新たなる旅立ち
「……ほんとに疲れた」
「うんうん、よくかんばったねアーテル。今日一日でみんなと良くな打ち解けられたと思うよ」
疲労困憊そうに車椅子の座席に深くもたれ掛かるアーテルのすぐ横にスピカは歩いている。作業区画でのモニカと或斗との邂逅したあとも二人に声をかけてくる者は絶えず現れて、コミュ障まっしぐらなアーテルにとってはきつい試練であった。
そんな妹を労るようにスピカは頭をなでてあげる。嬉しげに身を委ねるアーテルをしばらく撫で回してから気になったことを口にする。
「モニカから撫でられるのは避けてたのに、わたしのは大丈夫なの?」
「もちろんだよ! お姉ちゃんは特別、というかアーテルの頭を撫でていいのはお姉ちゃんだけなんだから!」
少し興奮気味に頭を突き出してきたアーテルに若干困りつつも二人は並んラウンジへ向かっていた。そしてドアを開けた瞬間、パンという乾いた音が響いて糸くずと紙くずが舞い散る。何が起こったのかわからず目を白黒させている二人のもとに、繊華が近づいてきた。
「わぁ、ほんとだ! みんなありがとう!」
「……アーテルの歓迎会……」
輪飾りなどで軽く彩られたラウンジにブラズニールの乗組員全員が集まり、主役である二人を拍手で歓迎していた。繊華に誘導されて色とりどりの料理がいくつも並んだテーブルについた。
それを合図に取り分けられた料理が配られて、一部の者はすでに盃を酌み交わしていた。おのおので始まったパーティーをただ眺めているスピカの隣にいくつかの皿を携えた繊華が座る。
「ごめんなさいね、勝手に始めちゃって。皆ただ食べて飲んで騒ぎたいみたいで、歓迎会というのも半ば名目みたいなの」
「ううん、気にしないで。みんながこうして集まってくれたことで十分だよ」
名目とはいえ今回の主役であるスピカとアーテルの元には女性陣が集まり、料理が盛られた皿もよく回ってきたので食事と会話が楽しめた。
そんな中でアーテルだけは心ここに非ず様子でソワソワとしていた。
「アーテルさん、どうしました? ……もしかしてこういった場は苦手でしたら、無理をしなくても良いですよ」
「そうじゃないの、こんな催しを開いてくれたことはうれしい。ただ、こんな時はどんな風にすればいいのかわからないの」
アーテルにとって大勢から祝ってもらうのは初めての経験で戸惑いを隠せなかった。そもそも自分がここにいて大丈夫なのかという不安にかられるアーテルだったが、その口の中へ一口サイズに切られたチキンソテーが放り込まれた。
驚いてそのまま飲み込むと、フォークを構えたスピカが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「そんなに身構えることはないよ。ただ美味しいご飯を食べればいいんだからさ」
「そうですよ、いつも通りのアーテルさんでいいんですよ。ここの皆さんも相変わらずいつも通りですから」
スピカと繊華からそう諭されてアーテルの肩から力が抜けていった。今日は色んな人から構われたからか気張りすぎていたようだ。スピカから渡された料理を受け取ろうと手を伸ばすと、彼女の周囲は既に空になった器が並べられている事に気付いた。そして今もムニャムニャ食べているスピカを見て思わず吹き出してしまった。
「もう、お姉ちゃんったら食べ過ぎだよー」
「仕方ないよ、だってホントに美味しいんだから!」
「いやー、女性陣は華やかでいいっすね~。それに引き換えこっちは……」
「なにため息ついてんだ、辛気くせえぞ。そんなことより飯食おうぜ、みんなめちゃうまだぞ!」
「或斗くんはほんと無限の胃袋ね。あ、マスター、スコッチロックでおかわりお願い~」
「いくら酒に強いからって飲み過ぎだぞ。まぁ、悪酔いしないのがお前さんの良いところではあるがな」
スピカ達を中心としたやんややんやと姦しい女性陣を眺めながら、イサムはため息を吐いた。それを或斗が咎めつつ手羽先のローストが乗っかった皿を押し付けてきた。そんな二人を本日3本めのスコッチを開けて飲んでいるモニカが見ていた。
はっきり言ってこの場には華がなかった。女性陣の質問攻めに合っているスピカたち一ノ瀬姉妹のところへ混ざろうかと考えていたが、イサムには行動する勇気がなくてヘタれてる自分を内心で呪う。
隣の席に目を移せば、今回の料理を作ったコックチーフがモニカの飲み過ぎを警戒しているマスターが談笑している。年長者同士であり、マスターは元冒険者でチーフは元レンジャーということもあって話が通じ合うのだろう。
そこにラウンジ内をぶらぶらと歩いたハカセが顔を出した。
「どうしたんだい、浮かない顔して?」
「あ、ハカセ。なんだか俺、余り者って感じしてどうも……」
「あぁ、もしかしてスピカ嬢達が自分のところに来なかったことを気にしてるんだね」
「そうですよ! わたしもスピカさんやモニカさんともお話したかったのにー!」
図星でだんまりしたイサムに変わって彼のマグフォンから飛び出してきたルウナが声を上がる。一応スピカ達のお陰で起動に成功したこともあったので、それのお礼もしたかったのだ。
意を決してスクッと立ち上がると、イサムはマグフォンを持って駆け出した。
「やっぱ俺、ちょっと向こうの方にいってきます!」
「そうですそうです! 今こそ男を上げる時!」
「ハハハ、青春だね。こちらもなかなか面白そうだ」
女性陣たちの輪の中へ果敢に突っ込んでいくイサムを見送りながら、ハカセはテーブルの方へ目を移す。そこにはむしゃむしゃと食事を頬張る或斗に黙々と酒をあおるモニカの姿があった。
今回の集まりは歓迎会のほかにこれから本格的に始まる魔法大陸探索を前に乗組員の英気を養う意味もあった。ハカセの目の前に居る二人はまさに英気を養ってはいるが、それをじっと眺めていた。
「なんだいハカセ、オレの食ってるところなんて見てて面白いのか?」
「人間観察というのは僕にとっての食事みたいなものさ。お邪魔なら止めるけどね」
「いや、構わないさ。これって食事しないハカセと一緒に飯を食ってる事になるんだろう」
「その解釈はなかったよ。うん、実に素敵な発想だ」
或斗のすぐ隣に座ってハカセはしばらくその様子を眺めていた。そして或斗の食事が一段落ついたところであることを尋ねる。
「新しくチーム名を付けることにしたんだけど、何かいい案はないかい?」
「チーム名って、もうブラズニールって名前があるじゃん。あ、それは船の名前だから、別個で欲しいってこと?」
「そうなるね。まぁ難しく考えなくていいよ、皆からどんなものがいいか聞いてるものだからね」
「う~む……」
少し頭を捻らせて或斗は唸る。無自覚であるがネーミングセンスに関してはかなり壊滅的だったので、ハカセはそこまで期待はしてなかった。或斗も深くは考えず頭に浮かんできた単語を口にした。
「フリーケンシーってのはどう?」
「フムン、振動や共鳴って意味がある言葉だね。なかなか良い感じがするね」
「なーに、よく聞くバンド名にそんなのがあったから、拝借しただけだよ」
或斗は深くは考えずに決めれば良いネーミングセンスになるんじゃないかと思いながら、候補の一つとして資料に書き記した。ハカセが持っていた資料の一つがテーブルの上に置かれてたので、それを何気なく開いてみた。
これから向かうであろう探索地の情報であり、その中の一つに大きな赤丸が囲われていた。
「ハカセ、ここが次の目的地なのか?」
「そう、魔力結晶で構成された土地、人呼んで『水晶峡谷』さ」
「名前を聞いただけでもすごそうな場所だぜ」
これから向かうまだ見ぬ場所に思いを馳せなて或斗は身を震わせる。
「水晶峡谷、一体何があるのか楽しみだぜ!」