白き光芒の目覚め
「いいえ、まだ終わっていません」
澄んだ声が響いて、その声の主がスピカのすぐ横に降り立った。赤髪の少女の姿を見てスピカは表情を綻ばせて声をかける。
「良かった! 無事だったんだね」
「はい、完全に取り込まれる前に彼が倒してくれましたので。ただ、あの黒炎に私自身も巻き込まれかけたんですがね」
「いや、そいつはすまない。だってさオレじゃあまだあの炎を制御できないんだよ。取り込まれたそちらさんだけを避けて他を燃やすなんて出来るわけないじゃん」
塔の主に飲み込まれながらも内部で妨害を行っていたので一時はどうなるかと思われたが、天使は無事な姿を見せた。ちなみに或斗はこの空中庭園で起きた顛末についてはジェフティとの記憶共有によりしっかりとわかっているので、天使のこともしっかり理解できている
スピカが安堵の表情を見せるのと対照的に、最後にしっかり決めたところに水を差された形となった或斗が言い訳がましく頬をふくらませる。
このままでは話が進まないと溜息を漏らしながらもハカセは天使へ尋ねる。まだ終わっていないという言葉が引っ掛かったからだ。
「つまりは或斗君がドクター・ヴィルヘルミナを倒しただけでは駄目なんだね。具体的には何をすれば終わらせられるんだい?」
「はい、塔の主はこの塔の制御を司るものであり、権能を実際に動かす末端的存在です。今は末端が居なくなって一時的に権能を扱う者がいないだけに過ぎず、完全に封じる為にはこの塔そのものを破壊する必要があります」
この巨大な建造物を破壊するには途方もない破壊力が必要になるだろう。様々な自律術式の権能も宿しているのだから物理的なは威力だけじゃなく、魔法的な破壊力も考えなけれいけない。
何か方法がないかと或斗は頭を捻るが、天使は既に方法も決めていた。
「この塔を破壊するにはスピカさんの力を借りる必要があります。マギアならばここを完全に滅する事が可能です」
「でも、わたしはマギアとかどう扱えばいいのかわからないよ?」
「大丈夫、あなたが願えば必ずマギアは応えてくれます。私も微力ながらお手伝いしますので」
天使に言葉を受けてスピカは考え込む。このように狙われる理由は自身の中にあるマギアによってだ。だがそれをうまく扱えるようになれば、身を守ることも皆の助けにもなれるはずだ。最初の一歩にはちょうど良いかもしれない。
「うん、わかった。わたしもどこまで出来るのか知りたいから、ちょっとがんばってみる」
「そう決まりなら、とりあえずここに居るのは危ねえから、一旦下に戻った方がいいんじゃないか?」
『なら、あたしの出番ね!』
「うぉ!? モニカか!!」
方針が決まったので一旦引くことを或斗が提案すると、突如としてモニカの声が辺り一面に響き渡る。皆が面食らっていると、風を巻き起こしながらブラズニールが空中庭園に横付けしてきたのだ。外部スピーカーを使ってモニカとイサムがこちらに向けて呼びかけている。
『みんな帰ってくるのが遅かったから迎えに来たんだよ!』
『ちょっと姐さん無茶させないでくださいよ! あー乗るなら早く乗ってくれ、この高度を維持するのに結構負荷かかってるだ』
これは渡りに船だということで船に向けて皆が駆け出した。足が悪いアーテルと疲労が抜けきっていないスピカをその肩に担いだハカセが甲板に昇ったところで全員が船に乗り込んだ。それを確認してからブラズニールが塔から離れはじめる。
肩から降りたスピカ一が歩前に出てその隣に天使が寄り添う。これからマギアを使って塔を破壊するのだ。
「何も難しい事はありません。意識を集中させて自分の中で流れるものを感じ取る、それだけです」
「流れるものを、感じる……」
瞳を閉じて意識を集中させる。流れるものをどう感じ取れば良いかわからないが、まず心臓の鼓動が聞こえてきた。そこから全身を巡る血液と魔力。その流れの先にあるものはマグマのような熱さを帯びた何か、アーテルから魔力を奪われた時に感じた熱さと同じものだ
これがマギアの正体なのだろうか。あの時のように一気に溢れ出さないように少しずつ紐解くように流れへ乗せていく。そして、小さな衝撃とともにほのかな暖かさが全身を駆け巡る。
これまで魔力が欠乏している事を示す青灰色だったスピカの左眼に透き通るような蒼さが戻り、刻まれた術式は黄金の色彩を放っていた。
「スピカさん、それがマギアです。この感覚を忘れないように」
「うん、ありがとう。それじゃあいくよ、ティアラ」
右手に魔力を集めて魔法剣ティアラを作り出す。心なしかいつもよりも刀身が透き通っているようだ。剣先を空に掲げて強く詠唱する。
「わたしの中の光を、今ここに!」
ティアラから光が空高くに向けて放たれ、雲を吹き飛ばす。そして空一面を覆うほどに巨大な魔法陣が広がっていく。横だけでなく上下の幾層にも増えた魔法陣はそれぞれが独自に稼働しながら魔力と光を溜め込んでいく。
「充填完了、これで終局よ! レイシュトローム『シリウス』!!」
最上段の魔法陣から光芒が撃ち出されて下部の魔法陣を通り抜けるごとに光を増して太くなっていく。最後の魔法陣をくぐり抜けたら、それは巨大な光の剣とも降り注ぐ流星とも形容できるほどに巨大化していた。
光芒は直下に聳える白き塔を包み込んで周囲全てを白に染め上げた。
「すごい魔法だったな、あの塔が綺麗さっぱりなくなっちまった」
先程まで塔が立っていて、今では巨大な窪地となっている部分を進みながら或斗は驚嘆を漏らしていた。
ブラズニールが地上に降りてから外の状況調査ということで見て回っているのだが、塔をまるごと消し去って地形する変えてしまったスピカの魔法とマギアには驚くしかなかった。
ハカセは環境への悪影響を懸念していたが、手にした計測機器は悪い反応は示しておらず、調査している或斗自身にも今のところ悪影響は出ていない。
船に戻ろうと踵を返した所で何か硬いものを踏んづけた。それを手に取ってみたらガラスの塊で党の一部だったものだろう。
このガラスを見てたら塔の内部で囚われていた彼らのことが思い浮かんでくる。枷となっていたガラスのような魔力結晶はこの手で全て砕いて、檻そのものたる塔も地上から消えた。あとは彼らの安寧を祈るだけだと、ガラス塊を殴り砕いた。
「さてと帰るか、って通信だ」
『或斗くん大変なの! とにかく大変だから今すぐ帰ってきて!!』
「……一難去ってまた一難か」
ぼやきながらもどこか楽しげに或斗は駆け出した。
「で、何が大変なの?」
「これよ、これを見て!」
船に戻った途端にモニカに連行されて魔導演算機が置かれたサーバールームまで連れてこられた。モニカのテンパった様子から演算機に何か合ったようなので内部が見れる覗き窓に頭を突っ込んだ。
「おーこいつはスゲェな~ でもこれのどこが問題なんだ?」
「どこって勝手に乗っ取られた状態なんだよ! あたしの防御プログラムが通用しなかった大問題だよ!!」
「問題ってそこかよ! 急いで帰ってきて損したわ!」
「お姉ちゃん、色々と酷いことして、本当にごめんなさい」
「わたしの方こそアーテルのことをずっと思い出せなくて、迎えに行くのが遅くなって本当にごめんね」
ベッドの上に座るアーテルが申しなさげに頭を下げると、スピカも同じくらい所在なそうに謝罪する。互いに謝り合って許し合う。それが終わればどこからともなく二人から笑みが溢れた。
「これからはずっと一緒だね、お姉ちゃん」
「うん、もう離れ離れは嫌だからね」
二人はそっと抱き合ってお互いの存在を確かめ合う。仲睦まじい姉妹愛が展開されている中で、素っ頓狂な声が姉妹の耳に届いた。ここには他の誰もいないはずなのに。
「いやー、離れ離れになった姉妹が幾度の困難を乗り越えて再開する、最高のハッピーエンドですね!」
「あなたは天使!? なんでここに、消えたはずじゃあ!?」
そこいたのは明度の強い赤髪を長く伸ばした少女、スピカたちを助けてくれた天使がそこにいた。塔がまるごと吹き飛ばしたのと同時に魔力切れで消え去ったと思っていたばかりに、ここにいることが驚いてしまった。
「フフフッ、トリックですよ~。……というのは冗談で、ちょうどこの船の魔導演算機が依代にピッタリで居心地も良かったので、そのままついてきちゃいました!」
「す、すっごいフレンドリー……」
語尾に星やらハートやら付きそうな勢いで捲し立てる天使からは、塔で見せていた威厳らしさは消えておおり、彼女に対する敬意が脆くも瓦解していった。その分付き合いやすさが滲み出ており、もしかしたら本来の性格はこうなのかもしれない。
彼女が仲間になってくれるなら心強いしもっと仲良くなりたい。スピカが右手を差し出すと天使も嬉しそうに握り返してくれた。
「よろしくね」
「はい! というわけで、天使改めスーパーAI『ルウナ』をよろしくです!!」




