縦に裂いた塵
今日の図書室は、外の雨の音でうるさかった。普段は静かなその場所に、くぐもった雨音が外から入ってくる。
六月末日。来週はもう七夕だ。私は、放課後の図書室で七夕の飾り付けをしていた。全校生徒に書かせて集めた短冊を、高校の裏の竹藪から刈ってきた笹に飾っていた。
私は、あまりこのような年中行事に興味はない。七夕に限らず、ハロウィンにしろクリスマスにしろ、どうせ騒ぎたいためだけに祝っているようにしか見えないからだ。誰かが
「こういう行事は(イベント、と言ったかもしれない)雰囲気を楽しむものだ」
と言っていたが、だったら別にその時に楽しまなくてもいいのではないか、と、私は思った。
七夕を楽しみたいなら、七夕の物語の本を読めばいい。クリスマスを楽しみたければクリスマスの物語を読めばいい。本を読めばそれができる。しかも年中問わず、その物語の中にトリップすれば、いつでも楽しめる。だから私は本が好きだ。
ただ、その場の雰囲気に呑まれたから、その雰囲気に馴染めなければ取り残されるから。もちろんそんなことを考えている人はいないだろう。だが、行事にかこつけて騒いでる連中は間接的にそう言っているようなものだろう。
彼らから感じるのは楽しさも、それに対する不快感でもない。私が感じるのは、彼らから無意識のうちに発せられる焦燥感だけである。
私は、そんなひねくれた考え方をする人間だから、楽しそうに飾り付けをしている先生や、他の図書委員と違い、黙って、黙々と、事務的に作業をしていた。
年中行事に興味がないとはいえ、短冊に書かれている文字に目がいってしまうものである。ただ作業をしているのはつまらないので、飾られた短冊に目を通してみた。
「彼女がほしいです」
「お金をください」
「焼肉が食べたい」
私が知っている限りでは、七夕の短冊というものには、願い事を書くものだと思っていた。これではただの欲望ではないか。こんなことが約半数を占めているのがだから、この高校の程度が知れてしまう。
七夕の願い事は本来、機織りの名人であった織姫に習い、習い事の上達を願うものである。こんなことを願って彼らはどんなつもりなのだろうか。織姫に対して恥ずかしいと思わないのか。仮にこれらが願ったとして、どれだけ虚しいことだろうか。呆れてしまう。
「赤点を取りませんように」
これも多かった。本筋は外れてはいないが、これも書いていて虚しくはならないだろうか。願うということは、彼らはもう自分の努力ではどうにもならないということなのだろう。南無。
「脱、幼児体型!」
「絶対痩せる!」
「かわいくなりたいっ!」
女性にはこういうものが多かったが、彼女らは自らコンプレックスを吐露して大丈夫なのだろうか。それとも、自分はここがダメです、という頭の弱い男共へのアピールなのだろうか。ここらへんの願い事はよく分からない。
「これで、最後か」
願い事という名の欲望が書かれた短冊を飾り始めて一時間ほど。ようやく最後の一枚になった。殆どの短冊に同じような欲望が書かれていて、とてもつまらなかった。ごくたまに、ウケを狙ってか伝わらないであろう身内ネタを書いているのもあったが、ただただつまらなく、寒いだけだった。
この最後の一枚も、どうせつまらない欲望か、それかウケを狙った紙切れか。どうせその中のどれかと思い期待しなかったが、その短冊にも目を通した。
「5組の山城さんと付き合えますように」
それを見た瞬間。私はその短冊を縦に裂いた。
「ちょっと山城さん! なにやってんの?」
隣で同じ作業をしていた図書委員が驚いた様子で、私の腕を掴んできた。名字は、熊野と言ったと思う。
「いや、だって、これゴミだから……」
私は、熊野に破いたものを見せた。縦に一回裂いただけなので、文字は辛うじで読めるだろう。それを見た熊野も驚いた表情をしていた。
「だからって……それを書いた島崎君がかわいそうだよ」
熊野は優しい人なんだな。その言葉を聞いて、そう感じた。彼女みたいに優しい心をもっていれば、島崎とやらは救われたのだろうか。
「雰囲気に任せてじゃないと想いを伝えられないような男と付き合う気はないよ」
私は、島崎が書いたそのゴミをポケットの中に入れた。
島崎という男を私は知っている。たまに図書館で本を借りているのを目にしていた。彼は、芥川龍之介を好んで読んでいたと思う。私も芥川が好きだったから、よく覚えていた。こんなことをしなければ、いい関係になれただろうに。こんなに浅はかな人間とは思わなかった。
興冷めである。非常に幻滅してしまった。
「終わったから、帰る」
雰囲気に呑まれ、それによって生まれる焦燥感はろくなものを生まない。浅はかさを露呈するだけだ。だから、私は年中行事が嫌いだ。
もし願いが叶うなら、そのような浅はかさを、私はもう見たくない。
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