情報収集
「もう、朝か…」
いつの間にか寝ていたらしい。ゆっくりと上半身を起こすと目の前に少女の顔があった。
「あ、起きた」
「んうぉ!?」
シュウは奇声を発し飛び上がるとすぐに迎撃態勢をとる。
「あはは、シュウお兄さんびっくりしてるですー」
(そうだ…こいつがいるんだったな…)
最近は一人で行動する事が多かったため、誰かと共に行動するのにあまり慣れていなかった。
(早く慣れないと…)
故郷はかなり遠い場所だと分かっている為、かなりの時間を共に過ごさなければならないだろう、という事が確定している事を今になって少し後悔する。
「シュウお兄さん!ご飯食べに行くです!」
「あぁ…そう言えば朝食が付いているんだったな」
(そういえばもう機嫌が戻ったのか。単純なやつだ)
二人は簡単に準備を済ませると受付嬢から聞いた食堂まで移動した。
「へぇ、ちゃんとしてる食堂だな」
「美味しそうな匂いがするです!」
シュウは珍しく少し胸を踊らして指定された席に着くと、すぐに2人分の料理が運ばれて来た。
「うん。美味いな」
「そうだね!」
一通り食事を済ませると、シュウが今後の予定を話し始める。
「ここを出たらとりあえずギルドに行こうと思ってるんだが、何か意見はないか?」
「ギルド?」
「俺みたいな冒険者が集うところだ。冒険者は魔物を狩るために様々な街に立ち寄るからな。情報を得るにはうってつけだろう」
「?」
イズミは理解出来ていないのか不思議そうに顔をこちらに向ける。
(そもそもこんな少女に意見を求めるのが間違いか…)
「よし、とりあえずギルドに行くぞ」
そう言って席を立ち、すこし名残惜しくチェックアウトを済ませるとギルドに向かった。
「あれ?昨日もいらした冒険者さんですよね?本日はどのようなご用件でしょうか」
昨日と同じ受付嬢が、もう既に魔物を狩りに行ってると思ってました、と笑いながら言ってきた。
(覚えられてる…少し気まずいな…)
「もしかしてもう昇格依頼終わっちゃいました?」
期待の眼差しを向けてくる受付嬢に居心地の悪さを感じながら「いや、今日は別件だ」と、伝えた。
「あ、そうなんですか…それではどのようなご用件でしょう?」
受付嬢は少し残念そうに返答するがすぐさま切り替えて話かけてくる。
「とある街を探していてな」
さすがはギルドの受付嬢といったところか。こういった質問には慣れているのか「街ですか…」と、言うとすぐに情報を聞いてきた。
「どんな名前なんでしょう?」
「それが…分からなくてな。雪が降っていて、こいつと同じような容姿の人間がいる街を知らないか?」
そう言ってイズミを受付嬢の前に出すと迷子という事にして簡単に紹介した。
受付嬢がイズミの顔をかなりじーーっと見た後に質問してくる。
「ふむふむ…迷子ですか。それにしてもどうやって出会ったんですか?別におかしな事では無いと思いますけど、やっぱり少し…ね?」
(流石に怪しまれるか)
誤魔化す必要もないと感じ、イズミが襲われている所を助けた事、故郷に帰りたいと頼まれたことを話した。
「それは…災難でしたね。変に疑ってすみませんでした。それにしても雪が降る街ならかなり遠いはずですし、この街にまだご両親がいるのでは?」
「あー、えっと…それは…」
一瞬、親に捨てられたのだと言うか迷ったが伝えなければ怪しまれるだけだと思い、受付嬢に近づくとイズミには聞こえないよう小声で伝えた。
「えぇぇ!?こんなに可愛い子を!?」
「ちょっ、声がでかい!」
想定外のリアクションをとる受付嬢にシュウは驚きつつも声を抑えるように促した。
「んんっ、すみません。興奮し過ぎました」
なんだか不穏な言葉が混じっていた気がするがめんどくさそうなので指摘はしない。
「あ、ああ。大丈夫だ」
「話を戻しますが、他に何か分かっている事はありますか?」
(切り替え早いな…)
シュウは手がかりが全くないことを伝えると受付嬢は困り果てた。
「今の状況だと、大まかな推測しか出来ませんね…」
(だからここに来たんだけどな…)
冒険者に話を聞くか、と考えていたらまたもや受付嬢はじーっとイズミを見始めた。
「どうした?そんなにイズミの事が気に入ったのか?」
「んー、それはもちろんありますけど…その子が着けてるそのネックレスはもしかして、シィール宝石が使われているのでは?」
「シィール宝石?」
イズミに「知っているか?」と聞くと首を横に振った。
それを見た受付嬢は他の冒険者には聞こえないように小声で話始めた。
「知らないんですか?凄く有名な石なんですけど…それが本物だとして、そのサイズだと最低でも500万円はすると思いますよ?」
「ごひゃっ!?」
そこまで言った所で受付嬢が慌ててシュウの口を抑えた。
「静かにしてください。他の冒険者様に目をつけられるかも知れません」
シュウは口を抑えられたまま、頷くことでもう大丈夫だという事を訴えかけると直ぐに解放された。
「…なるほど。そりゃ変な冒険者に襲われる訳だ…」
今になってようやくイズミが襲われていた理由が解き明かされ、あの事件については納得したが、新たな疑問が出てくる。
(確かに綺麗な石だ…それでも…)
「この石に何故そこまでの価値があるんだ?見た目が良いだけでは無いんだろう?」
それを聞いた受付嬢は「冒険者なのに本当に知らないんですね…」と少々呆れながらも得意げに説明を始めた。
「シィール宝石には、魔力を貯める力が備わっています。また、任意でいつでも解放する事が出来る優れものです」
「魔力はスキルを使用するために必要な力で合ってるよな?」
「はい」
「それを貯める…?」
「魔力を使用すると体力を消耗しますし人間には魔力を貯める事が出来ないじゃないですか?」
「…そうだな」
体験した事は無いがとりあえず話を合わせる。だが、シュウもそれぐらいの事は知っていた。スキルを手に入れる事に必死だった頃読んでいた数多の書籍に基礎中の基礎だと記されていた事だったから。
「ところがこのシィール宝石には、それが可能なんです。この石に貯めておいた魔力を使って体力の消耗を抑えたり、魔法系スキルなどの火力の底上げが出来るんです」
「へぇ、すごいな。それは便利だ」
(まぁ俺には関係無いことだな…不思議な事に俺のスキルは魔力を使っている感じではないし…)
「ただ、このシィール宝石は採掘出来る場所が限られていたり、サイズによって魔力の貯蓄量が変わっちゃうんですけどね」
だから大きい物ほど凄く貴重で高いんですよねー、と受付嬢は呟く。
「イズミが持っているのは大きいのか?」
「はい。かなり大きいと思います。数年に一度出るかどうかぐらいなんじゃないですか?」
「なんでそんな物をお前が、って聞いても分からないんだろうな」
イズミに視線を向けると案の定分からないのか、申し訳無さそうに「ごめんなさいです…」と謝った。
「別に怒っている訳じゃないから謝らなくても大丈夫だ」
そう伝えると安心したのかイズミの顔が緩んだ。その様子を見て受付嬢が少し悶えているが気にしない事にした。
「それで、この石が取れるのはどこなんだ?」
受付嬢は、流石というべきか質問をされた途端に我に返って、すぐさま後ろの棚から地図を取り出した。
「シィール宝石の産地といえばこの辺りですかね…」
そう言って地図に丸が書き込まれた箇所を見ると、ほとんどがこの街よりも北にあった。
「…随分と北の方じゃないと取れないんだな」
「そうですね。未だにシィール宝石の事はあまり解明されていないので何故北の土地に多くあるのかも分からないんですよね…」
シィール石がイズミの故郷と関係があるのかは分からないが、当面の目標は出来た。
「それは置いといて、とりあえずシィール石の産地に行ってみるか。どちらにせよ雪が降る場所は北の方だしな。聞いて回ればこいつの故郷について何か分かるかもしれない」
「あ、そういえばそんな話でしたね」
笑って誤魔化す受付嬢に呆れてイズミを連れギルドから出ようとすると慌てた様子で呼び止められる。
「この街から馬車で3日ほど北東に進んだ所にある村から、北に向かう馬車が出ていたはずなのでそれを使って下さい」
一応ちゃんとこちらの事を考えてくれたのだろうか。そう思い心の中で感謝し、大通りで旅に向けて準備を済ませるのだった。
シュウが大通りで旅の準備をしていた時、ギルドの受付嬢は考えていた。
「あの子可愛かったなぁ…」
一通り仕事を終わらせ、今日の出来事を思いふける。特にイズミの可愛さには私が保護しましょうか?と聞きたくなるぐらい可愛かった。
「それにしてもあの冒険者さん、小さな女の子には優しいんだー」
(私と話す時はいつも素っ気ないし冷たいのに)
実はこれまでにも数回、シュウの担当をしたのだが覚えられている様子もなかった。元々期待していた冒険者なので印象には残っていた。期待はしているが素っ気ない冒険者として。
「むすっとしてどーしたの?ティール。誰かに嫉妬?」
「ルリちゃん…そんなんじゃ無いよぉー」
同僚のルリに後ろから抱きつかれ、変な質問をされる。
「じゃあ何考えてたのー?」
「ある冒険者さんの事をちょっとね…」
ルリは「もしや…恋!?」などと冗談を言ってくるので否定した。
「で、ある冒険者って最速の?」
「うん」
実はシュウはソロ冒険者では最速でランクを上げているとギルド内でちょっとした有名人になっていた。
「実はあの人が、親に捨てられたっていう小さな女の子を連れてきて、故郷に帰らせてあげるって約束したみたいで情報を聞きに来てたの」
「へーあの不愛想な冒険者様も優しいとこあるんだねぇ」
ルリ自身も何度か担当したことがあったので、ちょっと意外だなー、と思った。
「ふふっ、そうだね」
ティールは思わず笑ってしまう。
「それにしても、ちょっと危なくない?」
「え?何が?」
「だってさ、誘拐とかの可能性も有るわけじゃん?本当はこの街の子で何処かに連れ去ろうとしている、みたいな」
「確かにそうだけど…あの女の子すっっごい可愛かったし。でも、あの人はそんな事しないと思うよ?」
「へー信頼してるんだー」
顔をニヤつかせながらからかってくるルリに、そんなんじゃ無いから!と少し照れながら否定する。
(誘拐って言うのは無さそうだし、あの人は約束を守るとは思うけど、もしあの二人がはぐれて女の子が魔獣に襲われでもしたら…)
そう考えると急激な寒気がティールを襲った。そして一度でも頭に心配が過ぎると次々と思うところが出てくる。
(近くの村とは言っても魔獣が出てくるかも知れないし、あの人が強そうとはいえ一人で子供を守りながら戦えるかは分からない)
こんな事、考え出せばきりがない。だが、そう分かっていても止まらない。
(多分大丈夫だろうけど最悪、死___)
「ティール!」
「っ!?」
突然の大声に何が起きたのか理解できず呆然とする。
「どうしたの?大丈夫?何回も呼んでるのに気づいてくれないし、どんどん顔が怖くなるから焦ったじゃん」
「…ごめんね。ルリちゃん。ちょっとボーッとしてたみたい」
「ティールが大丈夫ならそれでいーよ。不安にさせるような事を言った私も悪いんだし」
「うん…ありがと」
ルリの優しさを感じながらティールはある決意をする。
(せめて村に着くまでは私も付いて行こう。そうすればある程度あの人の実力が分かるだろうし)
行けって言ったのは私なんだし、それぐらいの責任はあるよね!と自分を正当化すると行動に移る。
「ルリちゃん!」
「おお、急に元気になった。」
ルリは若干戸惑いつつも元気になったティールを見て嬉しくなる。
「私、ちょっと行ってくるね!」
「ん?なんの話?」
そう思った時には走り出していたティールの背中ををただ見る事しか出来なかった。すると不意にルリの方を振り返ったティールは「半月ぐらいお休み貰っといてー」とルリに告げる。
「一体、どうなってるの…」
いつの間にか大勢の職員が帰宅し静まったギルドに、親友の為に半月の休みを上司から勝ち取らないといけないという大役(無茶ぶり)を任されたルリの言葉が切なく響くのだった。
ギルドの受付嬢さんが思っていたより濃くなったなぁ