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Continental of Magica   作者: ドライ@厨房CQ
第6話 サマーバケーション!!
28/33

エクシードとフリーケンシー

お待たせしました

「ハカセ、わたしも参加するよ」


 セイレーン探査の準備を進めているハカセの書斎に訪れたスピカが開口一番そう告げる。それはセイレーンの探索に参加するという意思表示であり、ハカセも予想していたから頷いた。

 オスカー・ワイルドもたらされたセイレーンとマギアの関係、そしてスピカの関わりの疑惑について、ハカセはその全てを彼女に伝えていた。その上でセイレーン探査に加わるかどうか返答を待っていた。


「よし、わかった。じゃあ準備の方は―」

「私も行きます!」


 力強く宣言したのはスピカとドアの影から姿を見せた繊華だった。彼女が参加するのは予想外ではあったが、その真剣な眼差しからスピカから事情を聞いてついて行くと決めたのだろう。


「セイレーンについてスピカから聞きました。過去にまつわる事なので、他人である私が首を突っ込むのはどうかと思いますが、少しでも手助けしてあげたいにで、だから―」

「センカ、ありがと」

「僕としても断る理由なんてないさ。ただ危ない場所だから準備はしっかりとだね」


 二人を部屋の奥へ招き入れると、下書きながらセイレーンの危険性を纏めた冊子を手渡した。他に作戦を練っているのだろうか、書斎机の近くにあるテーブルにはセイレーンの立体モデルが置かれて、ほかにも本や書きかけのメモ類などが雑多に並んでいる。


「ちょうど今から顔合わせを兼ねて作戦会議するのさ。協同するエクシードととね」

 





「或斗さん、朝早くからすみませんね」

「いやいや、オリエンに来てからは此花さんのお世話になりっぱなしですんで、これくらいは」


 海水浴を思いっきり楽しんで、セイレーン探索の準備を本格的に進めているとハカセから『エクシードと顔を合わせるから手伝ってくれない?』と頼まれて、断る理由、もなかったので二つ返事で了承した。

 これよりエクシードとの顔合わせがあるので此花が準備を進めていた。セイレーン問題の解決をエクシードに託したのは姫居家であり、オリエンに滞在中の彼らの世話役も担っている。或斗たちが先日楽しんだ海水浴のセッティングも彼女のおかげだ。


「海の件ありがとうごじます。もみんな楽しめましたし」

「いえいえ、海を堪能できたら良かったです


 此花と会うのは船が着いた初日に顔を合わせた時に続いて2回目だが、一対一なのは初めてなのだが彼女の包容力のおかげかそこまで肩肘張らずに済んでいる。海で目一杯遊べたのも彼女の好意が合ったからで、そのお礼を或斗は述べて、此花は朗らかな笑顔で返す。

 繊華とよく似た艶やかな黒い長髪に年長者らしい柔和な雰囲気がからまさに理想の姉を体現したような姿だ。実際に長い付き合いがある繊華はもちろん、初対面だったスピカや或斗達に対しても姉のように接していた。


「それに、これから魔法大陸の難所を乗り越えなきゃいけない皆に、お姉さんからのささやかなプレゼントですよ」

「それならこっちも期待に応えないとね!」





「いったいどんな人達なんだろう?」

「なんでもフォークト教授が率いてるチームなんだって」


 これから会うチームがどのようなものか口々に噂しながらエクシードは海沿いにあるドック前に集まっていた。今朝の朝食の場にて教官より『これからセイレーンで協同することになったフリーケンシーと顔合わせを行う。各自失礼のないようにな!』とそんな号令がいきなりかかって、てんやわんやで準備してここに集まったというわけだ。

 フリーケンシーについてはエクシードの中でも噂になっていた。オリエンに着いてすぐに、セイレーンに次ぐ問題であった水晶峡谷の異常拡張をいち早く解決した新進気鋭のチームとして名前が挙がり、セイレーン調査においてもエクシードのサポートとして動いてくれる。また、今流行のバーチャルアイドルを広告塔にしているらしく、地道にだがフォロワーも増やしているらしい。

 全員が集まっていることをカーツが確認すると、控えていた此花とともにフリーケンシーの拠点たる浮遊船ブラズニールへ向かっていく。その先導として前を進む少年はメンバーの一人であろうか、どこか覇気のない足取りで船の入り口へ向かっていく。

 声をかけようかどうか他の皆が悩んでる中、レオンが気軽げに話しかけた。しかしそれは初対面の相手には少々、いやかなり気軽過ぎるざっくばらんな物言いであった。


「なぁ、君たちが結晶龍を倒したって本当なのか?」

「あぁん? そいつはマジだぜ。現にオレの左腕なんて奴の攻撃で穴開いてちまったからな」


 レオンの不躾な質問に怪訝そうな表情を浮かべながらも、少年は自身の左腕を指し示しながら話を続ける。相手取った結晶龍はありえないほど肥大化した異常成長した個体で、光のブレスや鱗を飛ばすという通常種と変わらぬ攻撃が何倍にもスケールアップしていたと彼は大げさ な身振りで語る。

 既に傷が完治している左腕を引っ込めると、代わりに青白い光を放つ大粒の結晶を取り出した。これが結晶龍の魔力の源たる角の欠片だという。それをコインのように掌の中で転がしながら彼はいう。


「オレが蹴っ飛ばしてへし折ってやった角の欠片がコレさ。そういや、前にも結晶龍の角を折ったことあるし、ドラゴンホーンブレイカーの称号を得るのも時間の問題だな」

「ハハハ、君は強いんだな」

「それは当然! でもうちのチームにもっと強い奴らがいるぜ。まぁステゴロの殴り合いならこのオレ灰村或斗が一番だと自負してるぜ!」


 やがて船の全容が見えてきて、船体の中ほどにぽっかりと開いた入口前にフォークト博士が立っていた。これまで道案内してきた或斗が博士に何か話すとそのまま船の中へ姿を消すと、博士が引き継いでエクシードを迎える。

 やがて船の全容が見えてきて、船体の中ほどにぽっかりと開いた入口前にフォークト博士が立っていた。少年が博士に何か話すとそのまま船の中へ姿を消すと、博士が引き継いでエクシードを迎える。


「ようこそ! 僕たちの船へ!」





 ハカセがエクシードを招きいれ、カーツ教官とセイレーン攻略の協議に入ってので、チーム同士での交流が始まった。機関室や電算室といった立ち入り禁止区域や個々人のプライベートエリアを除いた、ブラズニールの多くの場所が開放され、エクシードの面々が見学したり、早速組み手を組む者達の姿もあった。

 そんな喧騒から離れて或斗は船着場に置かれた木箱の上に座って空を見上げていた。他の面子とワイワイするわけもなくここにいる理由は人を待っているからで、ちょうど良く二人組のエクシードが彼の前に現れた。木箱から腰を上げると互いに挨拶を交わす。


「話はハカセから聞いているぜ。オレは或斗、今日はよろしく」

「俺はダン・ローレルだ。お手合わせ願うよ」

「エミリア・ランツです。よ、よろしくお願いします!」


 ダンと或斗の手合わせは事前にハカセがセッティングしたものであり、フリーケンシーとエクシードの顔合わせも彼らの模擬戦を行うというハカセの提案から延長線で出来たものだった。ダンとエミリアの二人は早速己の具現武装である、盾とランスを作り出した。

 それを目の当たりにした或斗は舌を巻く。いつでもどこから武器を取り出せるのはどのような状況でも丸腰にならず、戦闘できる適応性を持ち合わせているのは大きな強みである。最も或斗が目を引いたのは虚空から武器を取り出すのというシチュエーションがすごく好みというわけだからだが。


「へぇー、エクシードってのはそんなふうに武器を出し入れできるのか。スピカのティアラみてえで便利なもんだ」

「何が出てくるのかがわからないってのが難点だけどな。俺は魔法の才も強い肉体もないから盾なのはある意味ラッキーかな」

「私もこのランス大きすぎて、持つのがやっとなんで……」

「そっちにはそっちの苦労があるわけだな。まあ、オレは(コレ)しかないから一点を極めていけばいいから、わかりやすいもんさ」


 拳を突き出した拳こそが自身の武器だと誇示した或斗は、そこで言葉を切ってると腰を落として右肘を膝上に置いた独特の構えを取った。武術にはそこまで明るくないダンであるが、その構えはどの武術にも当てはまらない或斗独自のものだとわかった。

 この場合或斗は独自に武術を作り出したのだが、それは体系化された洗練されたものでなく、自身のセンスと経験でこの独特の構えを作り出したのだろう。つまり或斗は自身と同じく武術には明るくないものだと判断する。

 腕力も武器もないが相手の実力を読み取る事にダンは長けていた。なので、或斗は技量は低いがその分腕っぷしは相当に強いのだろう。盾を突き出して両手で構えるダンに、或斗は構えたまま少し笑みを浮かべながら真剣な視線を送る。


「それじゃあ、さっそく行くぜ!」

「ああ、どこからでも来い!」


 或斗の宣言に対してダンが力強い答えで返し、二人の間に張り詰めた帳が降りる。互いにじっと見合って、或斗が地面を強く蹴って躍り出る。

 突き出した右足から繰り出された或斗の飛び蹴りを、構えた盾で受け止めたダンに強い衝撃が襲う。本気かはわからないが加減のないその一撃を踏ん張って凌ぐが、すぐさま左足から二発目の蹴りが放たれた。勢いにのった初撃よりは幾分か衝撃は弱いが、鋭い蹴りだった。それも盾で受け流して距離をとる。

 ダンの判断した通り、或斗の技量そのものはそこいらの不良かチンピラよりは上程度のもので、パワーは想像以上に力強いものだった。追撃とばかりに躊躇なく踏み込んだ或斗の動きそのものは、人並みのスピードで速さは感じない。しかし足さばきはキレがあって腕の動きは風を切るほどに疾いものだ。

 怒涛の拳のラッシュが放たれて、岩を砕けるほどのパワーを持った拳が雨霰のように繰り出される。その全てを前腕に嵌めたバックラーで防いでいく。自分のラッシュについていけるダンに或斗は嬉しげに叫ぶ。


「やるな! だが防ぐだけじゃあ勝てないぜ!!」

「ッ!まだまだ!!」


 拳のラッシュが一瞬止むと、或斗は右腕を引いて“溜め”の動作に入る。拳に魔力が集中して腕を引くと同時に魔力が腕全体に循環されて筋力を高めていく。そして拳を突き出すのと同時に魔力が一気に放たれた。拳と魔力放出を同時に放つ弐式『(はやぶさ)』、これが或斗の得意とする技だった。

 或斗の膂力と魔力放出が合わさった強烈な圧がダンの盾に叩きつけられる。先程のラッシュは防げたが、その重々しい一撃は流石に防ぎきれずに押されていく。そして盾が大きく仰け反ってダンが露わになる。その瞬間を見逃さず或斗は更に深く踏み込んだ。

 そして勝負が着いた。或斗は大きく吹き飛ばされてゴロゴロと転がっていき、右手に嵌めたガントレットを前に突き出したダンが深く息を吐いた。膝をついた或斗はみぞおち辺りをさすりながらも嬉しそうな表情を浮かべてサムズアップを向ける。


「いやいや完敗だ! カウンターなんて胸板で押し返してやるって意気込んでたのに、簡単にぶっ飛ばされちまうとはな」

「今のカウンターは状況がうまく作用したから決まっただけさ。それに、このガントレットがなければ防御を抜けれなかったし、手伝ってくれたエミリアとフォークト博士のおかげだよ」

「そ、そんなぁ!? 私はちょっといじっただけで……」


 頑強さには自信のあった或斗を破った秘密はガントレットにあるようで、痛みを忘れてそれをまじまじと見つめる彼にダンは苦笑いを浮かべながら説明をしていく。ダンの盾は攻撃を受け流すように防ぐものであり、特に魔法攻撃に関しては魔力を周囲に散らすことで減衰させることが出来た。そして散った魔力を取り込んでパワーを増幅させる機能がガントレットに搭載されているのだ。

 盾で防ぎつつ魔力を溜めてガントレットで致命的な一撃を放つ、それがダンの基本戦術だ。或斗が受けたカウンターもガントレットに溜めた魔力を解き放ったものだった。そんな機能性を持った優れものを自作した事に或斗は感心する。


「この魔力を集める機構が難しくてな。エミリアが手伝ってくれたり、フォークト博士の助言が合ったりして完成したんだ」

「へぇー、でも最初に形にしたのはダンなわけだし、そこはもっと誇らしげにしていいと思うぜ。それに助言したのがハカセでよかった。もし、うちの技術長だったらとんでもない魔改造されていただろうな……」


 冒険に役立つ道具を作ってくれるモニカは確かに頼もしいのだが、一方で欠陥品じみた試作品を押し付けてくることもあった。試作品の使用は工房の中で終始してるからまだいいが、毎回爆発するのはいかがなものか。

 遠い目をして在りし日の爆発回数を数える或斗のもとへ元凶たる声が届く。ダンとエミリアが声がする上の方に顔を向けると思わず面食らう。背中から伸びる4本の機械アームで壁に張り付いている赤毛の少女がいたからだ。その姿にげんなりとした表情を或斗は見せる。


「……んなところで何してんだよ?」

「これ? アーテルちゃん用のアームを新しく新調したから、そのテストだよ。あ、そうだ、或斗くんに和是非試して欲しい新装備があるんだけど!」

「またかよ! こないだの奴だって思いっきり爆散したじゃねえか! それにオレは今超忙しんだ」

「問答無用! さぁついてくるのだ~!」

「わあ!? なんだこのアームは!?」


 機械のアームに絡め取れた或斗はどこかへと連れ去られていった。そんな二人を呆気にとられて見送ったダンとエミリアはややあってから何も見なかった事にして互いに頷いた。


「中、入ろうか」

「そ、そうだな」



 ブラズニールにおけるメインゲートである搬入口付近は荷持の積込みの為ハンガーと直通しているのでかなり広く出来ている。そのため何か集まりがあるとなると、この場所が会場となることが多い。今回もフリーケンシーとエクシードの模擬戦が開かれた。

 対戦カードはフリーケンシー側がアスール、エクシード側がレオンという、最初からお互いの最高戦力がぶつかる形となった。


「アスールさん、お手合わせよろしくお願いするよ」

「聖剣使いの実力、是非見てみたいものね」


 レオンが先に動いた。剣術特有の移動と魔力放出を組み合わせた高速移動『縮地』で、一気に間合いを詰めてアスールの懐へ入り込んだ。

 振り上げられた聖剣が迫ってくるがアスールは反応することはなく、レオンも寸止めしようと力を緩めた。その途端、アスールが手にしていて槍の石突きが跳ね上がって剣を弾き飛ばした。手から離れることはなかったが、大きく後退したレオンが握り直して再び構えると、穂先を向けるアスールは少し不機嫌そうだった。

「ちょっと、いま寸止めしようとしたでしょ」

「えぇと、うん、わかった?」

「当たり前でしょ、それに手加減は必要ないわ。私の方があんたより強いんだから」

「本当に失礼した。では本気で行かせてもらう!」


 聖剣が空を裂くと光の刃が放たれて、真っ直ぐにアスールへ向かっていく。それを迎え撃つように穂先からも水の刃がしなるように伸びて、光刃とぶつかり合って大きく炸裂した。

 水蒸気と水滴が撒き散るなかで駆け出そうとしたレオンは一歩だけ踏み込んで足を止めた。なぜなら、水滴が空中に固定されたようにその場に静止して壁を作っていたからだ。

 アスールが構築した魔法陣によって固定された水滴は細やかな刃と同義であり、その中を突っ切ろうものなら全身を容易く切り裂くだろう。だが、レオンは臆することなく走り出した。

 光を纏った刃が水滴の壁を振り払い、進むべき道を切り開いた。そして水を纏った刃とぶつかり合う。リーチの上なら槍が有利であるが、魔力で作られた光刃により刃渡り以上である聖剣もリーチは負けていない。あとは使い手の技量で勝負が決まるだろう。

 脈々と受け継げられてきた魔法剣術を幼少期より叩き込まれたレオンと、経験に裏打ちされた槍捌きのアスール。二人の攻防は一進一退であり、周囲のギャラリーたちも固唾を呑んで見守っている者から、その技量に心奪われて呆けている者まで様々だ。


 ダンとエミリアも二人の戦いをハンガーの空中を通された通路から観戦していた。或斗が居なくなってしまったのでここの模擬戦に参加しようかと考えていたが、いきなり始まった高レベルな戦いに及び腰になyってしまい、こうして眺めているだけだ。

 そんなダンのすぐそばを火の球が掠めていき、思わず飛び退いてしまった。火球が飛んできた先を見れば人だからが出来ており、そこでも模擬戦が繰り広げられていた。しかし遠目では細かい状況がわからないため、通路を抜けて階段を降りてハンガーにほど近いところまで駆ける。


「えっと、どういうこと?」


 状況をつぶさに見て取って困惑する。そこで戦っていたのはいつもダンに絡んでいたイズマとその取り巻きであるが、全員が床に伏しているのであった。彼らの対戦相手である白髪の少女は静かにその場に佇んでいる。決着が着いたのかギャラリーが歓声を上げて、その中にはダンと同じくイズマ達の横暴さに辟易していたエクシードも混じっていた。

 まだ負けを認められないイズマは具現武装であるダブルブレードを杖代わりに立ち上がろうとするも、周囲から諌められて苦々しい表情を浮かべながら肩を借りて離れていった。

 いつも傲岸不遜で自身の実力を絶対視している彼らがあんな風に倒されたことに驚きつつ、ダンは対戦相手だった白い少女に目を向ける。黒いパーカーを着て長い白髪をなびかせる彼女は間違いなく美少女であるが、どこかぼんやりとした様子に庇護欲がくすぐらて、現にギャラリーであるエクシードも男女問わず黄色い歓声を上げている者が多い。

 そんな彼女のもとへ三角帽に黒いローブという由緒正しき魔女装束に身を包んだ少女が親しげに話しかけ、更にギャラリーに向けても大きく声を張り上げる。


「お疲れ様、スピカさん。4人同時に相手してこの涼しい顔ですよ。さあさあ、我こそはという猛者はいないのかい!」

「ミーナはわたしと戦いたい?」

「いやいや、私じゃあ手も足も出ないよ。全属性適正なんて反則過ぎない?」


 エクシードの中で最も多彩な魔法を扱えるミーナでさえも白旗を上げるほどにスピカの魔法は強力なのだろう。可愛い顔してとんでもないものだとダンが思っていると、件の少女が近づいてきた。

 パーソナルスペースが狭いのか顔をぐっと近づけてきており、150センチにも満たないスピカの背丈だと必然的に上目遣いとなるが、その破壊力はあまりに反則的だとダンは顔を赤らめながら恐る恐る尋ねる。


「あ、あの、ど、どうしましたか……?」

「たしかアルトと一緒に居たよね。アルト吹っ飛ばすところ見てたよ」

「おっと、これは逆指名、しかも宣戦布告か! これを受けなきゃ男が廃るわよダン君!」

「ちょっとミーナちゃん、煽らないでよ!」


 つまりスピカは或斗に膝をつかせたダンのことが気になるようだ。そしてミーナの扇動もあって引けに引けなくなったダンはフィールドの中へと進んでいく。そんな彼を心配そうにエミリアは見つめているが、扇動した張本人は実にお気楽そうだった。彼女たちは幼馴染で気心の知れた仲なので、人見知りなエミリアでも本音をさらけ出せた。


「ダン君、大丈夫かな……」

「大丈夫だって、イズマ達がボロボロになったのはギブしなかっただけで、その前に戦った皆はそこまでいかなかったわよ。あ、もしかして愛しの彼が盗られるって心配しているの?」

「ななな!? そ、そんなじゃないって!!」

「ははは、ごめんって。それにここはダン君の実力を見せつけるいい機会になるんじゃないかと思ってね」


 キャットファイトが始まりそうなところでミーナは真面目な顔になった。彼女もダンが武器でなく盾を具現したことで不当な評価を受けていることを気にかけており、この模擬戦はそれを払拭できる良い機会だと考えていた。ギャラリーに混じるエクシード達の予想もダンの瞬殺だろうと思われており、当人はそんな事露知らずダンとスピカの模擬戦が始まった。

 スピカの右手から白に染まった細身の剣『ティアラ』が現れた。具現武装によく似ていると或斗は評していたが、中身は大分違うものだと分析する。魔力の塊が剣の形になっているのがあのティアラで、具現武装のように実体は無いだろう。

 一体どんな攻撃が来るのかと身構えていると、スピカが軽く剣を振るう。その軌跡が三日月状の光刃を形成するとまっすぐ飛んできた。そして盾に強い衝撃が走る。

 レオンが扱う聖剣と同等の攻撃を軽い一振りで繰り出す事に驚愕する。魔法は魔法陣を作りそこへ魔力を流すことで初めて発動するが、そのためには一定の溜めの動作が必要であり、どこまで簡略化できるかが魔法使いの力量と言えた。先天的な適性や詠唱によるイメージ作りで溜めを早めることはできるが、見る限りスピカは詠唱も溜めも、そして魔法陣すらも作らずに放ってみせるのだ。

 剣を振るう事に炎や風、雷といった刃が放たれてダンは守るので手一杯だ。魔力の塊であるティアラが魔法陣と発動用の魔力を兼ね備えることで魔法を予備動作なしで扱え、スピカ自身の全属性適正と相まって魔法を絶え間なく撃ち出せるのだ。このような砲撃のような破壊力と制圧力の前にイズマを始めとした他のエクシードも手も足も出なかった。

 盾を構えたまま動けずにいるダンをギャラリーはよく耐えていると関心していた。だがそれもすぐぬ破られて他の者達と同じように膝を屈するだろうと。だがダンは攻撃を防ぎつつ魔力を溜め込んでいた。スピカの魔法は強力無比であるが、その分取り入れる魔力も大きくなる。

 魔法の斬撃を全て防がれたスピカは新たなる一手を見せる。剣を手にした右手を後ろへ大きく引いて素早く前へ突き出すと、剣先から黒い波動が一条に伸びていく。斬撃は小手調べであり、この闇魔法こそが得意としてるものだ。

 多大な圧を発しながら迫る黒い輝きに対して、ダンは盾を翻して右拳のガントレットを突き出した。これまで溜め込まれた魔力が一気に解き放たれて、渾身の一撃は拳大の光球となって黒き魔力の奔流と激突する。一条の線とたった一つの点は互いに拮抗しあい、やがて形を保てないほどに不安定となって轟音とともに吹き飛んだ。

 一撃を相殺できたその瞬間、ダンは盾を前に向けて突撃する。もうもうと立ち込む魔力の残滓を突っ切って、スピカの眼前に迫る。魔法を破られても相変わらず脱力した感じのスピカであったが、拳と盾が届きそうなところでその場から姿を消した。

 まるで重さを感じさせぬ動作でふわりと飛び上がった彼女は、頭上からもう一度黒い斬撃を放つ。ダンも残滓をかき集めて急速チャージしたガントレットを突き出した。今度は斬撃を弾いて拳の一撃はスピカを掠めていく。彼女は牽制の一撃を放ったからこそ弾かれたことは気にしてはいないが、それでダンは確証を持てた。


「やっぱりその剣には実体はないようだな。だから接近戦にも魔法を使うけど、遠距離戦用との切り替えには少しラグが存在する。その隙を突いて間合いを詰めさせてもらったよ」

「うん、すごい。盾で弾きながら魔力をチャージできるんだね。それでアルトも吹っ飛んじゃったのかな」


 スピカも盾とガントレットの仕組みを理解したようで、お互いに手の内が曝け出された事だが、手数の上ではスピカが圧倒的に有利である。何かを考えながらティアラをステッキのようにくるくる回す彼女を警戒しながら、盾を構えて有利なポジションを探る。ある程度近いほうが砲撃が飛んでこず、拳も届きやすくなるからだ。

 剣を振り回すのをやめて構え直したスピカの表情には、子供が何か思いついた時に似た無邪気な笑みがあった。そして次の行動にはこの場に居た誰しもが度肝を抜かれた。


「よっ、せいっ!」

「!?」


 流れるような投球フォームで手にしたティアラを思いっきり投げつけたのだ。重要な魔力剣だというのに何故と疑問が湧いてくるが、こちらに目掛けて飛んでくるので考える間もなく受け止める。盾と衝突して閃光が迸り、魔力の塊ということもあってか重い一撃で容易には受け流せない。

 単純な押し合いなので受け止める事に成功したが、閃光と盾の隙間から前を見ると、投げつけた張本人がどこにもいなかった。一体どこにと思った瞬間に答えが出る。すぐ後ろから鈴を転がしたような声が聞こえたからだ。


「これでどう!」

「な、うわあぁぁっ!?」


 背中越しに覗くと魔法陣を掲げたスピカがちょうど魔法を発動させていた。頭上より強い力がのしかかり、膝が耐えられずに屈して座るように倒れていくと、最後には床で大の字となっていた。闇魔法の中で上位でもある重力魔法は効果範囲こそ狭いが、その中の重力を自在に操ることができる。周囲の重力が変えられて身体が重くなってしまい、動けなくなくなってしまったダンは抵抗できずに白旗を上げる。


「わたしの勝ち、だよね!」

「はい、降参いたします。だからこれ以上重くしないでください~」


 腰に手を当て勝ち誇った笑みを浮かべるスピカは、すぐに重力魔法を解いてくれた。軽くなった身体を起こして一息ついた。盾の防御は確かに強固であるが、前面のみしかカバーすることが出来ない。なので今のように攻撃を受け止めている間は他ががら空きになってしまう。一応盾持ちの役割は仲間の前に出て守ることなので、少なくとも後方から攻撃されることはそうそうないのだが。

 予想外の善戦にギャラリー達が興奮して口々にダンの健闘をたたえ、一気に注目を浴びた彼も当惑しながらも手を降って応えた。そんな様子を面白くなさげに見つめていたのは、動けるまで回復できたイズマ達であり、苛立ちながらこの場を離れていった。

 盛大に魔法を使っていたスピカであるがあまり疲れた様子は見せず、ただ伸びをするだけだ。そこへハンガーから逃げるように走ってくる人影があった。或斗である。


「あ、アルト! 試作品はどうだった?」

「まあな。とうかあんなの試作品じゃなくて爆発物じゃあないか? お、ダンじゃないか。さっきはすまんな、うちの変人技術者に捕まっちまってな

「あー、それはご愁傷さま。こっちはスピカさんと模擬戦したけど、すごい強かったよ」

「ダンもなかなかカチカチだったよー。じゃあわたしはお腹空いたから、もう行くね」


 どこまでもマイペースに動いているスピカは手を振って離れていき、それを幾人かのギャラリーも手を振って見送った。そして少し離れたところで行われている模擬戦も佳境を迎えたのか、そちらへ足早に向かう者も多い。

 人の数がまばらになっていく中で、或斗はダンを労った。直接は見ていないがギャラリー達が口々にしていることからある程度察しがついた。スピカと真正面から戦って反撃を行い、初戦で重力魔法まで使わせたのはダンが初めてだ。


「すごい戦いだったみてえだな。重力魔法を使わせるまで食いついたのはお前が初めてだぜ。いや、本当に見たかった!」

「この盾がなかったらすぐにやられてたよ。あんなに強力な魔法をポンポン出せるなんてさ」

「あの砲撃にはオレも手も足もでねえのよ。しかもいざとなったら頭上から極太ビームまでぶっ放してくるんだからさ。とりあえず健闘をたたえてオレの奢りだ!」


 懐に入れていた紙切れを取り出して見せると、そこにはカレーの写真が乗っていた。今回のエクシード来訪に合わせてマスターが宣伝用に作ったもので、或斗もカレーを食べれるということでその手伝いをしていたのだ。

 親睦を深める意味もあるので或斗は二人を誘い、少し顔を見合わせたダンとエミリアは向き直って頷いた。





 太陽が落ちてすっかり暗くなった搬入口は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。その静寂の中をカツカツと靴音を鳴らしながら、エクシードのミーナが通りがかる。暗闇の中でマグを取り出してどこかへ連絡を入れる。


「あ、もしもしエルダー? 言った通り面白い素材だね!」


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