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Continental of Magica   作者: ドライ@厨房CQ
第4話 ブラズニールの日常
18/33

ブラズニールの日常①

「スピカ、ここに居たのね。身体の調子はもう大丈夫なの?」

「うん、もう元気だよセンカ。それからお見舞いありがと。それでね、これから今みんなの所にいこうとしてたとこなの。アーテルにみんなのこと紹介したいからね」


 食堂で朝食を食べ終わったスピカとアーテルのもとに繊華が顔を見せた。ここはラウンジも兼ねており、食事時以外にも良く人が集まっているのだが、今日は皆別の用事があるのか人はおらず、繊華がラウンジに来たのもスピカ達を見かけたからだ。

 繊華も二人の様子や容態を伺いに行ったのだが、姉妹水入らずの時間を邪魔しない為に見舞いはその一回きりであった。何も問題ないのはわかっていたがちゃんと無事かどうかいち早くこの目で確かめるのが親友として役目だと、繊華は思っていた。

 こうして元気なスピカの姿を見れて安堵した繊華は隣の椅子に座ると、アーテルにも笑顔を向けて挨拶する。


「おはようございます、アーテルさん。ここでの暮らしでもし困った事がありましたら、いつでも私に言ってくださいね」

「う、うん、お世話になります……」


 距離を詰めてくる繊華に対して押され気味なアーテルは見を丸くして守りの体勢に入っていた。親切にされることに慣れていないので言葉を詰まらせ気味だ。そんな様子を見てちょっと残念そうに身を引いた繊華は、もう一つの用事を思う出した。


「あ、そうでした。お二人に渡すものがありました」

「これって携帯電話?」


 繊華が懐から取り出したのは手帳サイズの電子機器で日常的によく見る代物である。スピカとアーテルが持ち合わせていない連絡用に用意してくれた携帯電話なのだと思っていたが、どうやらちょっと違うようだ。


「これはマグフォンという携帯情報端末です。見ての通りスマートフォンと同じものですが、機能面は大きく違いますよ。まず生体認証は魔力を感知するもので登録された魔力でしかロックを解除できません。他のにも魔力探知ソナーやカメラを使った遺物測定機能もありますね。要は普通のスマホに魔力工学の技術を組み込んだものです。レガリアを征くのなら必需品ですよ」

「へぇ、小さいのに中々すごいものなんだね」


 受け取ったマグフォンを手にしながらスピカは繊華の見よう見まねで動かしていく。画面下部の大きめなスイッチに指をかざせばそれだけで魔力登録が行われ、後は画面をタッチするだけでロックを外すことが出来る。

 画面内には多くのアイコンが並べらており、先ほど説明があったソナーや測定アプリもあった。その中でも渦巻状のアイコンを繊華は指し示した。


「あともう一つ大事な機能として、このV.I.M(ヴィム)がありますね」

「このヴィムって渦巻アイコンのだよね。どんなアプリなの?」

「V.I.MとはVoiceIn(ボイスイン)Magics(マギクス)の略称で、魔法大陸で活動する冒険者や魔法使いを支援するための情報共有コミュニティです。情報のやり取りだけでなく、冒険者向けの依頼請負や魔法研究の発表なども行われているんですよ」


 魔法大陸で活動する者のサポートがV.I.Mの役割であり、指先一つで有益な情報や路銀稼ぎの仕事にありつける。ただネットワーク上でのやり取りとなるので、信頼性や透明度を高めるためにV.I.Mの利用はマグフォンの認証情報を開示する事が必須としている。

 雑多な情報が入り交じる玉石混交な現状でV.I.Mを使いこなすにはある程度の情報を識別ある力が必要になってくるだろう。それでも大きく普及しているのは端末一つで多くの情報をどこに居ても手にすることが出来るからだ。


「マグフォンの説明はこれくらいですね。他にもブラズニール内での連絡用チャットやメーリングリストも入ってますので、二人とも活用してくださいね」

「うーん、色々あって覚えるのが大変そう……」

「わ、わからないところがあったらアーテルが教えるね、お姉ちゃん」


 頭を捻らせて早々とマグフォンをしまいこんだスピカと対称的にアーテルは黙々と操作していく。そんな二人を微笑ましく見ていた繊華は、スピカの服装が変わっていることに気付く。

 似合うかどうか悩んで選んだものだったのでスピカが着てくれてしっかり似合っているから、悩んだ甲斐があった。


「ところでスピカ、その服の着心地はどう? 動きやすいのをアスールさんと選んでみたのだけど」

「うん、すごくいいよー。あとセンカが着てるような和服も着たみたいなあ」

「あら、スピカなら和装も絶対似合うわ。着付けの仕方も教えてあげるね」


 どこか嬉しげにスピカの左隣に座る繊華に対してアーテル不機嫌そうに顔をしかませて、そんな二人にスピカは挟まれている。そんな状態でも気にすることはなく繊華との談笑を続けていくが、構ってもらえないアーテルが行動に移った。

 スピカの右腕を強く掴むと自身の方へと引き寄せる。殆ど抵抗できずにスピカはアーテルの方へ引き込まれる。


「お、お姉ちゃん! そろそろ行かないと今日中に皆のところ回れないよ!」


 有無を言わせないアーテルの勢いに押されて引かれるままにスピカは立ち上がって繊華に別れを告げる。


「そ。それじゃあいってくるよ。センカまたあとでね」

「はい、二人ともいってらっしゃい」


 車椅子を押していくスピカ朗らかに微笑んで繊華は見送る。一瞬だけアーテルと繊華が目を合わせ、二人の間に火花が散った。一方は朗らかな笑みを崩さぬまま、もう一方は不機嫌に口元をへの字にして。

 ラウンジに独り残った繊華はポツリと呟いた。


「アーテルさん、中々手強そうですね……」


 押させれながら進み車椅子に収まっているアーテルはどこか遠くを見つめるようでそれでいてはっきりとした口調でスピカに告げた。


「お姉ちゃん、アーテルに倒すべき相手ができたよ」

「えっ、どういうこと?」



 








「もういい加減に機嫌直してよ~」

「まったく誰のせいで……」


 白銀の長銃を構えながら或斗はぼやく。その原因は自身の半身といえる存在と長銃を仕上げてくれた技師からの軽口であった。だが、それらもじきに気にならなくなった。それほどに手にした魔導銃の出来が良かったからだ。


「……こいつはグレートだぜ、ここまで使いやすいとはな」

「当ったり前でしょ! あたしが或斗くん専用に一から作ったんだからね」


 モニカが評するように長銃型魔導銃は或斗に合わせて作られていた。形状は銃身が上下に二つ並んだ二連式であり、銃身を根元から折り曲げることで銃弾を入れられる。だがこれは実弾ではなく魔力塊を撃ち出すものなので、ここに入るのは銃弾とほぼ同じ大きさの色とりどりなカプセルだ。

 手の中にすっぽりと収まる程の大きさであるが、この中には魔法陣が刻まれており魔力を流すだけで各種の属性を持った魔力弾を放つことができる。属性適正を持たない或斗の為に用意された魔導カートリッジである。


「上下二連式なら属性毎に撃ち分けることもできるし、ベストマッチな組み合わせで強力な一撃も放てるわけさ!」

「構造自体はシンプルだから本体も頑丈だな。これならジェフティの黒炎にも耐えられそうだし、咄嗟に鈍器としても使えんな」

「そう言うと思ったから銃身はレアメタル製だよ。たとえ巨獣に踏まれたって折れないはずよ」


 まるでバットを持つように素振りしてからもう一度試射を続ける或斗を、少々呆れながらもモニカはあることを尋ねる。


「そういえばさ、或斗くんの炎にも耐えられるよう頑丈にしてあるけど、あれって普通の炎とはだいぶ違うものよね。これがイド魔法ってやつかしら?」

「その通りだ、自我を持って顕現した我と魔力殺しの黒炎が我が共犯者のイド魔法となる。特に焔の方はイド魔法の名の通り、我が共犯者の感情が魔力と混ざり合って放出されたものだからな」


 銃を構える或斗の影からジェフティが姿は見せる。魔法の知識に関しては或斗よりも適任ではあるが、イド魔法そのものであるジェフティがイド魔法について語るのはどこか可笑しげにモニカは感じた。そんなことは気にせずジェフティは続ける。

 或斗とジェフティが扱う黒炎の特徴といえば、魔力を糧に燃え上がるというものだ。これを利用すれば周囲の魔力を燃やして火力を強めたり、相手の魔法を炎でかき消すことも可能と、魔力を宿したものに対して大きな優位性を持っている。

 その分欠点も存在しており、一度出した黒炎のコントロールは出来なくて、熱量そのものは持ち合わせておらず火力は魔力量に依存している。また魔法陣程度なら焔で消す事はできても魔法使いそのものを燃え上がらせるには全身全霊の魔力を込めて、ようやく五分


「かなり使いづらそうだけど魔力を削れるというのは魔法使いには大きなアドバンテージだね」

「むしろ、魔力は持たぬ者には熱くない炎というこけおどしにしかならないからな。どんな能力も要は上手く扱えるかどうかだ。それを頭に叩き込んでおくんだぞ我が共犯者よ」

「判ってるさ、黒炎を纏ってぶん殴ればいいんだろ?」

「むぅ、確かにそれが現時点の最適解ではあるが……」


 或斗が得意としている魔力放出と循環に黒炎を組み合せれば、その焔を鎧のように纏うことができる。その状態ならば、炎をある程度コントロール可能で更にジェフティと一時的に一体化(ユナイト)すれば、身体に触れれている黒炎ならば自在に操れた。ただしジェフティとのユナイトは多くの魔力を消費するので現時点での持続時間は数分程度だ。

 これらをふまえて或斗の戦い方は、まずジェフティの黒炎で牽制。その隙に或斗が接近戦に持ち込み、ジェフティとユナイトしてトドメをさす形となる。


「なるほど、炎でぶん殴るっていう単純明快な戦法は確かに或斗くんらしいわね」

「なにぶん自由度に富んだ能力だからな、戦い方で如何様にもなるものだ。あとはイド魔法固有の感情の高ぶりによる能力ブーストだな。こいつはとっておきとして使えるな」

「ふむふむ、イド魔法にはまだ変わった特性があるのね」


 その名の通りに自我を具現化したイド魔法は通常の魔法よりも術者の精神状態が強く反映される。その一例が、塔の主との戦いにおいて黒炎が魔力殺しの猛火と化したことだ。或斗の怒りをトリガーに、本来なら通用しない塔の主の現能をルウナからのアシストもあって完全に抑えつけ、塔の主を魔力どころかその全てを焼き尽くした。

 感情を爆発させればイド魔法の使い手は格上が相手でも倒し切る事ができる。逆に言えば、精神状態が悪い時だと本来の力を発揮できず、格下相手でも敗れる危険がある。その為どんな状況下でも揺るがず、激情に呑まれない精神強度を持つことが重要となるだろう。


「我が共犯者よ、今のお前にはどれも足りておらんな。まだまだ修行は続くな」

「オレは実戦で強くなるタイプだからこれでいいのー」

「イド魔法用のマジックアイテムなんかも何か作れそうね」


 ジェフティとモニカの雑談を聞きながら銃を構えていた或斗が、一度銃口を下げるとポツリと呟く。それは何か吐き捨てるかのごとく苦々しいものであった。


「にしても塔の主ねえ、あのクソムシが……」

「あれ、もしかして或斗くんってあの時の事を引きずっているの?」

「いや、あのクソムシを跡形もなく焼き払ったことに後悔はないし、あの時の感情に従った事は間違っちゃいないと思ってる。ただスピカ達を怖がらせちまったのは反省しなきゃいけねえ所だし、だから顔合わせづらくて結局お見舞いにもいけなかったのよ」


 少々憂いげな表情を浮かべながらも、下ろしていた銃を構え直して再び的を射抜き始めた。











「この先にステラの工房があるね」


 アーテルが座る車椅子を押しながらもスピカは軽やかな足取りでどこか嬉しげだ。


「お姉ちゃん、なんかうれしそうだね」

「うん! だってアーテルがここのみんなと仲良くなりたがってるからね」

「あっ……、い、いや、それは、えっとね……」


 ラウンジにてアーテルが急かした理由は単にスピカと繊華が仲良くしていた事にジェラシーを感じたからだった。ただ、それをこのように勘違いされてしまうとアーテルには厳しいものとなる。

 医務室で療養していた時に皆がお見舞いに来てくれたが、その度に布団を頭からかぶって凌いでいたほどの人見知りであるアーテルに、これからの挨拶回りは苦痛そのものなのだ。しかし、スピカの勘違いとはいえあんな嬉しげな顔を見せられらて後には引けないアーテルは腹をくくった。

 そんな妹の葛藤を知る由もなく、スピカはある扉の前で足を止めた。ここがステラの工房であり、ノックしてみれば中から部屋の主の声が返ってきた。


「いらっしゃい、スピカさん、アーテルさん。元気そうでよかったです」

「うん、こちらこそだよ。それにしても、すごい部屋だねえ……」


 ステラの工房はスピカ達が自室として使ってる一等船室を改装したもので、部屋の構造そのものは手を付けていないが、内装などのレイアウトは大きく変わっており、工房と呼ぶに相応しいものとなっている。

 部屋の真ん中に大きな作業机が鎮座してその上には並んだ試験管やフラスコには透明な液体が入っている。部屋の隅には人の背丈ほどもある大きな天球儀や天体望遠鏡が置かれ、壁には星図がびっしりと貼られている。

 工房の主たるステラはいつものセーラー服の上から大きめの白衣を羽織っているが、その姿に勤勉さよりも可愛らしさが勝って見えるのは小柄な彼女が白衣にすっぽりと収まっているからだろうか。


「ステラ、その白衣似合ってるよ」

「ありがとうございます、スピカさんも新しい服装にしたんですね。なんだかアスールさんの服装に似てますね」

「まぁ、スピカが今着てるその服を選んだのは私だからね」


 声がした方へ視線を向けると窓際の壁にアスールが佇んでいた。工房で作業しているステラの邪魔をしないようにという彼女の配慮からなのだが、腕を組み壁により掛かるその姿は自然体ながら様になっている。


「アスールもこんにちは! ここにはよく来るの?」

「そうね、ここは騒がしくないし、水が写した光をただ見つめているのも中々良いものよ」


 作業机の試験管やフラスコに入っているものと同じ液体をビンに詰めたものが窓の傍らに並べられて、それらが光を浴びて淡い青に染まっていた。水と光が作り出すコントラストにアーテルも釘付けになっていて、この液体がどんなものなのかスピカが尋ねるといかにも錬金術師らしい振る舞いでステラが教えてくれた。


「これは夜の間に綺麗な水が魔力を帯びたもので『星の涙』といいます。ユグドラシルでは世界樹の葉に溜まった朝露を濾過して作ってますね」

「へー、夜の間に出来上がるから星の涙っていうんだね。なんかロマンチックだねー」

「おばあちゃん直伝なのですが、まだまだ精進しなきゃです」


 スピカも星の涙が入ったビンを手に取って天にかざしてみると、そこには透き通りながらも夜空のような青色が映る。これだけでも良くできているとスピカには思えたが、作った本人であるステラは満足していなかった。

 ステラの生家は魔導具の製造や販売を行うオルビス商会であるが、祖母は古くから続く星読の一族出身であった。中でも星の涙を精製できる技術は門外不出と言われていたもので、その後継者たるステラの祖母が魔道具屋を営んでいることに何か特別な事情があるのだろうが、ともかく魔法の才を引き継いだステラは星の涙の研究を進めている。


「ステラ、あなたは魔法の技術に関しては私を超えているのだし、そこまで無理する必要はないと思うわよ?」

「ありがとうございます。でも、それはハカセとアスールさんが教えてくれたおかげですよ」


 ステラに実践的な魔法の手ほどきをしたのはアスールだった。理論的な部分はハカセが前々から教えていたのでステラは、元々の才能の高さから目に見えるほどの早さで飲み込んでいってすぐにアスールを追い抜いていった。

 殆ど教える事がなくなっても、ステラは魔法の成果を逐一報告してアスールはそれに応えるといった交流は続いていき、こうして一緒に旅する間柄までになっていた。


「ふふ、ステラとアスールって弟子と師匠というよりもなんだか姉妹ってかんじだよね」

「そう? でも、そんなふうに見られて悪い気はしないわ」

「はい、わたしもアスールさんの事はお姉さんみたいに思ってますから!」


 二人の仲睦まじい様子を見ながらもスピカはちょっと動き出す。その先には会話に加わらず星の涙を見ながらも存在を故意に消していたアーテルがいた。姉妹と聞いて自分の妹も紹介したくなったスピカは有無を言わせずに車椅子を押して、アーテルを矢面に立たせる。

 そして顔を寄せて満面の笑みを浮かべるスピカはアスールとスピカの二人に目が泳いでいかにも固まった風なアーテルを紹介する。


「姉妹と聞いてわたしも黙っちゃいないよ。二人はこの間はすごくお世話になったし、ちゃんと紹介したいと思ってたんだ」

「あ、あの……えっと、アーテルといいます。よ、よろしくね……」

「はい、こちらこそです!」

「あらあら、元気なお姉さんに振り回せれてなんだか大変そうね」











「ふぅー、ざっとこんなとところかな」


 一通りカートリッジを試し終えた或斗は銃を手放して背を伸ばした。的は全て破損しているのでその清掃も必要だが、これから命を預けるであろう道具の使い心地を確かめるという大事な行程から見れば些細な事だ。

 満足げの或斗に向けて今まで射撃を見守っていたモニカが口を開く。その真剣な眼差しに或斗は少し気圧される。


「或斗くん、何か大事な事を忘れてない?」

「ん? 大事なことってなんだよ」

「決まってるじゃない、その銃に名前をつけることよ! いい或斗くん、どんな物もね名前をつけて初めて完成するのよ」

「は、はぁ……」


 モニカの気迫に押されながらも腰に差した拳銃を手に取った。この長銃身にカスタマイズされて或斗の手に馴染むこの銃は自身の魔力から作り出されたものなので、愛着も一際大きい。ならばモニカの流儀に従って名前をつけて、真の意味での完成を見せるのも良いだろう。

 拳銃を手のひらの中でくるりと回しつつ、白銀の長銃も手に取りながらふさわしい名前がないかと考えてみる。数回ほどガンスピンさせていると、しっくりしたもの浮かんできた。


「……レイヴン、そしてこいつがブレイズだ」

「ほうほう、拳銃がレイヴンで、長銃の方がブレイズね。なかなかいい名前じゃない」

「な? ぱっと思いついたやつなんだが似合ってるだろう」



 深く考えずに思いついた名前だが、レイヴンの名は黒に染まった銃身が鴉を思わせる事から、ブレイズは炎を吐くようなその高い火力を誇る事からの命名だが、どちらも見合った命名だと或斗には自負があった。

 そんな彼からレイヴンとブレイズを差し出せと言わんばかりに手を出しているモニカへ、怪訝そうな視線を送りながらもしっかりと手渡した。工具箱から道具類を取り出して、何かの作業をするようだ。


「いきなり何すんだ? あんまりいじくらないでくれよ」

「大丈夫大丈夫、変なことはしないよ。それよりも或斗くんは的の片付けをしてたらいいよー」


とんでもない改造がされそうで怖いところもあるが、 モニカの腕前なら壊すことなど有り得ない。警戒が杞憂であることを願いながら、ブレイズによる銃撃で惨状と化した射的場をなんとか片付けていった。











「マスター、こんにちは」

「いらっしゃい、ステラ。おや、今日は団体様でかい?」

「はい、スピカさんとアーテルさんがまだここに来たことないというので、一緒にお昼を食べに来ました」

「おじゃましまーす」

「そいううことなら、ちょっと待ってな。喫茶ストーク特製カレーを食べさせてやるよ」


 スピカ達がやってきたのはブラズニールの展望室を改装して作られた喫茶店であった。カウンターの後ろに立っている立派なあごひげを蓄えた壮年の男性がマスターであり、ダンディな風貌に反してファンシーなピンクのエプロンを巻いていた。

 初めての喫茶店にわくわくしながらカウンター席に座るスピカを、微笑ましく見ながらマスターは厨房にて手際良く調理していく。


「さてと、あとは煮込んでおくだけだがもう少しかかるから、コーヒーでも飲んでおきな。自慢じゃないが、うちはカレーもコーヒーも自信があるんでな」

「あ、苦いのは苦手だから、わたしはココアでお願いします」

「アーテルも、お、同じので……」

「はは、そうかい。二人はココアで、ステラとアスールはコーヒーでいいんだな?」


 自慢のコーヒーを勧めたがスピカ達に軽くいなされてしまい、少し残念そうな表情を浮かべながらも手慣れた動きでココアとコーヒーを作っていく。

 差し出されたカップを受け取ってココアを一口飲んだ。それだけで口の中いっぱいに広がる甘さと暖かさを堪能しながら、スピカはサイフォンを使ってコーヒーを作るマスターを眺めている。

 昔から使っているのか年季の入ったサイフォンもそうだが、使わてている調度品も良い味を出していて昔ながらの隠れ家的な雰囲気を持つ喫茶店に仕上がっている。

 はじめての喫茶店なのでキョロキョロと辺りを珍しげに見回っていると、カウンターの隅にひっそりと写真立てが置かれていた。写真の中ではマスターを挟んで若い男女が嬉しげな表情で写っている。


「マスター、この写真の人たちって家族?」

「ああ、うちの娘とその婿殿だよ。まったく、昔世話した奴に大事な娘をとられることになるとはな」


 コーヒーを出し終えてカレーに隠し味の蜂蜜を垂らしていたマスターが、視線を写真立ての方へ向ける。昔を思い出したのか、口から出た言葉とは裏腹に口調や表情はとても穏やかなものだ。


「今じゃあ、二人でレガリア中を駆け回ってるだろうさ。血は争えねえな」

「そういえばマスターも元冒険者だったわね。そこから喫茶店のマスターになって、またこうして冒険に出たわけ?」

「大体その通りだな。娘ができたんで腰を落ち着かせたんだが、その娘が独立して出っちまったからこっちも久々に冒険しようかと考えてた時に、ちょうどハカセからお誘いがあったから乗ったわけよ」


 アスールの問いかけに答えながらマスターは皿に盛られた白米簿上に黄金色のカレーを注ぐ。食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がって、スピカは思わず唾を飲む。


「最初は趣味が高じて始めたんだが、初めて見るとこれが中々奥深いものでさ。長年の研究の末に出来上がったのがこのカレーさ。さぁ召し上がれ」

「いただきます!」


 スプーンですくった黄金色のルーと白米をスピカは口いっぱいに放り込んだ。スパイスが効いてそれでいて食べやすい程よい辛さのカレーに舌鼓を打って矢継ぎ早にスプーンを動かしていく。

 隣で食べているアーテルも同じようで、食べる速度はゆっくりであるが黙々と食べていく。二人とも沖に召してくれたのでマスターもご満悦だ。そんなマスターに向けてスピカは空になった皿を突き出した。


「マスター、おかわり!」

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