プロローグ
陽だまりの中で少女は目を覚ます。
ゆっくりとした動きで上体だけを起こしてまだ眠気が残る頭を上げると、ぼんやりと天井を見つめる。
身に纏ったドレスや敷き詰められたシーツと遜色ないほどに純白な長髪が、少女の動きに沿って、ふわりと流れた。
「…………」
ここは牢獄だ。
暖かな陽だまりが差し込む中庭であるが、少女は鳥籠の中に収まられている。囚人であることを示すかのように、少女の白く細い首筋には不釣り合いな厚い首輪がはめられて、身に纏うドレスもどこか拘束衣を思わせる。
白き少女は何をするでなく、牢獄で唯一日の光と風を受けることができるこの中庭で時間が許す限り過ごしている。
いつもと変わらぬ風景。だが、ふとした違和感に気が付いた。外から喧噪が聞こえてきたのだ。この中庭は防音処理が施されており、余程の事がない限り外の音が聞こえてこない。
つまり、今外では余程な事が起こっているわけだ。窓のほうへ顔を向けると一瞬だけ黒い何かが通り過ぎていく。
目が合った。その黒い何かは黒衣を纏った少年であった。
『逃がすな、絶対に外へ出させるな!』
『A班は正面ゲート、B班は裏口を固めろ。C班は追撃に移れ!』
「結構出てきたな、だが遅いぜ」
片耳にはめたイヤホンからは警備員たちの怒号に近い声が聞こえ、その指示通りに後方からは警備員の一団が迫ってくる。
黒いロングコートを翻しながら、煙幕を放ってその隙に屋根へ飛び乗ってりと、追っ手をまくように縦横無尽に駆け巡る。
『こうなればやむを得ない、魔法の使用を許可する。必ず捕まえろ!』
「そりゃやべぇな、さっさと逃げますか」
屋根の上を身軽に駆け抜けながら、無線の内容にまるで他人事のような言葉を漏らす。正面口や裏口も固められているが、建物の西側は大きな崖となっていりから手薄となっている。ここからフリーフォールで脱出というのが、今回のプランであった。
「さぁ、これでラストスパートだ―」
足に力を入れてスピードを上げながら、建物の真ん中にあるガラス張りのドームを通り過ぎた時であった。ドームの中は木や芝生が生えた庭園のようになっているが、その中のあるものに目を奪われた。
白い少女だ。
浮世離れした白さを持つ少女は鳥籠のような檻に入れられて空を仰いでいる。見えたのは一瞬だけなのだろうか、その瞬間が何十倍にも引き伸ばされたかのように感じる。少女の頭が動いてこちらの視線とぶつかる。何かを伝えなければ―そう思った時には身体は宙を舞っていた。
視界が何度も上下に反転しながら無様に地面を転がっていく。一体何が起こったのか理解できなかったが、背中に走る痛みと熱さから火炎弾でも受けて撃ち落とされたのだろう。
複数の足音が周囲を取り囲んでいき、数人の警備員によって組み伏せられてしまった。途中までうまくいっていたのに、女の子に見惚れた隙を突かれて捕まるなど、笑い話にもなりはしないだろう。
「これで終わりだぞ、クソガキ」
「そんなクソガキにここまで翻弄されたのは、どこのどいつだい?」
だから、せめて。組み伏せられた姿でも、不敵な笑みを浮かべてみせた。