為に臆する事なく飛び込んできた彼を見捨てる事はできない。クレストにマギアを見せるのは嫌だが、或斗を死なせるにはもっと嫌だ。そう思ったスピカは意識を左眼に集中させて身体の奥底より、マグマのような熱さを引き出そうとする。その時だ。


「そんなに鎬を削りてえなら、このオレが相手してやるぜえぇぇ!!」

「なっ!?」

「アルト!」


 雁字搦めのコードから黒い焔が漏れ出すと爆発するように弾け飛んだ。中から飛び出してきた黒い影は手にしたコードの破片を振り回し、上に立っていたので空中に投げ出されたクレストに向けて思い切り叩きつけた。

 盛大に吹っ飛ばされるクレストを無視してスピカのすぐ傍まで近づいてきた。その姿にスピカは笑みを見せて、或斗もサムズアップで応える。今度は拘束しているケーブルをどうにかしようとするも、或斗の存在に気付いた触手が群れなして襲いかかってくる。


「すまねえスピカ! この触手とあの赤マスク片付けたら必ず助けるから、もう少しの辛抱だ!」

「うん、アルトも気をつけて」


 槍など斧などハサミなどと殺意高めの凶器を繰り出す触手を躱しながら、或斗は太いコードの上を駆け抜けてゆく。そのいつもどおりなところに安心して集めていた力を緩めた。少々窮屈だが言葉通りここで待つことを決めた。

 吹き飛ばしたクレストの前に降り立つと或斗は腕を鳴らして臨戦態勢に移る。一方のクレストも吹き飛ばされたことはさして気にせず、鎧についた埃を落とす仕草を見せながら気怠げな視線を向ける。


「ちょっとは落ち着けないのかよ。奴らに見つからないよう魔力を抑えていたのが台無しだ」

「やかましい、てめえもセイレーンも丸ごと殴り飛ばせば問題ねえ!


 或斗が吠えて突っ込んでくるも、マギアの神子たるスピカとの戦いを望むクレストはやる気を見せず、自身の魔力を隠遁して逆に魔力を放出し続ける或斗へセイレーンの触手をけしかける。

 しかし邪魔だと言わんばかりに或斗が腕を振り上げると、触手に黒い炎が燃え移り広がっていく。魔力を糧に燃え盛る焔によって再生力を封じられた触手は灰となって崩れ落ちていく。


「ジェフティ、こいつらは任せた!」

「心得た。お前は存分に鉄仮面を殴ってこい!」


 影から浮き上がる黒焔の魔人が触手を防ぎ止める姿にクレストは度肝を抜かれたのか突っ立ているところへ、勢いに乗った或斗の鉄拳が入る。腕の速さと拳のパワーを兼ね備えた怒濤のラッシュが繰り出されるが、クレストの鎧や鉄仮面を抜けずにいる。


「イド魔法に黒い炎ときた! 中々おもしれえじゃねえか!」

「ざけんな! オレはてめえなんぞ大嫌いだ! あのクソムシどもと同じニオイがぷんぷんしなやがるぜ!」


 脳裏にオスカー・ワイルドや塔の主の姿を思い浮かべて、クレストをその同類と断じた或斗はさらに怒りが沸いてきて、情動に沿ってその四肢からも青い焔が噴出する。魔力循環による肉体強化、魔力放出による瞬間的な筋力強化、そして焔の付加。この3つが同時に発動した時こそ或斗の全力だ。

 四肢から迸る焔を纏った拳と蹴りのラッシュがクレストを砕かん勢いで放たれる。先程よりも上がった破壊力に鎧で受けながらも、その言動は怒りの或斗と対照的にどこか楽しげだ。


「いいぞいいぞ! その力、肉体強化の産物か! 肉体を媒介にして発動する東洋の呪術に近しいものを感じるな。どうだ、そこんところは?」

「ごちゃごちゃとやかましい! さっさと倒れやがれ!」

「倒れのは貴様のほうじゃないか? その炎、感じらして媒介は血液ってところだ。貧血とかは大丈夫そうだな、その血の気の多さならな」

「さっきからわけわかんねえこと、ほざいてんじゃねええぇぇぇ!!!」


 渾身のケンカキックが炸裂してクレストは大きく後退しながら片膝をついた。或斗自身が気付いてない特性を攻撃を受けながら分析して、実に愉快そうに喉を鳴らすクレストの態度がますます或斗を苛つかせる。

 ぬらりと立ち上がるクレストは肩を震わせマギアの神子にも劣らぬ或斗の破壊力を全身で称賛しており、それを知る由もない或斗はトドメの一撃を叩き込もうと拳を握って駆け出した。


「ククク、ここまでの肉体強化なら反動もかなりものだが、意にも返さねえってことは、そういうことか。……だがな!」

「ぐはぁ!?」

「合格だ! 貴様もこの俺を楽しませてくれそうだ!」


 或斗の拳が届こうとしたその瞬間、強烈な手刀が鳩尾に叩き込まれて後方へ吹き飛ばされた。触手を抑え込んでいたジェフティは驚きを隠せず、遠目から見守っていたスピカも悲痛な声を漏らす。

 痛みに耐えながらなんとか状態を起こした或斗の目前に、右腕を大きく振りかぶったクレストがいた。咄嗟に稜でをクロスしてその拳を受け止めるが、ぶつかった瞬間に骨が軋みあがる程の衝撃が走る。しばらく押し合いが続くが、或斗の方から力を緩めた。

 拳が迫る中或斗も防御を解いて右拳を突き出した。相手の勢いを利用してのクロスカウンターは鉄仮面に決まり、左肩を打ち付けられながらもその場に踏みとどまって拳をめり込ませした。その衝撃でクレストの首は90度にひん曲がって硬直する。

 模擬戦で見せたカウンターを真似て撃退できたので、ダンに感謝しつつクレストを注視していると、首に手を当てて頭を無理やり元の位置に戻すと首を鳴らして具合を確かめる。確実に首の骨はへし折れていただろうに何ともない様子の鉄仮面に驚きを通り越して呆れ果てた。


「……てめえはバケモノかよ」

「そいつはお互い様だ。こんな力で殴られたのは生まれて初めてだよ。さて、力比べは飽きてきた所だし、ここで終いにしようか」

「望むところだ。オレの全力で木っ端微塵にしてやるぜぇ!!」


 腰を落として或斗は力を溜め、両腕を広げたクレストは蛇の如く構える。そして力強い一歩を踏み込んだ或斗へクレストの右腕から伸びた毒針が突き刺さる。左腕に刺さった針を乱暴に引き抜いて、刺された傷を気にせず更に歩を進める。


「こんなもので止めれると思ったか――ッ!?」

「アルト!?」


 次の一歩を踏み出した途端に或斗は崩れ落ちる。同時に目がかすみ身体が震えて言うことを聞かなくなった。なんとか立ち上がそうとするも悠々と近づいてきたクレストに蹴り上げられて、サッカーボールのようにゴロゴロと転がっていく。大の字になって動けずにいる或斗を踏みつけながら。クレストは勝ち誇った顔を見せる。


「どうだ、クレスト印の猛毒は。魔力を含んでいるから効き目も疾いもんだろ」

「ち、ちくしょう……」


 毒が全身に回り始めて青ざめながら呼吸が乱れてくる或斗から、捕まったままのスピカへ視線を変えると手にした小瓶を見せつけるように掲げた。

クレストにとっては或斗の予想外の強さは存外楽しめるものだったが、メインはあくまでマギアの神子たるスピカであって、彼女に本気を出させるなら、自分が楽しめる為なら姑息な手段も厭わない。大丈夫な仲間を足蹴にする鉄仮面から溢れるどす黒い感情が、スピカの目に確かに映る。


「おい、見てるかマギアのも神子! これが解毒剤だ。こいつは5分以内に打たないとこのガキはお陀仏ってわけさ。さあ奪ってみせろ!」

「……おまえ、ゆるさない」


 そう呟いた瞬間、爆風が吹き乱れる。

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