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Continental of Magica   作者: ドライ@厨房CQ
第6話 サマーバケーション!!
26/33

渚にて

「さてと、私達もそろそろ遊ぼうか」

「うん、なにしようかな!」


 或斗が海に突撃してからややあってスピカ達も動き始める。太陽はちょうど真上に位置してぎらぎらと照りつける中へ、踏み出そうとスピカに繊華が待ったをかける。


「ねえ、スピカ、あなた日焼け止め塗った?」

「ううん、塗ってないよ」

「それはだめだわ! あなたは特に肌が白いんだから日焼け止めは必須よ」


 炎天下で海からの照り返しもあるので海水浴での日焼け対策はしっかりしておく必要があった。そのあたりが無頓着なスピカに対して日焼け止めクリームを掌に満遍なく塗りたくった繊華が迫る。


「自分で塗れるからいいよ」

「いえ、ここはしっかり塗る必要があります! それにこれは先ほどいきなり抱きついてきたお返しよ!」

「きゃー、くすぐったいよー」


 クリームを塗りあいながらいちゃつく二人を尻目に、ビーチチェアに腰を下ろしたアスールはクーラーボックスから取り出したサイダーをグラスに移して飲みながら、サングラス越しに陽光と潮風を感じながら優雅に過ごしている。

 その脇でステラが海に入る前の準備とのことで入念に柔軟をしている。内陸にあるユグドラシルで長く過ごしていたので、海に入るの久しぶりだからストレッチにも熱が入っている。


「それにしてもモニカさん遅いですね」

「そうね、何か準備してるのかしら?」

「いあやーお待たせ、遅れてごめんね」


 噂をすればなんとやら、ボーダー柄という派手なカラーリングの水着を纏ったモニカがやってきた。二の腕から膝上まで覆う長袖なため一見水着には見えないが、頭にシュノーケルを装備して足ひれも脇に抱えているので水の中には入れる物なのだろう。

 そして彼女が押してきた車椅子には布の塊が置かれていた。ちょうど人ぐらいの大きさでシルエットも人の形をしていて、頭に当たる部分の両サイドから黒い束が伸びている。つまり、簀巻きになった何者かが車椅子に座っているということだ。


「えっと……、まず状況がうまく呑み込めないのだけど」

「ごめんごめん、アーテル、着いたんだしそろそろ脱いでもいいんじゃない?」


 モニカからの問いに布に包まれたアーテルはふるふると首を横に降って否定した。なんでも水着に着替えたはいいが恥ずかしいのでタオルをたくさん巻き付けて隠してしまった。そんな格好で暑苦しくないのかとアスールは心配したが、それはモニカも同じ気持ちようだ。


「ええい、こうなったら実力行使だ! そんな暑苦しいのはさっさと脱いじゃいな!」

「ちょ、ちょっとまって…… あぁん!?」


 タオルが無理矢理引き剥がされてアーテルの素肌が露わになる。ステラのもの同じデザインの白いスクール水着を纏っていつもは下ろしている黒髪を両サイドで縛ってツインテールにしている。

 しかしサイズのあっていないピチピチなスクール水着を着ていることもあってか、アーテルは羞恥で顔を真っ赤に染めている。その姿にタオル巻いて隠したくもなるとアスールは同情する。


「アーテルも来てくれたのは嬉しいけど、何があったのよ?」

「あー、それはね―」




「さてと準備はこれくらいかなー」


 水着に着替え終えたモニカは海に潜るためのシュノーケルや足ヒレが壊れていないのかを確認していた。既に他の女性陣は着替え終えて海に向かっており、モニカも手提げバックの中に装備を入れると部屋を出ようとした。

 その時誰かが更衣室の入口前に立っていることの気づく。誰か忘れ物でもしたのかと、鍵を外して顔を出してみるとそこに居たのはアーテルであった。

 いつもの黒いドレス姿でなく、たぼたぼとのTシャツを肩出しというラフな格好となっていた。


「どうしたのアーテルちゃん? スピカちゃんだったらもう海にいってるけど」

「えーっと、実はね、そのー」

「あっ、なるほど! アーテルちゃんも海に行きたいのね!」


 アーテルがどこか言いづらそうにしていてので、ここに来た理由を勝手に述べるモニカだったが、沈黙をもって肯定する。一昨日の昼食時にスピカからお誘いを受けていったが、その時は生返事で返してしまい、今になってしまったらしい。


「どうして、しっかり返事返さなかったの?」

「…………あのときは夜通しレジェンダリー・アウトラインのイベント回してたから……。あっ、このことおねえちゃんには内緒にしてね!?」

「イサムくんに続いて、アーテルちゃんまでもかー」


 ブラズニールにも押し寄せるLOの波に呑み込まれる人が多く出て来ている。しかもアーテルはついこの間始めたにも関わらず、徹夜してまでやり込んでいるんだから相当の入れ込み具合だ。

 そんな彼女がゲームから離れて海で遊びたいというのなら、既に脱いではいるが一肌脱ごうじゃないかと胸を張るモニカである。


「よしよし、秘密はちゃんと守るし、インドアなアーテルちゃんが海で遊ぶってことなら、あたしも全力でサポートするわよ!」

「へ、へぇ、あんたにもいいところがあったのね――」

「ではまず、この水上水中活動用バイオニックアームから! オートモビル車椅子では活動しづらい不整地での活動を補助する多目的バイオニックアームの耐水耐塩防錆仕様よ!!」

「……へっ?」

「バイオニックアームは野外用、海用、戦闘用の3つを用意したけど、どれも魔力的に接続させるからアーテルちゃんは影を操る時の感覚で動かせるわ。どれも超小型の魔導エンジンを内蔵してあるから負担もかからない優れもの! そもそそもアーテルちゃんの影から着想を得たものだからよくマッチするはずよ。それにアームは伸縮機能あるし、海用はスライダー機能があるからアメンボみたいに水上航行も出来て、それでねそれでね――」


 いつもはべったり引っ付いてくる鬱陶しい存在なモニカが力を貸してくれる事にアーテルが見直したと思った瞬間、モニカより力強く叩き出された言葉で呆気にとられる。

 目を点にしたアーテルを無視してまるでマシンガンの如く続けるモニカはしばらく話し続けて、一息つくところでようやく止まった。自分でも喋りすぎたと自覚しているのか苦笑いをもらしつつ、アーテル用の水着を用意する。


「ごめんごめん、話始めたら止まらなくてさ~。えーっと水着はあるかなー」

「自覚があるなら自重してほしいものだわ……」

「うん、水着2つしかなかったけど、どっちにする?」

「お説教はあの繊華に任せとこ……。それで水着はどんなのかな、って、なにこれ~!?」


 モニカより差し出された水着は2着。1着目はただの紐であり、洲リングショットと呼ばれる露出度がすこぶる高い水着だ。もう1着は白のスクール水着で先ほどのより露出はぐっと下がるが、ステラ用に作ってあるためかサイズが小さめでどうもきつそうだった。

 なぜこの2着しかないのかとアーテルが抗議するが、モニカはばつが悪そうに製造機のほうを指差した。


「なんで、こんなのしかないの!?」

「じつは原料の糸が切れちゃって、買ってきたら出来るんだけど時間かかりそうだからね」


 原料の糸を買ってきて補充すればまた動き出すが、街へ買出しにいくには時間がかかりすぎるし、また水着を作るのにもスリーサイズを測って作業するので30分ほどの時間を要する。

 既に日が高く昇っている今からだと間に合うかわからないので、既に出来上がっているこの2着を出したのだ。スリングショットは試験的に作った第一号で、スクール水着はステラがどちらを着るのかと思って紺と白の両方を作って余った方だ。


「今から作るとなるとそれなりに時間がかるから、この2着から選んで? 夕方ころになってもいいなら今から糸買ってくるけど」

「………………わかったよ。じゃあ、このスク水のほうで」

「よしわかった、それじゃあ早く着替えちゃおう!」

「一人でできるからいい、……って、どこ触ってるの!?」




「―ということがあったの」

「うん、アーテルもモニカも色々あったんだね」


 途中から話の輪に日焼け止めを塗り終えたスピカと繊華も加わってモニカが事情を話し終えると、少し肌をてからせたスピカはうんうんと頷いた。そして恥ずかしげに両腕で胸元を隠す仕草をしているアーテルの前に腰を下ろす。


「アーテルも来てくれたんだねー。水着よく似合ってるよ」

「お、おねえちゃん……。うん! おねえちゃんもすっごく素敵だよ!」


 姉妹の微笑ましいやり取りをほっこりした気持ちで眺めていた4人は同じタイミングで目が合ってクスクスと笑いあう。モニカは立ち上がると思いっきり伸びをする。


「さーて、みんなも揃ったことだし存分に遊ぼうじゃない!」

「はい! でも海に潜る前にはちゃんと準備運動しなきゃです」


 早速海に潜るモニカとステラは二人一組となってストレッチを始める。パラソルの影にいるスピカたちも陽の下に出ようとするが、寸前のところでアーテルに向き直る。


「アーテル、日焼け止めは塗った?」

「ううん、用意してないから塗ってないよ」

「それじゃあダメだよ! アーテルはわたしより白いんだから、ちゃんと入念に塗らないと」


 アーテルの肌を心配して日焼け止めを塗るように力説するスピカはお姉ちゃんらしいが、同じことはついさっきまで自身が言われていたことなので、棚上げかはたまた反面教師か。

 使いかけとはいえまだ中身が残っているチューブを取り出すとアーテルの背後についた。


「背中は一人だと難しいから、わたしが塗っちゃうねー」

「う、うん、ありがとうおねえちゃん」


 背中は任せて前は自分で塗ろうとアーテルはチューブに手を伸ばすが、何故か日焼け止めクリームを握っている繊華が隣に座っていた。さらにストレッチしていたはずのモニカまで加わってきた。


「私もお手伝いしますよ。ここはお姉ちゃんにまかせてください」

「こっちはぢ大丈夫よ! ていうか勝手に姉と名乗らないで!」

「なになに面白そう、あたしも混ぜて~」

「なんであんたまでくるの! 着替えのとき散々触ったじゃないの、ひゃん!? どこ触ってるの!!」


 三人に囲まれて30本の指がアーテルの柔肌を撫で回す。背中に位置しているスピカはまじめに塗っているのだが、残り二人はただスキンシップを図りたいからかクリームを塗り付けつつ、べたべたと触っている。

 しかし、触られていいところと悪いところがあるので、アーテルは時折身悶えする。 しかし、そんなことで手を緩める二人ではなく、どんなに拒絶しても容赦なく撫で回される。


「ちょ、ちょっと、そこはだめ、だめなのぉ~~!?」





「ただいま、魚捕ってきた」

「おかえり、アルト。大物とれた?」


 海から上がってきた或斗をスピカが出迎える。50センチはありそうな魚を引きずりながら持ってきた彼を、海に飛び込んだ経緯を知るアスールもからかい混じりにあしらう。


「どう、少し頭は冷えたかしら?」

「ああ、意識しすぎるとまずいから、極力いつも通りに接するよ」


 どうも空回り気味だったこれまでより心機一転した或斗は、自分が海に入った時よりも人数が増えていたことに気づく。


「モニカにアーテル……も来てくれたんだな。楽しんでおくれよ」

「うん、早速ステラちゃんと潜りにいくのさ!」

「……汚されちゃった、……アーテル汚された……」


 シートの上で膝を抱えて横たわるアーテルから、漏れる不穏な雰囲気を感じ取って触らぬ神に祟りなしと目を背ける。意図的に外した先でビニールボートを懸命に膨らませているステラが視界に入った。

 手押し式のポンプを使って空気を入れているが、ボートの大きさからあまり膨らまらないようだ。或斗は助け舟を出すと、ボートの注入口からポンプを外した。


「或斗さん、外しちゃうと空気入れれませんよ?」

「オレにそいつは不要さ。まあ見てな」


 大きく息を吸い込んだ或斗は注入口に直接口を付けると空気を送り込んだ。するとボートがまるで生きているかのように蠢くと、一気に空気が内部にバンバンに詰め込まれた。

 一息で膨らませた或斗はしたり顔を見せつつボートをステラに渡した。


「わぁ、或斗さんありがとです!」

「ふふふ、オレの肺活量にかかればお安い御用さ。おかげで素潜りでも5分は息継ぎなしでいけるもんだからな」

「それはすごいですね……。では、いってきます!」


 ボートを受け取ってステラとモニカは颯爽と海へ向かう。シュノーケルや足ヒレもしっかり装備して潜る用意はできていた。波に乗って沖合いへ進むボートを見送るアスールであったが、すぐに椅子から立ち上がってパーカーを脱ぎ捨てる。


「あの二人だけだと心配だから、私も波乗りがてら海にいくわ」

「サーフィンできるのか、すげえもんだな。オレはちょいとこいつを捌くから気にせず波に乗ってきな」

「それじゃあわたしたちも泳ごう!」

「う、うん、アーテルもいくよ」


 自前のボードを脇に抱えたアスールもまた海へ向かっていく。水の申し子たるアスールなら波乗りもお手の物かと一人で納得した或斗はナイフを取り出して魚を捌きはじめ、スピカはアスールの手をとってボートと一緒に或斗が膨らませた浮き輪を持って波打ち際に向かった。



「気持ちいいね~……」

「うん、きもちいい……」


 スピカとアーテルの二人は浮き輪に跨って足が付くほどの浅瀬をぷかぷかと浮かんでいる。ぎらつく太陽と真っ青な海と空に囲まれながらも、ときおり打ち寄せる波がゆりかごのように揺らして心地よい。


「うふふ、二人ともまるでクラゲみたいですね」


 気持ちよさそうに浮かんでいる二人を眺めている繊華は、波打ち際で足先を海につけてながら綺麗な貝殻を集めていた。穴を開けて紐を通したり砂と共に瓶に詰めたりとすれば、アクセサリーや小物インテリアに早変わりだ。


「センカは海に入らないの? 気持ちいいよ~」

「ここは綺麗な貝殻が多いから、もう少し波間で探してみるつもり。スピカも浮かんでるばかりで泳がないの?」

「こうしてるのが楽で気持ちいいからね。モニカが用意してくれたアメンボアームがあるんだけど、アーテルが使いたくないようだし」


 ちらりと目を向ければ岩陰に置かれたメカアームが陽光をキラリと反射させて自己主張している。しかし、ビーチに似つかわしくないそれをアーテルが嫌がったので放置されて装備されることなく、二人は浅瀬で気ままに浮かんでいるだけだ。


「みなさん、それぞれで楽しんでいるのですね」


 貝殻集めを続ける繊華が沖合いに目を向ければ、アスールが大波に乗っているのが見えて、海の中を潜っているモニカとステラが時折頭を出しているのが確認とれる。

 皆が思い思いに海を満喫していた。




「ふぅー、泳いだ泳いだ」

「海、綺麗でしたね! 魚もたくさんいましたし」

「波も中々よいのがきてたわよ。強すぎず弱すぎない、乗るのにちょうどな塩梅なのがね」

「お嬢さんがた、そんなところに寝っ転がらなくても、良いものがありますぞ」


 海から上がってきたモニカが砂浜の上で横になっている。その横にアスールとステラも転がって濡れた身体を乾かす。そんな彼女たちを変な語調の或斗が手招きしている。そこにはコンロと別にダッチオーブンが置かれていて、上に載った燃え盛る炭火を蓋ごと持ち上げると、中から魚の切り身が入ったスープが温かな湯気とともに美味しいそうな匂いが一面に広がる。

 スープを器によそって皆に振る舞うと、モニカが一番にスープを口にした。その美味しさに舌鼓を打つと、アスールとステラも続いて口をつける。


「美味しい! この塩味がたまらないね!」

「海で遊んだあとは汗をかいてるだろうから、塩味が効いてるのが一番なのさ。白身魚との相性もいいからな」

「美味しいですね、このスープは或斗さんが作ったのです?」

「……実のところ、スープはマスターが前もって作ってくれたんだよ。オレはただ魚切って打ち込んで煮ただけさ」

「なになにー、そっちだけで美味しいなの食べてる~」

「スピカちゃんもこっちで食べなよ、このスープめっちゃ美味しい!」

「スープだけじゃないぜ! 海と言ったらBBQと相場が決まってんだ、じゃんじゃん焼いてくぞ!」


 皆が集まってきたところでお昼ご飯となった。串に刺した肉と野菜をコンロの上で豪快に焼いたバーベキューを振る舞いながら、或斗はスープが入った器とバーベキュー串が2本置かれた皿を持つと、どこかへ向かおうとする。


「アルト、どこへいくの?」

「ああ、ちょっと向こうの磯で釣りしてるマスターに差し入れしようと思ってな」

「そうなんだ、マスターにスープ美味しかったって伝えといてね」


 スピカからの伝言も携えて或斗は磯に向かった。大きな岩が砂浜との境界に置かれているのでわかりやすいが向こう側が見えないので、お互い気兼ねなくできるようマスターがそこにいるのかもしれない。

 或斗が磯に入ると少し海に突き出た岸壁の上でマスターが糸を釣らしていた。麦わら帽子にピンクのアロハシャツとラフな格好ながらダンディに着こなしている。


「マスター、差し入れ持ってきたぜ。BBQもスープもみんなに好評だったよ」

「おっ、悪いな。どちらも気にいって貰えたならなによりだ。中に入れる魚も無いならこっから取っても良かったが、それも必要なさそうだな」


 スープと串を受け取ったマスターは竿を手にしたまま、器用に口を付ける。傍らに置かれた籠には釣り上げられた魚がピチピチと跳ねている。マスターの釣果も上々のようだ。

 腹ごしらえを終えたマスターは後半戦に移り、早速1匹を釣り上げる。


「この勢いなら明日はお魚パーティーかな?」

「楽しみにしてな。しっかし、羨ましいかぎりだな。女の子に囲まれて海を楽しんでるんだろう?」

「おいおい、からかわんでくれよ。結構気を使ってんだからさ」

「そうかい、存外楽しそうだけどな」

「楽しいってのは否定しないな」


 マスターにからかわれた或斗は反論する。傍から見れば羨ましい状況なのだが、それ以上に気苦労があるものだ。それもひっくるめて楽しめているので不満はないが。

 或斗のハーレム状態を存分にからかったマスターは、げんなりとした表情を浮かべる或斗へ何かを投げ渡す。それは瓶とレシピが書かれた紙であった。


「なにこれ?」

「夕飯のネタだ。メモ通りに作ればいいぞ」


 それだけ言うとマスターはまた釣りへと戻っていった。




「腹ごなしにでもビーチバレーするわよ」

「えー、砂浜でやる競技ならビーチフラッグのほうが好きなんだけどなー」


 昼食を食べ終えてマスターから受け取ったレシピの下ごしらえも完了した或斗が伸びているところに、ビーチボールを抱えたアスールがやってきた。ビーチフラッグ云々はただ動きたくないだけの或斗の言い訳であり、お構いなしにアスールに引きずられていった。


「ビーチフラッグだと砂の中に飛び込むじゃない。それじゃあ汚れちゃうわよ」

「さいですか」


 砂まみれになるならビーチバレーも同じじゃないのか。そう疑問に思いながらも口にすることなく、簡素に張られたネットの前にやってきた。

 或斗が対戦するのはスピカ繊華アスールの三人で、男女に別れて競い合うとのことだ。


「まてまてまて、それってつまりオレ一人だけってこと? 不公平じゃあないか」

「なに言ってるのよ、あなたの身体能力ならこちら全員でかかりたいほどよ」

「という訳で我慢してください、灰村君」

「まぁ、腹ごなしなんだしゆるくいくかー」


 或斗が肉体強化を全開で出したなら、本当に女性陣総出で挑むことになるだろう。無論ここにいる全員がそんなことをする気は毛頭ないので、ビーチバレーは至って普通に始まった。


「スピカ、いくわよー」

「うん、そーれっ」

「二人ともいい感じよ、それっ!」

「オーライオーライ、よし、返すぞ」


 実にゆるいビーチバレーだった。女性陣が軽くトスを繋いで、或斗のコートへ軽く打ち込んできたのを同じように軽く返してラリーを続けるのを繰り返している。

 時折アスールや或斗はスパイクを打ち込むが、それも力受け止めやすいようにあまり力がこもっていないものだ。これくらい緩さのならルールをあまり知らない或斗も楽しめている。


(それにしても、すごいなよな。あの三人……)


 対戦相手である三人とも良い胸をお持ちなため、トスをして身体を伸ばしたり着地するたびに、まるでぱいーんっと音が聞こえるかのようによく弾んでいる。危うくそちらの方に意識が向けそうになるが、まるで絶対零度の刃を首筋に当てられたような感覚が走った。

 恐る恐る後ろに目を向けるとそこには、キッと睨みつけるアーテルが「おねえちゃんを変な目で見るなら殺す!」と言わんばかりの殺気がこもった視線を送っていた。逆毛立つのをどうにか抑えて三人の方へ視線を戻す。


(いかんいかん、これ以上意識しないようにしなければ―)

「アルト、いくよ~」

「っ!?」


 集中を乱されていたから咄嗟に反応できず、その場で硬直してしまう。スピカは大きく飛ぶ上がって或斗に向けてスパイクを打った。それと同時に薄いピンクの水着に包まれた豊かな双丘が溢れんばかりに大きく弾んだ。そして或斗の顔面にボールが直撃して思いっきり後方へ吹っ飛んだ。


「アルト!? だいじょうぶ!?」

「きっと大丈夫よ、灰村君は頑丈だからそこまでダメージは無いはずだから!」

「…………スケベめ」


 慌てふためくスピカと繊華を尻目にアスールがボソリとつぶやいた。その言葉通り見事に吹っ飛ばされた或斗の表情はボールの跡がくっきりと残りながらも、どこかだらしない笑顔をしていた。




「もう日が沈むのか……」

「アルト、動いちゃだめだからね~」

「…………ちょっと崩したら殺す。もう少しでおねえちゃんの砂像が……」


 日が傾いて空や海がオレンジ色に染まっていく中、或斗は砂山に埋もれていた。ビーチバレーに負けた罰ゲームと鼻の下を伸ばしていたお仕置きとして或斗は砂に埋められて、そこに盛られた砂山でアートを作るスピカとアーテルがいた。

 自分の上で砂の城やらスピカの胸像だのが作られているので身動きが取れぬまま、一番星が輝き始めた空を眺めるだけだ。午後からも他の皆は思い思いに過ごして時間はあっという間に過ぎていった。

 埋められた或斗の上でスピカが作っていた砂の城がついに完成して、その天頂に旗が掲げられた。のだが……


「これで完成ー、なかなかの力作だよ、……あっ!」

「ああ~、おねえちゃんがっ!?」

「うわっぶっ!?」


 旗を刺した途端、スピカが午後の時間を使って作り上げられた砂の城が脆くも崩れ落ちて、隣にあったアーテル渾身のスピカ胸像も巻き込んでただの砂山に戻ってしまった。そして砂の直撃を受けた或斗は顔まで埋もれて完全に姿が隠れて見えない。

 もう少しで完成だったアーテルは腹いせに或斗の顔がある辺りに砂を更に盛りながら肩を落ちしていたが、スピカが慰めながら或斗を救出させる。


「おねえちゃんのお顔、もう少しで完成だったのに……」

「崩れたのは残念だったけど、よくできたよ。ちょっと美化されすぎてる感じだけど」

「そんなことないよ! おねえちゃんの美しさはまだあんなのじゃあないの……」

「ぺっぺっ、口にも鼻にも砂が入っちまってるよ」


 何かをこねるように指をワキワキと動かすアーテルに元気になってよかったとスピカは安心する。救出された或斗も身体にこびり付いた砂を払いながら身を起こす。

 そこへスピカの腹の虫がくぅーっと可愛げに鳴いた。二人の視線が集まって少し頬を赤らめる。


「……お腹すいた」

「ちょうどいいや、マスターからのレシピの下準備もできてることだし夕飯にしようか」

「わーい、やったー!」


 スピカは嬉しげに駆け出して或斗も追うようにパラソルの下へ向かう。




「お待たせ、タレに漬けこんだバーベキューに魚の鉄板焼きだぜ!」

「いただきまーす!」


 鉄板の前で手際よく調理する或斗は早速出来上がったものをスピカに渡して、彼女も美味しそうにそれを頬張っていく。

 マスターから渡されたレシピを基に作ったもので、バーベキューの残りの肉をタレに漬け込んで焼いたものと、半身が残ってる魚をマスター特製肉味噌と野菜で一緒に焼いた鉄板焼きである。

 出来上がった肉と鉄板焼きを皿に持って全員に行き渡らせるが、そこで人数が減っていることに気づく。


「あれ、モニカとアスールがいないぞ? どこにいったんだ?」

「あ、モニカさんとアスールさんなら―」

「おまたせ、今戻ったよ」


 噂をしてたらなんとやら。袋を手にしたアスールが戻ってきて或斗が作った料理を受け取った。


「どこにいってんだ。それにモニカは?」

「モニカは準備。私らはこれをもって来たの」

「なんだそれ?」

「海の夜にぴったりなもの、花火よ!」


 手にしていた袋からアスールが見せたのはぎっちりと詰まった手持ち花火だった。




「3……2……1……、点火っ!」


 モニカの号令とともに火がつけられて、横に並べた仕掛け花火から色とりどりの火花を吹き上げて、それを合図に手にした花火からも火の粉が飛び出す。


「みんな楽しんでるね」

「スピカはいかねえの?」

「これ食べてからー」

「じゃあ、オレも隣に失礼」


 花火でなく料理が載った皿を持っているスピカの隣に、或斗も腰を下ろす。そしてしばしの間、花火の様子を遠目に眺めた。

 地面を転がるタイプのねずみ花火を周囲に撒きながら、自分も両手一杯に花火を持っているモニカであったが、危ないということで消火係のアスールに頭上から水をぶっかけられて鎮火させられた。

花火でなく料理が載った皿を持っているスピカの隣に、或斗も腰を下ろす。そしてしばしの間、花火の様子を遠目に眺めた。

 波打ち際では繊華がステラやアスールとともに線香花火を垂らして、どこまで長く火種を残せるか静かに競っている。そして、懲りずにモニカはまたロケット花火の打ち上げ準備に入っていた。

 既に皿を空にしたスピカが皆を眺めながらぽつりと呟いた。


「みんな楽しそうだね……」

「ああ、全くだ。一番年上のモニカが一番はしゃいでいるしよ、クールなアスールだって今日はいつになくテンション高いしさ。スピカも楽しんでるだろう?」

「うん、初めての海だけど、今までで一番楽しいよ!」


 ちょうど一発目のロケット花火が打ち上げられて周囲を明るくて照らす。スピカの満面の笑みは花火と星の光を反射して、或斗の目に映る。

 その顔なによりも輝いていてとても綺麗だ。或斗は思わずその手を握りしめた。きょとんとするスピカに負けじと顔を綻ばせて元気よく言い放つ。


「お楽しみはまだまだこれからさ! さぁいこうぜ!」

「……うん!」


 二人は手を繋いだまま駆け出して皆の下へ向かう。そんな二人をモニカは冷やかしてアーテルがなんとも形容しがたい形相になりがらも、輪の中に入っていく。

 祭りはまだ始まったばかりだ。

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