セイレーンに挑め!
「これはいい画が撮れましたね! タイトルは『聖剣VS聖槍~世紀の対決~』なんてどうでしょう?」
「ルウナちゃんよ、センスがすごく、古いです。まあずっと画面とにらめっこじゃあ、疲れちまうもんな。あれ、AIは疲れないか?」
操舵室にてルウナとイサムがディスプレイと格闘していた。今回の模擬戦をドローン撮影したものを編集しており、そこから客観的に見たり新しい戦法を作り出すのに活用するための資料作りだ。本来ならルウナ一人で十分であるが、迫力ある戦いを見てみたいということでイサムも手伝っている。格闘自体はからっきしだふが、格闘技を見るには好きな方である。
映像はあらかた見終わったので編集作業に移って、軽口を叩き合いながら進めていくが、ルウナはイサムがレジェンダリーオンラインと並行してプレイしているのには閉口した。
「もう、ながらプレイは失敗の元ですよ」
「大丈夫って、ただのアイテム整理だからさ。それに、ほら見てよ。このプレイヤーは上位ランカーの一人だけど、このアバター誰かに似てないか?」
「うーん、白い髪に白い服装…… スピカさん?」
イサムが操作している二つの画面のうち一つはスピカとダンの模擬戦の映像で、もう一つはLOのプレイヤー詳細を見せており、そこに移っている3頭身のアバターは確かにスピカとよく似ていた。
「くしゅん、今日はここまでかな……」
光が入らないよう厚手のカーテンで閉ざされた薄いぐらい部屋で、煌々と明かりを放つディスプレイの前に座ったアーテルは鼻をすすりながら手にしていたゲームパッドを置いた。今日はエクシードなる連中が出入りしているとのことで、人と会いたくない彼女は早々と引きこもる事に決めた。なので服装もぶかぶかの黒いTシャツを着ただけの、非常にだらしない姿をしている。
今日もレジェンダリーオンラインをぶっ通しでプレイしていた。人が集まりやすいイベントは終わってまばらになっているが、ソロプレイヤーであるアーテルには関係なく高難易度ダンジョンを周回して上位ランカーに入っている。
ゲームの中まで人間関係を作るのは煩わしいということで、本来パーティを組むことを推奨されているのにソロで居続けた結果の上位ランクであり、そこまで気にしていなかった。重要なのは時間をかけて使った渾身の出来たるアバターを動かせることである。
白い髪にオッドアイ。白のヴェールにドレス、戦い方は魔法剣士スタイルと3頭身にデフォルメされているが、見ての通りアーテルのアバターはスピカを模したものだった。
愛しき姉を好きに動かして大冒険させている時がアーテルにとって至福の一時であり、何時間も眺めていられた。うっとりし過ぎていたからか、部屋に入ってきた何者かの接近に気づかなかった。
「アーテル、こんなに暗くしてゲームしてたら、目が悪くなっちゃうよ」
「お、おねえさん!?」
後ろからスピカに抱きしめられてアーテルは身体を硬くさせる。部屋のセキュリティレベルが一般の獅子室にもかかわらず、関係者以外立ち入り禁止の基幹エリアと同等で簡単に中へ入れない。例外はスピカであり、彼女は普通に鍵を開けることができた。
引きこもり気味な妹を心配して食事を誘いにやってきただけで、驚かすつもりはなかったが不意を突かれたアーテルは必要以上に驚かせてしまった。彼女のアバターが目に入ると、自分を模しているのにすぐに気づいてその出来を褒めたる。
「よく出来ているよ、これ! わたしにそっくりだね」
「当然だよ、でもまだまだおねえちゃんの可愛さを再現できてないの」
「それじゃあ、一回ゲームはお休みして、ご飯食べに行こう?」
「えー、でも今は他の人たくさんいるから嫌ー」
「大丈夫、悪い人なんていないよ。さぁ問答無用だー!」
「わあぁ! 行くから、行くからせめて着替えさせて!」
相変わらず引きこもろうとするアーテルをお姫様抱っこの要領でスピカは持ち上げた。そのまま外に運び出されそうになったので、ぶんぶんと足をばたつかせて抵抗するのだが、表情はわかりやすいほどにデレデレしていた。
そしてついにセイレーンに臨む時がやってきた。会場の空模様は快晴で波も穏やかなもので、ブラズニールは出港してから1時間もかからずにセイレーンまでおよそ3海里ほどのところまで接近していた。
デッキの上でには或斗とハカセにエクシードが集まっており、或斗は戦闘装束である黒いコートを身に纏い準備万全だ。エクシード達もレオンを中心になって円陣を組み、これからの行動について最終確認をしている。
「セイレーンでの目的は二つ。一つは内部の探索を行ってマッピングすること。二つ目は行方知らずの人たちを見つけて保護すること。だがこの先何が起こるかわからない、無理のない範囲で進めてくれ。みんな気を引き締めてかかってくれ!」
船はしばしこの海域に留まっていたが、セイレーン周辺の海域に危険性はないとして、ハカセが操舵室へ指示を送ると船はゆっくりだが確実に近づいていく。
「いよいよだな。お前さんがたもその制服でいくわけか。もう少し重装の方がよくないか?」
「こっちは動きやすさ重視さ。そっちはなんだ、すごく気合入っているな……」
「おうよ、これがオレの勝負服だぜ。カッコいいだろ?」
「う、うん、よく似合っているよ……」
円陣が解散して突入の準備に入っているダンのもとへ或斗がやってきた。エクシードは具現武装以外は特に装備していない軽装であることに、或斗は疑問を浮かべていた。当の本人は黒いロングコートに真っ赤なスカーフに手袋という出で立ちで、言葉に詰まったダンに代わり、エミリアがフォローに入った。
派手で悪目立ちする装いなのがまさに或斗らしいが、それを格好いい姿と捉えている本人以外からの評価はよろしくない、そんな事気にせずに見せびらかそうとするが皆の目線が一斉に別の方に向いていた。
周囲の目線を集めた存在がデッキに上がってきており、皆が押し黙る中で或斗はフランク声をかける。
「お、お二人さんも準備いいみたいだな」
「うん、まかせてよ」
「ごめんなさい、此花姉さんから受け取った装備の調整に時間がかかちゃって」
連れ立って現れたスピカと繊華も白いドレスに巫女装束と、戦闘モードに入っていた。だが二人の戦闘装束を初めて目にするエクシードにとっては、少々露出多めなドレスに身を包んだ可憐な美少女と見えるだろう。現に男女問わず多くの者が見惚れていた。
見惚れる気持ちはわかるぞと、最初にスピカと出会った時のことを思い出して或斗は懐かしい気持ちとなる、あれからまだ1ヶ月ほどしか経っていないが、随分と昔のように感じられるのは人生で最高に濃密な1ヶ月を過ごしたからだろう。
感慨にふける或斗も熱っぽい視線を送ってくるエクシードも気にせず、スピカはデッキからセイレーンを眺める。ハカセが聞いたというオスカー・ワイルドの言葉が本当なら、失われた記憶の手掛かりがあそこにあるのかもしれない。だからこそ、いつもより肩に力が入っていたのを或斗が指摘する。
「いつになく気合入ってんな。でも気張りすぎるなよ、オレやハカセに繊華、それにエクシードもたくさんいるんだからな」
「そうよ、スピカには皆がいるからね。あ、灰村君、私はスピカのフォローを専属でしますから、そこをお願いしますね」
「いやいや、お願いしますってね、オレの支援してくれないの?」
「はい、しません」
笑顔できっぱり言われるとさすがの或斗も凹んでしまう。この件にオスカー・ワイルドが関わっていることは或斗には知られていない。もし知っていたなら敵愾心を持っている或斗は見境なく大暴れしてエクシードとも衝突していた可能性があった。なので、マギア絡みのことはスピカと繊華とハカセで内密に進めることになっている。
隠し立てするのは仕方ないが申し訳なく感じるところもあったので、凹んでしまった或斗を慰めるように頭をナデナデしてあげた。すると、すぐさま復活して繊華はジェラシーを籠めた視線を送るが、それに対して勝ち誇った顔をして、それが火に油を注ぐものだ。
相変わらず騒がしくして心地よい喧騒を聞きながら、スピカは今一度決意を新たにする。
「そこで、待ってなさい!」
感想お待ちしております




