序章③
序章が終わります。ここまで読んでいただき感謝です
「……親父…ニオさん…っ!」
シュウは勢いよく飛び起きる。果たしていったい何が起こったのか。意識が薄れる直前に睡眠薬をかけられたことは覚えている。「親父達はどうなったんだ」と周りを見渡し、絶句する。
「………は?何だよこれ…」
そこには、何も無かった。見る影もないとは正にこの事だろう。
住み慣れた屋敷、しっかりと整備されていた庭、親しい者達。そこにあるはずの光景が消滅していた。視界の奥に見慣れた森があることからシュウ自身が移動した訳ではない事は明らかだった。
「何が起きたんだ…なんで俺だけしかいないんだ」
周囲に呼び掛けてみる事をする気力もなく、ただ次々と疑問が溢れてくる。とにかく頭を整理しようと必死に記憶を呼び起こす。
「そうだ…あの男が何かの魔法を使ったんだ…それで意識を失って…」
結局何があったのかシュウには分からない。一体謎の男が何の魔法を使ったのか、薄れゆく意識の中で聞き取ることが出来なかった。それが原因で苛立ちが倍増する。
「くそっ!あいつら一体何なんだったんだ。なんでこんな事に…」
「どうしてこんな事になったんだ?もしあの時、親父の言う通りに俺だけ逃げていればこんなことにはならなかったんじゃ…?俺は何もできなかった…俺に力が無いことなんて、自分が一番知っている筈なのに、黒ローブたちを倒して気分が舞い上がっていた?いや、違う。それでも、俺が逃げなかったせいで、結果的に親父の足手まといになった…」
屋敷があった場所に座りこみ、ぶつぶつと考察する。困惑が後悔となり、次第に自分自身への怒りとなって爆発する。
「親父達が生きているかは、分からない…それでも、この光景を見て生きているなんて、とても、思えない。きっと俺のせいでこうなったんだ。親父一人なら、もっと上手くやれたはずだ…俺が正しい判断を出来なかったから。俺にもっと力があれば…スキルがあれば…こうはならなかったかも知れないのに!」
この世界はなんて理不尽なんだ。なんで、こんな目に合わないといけない。ニオさんや親父ならまだしも、俺が生きていたところで何になる。俺のスキルが、全く別の物だったら。俺に、戦う力があったら…この、世界が…憎い。力が無い自分が…一番憎い。どうして、俺には力が無いんだ…
何故これ程までに怒りが込み上げてくるのか。それはきっと生きてきた中で常々感じていた事だからだろう。それでも今までは、ほとんど無害だった為あまり気にせず生きてきたのだ。誰にも迷惑を掛けず、自分が少し不自由になるぐらいだった。
だが、今回は違う。力がない事が障害となり結果として全てを失った。
自分を責め続けるシュウの頭に突然、声が響いた。
---全部、力がねぇお前が悪い。
心の奥深くの闇が口を出してきたように感じた。頭の中に何者かの声が響くという非現実的な現象に違和感を感じる事もなく、不自然な程に「これは俺だ」とすんなり受け入れた。
「そんなことは、解ってる。でもそれは、俺のスキルが戦闘では使えないから…」
---それなら何で逃げなかったんだろうなぁ?そうすればカイルだけでも無事だったかも知れねぇのに。
「それは、そうだけど…逃げるって事は、ニオさんも取り残すってことだ…力が無いって分かっていても、逃げるわけには」
---実際、力なんてなくて足を引っ張った挙句、どっちも失っただろうが。自覚しているんだろう?そのせいでカイル達は消えたんだから滑稽だよなぁ?
「そもそも、あの謎の集団のせいで」
---そうやって責任転嫁するのか?はっ!馬鹿馬鹿しい。
そんな事言われなくても理解してる。俺は弱い。俺は役立たずだ。俺はただの足手まといだ。気付いているけど、認めたくなくて。口をついて出るのが言い訳でしかないのも分かってて。
---はぁ…お前も本当は分かってるんだろ?お前だよ。お前のせいでこんな結果になったんだ。お前が存在したから。お前が無力だからこうなったんだ。
「全て俺が悪いのか?俺の存在すらが過ちだっていうのか…?」
こいつが言っている事を理解したくない。だけど、絶対に違うとは言い切れない自分も確かにいて。
---お前は心のどこかで思っているはずだ。自分は世界から嫌われていると。この世界に生まれるべきでは無かったのではと。
…図星を突かれて頭が真っ白になりそうだ。実際、それに近いことは何度か考えた。だけど、俺が世界に嫌われているって言うなら__
「俺が…この世界に何をしたっていうんだ!何で世界は俺に対してこんなに理不尽なんだ!俺はただ、真っ当に生きようって!親父とニオさんを支えられるようになろうって!そう、思っていただけなのに…」
---それがお前の運命だったってだけじゃねぇのか?
その瞬間、16年間培ってきた、いや、我慢して溜め込んできたモノを抑え込むなにかが崩れ去った。
「そんな、そんなふざけた理由でこんな目に遭うなら、恨んでやる…憎んでやる…こんな世界、俺が否定してやる…」
---そんな力も無いくせに、か?お前に何が出来るんだ。本当に無様だよなぁ!
「力が…欲しい…」
---力が欲しい…?
「この世界を…否定できるような…この世界を…壊せるような…力が欲しい…力さえあれば…」
---世界に否定されているお前が世界を否定するための力、か…面白い。
「力が必要なんだ…!力が欲しい…力が、強い力が…欲しい…!」
きっと、この選択は間違っている。俺はまた何度でも、失敗すると思う。それでも…!
---そうだ。それでいい!この世界を憎め!そして、もっと力を求めろ!
「俺に…力を…この世界を、拒む…力をっ!!」
---あぁ、くれてやるよ。お前にお似合いのとっておきのやつをなぁ!
その時、シュウの頭に鋭い痛みが走った。
「あぁぁぁぁぁ!ぐっ…がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
実際には数秒しか経っていないが、心臓を抉り取られるような永遠に終わる事が無いと感じる程の激しい痛みによって、シュウの絶叫が森全体に木霊する。
シュウは意識を失いかけるが、あと一歩のところで踏み止まった。そして、すぐに体に違和感を感じた。
「これ…は、スキルが…昇華した…?」
その違和感は、スキルが昇華した時に感じる異変と酷似していた。本で読んだことしか無いため、実際には感じた事が無かったが、体験すればすぐに分かる程の違和感だった。
確かめるまでもなく、自分はさっきまでとは違うのだと、頭が訴えていた。
どういう原理かは分からないが、頭の中で自分のスキルの事を考えると、既に知っている事かのように頭に浮かんでくるという人間が元から持つ特性を使い、自分のスキルを確かめる。
「俺のスキルは……本当に、変化している…」
アンノウンスキル「拒ム者」:この世界の様々な事変、恩恵を拒む。特殊空間の形成が可能。
「特殊空間の形成…?どう変わったんだ?まあいい。そんなこと今はどうでも…」
新たなスキルを手に入れるという念願が叶ったわけではないが、スキルが昇華するという大きな変化があったにも関わらず、そこに喜びの感情は一切無かった。そこにあるのは、1つの感情だけだった。
「世界が俺を否定するなら…俺も、この世界を否定してやるっ!」
世界という大きな存在に凄まじい嫌悪感を胸に抱き、唯一残った母親の形見である剣とともに、森の中に入っていく。その時には既に、頭の中に語りかけていた存在のことを、覚えてはいなかった。
---彼には悪いことをしてしまった…それでも、利用させてもらう
---まあ、俺だけじゃ何もできねぇしな。力を欲するよう上手く誘導出来てよかったぜ
---でも、無理をさせすぎたよね…
---必要なことだった…仕方ねえ
---この先上手くいけば、やっとあの人達に会いに行ける…待ってて…絶対救ってみせるから
---だが、まだまだ力が足りねぇ…もっと力を…欲しろ……
シュウのどこか深くに存在する者の意識が、途絶えた。
次の話で3年後になります。誤解を生んでしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。