不思議な少女
シュウと少女は無事、大通りへ戻る事ができ、大通りの道沿いにある活気に満ち溢れた酒場に入った。何気にこういう店に入るのは初めてだ。
空いている席に座り、適当に料理を注文すると、やたらと騒がしい周囲と対照的に二人は静まり返る。その空気に耐えかねてシュウは少女に話かけた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はシュウ。ただの冒険者だ」
かなり簡単に自己紹介を済ませ、「お前は?」と問いかけた。
「えっと…私の名前はイズミ、です」
イズミと名乗った少女は、自己紹介など興味が無いといった感じで厨房から送られて来た料理をただじーっと見ていた。
「…食べてもいいんだぞ?」
シュウの言葉を待っていたのか、急に顔を輝かせて元気よく「いただきます!」と言うと料理を頬張り始めた。
「おいしい!」
笑顔で食べるその姿は見ていて少し心が安らいだ。その様子をしばらく見ていると注文していた料理が次々と運ばれてくる。
「もぐもぐもぐ、これも、こっちのも全部おいしい!」
よく食用として狩られる魔物の肉を煮込んだスープやシンプルな味付けで豪快に焼いたステーキが少女のお腹に消えていった。
(よっぽど腹が減っていたんだな…)
そんなことを思いながら自身も食事を済ませると質問を再開した。
「そういやお前、どこから来たんだ?ここら辺じゃ見かけない容姿だが…」
この街では色々な国から冒険者や商人が多く集まる為、人種や容姿はバラバラなのだが、イズミの髪色は特に珍しく、異色を放っていた。
(色白の肌ってのも珍しいけど、ピンクの髪はここら辺じゃかなり珍しいはず)
トゥムトの周辺にある街などでは、多くの人達の肌色がどちらかと言えば黒寄りで茶髪や黒髪である事が多い。
そこで、料理を食べずにずっと何かを考えていたイズミが言葉を発した。
「ようしって何です?」
(そこからか…まあ、子供だもんな…)
心の中でツッコミを入れてから、簡単に説明した。
「見た目の事だ。髪や顔のな。それより、どこから来たんだ?」
繰り返し聞いてくるシュウにイズミは申し訳無さそうに返事をした。
「…分からない、です」
「…そうか」
これ以上聞いても責めるようになってしまうと感じ、仕方が無いと諦めた。
「ごめんなさい…」
「お前が謝るような事じゃ無い。興味本位で聞いた俺が悪かった。すまない。」
こちらが謝罪したことに対して、イズミはあわわと動揺した。
「お兄さんが謝る方がおかしいよ!さっき助けてくれたし、こんなにご飯も食べさせてくれてるのに」
「別に助けた事に礼などいらない。ただ、兄さん…っていうのはやめてくれないか…?」
シュウは自分がお兄さんと呼ばれた事に軽くうろたえていた。
「なんでです?お兄さんはお兄さんじゃないの?」
「いや、俺はもう19歳だぞ?だから…お兄さんはやめてくれないか?」
(この3年間で俺は大人になったんだ。言動なんかにも注意して、親父達に頼らなくてもちゃんと生きていける大人に…)
3年。長いようで短く感じる時間を経て、あんな事があったとしても、シュウの根本的な性格や考えは、昔とほとんど変わっていなかった。
変わったのは、誰にも頼らず、一人で生きていけるように見せるために演技をしているということぐらいだった。
「私が8歳だから1、2、3…11もちがうんだね!大人だね、お兄さん」
「お兄…俺には、シュウという名前がある」
「じゃあ、シュウお兄さんだね!」
子供相手に変なプライドを出すのも馬鹿らしいと感じ、ため息をついて「もういい」と言い、諦めた。
「そういえば、最初と少し喋り方が変わっているが何か理由があるのか?」
「え…?あっ!母様との約束忘れてた!」
勢いよく立ち上がり大声を出したため、酒場にいる者達の目が一斉にこちらに向くがすぐに興味を失い食事を再開していた。
恥ずかしい…なんで俺がこんな思いを…などと考えながらとにかく話を進めることを優先する。
「で、母親から何を言われたんだ?」
「えっと…年上の人や、誰かに助けてもらったら敬語で喋らないといけないって言われたです。」
「お前…敬語がどんなものか知ってるのか?」
「母様が話の最後にですって付けとけば何とかなるって言ってたです!」
(とりあえずですを付けろ…?こいつの母親は何を言ってるんだ…?)
「そんなものは敬語ではない。そんな喋り方をしていたら笑われるぞ?」
「…?でも母様が、この話し方をしているとコアな層を味方に付けることが出来るのよ!って言ってたです」
「そ、そうか」
(娘に何を教えてるんだ!?そもそもこいつ絶対理解してないだろ!)
どうやらイズミの母親は癖のある人物のようだ。
「と、とにかく、この話は終わりだ。お前は親に…捨てられたと言っていたが、どうやってこの街まで来たんだ?」
「…覚えてないです」
「ん?どういうことだ?歩いてきたのか乗り物を使ったのかぐらいは分かるだろ?」
「気が付いたら、この街にいたです」
「…じゃあ、いつからこの街にいるんだ?」
「シュウお兄さんに会うちょっと前からです」
(どういうことなんだ?この子、おかしな点が多すぎる…)
自分の故郷のことや、どうやってこの街まで来たのか分からず、この街に来たのはつい先程だと言う。ますます謎が増えるの少女にシュウはどうすればいいのか余計に分からなくなる。
「まあいい…それで、お前はこれからどうする気なんだ?」
シュウはいまだに困惑しつつも、話を聞いている限りでは、これから生きていけるかも分からない状態の目の前の少女のことを気にかける。
「どうするって何がです?」
イズミは自分の今の状況を理解していないためか質問に質問を返した。
そのことに呆れたシュウはつい本音を漏らしてしまう。
「今のままじゃお前生きていけないだろ?金が無いから飯も食えない。帰る場所も覚えてない。頼れる奴もいない。どう考えても危険な状態だと思うんだが?」
イズミもそこまで言われると流石に理解し始めたのか次第に顔が青ざめていき瞳が潤んできた。
「私…ご飯食べれないのです…?」
(間違ってはいないけど、普通そんな解釈になるか?)
偏った発想に疑問を抱いていると、イズミが涙を流し始めた。その様子を見てシュウは自分の発言を後悔した。
「いや…そのだな…俺が悪かった。本当にすまん。だから泣かないでくれ…泣かれるのは、困る…」
(とはいえ、このまま放置しておくと死んでしまう可能性は拭えない。どうすればいいんだ…)
もはや何もしないという選択肢はシュウには無く、とりあえず必死に考え思い浮かんだ解決策をイズミに説明する事にした。
「えっと、だな…お前を孤児院に預けるという形をとれば死ぬということは無くなると思うが…どうだろう?」
「孤児院…?」
「親がいなかったり誰にも頼る事が出来ない子供達が集まる所といった感じだな。多少は不自由かも知れないがちゃんと飯も出るだろうし安全だと思うぞ?」
(子供相手にもっとましな言い方は出来ないのか…)
すぐさまイズミが首を横に振った。
「何故?」
「あ…ごめんなさい。えっと…私は、もう一回母様とお話がしたいです。父様とも…ちゃんとお話をしてみたいのです」
「でも、お前は自分がどこから来たのかも分からないんだろう?」
「私が覚えているのは…雪がよく降る街だって事ぐらいです…」
(雪だと…!?この辺の国で雪が降るなんて聞いたことがない…だとすればこの子の故郷はここから途轍もなく離れた場所にあるって事になる!本当にいったいどうやってこの街まで来たんだろう…)
それなら、この街でも一際目立っている容姿にも説明がつく。
「シュウお兄さん…?」
「あ、ああ。すまない。考え事をしていた。それで、お前が言ってる事が本当ならこの街からかなり遠いぞ?」
「何となく、分かってたです。でも、それでも、母様に…会いたいです…」
ネックレスを握り締めながら真っ直ぐな強い意志を感じさせる程に願う目の前の少女を見て、シュウは少しだけ羨ましく思ってしまった。自分には帰る場所も、迎えてくれる人も居ないから。
「はぁぁ…分かった。俺がついて行ってやるよ。お前1人じゃどうすることも出来ないだろうしな」
「…え?」
「故郷に帰りたいんだろう?これも何かの縁だ。仕方ないから手伝ってやるよ」
イズミはただひたすら困惑している。
「私の街まで、送ってくれるのですか…?」
「ああ。そう言ってるんだ」
「なんで…?」
「ただの気まぐれだ。理由など別に必要無いだろう」
(…そう。ただの気まぐれだ。でも、この不思議な少女と旅をしたら何かが変わるような、分かるような気がする…俺が、この先どうしたいのか…)
理由が無いと言いつつも、心の中でひそかに期待しながらシュウは目の前の少女を見つめた。
イズミはそこまで時間をかけず決心したようだ。
「お願い、しますです」
「私を…母様に合わせてください!」
少女の決意を受け取ったシュウはただ静かに分かった、と呟いた。
シュウが二重人格のように見えてしまうのは申し訳ないです