祭りの前
「イヤッホォォォ! 海だぜえぇぇぇぇ!! 」
ぎらつく太陽、彼方まで続く水平線、絶え間なく押し寄せる白波、一面に敷かれたきめ細かい砂。そこは間違いなく海と砂浜であり、その熱砂の上を或斗は駆け抜ける。
戦闘用のロングコートでも活動用のベスト姿でもない、麦わら帽子に派手な模様なアロハシャツと同じく派手な模様が入った海水パンツという海を楽しむ装いだ。
大きめなクーラーボックスにバーベキューコンロとその燃料である木炭、レジャーシートにビーチパラソルとかなりの大荷物であるが、ジェフティも活用して一気に運んでいる。重量を感じさせない足取りで砂浜を駆け、ちょうど真ん中あたりに勢いよくパラソルを突き立てた。
「さーて、みんなが来る前に準備しちまうか」
パラソルを開いてその木陰にレジャーシートを敷き詰め、少し離れたところにコンロを組み立てて火起こしを始める。火種はジェフティが出す黒炎に任せて、或斗はビーチチェアを取りにもう一度砂浜を駆ける。
他のみんなが来る前に準備を終わらせるよう急いでいく。こういったアウトドアの準備は男の見せ所として或斗はかなり気合が入っている。
なぜ海で遊ぶことになったというと、2日前に遡る。
「海で遊びませんか?」
そんなことを朝食の時に繊華が尋ねてきた。席にはスピカとアスール、そして或斗が同席しており、真っ先に或斗は賛成を示した。
「海か、いいねぇ。でも、スケジュールとか大丈夫なのか? これからオリエンにいくのは仕事のわけだし」
「オリエンの沖合いに現れた謎の建造物を調べるってものでしょ。概要を聞くに中々危険な代物らしいわね」
アスールが“仕事”について補足する。水晶峡谷の主である結晶龍を倒してすぐにオリエンより討伐に対する感謝と共に、新しい仕事を依頼された。それが今回の目的である、オリエン沖の洋上に突如として出現した謎の構造物の調査である。
半月ほど前から突然現れたそれは、船の航行を邪魔する障害物としてさほど重く考えられていなかった。しかし、調査のために人員を派遣すると、半数は戻ってこず、残り半数は戻ってくるも錯乱状態に陥っていて暴れ回ったあげく糸が切れたように動かなくなって、今も意識を取り戻していないという。
戻ってきた者を治す治療法も見つからず、近くを航行する船呑み込まれてしまう事も多発したため、船乗りを浚う伝承から構造体は『セイレーン』と名付けられた。その被害を収めるべく港を含めた海路を封鎖したのだが、魔法大陸の玄関口と言われるオリエンにとって海路が使えないことは大打撃であり、早急に解決必要があった。
水晶峡谷の問題が後手に回っていたのも、セイレーンの事で手一杯だったからだ。そして近々セイレーンの問題を解決すべく、魔導調査機関“アーカシャ”の精鋭部隊がオリエンにくるようだ。ハカセに送られてきた依頼内容は治療法の確立のために協力してほしいのと、アーカシャの調査を支援するという二つであった。
「或斗、あなたよく調査に参加する気になったわね。話を聞いただけで危険とわかるセイレーンに」
「オレ達を脇役扱いしたオリエンの連中に目にもの見せてやろうってわけさ。それに、最悪オレがセイレーンの影響でおかしくなってもハカセが治してくれるだろうし、暴れ回ってもスピカとアスールなら抑え込められるだろうから、心配はしてないぜ」
治療の支援は即決したハカセであったが、セイレーンの調査は危険を伴うので即答はせず、フリーケンシーのメンバーを集めて参加者を募った。無論セイレーンの危険性を繰り返して伝えたが、或斗は臆することなく手を上げた。
それが昨日のミーティングの事であり、しかも或斗の参加理由が相手の鼻を明かしてやる為だというのに、アスールは呆れたような表情を見せる。ちなみにアスールは調査に乗り気でなく、スピカは参加表明をしていない。
少々脱線しかけていた話をスピカが軌道修正させる。
「それよりも、海の話、だよね?」
「あ、そうだったな。ところでどうして海なんだ?」
「はい、私の従姉妹である此花さんが水晶峡谷での活動のことを聞いて、今回の労いとして皆さんをぜひ招待してきたのですよ。プライベートビーチに」
「「「プライベートビーチ?」」」
聞きなれぬ単語に対して三人の声が重なる。そもそもセイレーンの話を持ってきたのは此花であり、水晶峡谷での疲れを癒し、セイレーンに挑む気力を養って欲しいとのことだ。プライベートビーチも彼女が所有しているもので、オリエンの街でも姫居家はそれなりの影響力を持っている事がうかがえる。
今更ながらその事に気づいた或斗は舌を巻きながら、少し後ろめたそうに繊華へ尋ねた。
「繊華の家ってすごいとこだったのなー。つーか、神社の鳥居に落書きしてたけど、バチとか当たらんよな? な?」
「もう、今頃になって反省ですか。でも、そこは大丈夫ですよ。灰村くんは神社のお手伝いもよくしてくれていたと、父も言ってましたので」
「あの肉体労働が役に立ったのか……。ありがとう、あの頃のオレ……」
その言葉にほっとした或斗はいつもの調子を取り戻して、海なら何して遊ぼうとかお昼はどうしようかな、遊び人スイッチが入った。それにつられてスピカとアスールもプランを出し始めたが、繊華は海で遊べ上で一番大事なことを切り出した。
「まず、水着を選ぶことからですね。それがないと海に入れませんし」
「そうね、オリエンの街で買おうかしら?」
マグから水着カタログを写してどれにしようかとワイワイ騒ぎながら選んでいる女性陣の隣で或斗も選んでいると、どこかから視線を感じる。顔を上げてみると、目と目が合って高笑いが鳴り響き、或斗も負けじと叫ぶ。
「ワーハハハッ、話は聞かせてもらったわ!!」
「ゲェーッ! お前は――!?」
高笑いを聞いて女性陣が顔を向けるとそこにはモニカがたっていた。或斗は、こんな時のモニカは大抵良からぬ事を巻き起こすのだと感じている。なので怪訝そうな視線を送るが、スピカは気にせずモニカも輪の中へ入れる。
「モニカもいっしょに海にいこうよ」
「そりゃあ、もちろんよ。でもみんな水着がないそうじゃない。そこでこのあたしの出番ってわけなのさ!」
「なんだ、またへんな機械でも作ったからみんなで試そうってしてるのか?」
「なによ或斗くん、ちゃんとこれからの生活でも役立つものよ。さぁ、とくとご覧あれ!」
手にしたマグを操作すると洗濯機ほど大きさの機械がタイヤのついた荷台に載せられて運ばれてきた。それは立体紡績機という衣服版3Dプリンターと呼べる機械で、水着やTシャツといった簡単な衣類なら全自動で製造できるという。
更にマグを操作させて機械を動かして、実際に服を作っていく。1着分なら1時間ほどあれば出来上がり、内蔵してあるサンプルデータからくみ上げる他に、外部からデータを打ち込むこともできる。
「マグと連動させれば、自分の好きな色とか柄にする事ができるのさ! ちょっとした装飾もつけられるね」
「へー便利なものだな。すまんな、なんか疑っちまってよ」
みんなも思い思いのデザインを描いて盛り上がりを見て、それを実現させたモニカへ侘びを入れた。いつも変な機械の試験に付きあわされてる或斗しては、いつもこうした機械を作って欲しいばかりだ。
「ふふーん、わかればいいのだよ、或斗くん。あ、この機械で水着作るならスリーサイズとか計っておかないといけないよ。更衣室に置いておくけど、調整とかもあるから後もう少し時間が欲しいね」
「それなら、他の皆さんも誘いましょう。水着はその後ということで」
水着を作るのにまだ時間が必要なので、海で遊ぶメンバーを集めることとなった。スピカはアーテルを誘うようで、アスールはステラを、繊華はフリーケンシーの基幹スタッフに声を掛けてみるそうだ。
或斗は男性陣に声を掛けるのとともに、繊華からある重要な役目を仰せつかったのでみんなから離れてある場所へ向かった。
「海ねえ、楽しそうじゃないか」
「そうそう、マスターも一緒にどうだい?」
或斗は喫茶店にいた。繊華からの頼まれ事とはビーチでの食事についてマスターへ相談するというものだった。コーヒーを頼みつつ相談する或斗に、いつも手にしているノートサイズのPDAを離してマスターは殴り書きのメモを差し出した。
「海での集まりは、バーベキューだと相場が決まってんだ。男が甲斐性みせる絶好の機会なんだぜ。肉とかはこっちで用意しとくから、お前はそれに書かれてる道具を探しときな」
「たしかに青空の下でのBBQはアウトドアの王道だよな。さすがは主計長、そこは詳しいね」
「大したことじゃねえよ。親父の単なる趣味さ」
マスターは喫茶店に常駐しているが、フリーケンシーの主計長として食糧のみならず各種物資の管理・補給を一手に引き受けている。常にノート型PDAを持って趣味のクロスワードパズルをしているのだと嘯いているが、実際は消耗品のチェックをPDAで欠かさず行っているのだ。そのおかげで或斗達は不自由なく生活できて、厨房メンバーもマスターを慕っているのだ。
そうした日々の感謝を込めて或斗は改めてマスターを誘ってみた。
「マスターもたまには仕事から離れて、目一杯羽目を外すのはどうだい?」
「悪いが俺はそこまでの仕事人間じゃねえよ。それにプライベートビーチだと引っかける女がいないもんだからな。……まぁ、久しぶりに海釣りもしてみてえから、ちょっとは顔出すかもな」
「さすがは色男、女と魚を釣るのはお手の物ってか」
「はっ、うるせえよ」
最初は断りの姿勢を見せるも、或斗が目に見えてしょんぼりとしたのを見てやや遠回しに承諾した。不良中年を標榜しつつ根は善人なマスターらしい選び方で、或斗の茶化しに返す言葉もとげのないものだ。
カップにまだコーヒーが残っているので席を立たず、しばらくマスターと雑談を交わす。
「それで、他に声を掛ける予定の奴とかいるのか?」
「ああ、イサムとハカセは既に知ってるみたいだけど、後で行くかどうか確認しとくのさ。これからはコントラの面子に声を掛けようかなと、オレも同じコントラのわけだし」
「あの変人どもか……」
フリーケンシーに所属しているメンバーは基幹要員と契約請負の二つに分けられる。基幹要員は言うなれば運営であり、ブラズニールを動かす上で欠かせないメンバーを指す。リーダーであるハカセをはじめ、その補佐である繊華や整備班長のモニカ、操舵手のイサムにスポンサーから派遣されたステラなどがこれに当たる。
対して契約請負はその名の通りフリーケンシーと契約して金銭や技能を提供する事でブラズニールに居を構える者を指して、或斗やスピカ、アスールもコントラに当たる。単に金を払って住んでいる者から技能を生かしてフリーケンシーの仕事に励む者まで多彩だ。
どちらにしてもコントラはブラズニールの船務が免除されているが、発言権も有しておらず、船内の決定に従う義務がある。もっとも、リーダーであるハカセ自身が分け隔てなく話を聞いて意見を求めてくるのだから、この条項は形骸化してると言っていい。或斗も基幹要員やコントラなどは気にせず活動している。
「特にお前らはコントラの中でも基幹要員に近いもんだからな。まぁ、ハカセとしては自由に動いてほしいからこのままなんだろうな」
「とやかく指図を受けないのはありがたいものさ。自分ですることを選べるのは嬉しい気遣いだよ、ほんと」
出されたコーヒーを飲み干した或斗はカップを置くと席を立つ。これから他のコントラに声を掛けるつもりで、あまり一緒に仕事する機会があまりないのだから、今回ので親睦を深めたいと思っている。お代を置いて店を出ようとした或斗は今一度マスターに向き直った。
「更衣室のほうで水着作ってるらしいから、必要なら顔出しておくといいすっよ。ただ、今は女性陣優先でやってるから覗きはダメだよ?」
「そんなのするのはお前ぐらいだろ……」
「さてと、まずはある程度面識のある奴からだな」
契約者向けに開放された部屋が並び区画に入った或斗は目星を付けていた人物の部屋のドアを叩く。ややあって扉が開いて中から緑のキャップを被って首元からカメラを下げた筋骨隆々な男性が顔を出した。彼は或斗の姿を確認すると、朗らかな笑みを浮かべる。
「やぁ、或斗くん。部屋まで訪ねてくるなんて珍しいね、何か用かい?」
「おはよう、トミー。実はその通りなんだよ」
トミー・ウェイライン。ブラズニールを拠点として活動するフリーのカメラマンであり、フリーケンシーの広報も執筆している。目を負傷して除隊するまでは、魔法大陸の探査を請け負うレンジャー部隊の中で選抜射手として活躍していた。そのレンジャー隊の隊長だったのがマスターことエルネスト・フーバーであり、トミーは今でもマスターの事を隊長と呼んで慕っている。
或斗はマスターも来るから一緒にどうかと海に誘ってみたが、トミーには先約が入っているようだ。
「せっかくの所だけど悪いね。ちょうどオリエンのカメラマン達と野鳥の撮影に行く事になってもんで」
「先約があるなら仕方ないさ。その分目一杯遊ばせてもらうよ」
トミーの撮影技術は高いことで知られていて、負傷により眼鏡が手放せなくなったが、鍛えられた動体視は衰えておらず、自然が見せる一瞬の変化を見逃さず写真に収めてきた。そんな質の良い仕事を邪魔するわけにいかない。
部屋を離れようとした或斗を呼び止めると、一旦奥の方に身を引っ込めたトミーは銀色のケースを差し出した。中にはフィルムケースがいくつも入っている。
「これをスピカちゃんに渡しておいて欲しいんだ。カメラ用のフィルムを欲しがってたからね」
「へぇー写真に興味あるとはね。まぁ、思い出を溜め込むにはもってこいだな」
「そうそう、思い出一杯撮って欲しいからカメラをあげたんだよ。僕のお古だけど頑丈なやつをね」
スピカの意外な趣味に驚きつつ後で一枚撮ってもらおうかと思いながら、フィルムが詰まった銀色のケースを受け取った。会報にも載せたいから撮った写真があったらいくつか見せて欲しいとトミーから頼まれて、或斗は快諾して部屋を離れた。
一人目は空振りに終わったが、仕事ということで無理に誘わなかった。人付き合いの良い彼だから、前々から話しておけば予定は空けてくれるだろう。今度は山でカメラ片手に自然撮影の集まりなんかも良いかもしれない。
そんなことを考えながら次に誘おうと考えていた人物が居る部屋の前に着いた。そこは防音室であり、中から演奏している音が僅かに聞こえてくる。
ここで活動しているのは「ザナドゥー」という4人組ロックバンドので、情緒溢れる歌詞に激しいロックサウンドが彼らの音楽の特徴だ。
既にメジャーデビューを果たして、それなりに知名度のある彼らがなぜブラズニールにいるのかというと、楽曲制作の中心であるギタリストがスランプに陥ってしまい、それを脱却すべくインスピレーションを得るために秘境たる魔法大陸へやってきたのだ。
無論周囲は止めてのだが、他のメンバーも武者修行だと称してそれに賛同したので仕方なく身の安全を第一を条件に折れたという。その安全な船ということでブラズニールが選ばれて、ザナドゥーは客人という扱いを受けている。
30分ほどしてようやく部屋から出た或斗の表情はどこかすっきりとしていた。結論から言うと海へのお誘いは断られた。オリエンの街に着いたら、路上で歌う弾き語りならぬ“弾き叫び”を行う予定とのことだ。自身の思うがままに歌うことがスランプ脱却に一番効果があるらしい。
「それにしても、叫んでいるなら音痴なオレでもやれるもんだな」
誘いは断られたがせっかくな機会ということでしばらくザナドゥーとのセッションを楽しんだ。音符は読めず筋金入りの音痴である或斗であったが、音程関係なく入れられるシャウトコーラスで思いっきり叫んでいた。自前のギターを持っているアスールも時折彼らとセッションしているとのことで、今度は一緒にやってみるのも良さそうだ。
次に誰かを誘うかと考えながらマスターから受けとったメモを確認する。海で遊ぶのにに必要な道具類が殴り書きながらわかりやすく書かれている。
人集めと同時にこれらも一緒に探そうか。或斗はメモに目を落としながら通路を進んでいく。
「男の甲斐性見せろってわけだな。まずはパラソルから探そうかな」
「まさか、ハカセまでいけないなんてよぉ。あとはお前だけなんだ、一緒に海で遊ぼうぜ!」
「やだ。俺はこの『レジェンダリー・アウトライン』しなきゃいけないの」
或斗の懇願を容易く切り捨てたイサムは画面に向き直る。ここはブラズニールの操舵室、半ばイサムの私室と化している部屋だ。いつもは地図が表示されている大型ディスプレイには、いかにもダンジョンらしい洞窟内が映し出されて複数の人物とモンスターが戦っている。そのうちの一人はイサムが握るコントローラー通りに動いている。
これがV.I.Mを通じて配信されているMMORPGレジェンダリー・アウトラインであ据え置き機用の通常版からマグでのプレイに向いたアプリ版も配信されていて、実働して半年ほどになるがそのプレイ人口はかなり多い。各種イベントも色々と行っており、やりこみ要素の多さから嵌る人間が増えている。
或斗の目の前にいるイサムもその一人であり、今日から始まったレイドボスイベントに率先して参加している。その隣でなおも或斗が説得を続ける。
「なあなあ、せっかく遊ぶなら部屋に籠もってないで、一緒に外へ行こうぜ」
「なんでわざわざ炎天下にいかなきゃならないんだ。それにLOのイベントがここ1週間は詰まってるんだから離れるわけにはいかないの」
取り付く島もないイサムに或斗はようやく諦めて、LOのプレイを後から観戦する。こうしたオンラインゲームには縁遠いものだから、何が楽しいのか解らぬが人を熱中させる何かがあるのだろうと、ぼんやり眺めていたが、その後ろからルウナが声を掛ける。
「人気すごいですよ、レジェンダリー・アウトライン。おかげでうちのサーバー借りたいお客さんがぐんぐん増えてますよ」
「中々稼いでるそうじゃない、演算領域の賃貸ってやつ」
ルウナはブラズニールのメインシステムとしての傍らで、自身や魔導演算機の処理能力を生かした演算領域の一部有料で貸し与えている。それが性能の良いサーバーを借りられるというので好評だ。
これまでは演算能力を利用した高精度シュミレートを、大規模な施設を持ってない個人や小規模な研究者向けに借す事が多かったが、ここ最近はLOを安定した環境でプレイしたいからサーバーを借りる個人が増えている。
「色んな人が集まってますけど皆良い人たちですよ。悪さをしたら、サーバー使用を凍結して、内部のデータ全部公開させちゃうペナルティがありますので!」
「そりゃ恐ろしいペナルティだ。まぁ、うちの評判落とされたらたまったもんじゃないから、そこは徹底的にってわけか」
管理人が自称スーパーAIなんて借りてる者達は知らないないだろうが、噂を聞きつけた正体不明なハッカーなども居座ってカオスな様相を呈している現状でも、しっかりと取り仕切っていることから自称スーパーAIの名も伊達ではないということだ。
更に高精度シミュレーターを利用した新たなサービスを始めたとしているルウナに、或斗は商魂たくましいものだと感心していた。皆が自分の得意な分野で力を発揮する中で自分は何ができるのかふと考えてみた。
魔法はそれほど得意でもないし、何か一芸を持っているわけでない。あるとすればイド魔法であるジェフティと腕っ節の強さだけだ。だがそれを卑屈に思ってはおらず、肉体の頑強さは自負しているし、それを活かした肉体労働でもよく頼りにされているのは気分が良いものだ。
「さてと、オレはまだ準備が残ってるから、そろそろいくよ。インドアはインドアで楽しんでいてな?」
「おうよ、このイベントは必ず完走させてみせるぜ!」
「あ、そうだ、拡張現実を利用して季節毎の装飾を施すのもいいかもしれませんね。メモメモっと……」
相変わらず騒がしい二人を残して或斗は部屋を出る。まだまだ海に必要な道具はそろっていないので、大抵の道具なら揃っている作業区画へ足を向けた。
それが二日前、一昨日の出来事だ。昨日のうちにオリエンに到着したが、街道沿いに置かれた陸上航行船用の船着場ではなく、此花が手配してくれた海に面した個人用ドックにブラズニールは係留された。この船着場も姫居家の所有らしく、そこから防砂林を隔てたすぐ隣が件のプライベートビーチだ。
昨日一日は久々の街ということで足りない物品の補充や、今回協力してくれた姫居家の面々に挨拶したりと、海の準備と平行して色々と動いていた。
そして今日、朝一番で飛び出した或斗はこうして浜辺にて準備に精を出していた。日も高く昇ったところで設営は終わり、パラソルの下に置かれたビーチチェアに身を沈めている。
「しっかし、ハカセもイサムもこれないとはね。絶好の海日和だってのに」
「仕方なかろう、ハカセはオリエンやアーカシャのお偉方との会合があるだろうし、他の者も各々の用事があるからな」
火を起こし終えたジェフティが或斗の影に半身を潜めながら答える。結局参加することになったのは、或斗、スピカ、繊華、アスール、ステラ、モニカの6人で男女比が1:5とすごいことになってしまった。
男一人だけで少々どころでないほど肩身は狭いが、その分甲斐性見せられる良い機会ということで或斗は息巻いていたが、ジェフティはそれを空元気だと分析する。
「そんなに肩肘張らんでいいぞ。そもそも初心な貴様が紳士らしく振舞うなど無理なことに決まっておろう」
「ふっ、これまでのオレじゃあないんだぜ。しっかりエスコートして初心野郎なんてもう言わせないぜ!」
「そうか、まぁ無理せずにな。我はしばし寝る」
威勢の良さに反してその忠言がぐさりと結構心に刺さりながら、影の中にジェフティが消えたからは気を取り直す。あくまでいつも通りに接していればもんだいないと、肝に銘じてチェアから立ち上がる。
意を決したちょうどそのタイミングで或斗を呼ぶ声が聞こえた。さっそく一人目のお客さんがきたようだ。
「アルト、お待たせーっ!」
こちらに向けて手を振りながら砂浜を走ってくるのはスピカだ。薄ピンクのビキニを身に付けており、一歩進むごとに形のいい胸がポヨンポヨンと弾んで、肩紐で止めてあるが水着が外れてしまわないかハラハラする。
スピカは目の前までやってくるとその場でくるりと一回転して見せる。長い白髪が翻って白い肌が陽光を受けてとても眩しく見える。ビキニなのだから当たり前だが、いつも以上に露出に或斗は目のやり場に困ってしまう。
「どう、アルト、みんながデザイン考えてくれたんだけど、似合ってる?」
「……ああ、すごく似合っているよ」
両手を広げて水着を見せる仕草に或斗は動揺を隠せぬまま、なんとか言葉を紡ぐ。薄ピンクのビキニにはたっぷりとフリルがあしらわれて胸元には大きなリボンがついた可愛らしいデザインだ。スピカのスタイルの良さもあるが、可愛らしいの中になんとも言えない色っぽさがあった。
或斗があまりにまじまじと見つめたものだから、少し頬を染めながら腕で胸を隠すスピカ。そのポーズも余計に意識させてしまうものだから、或斗もしどろもどろになりながら弁解する。
「もう、そんなにジロジロ見ないで、恥ずかしいよぉ……」
「えっ!? あ、ごっ、ごめん! スピカが綺麗なもんだからつい……」
「そ、そう? ……うん、ありがとう」
或斗は心からそう思えたので考えずに口にしたのだが、スピカは頬を染めながらも満足気に微笑んだ。その笑顔につられて或斗も笑みをこぼす。なんとか心に少し余裕が出来たので、スピカをパラソルの下へ案内する。いくら日焼け止めを塗ったとはいえ、その白い肌が直射日光を浴びる時間は少なくしておきたい。
クーラーボックスにしまってある飲み物も出そうかと中を物色していると、砂浜と外界を隔てる木々の影から二人目がやってきた。その姿を視界に捉えた或斗はぶったまげた。
やってきたのは繊華であった。彼女も参加しているのだから当たり前なのだが、その水着姿に強い衝撃を受けてしまった。いつもは巫女服か制服を着ているので隠されていた抜群のプロポーションが、紫のビキニを着込んだ今は惜しげもなく晒される。
アクセント程度の装飾が施されたシンプルなデザインのビキニから、たわわに実った豊かな双丘が溢れんばかりに自己主張している。腰にはパレオを巻いて薄い生地からすらっとした生足が透けて見える。
まさに驚天動地な顔をした或斗に繊華は怪訝そうな顔を向ける。
「もう、灰村君ったらなんですか、そんな変な顔をして」
「あっ、いやいやいや! なんでもないさ、そ、その水着よく似合ってるよ」
「アルト、それ、わたしにも言ったよねー。うん、でも似合ってるよ、センカ」
「ほんと!? 良かった、似合わないんじゃないか心配だったのよ」
あからさまに挙動不審な或斗を華麗にスルーして、スピカの隣に座った繊華は水着を褒められたからか嬉しそうに破顔する。お互いの水着姿の褒めあいを悶々とした面持ちで或斗はグリルの炭火を確認する
似合わないどころかド直球なダイナマイトバディーだと思いながらもそんなことは口に出せず、火の番をしながら萎んでる浮き輪やバナナボートを膨らませる。そこへアスールとステラの二人もやってきた。
「おー、いつ見ても海は大きいのですね!」
「そうね、しかも貸切だから私達だけで楽しめるのよ。それに設営もしっかりできるみたいさし、やるじゃないの或斗」
「お、おう、頑張った甲斐があったもんだよ」
アスールは青のビキニの上からパーカーを羽織りって頭にサングラスを載せて、ステラは紺のスクール水着を纏って首から防水の双眼鏡を下げている。二人とも気取らないスタイルであるが、水着姿に変わらないので目が合わせづらい。
そんな或斗の挙動に不審がってたアスールはその理由に合点がいくと、いたずらげな笑みを浮かべて或斗ににじり寄る。
「なによ、そんなに恥ずかしがることもないじゃない? 男としてこういうのは役得でしょ」
「いやいやいや、役得とそうじゃないし! つーか別に恥ずかしがってるわけじゃねえよ! ちょっと準備があるのでまたな!」
二人に背を向けてグリルを見ながら浮き輪に空気を入れる。その態度から見透かされて茶化されたのだが、そんなこと考える余裕は或斗になかった。
そこへアスール達が到着したとのことで、スピカたちも顔を出す。二人の水着姿を見てスピカは感嘆の声をあげるのが背後から聞こえて、続く女性陣の会話を背中越しに聞く。
「ふたりとも、よく似合ってるよー」
「ふふ、ありがとう。スピカもよく似合ってるわ。欲を言うとステラにはもっと可愛い水着を着せたかったのだけど、それでよかったの?」
「はい、今日は海に潜って魚の中を泳ぎたいので、しっかりとした水着を選びました」
「ステラさんは元気いっぱいですね。アスールさんも引き締まったスタイルがうらやましいですね」
「ありがとう。繊華、あなたの方がスタイルいいわけだし、そのたまご肌もすべすべで憧れるわ」
「うん、センカはもちもちのセクシーダイナマイト~」
「い、いえいえ、そんなことありませんって! きゃ!? す、スピカ、どこ触って……」
女子たちのキャピキャピした掛け合いに、ついに耐えられなくなった或斗は立ち上がりながら麦わら帽子とアロハシャツを瞬時に脱ぎ捨てて海に向かって突撃していく。
「ちょっと海で魚捕ってくる! 火の番まかせた!」
「いってらっしゃいー、大物期待してるよー」
砂浜を駆け抜けて海に飛び込む或斗をスピカが手を振りながら見送った。ステラは律儀にグリルの前に座って火の番をして、先ほどまでスピカに正面から抱きしめられていた繊華はまだ顔を赤らめて身悶えしている。
脱ぎ捨てられたアロハシャツと麦わら帽子をレジャーシートの上に置きながらアスールはぽつりと呟く。
「もう、ほんとうに初心なんだから……。でも、ちょっとからかい過ぎたかしら?」




