祭りの裏で
新キャラが続々登場します
或斗たちが海で遊んでいる頃、ハカセは威厳のある木造建築物の前にいた。ここはオリエンにおける魔法研究の中核たる魔導院であり、セイレーンによって凶暴化して意識を失った人々も収容されている。今回ハカセが訪れた理由も、その人たちの治療のためだ。
オリエンやアーカシャ側とのセイレーン攻略の為の打ち合わせもあるのだが、それはおまけのようなものだ。大きな正門から中に入ってすぐに、白衣の男がハカセを呼び止める。
「お待ちしておりました、フィン・フォークト教授。ご協力に感謝します」
「いや、かまわないよ。僕の力が必要だというのなら、喜んで協力するよ」
白衣の研究者に先導されてハカセは負傷者が収容されている病棟へ向かった。そこは4人用の病室が並んでおり、中には医療機器が詰まっていて2人の負傷者がベッドに横たわっている。それが10部屋以上続いている。
一つの病室では初老の医師が険しい表情で患者の容態を確認しており、ハカセの姿を見ると軽く会釈する。
「どうも、皆意識がないだけに見えるね」
「仰るとおりです。ここに収容された26人全員は脈拍、脳波、身体状態や怪我などないも無い至って健康な状態でもあるのに、一向に目を覚まさんのです」
「魔法関係という筋は?」
「そこも確認しました。魔法が使えるかはわからんですが、全員魔力を持っているのは共通してます。が、セイレーンの影響で魔力の流れが少々乱れているだけで、他に異常も見当たりません」
主治医であり医療部門のトップでもある初老の医師も、原因がわからず匙を投げている。ハカセは診断書を受け取りつつ、26人の患者を一人ずつ見て回る。
主治医が言っていたように彼らのバイタルは正常の値を示しており、原因となるものが見えてこないので、手がかりとなるのは魔力の僅かな乱れだろう。ここ医師達もこの乱れが凶暴化及び意識消失の原因と考えているのだが、全く正体や治療法を見出せずにいた。
だが、ハカセには思い当たる節があり、確証を得るべく頭脳の奥深くにあるデータベースを使って更に検証を深める。そんなハカセの思考を遮るように何者かが声を掛ける。
「ゴーレムの大賢人たるフォークト博士だ、既に目星をつけられましたか」
「……君は、オスカー・ワイルド……!」
ハカセのすぐ傍らに眉目秀麗を具現化したような面持の青年がいた。魔法使いらしく白いローブと木の杖を携えたその姿は老練ささえ感じさせる。
地下牢獄においてスピカを鎖に繋ぎとめ、或斗に瀕死の重傷を与えた男。それがオスカー・ワイルドだ。なので二人にとっては不倶戴天の存在であり、特に或斗は蛇蝎の如く嫌っていた。
「今回は協力者として挨拶に伺ったのですよ、博士。我らがアーカシャとフリーケンシーの共同作戦が行われれますから」
「なるほど、人前に姿を現さないアーカシャの総代が、君だったとはねオスカー・ワイルド。僕らの行動は筒抜けってわけかい」
「そんな人聞きの悪い。ボクは監視者としてただ見るだけさ。ただあなた方に興味があって、特に一ノ瀬スピカと灰村或斗にね」
「あいにくだけど二人は君に会いたがらないだろう。いや、或斗君なら君を殴りにいくだろうね」
「ハハハ、実に彼らしいね」
地下牢獄の一件以降は直接干渉はしていないが、アーカシャの総代ともなれば観察者としてこちらの動きを把握するのは容易かっただろう。警戒を解かぬハカセに対しても、オスカー・ワイルドは代表者として振舞いハカセには敬意を持って接している。
「そこまで警戒しなくても良いですよ。今回はアーカシャの総代としてあなたに面会していますので」
「概念骨格を持って姿形を自在に変えられる君を警戒するに越したことはない。それに君の姿を見て確信した、今回はマギア絡みというわけだね」
「その通り! 聡明高いフォークト博士には何でもお見通しでしたか」
目的だけでなく自身の特性すらも少ない材料から見抜いたハカセから寄せられた期待以上の答えに、オスカー・ワイルドは気を良くして今回のセイレーン攻略の真意を朗々と語る。
そもそもセイレーンが出現したのとスピカが自意識を取り戻して地下牢獄を抜け出したのはほぼ同時期だった。セイレーンとスピカの間に何か因果関係があるのかと考えた矢先、セイレーンによる負傷者からマギアが検出されたのが決定的となった。
セイレーンはマギアを模倣した特殊な魔力を生成して、それを捕まえた人間に打ち込み、それが凶暴化及び昏睡状態の原因なのだろう。セイレーンが動き出してそのような暴挙に至った理由はわからぬが、マギアの神子たるスピカがそれに絡んでいるのは間違いない。
「なるほど、僕の予想ともほぼ一致するね。そして、その模倣マギアを打ち消せるのはスピカ嬢だけというわけだね?」
「その通り、紛い物は本物の美しさに敵わぬわけさ! それにセイレーンそのものもあの娘を求めているのは間違いないだろう。これを見てほしい」
オスカー・ワイルドは手にしたマグを操作して立体映像を投影させと、そこにはセイレーンの見取り図や観測されたマギアのデータ、そして正六面体が映し出された。そのデータから解ることはセイレーンとスピカは一度接触していてマギアのデータを読み取ったからこそ模倣できたということだ。
そして正六面の立方体こそが、スピカがかつて収められてマギアを吸い上げられていた封印用の“匣”そのものだった。これらがセイレーンとスピカの関係の証明という。
「あの娘を収めた匣“モノリス”はセイレーンによって作り出されたものなのさ。つまりは彼女の過去の足取りがあるということだよ」
「……つまり、セイレーン攻略にスピカ嬢も参加させろと?」
目の前の青年はうなずく。そしてハカセはしばらく思案する。ここにいる患者たちを治すことができるのが自分だけというのならスピカは協力を拒まないだろう。そして、自身の過去に関係あるというのなら彼女に知らさないわけにもいかない。
しかし、それを誘うのはスピカにある種の執着心を見せる男からという危険なものだ。視線を戻したハカセは肯定も否定もしなかった。
「……スピカ嬢が行くかどうか彼女と相談する必要がある。一緒に行動するアーカシャの精鋭というのが君の配下なら、なおさらだ。今回の件は或斗君が参加するのが決まっているから、変な事はお勧めしないよ」
「その点なら、問題ありませんよ。彼らにボクの統制下にはない協力者で、何より選ばれた『エクシード』ですから。ちょうど治癒術師もきていますので確認してみては?」
気軽くそう言ってハカセにセイレーンに関するデータが入ったチップを渡すと、オスカー・ワイルドは病棟から軽やかな足取りで姿を消した。精鋭を語るときはいかにも自信ありげな言葉とは裏腹に、まるで興味なさげなのがありありと彼の顔に浮かんでいた。
彼の言葉通り主治医を始めとした医療スタッフ達に混じって、白い装いの少女が真剣な目つきで患者を見て回っていた。年頃はスピカ達と同世代に見え、ゆったりとしたローブから医療従事者よりも神官のようにも見える。彼女がオスカー・ワイルドの言っていた治癒術師だろう。
自身の見解を伝えるべくハカセは主治医へカルテを差し出した。治癒術師の少女はハカセの姿に驚くも、すぐに思い当たる節が浮かんだのか納得した表情に変わった。
「あなたがフィン・フォークト博士ですね! お話は伺ってます、力を貸してください! 私だけでここの人達を癒すことが出来なくて……」
「当然だよ。これでも医者の端くれさ、労力は惜しまないよ。それで早速見て欲しいのだけど」
少女を始めにこの場にいる医療スタッフ全員にカルテを見せる。これまでの経過観察の通り、体内に入り込んだ特殊な魔力が凶暴化とその後の昏睡状態を引き起こしたものだとハカセは結論付けた。治癒には反対の性質を持った魔力を流して相殺させるという事も手書きで記載されている。
治癒に必要な反対の性質の魔力についても目星をつけてあると、ハカセが告げると遂に治療の目処が付いたことに一同が喜びを見せた。
「でも“特殊な魔力”を準備するのに時間がかかりそうなんだ。もし容態が悪化したりと急を要するなら、前倒しで処置を行うつもりだよ」
「はい、我らもその間は不測の事態に備えておきます。教授は準備の方に専念してください」
まだ予断を許さぬとはいえ光明が見えたことに主治医の顔を明るい。気を締めなおして部下に指示を出していく姿を見ながらハカセは申し訳なく思う。
治療に必要な特殊な魔力とはマギアのことであり、その宿主たるスピカは守るためとは言え事情を伏せた事に罪悪感を覚えたのだ。スピカなら治療への協力を快諾してくれるだろうが、彼女の過去に関わるというセイレーンの事情もあった。
「すごいですね、こんなに早く原因を見つけてその対処法まで出してしまうんですから」
「マヤさん、君だって頑張ってくれてじゃないか。我々が発見できなかった魔力のノイズを見つけてくれたんだから」
「その通りさ。ノイズの情報があったからこそ、僕がすぐに対処法が思案できたわけなんだから。……ノイズ、それにセイレーン……まさか!」
」
「博士どうかしましたか?」
セイレーン。その名は歌声で船を誘い沈めてしまう怪異。この事態を引き起こした元凶がもしその名前が伝承通りとすれば、ノイズという言葉がハカセの中で懸念を浮かばせる。
それはセイレーンがそもそも人々に魔力を打ち込んだ理由だ。マギアもどきを打たれた人が凶暴化したのはセイレーンから何かの信号を受け取って、身体を操られたからではないのか。
今はまだ昏睡状態だが、もし伝承の怪異と同じくサイレン(セイレーン)が鳴り響いたら同じように操られてしまうのではないか。その危険性を考慮して、治療と平行してセイレーンの調査、必要なら破壊も視野に入れなければならない。
「セイレーンが人を操る、ですか……確かにありえそうですね」
「だから、マヤ嬢、君にお願いがあるんだ」
「え? はい、私に出来ることでしたら」
「君達“エクシード”のいるところへ案内してもらいたい」
「皆注目! 今日はお前達の訓練を見学する方がいる。こちらのフィン・フォークト教授だ。教授は魔法研究の第一人者であると同時に“光の頂”を発見した先駆者でもある。今回のセイレーン探索にも協力しているので、くれぐれも失礼のないようにな!」
「やぁ、どうも。僕のことは気にせずにいつも通り訓練に励んで欲しい」
ハカセは今オリエン魔導院に併設された訓練施設にいた。広い面積を誇る魔導院には魔法の実地練習やサバイバル訓練などを行う訓練施設が多数置かれていてそこの一つをエクシードが間借している。そこへ治癒術士の少女―マヤ・タイレルの案内でやってきたのだ。
エクシードとは“聖剣”と呼ばれるアーティファクトに選ばれた者のことで、潜在能力が引き出されて身体能力や魔力などが強化された擬似的な超人になれるという。しかし“聖剣”に選ばれる確立はかなり低く、選らばれる一人だけなので必然的にエクシードもこれまで一人に限られていた。
アーカシャの長年にわたる“聖剣”の解析によってエクシードを生み出す因子が発見されて、適合した者に投与されたらエクシードと同等の力を手にできるナノマシンが開発された。
マヤとこの場に居る30人ほどの少年少女たちは皆エクシードであり、その力を活かして魔法大陸での探索活動を行っている。とはいえ、まだ若いこともあり筆頭教官であるヒースクリーフ・カーツを始めとした教官達が彼らを支えている。どこかハイスクールの雰囲気に似ているとハカセは感じ取っていた。
「突然の事で驚きましたが、お久しぶりですね先生」
「ヒース君も元気そうで何よりだ。君が教師みたいな立場になっているとは驚いたよ」
挨拶が終わって各自が訓練に向かう中、ハカセとカーツを互いに昔を懐かしむ。ハカセは現在エクシードの拠点となっている光の頂とそこに収められていた聖剣を発見した調査隊の一員であり、カーツは若い頃に聖剣に挑んで選ばれなかったが、ちょうど光の頂に滞在していたハカセの教え子となった。
ハカセがここに来た理由はカーツも理解しており、セイレーンにて協同で動くに当たって若いエクシードの力を確認しておきたいわけだ。彼らがオスカー・ワイルドの息がかかっているかどうか確かめる事も必要だったが、マヤの献身的な態度やカーツが居ることもあって心配はなさそうだ。
「エクシードを発現させるナノマシンを作ったのはアーカシャらしいけど、彼らとはどうなんだい?」
「アーカシャですか? 実を言うとあんまりあんまりよくわからないのですよ。あいつらは基本的に研究室に引き篭もってて、出てくるのも装備を持ってきた時かエクシードの定期健診ぐらいでしてね。便利な装備とか作ってくれるのは有難いんですが、どうにも不気味で」
「フムン、浮世離れした技術者集団という噂は本当だったようだね」
アーカシャも研究機関だけでなく、エクシードのような外部組織や協力組織も多く存在しているので相当な規模を誇っている。仮に中心たる研究機関の総代であっても末端までも思うように動かすのは不可能だ。
エクシードを実質的に仕切っているのがカーツであるのを認識して問題はないと判断したハカセは、彼らの訓練の様子を見て回る。
「彼が聖剣の担い手か……」
「はい、彼がエースであるレオン・パーシバルです」
白銀に輝く剣を携えた少年が標的である使い魔3体をその刃の一振りで切り裂いた。その姿をハカセはマヤとともに、訓練の邪魔をせぬように遠目から眺めていた。本当は一人で見るつもりだったが、マヤがエクシードの紹介を兼ねて付いてきてくれた。
レオン・パーシバル。彼が現在の聖剣の担い手であり、真の意味でエクシードと呼べる唯一の存在だ。180センチ台の長身に柔和な表情から好青年らしさが滲み出ているが、訓練に臨む今の姿は真剣みに溢れている。
聖剣の担い手に相応しく光属性魔法を得意としてそれ以外の属性魔法にも適正を持っており、その剣技も幼少期に道場で鍛えられたおかげで実戦を重ねた今では若年ながら免許皆伝クラスに至っている。
「すごい剣技だね。でもお隣の彼女も負けてないね」
「あの子はナギサちゃん、ナギサ・マルチネスです。二人とも私の幼馴染なんですよ」
レオン少年の隣で反りの入った刀を構えた少女が静かに佇んでいる。その姿はまるで雲のような静けさであったが、雷光の如く一瞬の抜刀で周囲の巻藁を一閃した。本来なら刀の間合いから離れていた藁すらも綺麗に両断されている。
斬り伏せてから流れる動作で刀を納める。見事な抜刀術を見せた彼女がナギサ・マルチネスで、古武術道場の師範代の娘として同門であるレオンと共に鍛え上げられたその剣技は彼を上回るほどだ。この二人がエクシードの中心戦力と呼べる。
エクシードにはもう一つ特徴がある。自身の魔力とナノマシンが反応しあって武器を形成する事で、各々の適性にあった武器が自動的に生成される。聖剣を持つレオン以外のメンバーはこうした武器を扱い、ナギサなら刀、マヤなら錫杖を大人顔負けに使いこなす。
マヤに案内されてエクシードの訓練を見て周りながらハカセは彼らの練度の高さに舌を巻く。あとは経験を積めばトップクラスの魔法使いになれるのも現実的だ。
「いや、みんなすごいものだよ。これならセイレーン攻略も怖くないね。だけど油断は禁物、注意を怠らないように。さて、僕の案内はもう十分だからマヤ嬢も訓練に戻りなよ」
「はい、訓練でも皆いつも傷だらけになるから、気が気じゃないんです……」
「ハハハ、それが若さというものさ」
マヤと別れたハカセはマイペースに訓練場を巡っていく。その中でエクシ-ドの特性について考察する。精神力と魔力によって作り出されるということで、人工的にイド魔法を再現したものだろう。
「フムン、魔力による武具精製はスピカ嬢の魔力剣ティアラに似てるけど、仕組み的にはイド魔法に近いみたいだね。さすがに或斗君のジェフティみたいなのはないようだけど……、おや?」
そんなことを考えているといつの間にか訓練所の端まで来てしまったようだ。引き返そうと踵を返したところ、何が破裂する音と地響きが聞こえてきた。音がした方に目を向けると、大の字に倒れた少年とその周囲であたふたと混乱する少女がいた。
「どどど、どうしよう!? ダン君、しっかりして!?」
「まず君が落ち着きな、どれどれ……、うん、ちょっと頭をぶつけたようだけど、命に別状はないみたいだ」
「はぁ……良かった……」
すぐに彼女らの元へ駆けつけて倒れている少年の容態を確認する。突然現れたハカセに驚きながらも、その手際の良さで彼が無事だと知って落ち着きを取り戻した。
二人が居る位置から大きな岩があり、その表面は何かがぶつかって出来た窪みが不規則に空いている。これが先ほどの破裂音の正体だろうとハカセは推測し、何が起きたか少女から話を聞く。
「あ、申し送れたよ、僕はフィン・フォークト。それで何があったんだい?」
「あ、はい、私はエミリア・ランツです。ここでダン君、倒れている彼と一緒に自主訓練をしていたんですが……」
エミリアの話によれば、二人で基礎訓練をしていたのだが、倒れている少年ダンが自作のガントレッドを試そうと岩を殴った時にその反動で吹き飛ばされてしまい、運悪く頭を打って気絶してしまったらしい。
事情を聞いてふむふむと頷くと、ちょうどダン少年が意識を取り戻した。しばらく周囲を見回して状況に気づくと、どこか誤魔化すようにはにかむ。
「いてて、なんか格好悪いところ見せちゃったな……」
「あまり無理は禁物だよ。頭を打ったみたいだし、もしものことがあるかもだからね」
「大丈夫っすよ、ただガントレットが吹っ飛んだだけですし」
すぐに立ち上がるとダンは近くに転がっていたガントレットを拾い上げる。なんとか形は保ってはいたが黒く焦げてしまって直すのは難しい有り様だった。どうにか直せないかと頭を捻るダンの背中に向けて、ゲラゲラとした笑い声が突き刺さる。
「なんだ、ローレル。自主練とは精がでるな。無能なお前がどう頑張っても無駄なのにな~」
「……こっちに突っかかる暇があったら、そっちも鍛えたらどうだ」
「あっ、下位のてめえが上位の俺らに意見するってか!?」
突然現れてダンを嘲る4人組にハカセは眉をひそめる。エクシードらしかったが、訓練中に彼らの姿を見かけていないので詳細はわからない。当惑しているハカセにエミリアが声を潜めながら教えてくれた。
「彼らはジン・イズマとその取り巻きです。実力は確かにあるんですが、私のような下位には高圧的で、特にダン君に突っかかってくるんです」
イズマ達はエクシード内においてレオンらに次ぐ実力を持った上位陣であるが、訓練の成績があまり芳しくない下位に対してはかなり高圧的に接している。横柄な態度には苦情が出ているくらいだが、確かな実力があるので強く文句を言えないところもある。
ダンと取り巻き達がが一触即発という剣呑な空気を醸し出すが、ハカセの姿を見つけるとイズマはにやついた恵美を浮かべたまま親しげに近づいてきた。
「やぁ、フォークト博士。こんな無能やおちこぼれを鍛えても無駄なだけですよ。こんなのより俺達に稽古をつけてくれませんかね~?」
「僕は無駄だとは思わない。誰にだって向き不向きがあるように、長所と短所を必ず備えている。それを見つけ伸ばすのが僕の役目だ。そのためには戦闘能力とか成績などというたった一つの事柄に囚われて評価を下すのは愚の骨頂なのさ」
「ちっ、老害が偉そうにしやがって……おい、いくぞ」
ハカセから明確に拒絶されて暗に咎められた事に不快感を露にして捨て台詞を吐くイズマであるが、激昂して今にも飛びかかりそうな取り巻きの一人を抑えて、この場から去っていった。直接矛を交えなかったのは向こうもハカセの実力を理解しているからだろうか。
とりあえずは大事にならなかったことに胸を下ろして、ハカセは一息ついた。あの4人組の狼藉にダンがバツの悪そうな顔をしながら謝罪する。
「すんません、フォークト博士。俺達の問題なのに巻き込んじゃって……」
「気にしなくてもいいよ。それよりもイズマ君達のあり方は危ないものだ。ヒース君……カーツ教官にあとで相談でもしておくよ」
自らを鼓舞し殊勝に振舞うのは戦士に必要なことであるが、相手を見下して過小評価することは魔法大陸においては命取りなる。その辺の意識改革についてカーツと相談しようと考えている。部外者である自分が首を突っ込むのは余計なお世話かもしれないが、最低限の義理は果たすつもりだ。
そしてもう一つ果たすべき義務がある。導く者として目の前のに居る後進達の訓練に付き合うことだ。
「えっ、それは嬉しいんですけど本当にいいんですか?」
「うん、こちらからお願いしたいくらいさ。それにそのガントレットにも興味あるからね」
早速ダンとエミリアの訓練にハカセも加わる。とはいえ格闘技はからっきしなのでハカセは得意とする錬金術で土の壁を作って、これを標的として壊させる方針をとる。
二人が一斉に具現武装を作り出す。ダンの右手に現れたのはバックラーに似た円形の盾であった。武具を模る事が多いエクシードの中では珍しいものだ。防御主体な装備であるが、素早い身のこなしで壁の間を駆け巡り、黒く焦げてしまっているが左手のガントレッドはちゃんと機能していて土壁を次々に砕いていく。
一方、エミリアの具現武装は騎兵槍であった。背丈以上の大きさと凄まじい重量で突き崩す事に特化している武装で、ダンが数発殴って壊していた土壁を紙のように容易く破壊していった。
「二人ともお見事! ダン君の体捌きは素晴らしいものだし、エミリア嬢のランスチャージも破壊力満点だ。これで下位評価なんて信じられないよ」
「いやあー、俺はこれ以外からっきしなもんで。具現武装がこれで使える魔法も少ないから決まり手になるのが無いなんすよ。なんとかガントレットでカバーしてるんですけどね」
「わ、私は体力なくて基礎訓練についていくの精一杯で……」
二人の欠点は決定力不足と体力不足ということだ。体力を底上げできるトレーニングメニューならいくつかあったので、その中から彼女に向いたものをチョイスしてみようとハカセはメモリーにアクセスする。決定力に関してはダンとよく似た戦い方をする或斗を参考にするが、イド魔法というとっておきと肉体強化特化型なのでただの格闘が決め手になりうる或斗はあまり参考にはならなかった。
そこで決定力不足をカバーしているというガントレットに目をつける。今は壊れてしまっているが、大岩を穿つ一撃を出せるとなれば確かな決め手となりうる代物だ。
「そのガントレットは腕力を増幅させるオブジェクトというわけかな? どうも魔力的仕掛けで動作するようだけど」
「はい、あとは魔力を溜め込んで一気に放出する機能もあるんっすよ。理論上はあの大岩に穴を開けられるんですけど。まぁ、その反動で吹っ飛ばされて頭打っちゃいましたけど」
苦笑いを浮かべたダンを無視してガントレットを注視する。魔力放出する機構が組み込んで腕力を強化せせて必殺の一撃とする。その反動が大きすぎて使用者に返ってきたしまったが、似た技を使い熟している人物をハカセは知っていた。或斗である。彼のパンチ技は全て魔力放出ととも放っているので、心の中で或斗に感謝しながらこのガントレットを強化させるに算段が出来上がる。
「ダン君が倒れたのは頭を打ったからじゃないよ。そのガントレットから魔力が逆流して一時的に意識が混濁してしまったからだ。そこに運悪く頭をぶつけてしまった、ということかな」
「え、そうだったんですか!? じゃあコイツを使うのは危ないっすね……」
「ちゃんと逆流を防ぐ機能があれば、問題ないさ。それに魔力放出パンチを得意としている友人がいてね、彼のを真似すればより強化できそうなんだ。ちょっと貸してもらえるかな?」
「ホントにそんな事ができるんっすか!? お願いします、俺も手伝いますよ!」
二人は顔を寄せながらガントレットの強化作業を始めた。工具類はハカセの腹部ストレージに入っているものを使って、ここはこうするべきだ、あっちはこんなふうにしよう、などやんややんや言いながら進んでいき、喜々として作業する二人をぽかんとしながらもエミリアは静かに見守っていた。
30分ほど引っ付いていた二人の頭が上がって、合作ガントレットはついに完成した。二人はまるでおもちゃを組み上げた子どものようにそれを天高く掲げて全身を使って完成を喜んでいた。
「それじゃあ早速使ってみますよ!」
「ああ、僕たちの合作だ。悪いはずがないよ」
「もう、こんなにテンション上がっちゃって……、二人とも怪我しないよにねー」
エミリアからの注意にはしっかりと頷いてガントレットを嵌めたダンは、表面がデコボコの大岩の前に立つ。目標はこの岩に大穴を空けること。息を整えて静かに拳を構えたダンが吼える。
「はぁぁぁぁっ!!」
「や、やった……!」
気合の入った雄たけびと共に突き出された左腕が、大岩を捉えてその表面を穿つ。完全には破壊されていないが、人が一人通れるほどの大穴が向こう側まで貫いていた。
「やった、大成功だ! でも、やっぱり反動があるな。全開なら2発が限度みたいだ」
「無理は禁物だね。ガントレットを用いるのに適したトレーニングをここに記しておいたから活用してね。それからこっちが体力の基礎上げ用トレーニング、毎日続ければ体力がつくようになるさ。はい、エミリア嬢」
「あ、ありがとうございます」
トレーニングメニューを渡して、今からそちらの指導に移る。その中でガントレッドを扱うダンを見ながらあることを思いついたハカセは二人に提案する。
「そうだ、ちょうどセイレーン調査に僕のチームから一人参加することになるんだけど、その彼と模擬戦してみない?」