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Continental of Magica   作者: ドライ@厨房CQ
第4話 ブラズニールの日常
17/33

それぞれの朝

 朝の日差しが降り注ぐ中で微睡んでいたスピカが目を覚ます。そのすぐ隣では双子の妹のアーテルが身体を丸めて寝息を立てている。

 白き塔での救出劇から三日。治療や検査などのために二人は医務室で過ごしていた。検査の合間に皆が見舞いに来てくれたが、姉妹水入らずにという気遣いから昨日で全ての検査が終わってからはずっと二人いっしょだった。

 スピカが上体を起こすとアーテルもそれにつられたように目を覚ます。


「おはよう、アーテル」

「おはよぅ、お姉ちゃん……」


 大きなあくびを漏らしてからアーテルはまだ眠そうに眼をこする。こくりこくりと船を漕ぎはじめているので無理に起こさず、スピカはそっとベッドから降りた。

 そのまま洗面台の前に立って身支度を整える。顔を洗い歯を磨きながら目の前の鏡に映るスピカは、寝癖で髪の毛がいくつもはねていて目元もまだ眠たげに下がった寝間着姿だ。このネグリジェは繊華が用意してくれたものでフリルが多く使われた可愛らしいデザインをしている。

 洗面台から離れてベッドの脇にあるテーブルにはむかうと、そこにきちんと折り畳まれた衣類がいくつか置かれている。これらも繊華たちが私服として持ってきてくれた着替えである。私服が必要なのはいつも着ているドレスは魔力礼装と呼ばれる戦闘用装束に分類される代物で常用するには向かないらしく、スピカが他の服を持っていない事もあってか皆が持ち寄ってきてくれた。

 どの服もスピカに似合うものを選んでくれたものだが、正直なところ着せ替え人形にされている感じが強い。当のスピカはそんなことは露程も思わずに試着していく。そしてこれだと思ったものに着替えていると、先程まで寝ぼけていたアーテルが完全に目を覚ました。


「あ、お姉ちゃん、その服よく似合ってるよ」

「ほんと? 動きやすいのを選んでみたんだ」


 スピカの服装が変わったことに気づいたアーテルは率直な感想を述べる。これまでのドレス姿とはまた違った趣きがある装いもスピカに良くマッチしていた。

 白いキャミソールに灰色のホットパンツを纏い、その上から紺色のフード付きベストを羽織っている。ノースリーブになっていてむき出しな腕にはアームカバーを巻いて活発な印象を与える仕上がりとなっている。


「アーテルも新しい服を選んでみない? サイズは合うと思うけど」

「ううん、お姉ちゃんとお揃いのこれがあるからいいよ」


 ベッドに腰掛けるアーテルの長い黒髪を梳きながら尋ねた。彼女が今着ているのはスピカのドレスを模したもので、色が白から黒に変わったものだ。

 ただオリジナルと同じよぷに布地に魔力が編み込まれているわけでなく外見を模しただけなので、生命維持に魔力が必須なアーテルの補助はできていない。それでもこの服を気に入って常用している。

 二人の身支度がちょうど終わった時にドアをノックする音が響いた。この時間帯に訪ねてくる人は一人しかおらず、扉越しからの声も予想通りの人物のものだった。


「二人とも、入っても大丈夫かな?」

「大丈夫だよ、どうぞハカセ」


 スピカからの了承を得てから扉が開いてハカセが入ってくる。その大柄な鋼鉄ボディーに見合った白地に赤十字がペイントされた大鞄を肩から掛けていた。

 その場に置かれた肩掛け鞄の中には様々な医療キットが詰まっており、そのうち診察用のものと検査結果が書かれているカルテを取り出した。

 診察と言っても二人から具合が悪いところはないか聞いて体温を図るだけなの手早く終わった。カルテに書かれている内容とも照らし合わせて二人とも問題ないとハカセは判断する。


「二人ともお疲れ様、あとは経過観察になるから今日で医務室暮らしは終わりだよ」

「うん、ハカセもお疲れさま」

「そうそう、二人に渡すものがあったよ」


 ハカセが鞄から取り出したのは、スピカがいつも巻いていた首輪と二つの宝石がはめ込まれたアクセサリーだった。首輪をスピカに、アクセサリーをアーテルにそれぞれ手渡した。


「よかった、ちゃんと直ったんだね」

「修理だけじゃなく改良したところもあるよ。まず外部からの干渉を防げるようにコーティングを施して、部材も変えて軽量化してある。他にも追加した機能とかあるけど、首輪のままで本当によかったのかい? もっと別の形にでも出来たけど……」

「これがいいの。だってカッコいいでしょ?」


 嬉々として首輪を巻いたスピカの姿はその言葉通りによく似合っている。これまでのドレスとの組み合わせは純白な装いに相反する硬質な首輪が特異なアクセントを生み出していたが、今の服装にもマッチしており首輪そのものが一つのアクセサリーとして彩りを添えている。

 個々人の趣味性に口を挟むのは無粋ということもあるのでハカセはそれ以上は言わなかった。一方、アクセサリーを受け取ったアーテルを手の上に乗せたままじっと見つめていた。他人から物を貰うことなんて初めての経験であり、他人との接し方が上手くないアーテルにはこんな時どうするべきかわからないのだ。


「あ、あのっ、これって……」

「ああ、それは魔力補給用のものさ。その二つのクリスタルが魔力をストックしてあって一定以上溜まっていると外へ放出するしくみになっているよ。ちゃんとアーテル嬢に合わせて調整してあるから問題なく使えるはずだよ。もし付けてて具合が悪くなったらすぐに言ってほしい」


 アクセサリーはブレスレット状になっていて手首に巻くことが出来る。埋め込まれたクリスタルの色が赤に青なことからアーテルとスピカの二人を示しているようで、それがアーテルには嬉しく思えて早速ブレスレットを取り付けた。


「あ、ありがと……ハカセ」

「どういたしまして。それにこのブレスレットは皆で作ったものさ。クリスタルの加工はステラ嬢が、本体部分はモニカ嬢で魔力放出機構は或斗君がかじってたという気功をベースにしているよ」

「みんなで、つくった……」


 ブレスレットを擦りながらアーテルは複雑そうな表情を浮かべた。長年の幽閉生活と人体実験による影響で彼女は対人恐怖症とまではいかないが他人と関わるのが苦手である。特に成人男性とは目も合わせられないほどで、ハカセはゴーレムという人から外れた存在ゆえか例外的にコミュニケーションが取れている。

 自分はちゃんと受け入れられるのだろうか。そんな漠然とした不安を抱えるアーテルにスピカは後ろからそっと抱きしめる。


「大丈夫。ここのみんなはアーテルのことを絶対に好きなってくれるよ。だって自分のこともわからない正体不明なわたしを助けるために全力を尽くしてくれた人たちなんだから」

「お姉ちゃん……」


 自分自身が何者なのかもわからない少女に対して何も言わずに受け入れた、ブラズニールの面々ならアーテルのことも仲間として迎えてくれるという確信があった。その証拠がこのブレスレットだ。

 スピカ自身もアーテルを探す理由に自身の存在証明するための一面があったことに罪悪感を感じていた。だからこそ家族として姉として妹の不安を取り除いてあげたかった。

 その気持ちはアーテルにも届いていたのか、背中を預けて安心したように力を抜いている。だが、スピカにギュッと抱きしめらている現状をしっかりと認識できてくると恥ずかしくなって顔を赤める。だからといって振りほどくわけにもいかず、恥ずかしさ紛れにハカセへと質問を投げかけた。


「ね、ねぇハカセ……! どうして検査に時間がかかってたの? それにお姉ちゃんも入院するほど悪いようには見えなかったけど……」

「それはわたしも気になったよ。実は結構重症だったのかな?」


 アーテルの背中から離れてスピカも会話に加える。言葉に反してどこか間の抜けたところが彼女らしいと思いながら、ハカセは疑問に答える。


「アーテル嬢は人体実験の影響を調べて場合によれば治療も行う必要があった事はわかっているね。スピカ嬢については『匣』の悪影響がないか調べるためさ」

「『匣』の悪影響?」


 オウム返しのスピカにハカセは頷いて続ける。アーテルは人体実験を受けていた上に魔力が枯渇すれば命に関わる状態であるため、しっかりとした検査を行う必要があった。

 一方スピカの場合は塔の一件以前にあたる、半年ほど前に『匣』に詰められていた事について看過できない事実が見つかったからだ。

 『匣』の正体については未だに不明だが、ルウナが持っていた情報や或斗が見つけた情報から、魔法使いを封じる為に使われた一種の拘束装置となるアーティファクトだと判った。だが、その特性は恐るべきもので、『匣』に入れられた者の生命力の全てが強制的に魔力に変換されて根こそぎ吸い取られてしまう。

 塔の主が『匣』を所有していたように塔そのものにも同様の機構が組み込まれているのを或斗が確認している。取り込められていた人間は『匣』の役目をする魔力結晶の中から出ることは出来ず、外に出たのなら瞬く間に泥状に溶けてしまう事が或斗のレポートに記されていた。

 スピカがマギアを吸い取られて閉じ込めれていたというものが『匣』であったのなら、肉体にどれほどの負荷がかかっていたのかわからない。そんな話を真剣に見つめるスピカとその隣でアーテルが不安げな顔を浮かべているが、ハカセは二人を安心させるように明るめな口調で続ける。


「結果から言ってスピカ嬢に『匣』による後遺症はなかったよ。記憶障害も神経系が傷付いたものじゃなくて、『匣』に閉じ込められてマギアを吸われた事による強いストレスが原因みたいでね。今はもうストレス原因が取り除かれているから、時間をかければ失われた記憶も戻ってくる可能性もあるはずだ」

「……そっか、なら一安心」

「よかったね、お姉ちゃん!」


 ハカセの言葉にほっと胸を撫でおろすスピカにアーテルは嬉しげに頷いた。そんなアーテルの頭えおスピカは優しくなでる。


「ありがとね。アーテルも身体を治す方法も見つけなきゃだから、わたしもかんばらないとだね」

「うん、ありがとう……」


 嬉しげに目を伏せてスピカに身を委ねるアーテル。そんな二人の確かな姉妹愛に感服しながら、いくつか二人に尋ねる事があるハカセは会話に加わる。


「それなら僕も主治医として協力は惜しまないよ。一つ確認しておきたいけど、二人はこれからもここにいるという事でいいんだよね?」

「もちろんだよ! ちゃんとお仕事もがんばらないとね」

「あ、アーテルはお姉ちゃんと一緒ならどこでも……」

「うん、それを聞いて安心したよ。もしかしたら目的を果たして船から降りるとか、目的を果たして燃え尽き症候群になっちゃったらとか心配してたんだ」


 まだスピカとアーテルを狙う輩がいないと言い切れない今の状況で、動き続けていて所在がわかりづらいブラズニールから降りる事をハカセは危惧していた。スピカにとってもここから離れるメリットはなく、そもそも仲間として受け入られているので抜けるなど決して考えていなかった。

 スピカからの返答にハカセは満足げに頷くと診療道具をテキパキと鞄の中へと仕舞い始めた。今日の診察は終わりということで部屋を出て行くようだ。


「もう検査もないから医務室から離れていいし、しばらくここで過ごすのも自由だよ。明日から本格的に探索が始まるから、その前に皆に顔を出しおくと良いかもね。今日一日は休暇になっているから皆時間は空いてると思うよ」


 まだブラズニールに乗って日の浅い二人に船の中身やメンバーを知っていて欲しい。そう言うとハカセは鞄を抱えて部屋から出ていった。

 その大柄な背中を見送りながらスピカも外へ出るためにとアーテルを乗せる車椅子を押してきた。


「さぁ、わたしたちもいこうか」

「えっと、どこに?」

「ハカセの言う通りみんなに顔見せしておきたいけど、その前に朝ごはんだね!」











 ブラズニールの工場区画、その物陰から銃声が響き渡る。黒い魔導銃を手にした或斗が数メートル先に置かれた廃材や空き瓶を的確に撃ち抜いていった。全ての的を倒し終わると、拳銃をくるりと手の中で回しながらホルスターに収める。


「よしっ、どこも問題なし、修復完了だな!」

「カバーと集束レンズが完全にオシャカだったからな。銃身が無事だったのは僥倖だったな」


 塔での戦いにおいてジェフティの黒炎を撃ち出した際に魔導銃は大きく破損してしまい、修理するよりも新しいものを買った方が安くすみそうな程の有様だった。

 それでも買い替えずに修理して使い続けるのは、或斗自身の魔力を使って生み出した代物で愛着あるからだ。それに新しい魔導銃を用意する資金がないという世知辛い事情もあるのだった。

 壊れた部品を交換して試し撃ちを行ったが、どこも問題ないようなので修理はこれで良いようだ。銃をホルスターに仕舞い込んですぐに、簡易的な射撃場にモニカが姿を見せる。その手には大きめなアタッシュケースが握られていた。


「やっほー、調子は問題なさそうだねえ」

「ああ、おかげでバッチリさ。予備パーツまで作っておくとは抜かりねぇな」

「或斗くんは物の扱いが雑でいつも壊してそうだから、これくらいはしておかないと!」

「おいおい、そうはっきり言わんでも……」


 すごくいい笑顔でグサリとくる事実を言い切られると反論のしようがない。微妙な表情を浮かべる或斗のことは気にせずに手にしていたケースを置いてその口を開く。

 何が入っているのか気になって或斗も中身を覗いてみると、そこには白銀の長銃と弾薬サイズほどの色とりどりなカプセルが詰まっていた。


「新しい魔導銃か、どんなものなのだ?」

「お、さっすがジェフティ、お目が高い! 銃本体は魔力補助機能が付いたよくあるライフル型魔導銃だけど、本命はこの弾丸なのよ。これは魔法陣を組み込んだクリスタルで出来ているから、魔力を流しただけで各種属性の魔法弾を撃ち出せるのよ!!」

「ほほう、それは中々ではないか。特に魔力属性適正一切無しな我が共犯者にピッタリではないか」

「もちろん、全く魔法は変えない或斗くんの為に作ったの専用品よ」

「ったくお前ら……、喧嘩を売るってんなら喜んで買うぞ?」


 こめかみあたりに青筋を立てた或斗が拳を震わせながら二人をジト目で睨む。特に魔力適正一切無しの部分を強調したジェフティには眼力だけで殺さんとする程に殺気を込めてやったが、ひょうひょうとした二人にはあまり効果がないので、諦めて思いっきり嘆息する。

 或斗に属性適正が無いことわかったのは、塔での戦いが終わってすぐにハカセから怪我の治療と合わせて能力測定を受けた時であった。

 結果から言えば或斗の適正は非常に偏ったものであった。ジェフティと付随する黒炎を扱うイド魔法を除けば、或斗が使えるものは基本技能と言える魔力放出と魔力循環のみであった。

 魔力を扱える者なら誰でも行使できる二つの技能を、或斗は非常に極まったものとして持ち合わせていた。本来なら意識して行わなければいけない放出と循環を呼吸や瞬きと同じようにほぼ無意識に発動することができ、その効果も平均的な魔法使いを大きく上回っていた。

 つまるところ、或斗は自身が待つ魔力の全てを魔力放出による瞬間的な肉体強化と魔力循環による持続的な肉体強化に向けた、魔法使いとは名ばかりな人類最高峰の肉体を誇るマッスルファイターなのだ。

 このあまりにもフィジカルに特化した或斗のスタイルにハカセは驚きつつもこう評した。


『体内の魔力の流れを周囲に広げるのが一般的な魔法使いなら、己の内部に流れる魔力を極限まで高めたというのが或斗君の特異点になるのだね』

「とまあ、このようにハカセは我が共犯者を評していたぞ」

「体内に魔力の流れを高めるねえ……、東洋の気功と呼ばれるものか、魔獣の体内構造に近いものを感じるね。或斗くんってなんか本能で生きてるっぽいし、お似合いの能力だと思うわ!」

「てめえらやっぱ、オレの事バカにしてんだろーっ!!」


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