序章①
初めまして。ソウさんです。至らない所が多々あると思いますがよろしくお願いします。
人里から離れた活気のない空気の澄んだ森で、とある青年の歓喜に満ちた声が響き渡る。
「997…998…999…1000!はぁ、はぁ…よしっ。新記録だ!」
木々の隙間から爽やかな風が通り抜ける中、そんな穏やかな印象とは真逆に腕立て伏せをして汗を流す青年は達成感に浸りつつ息を整える。
「ふぅ…きついけどノルマを達成出来るようになってきたな」
今日は鍛錬の日だ。何項目もある身体強化用の鍛錬すべてに大きなノルマを掲げているため、流石に体が悲鳴を上げていた。何年も前から同じノルマを掲げ鍛錬に励んできたが、達成できるようになってきたのはここ数ヶ月の事。
「今日は親父が帰ってくる日だしそろそろ帰るか」
スクワットなどを朝から続けていたのだが、すでに陽が傾いてきていた。父親に外に出ている事が知られると厄介なことになる為、急いで帰る用意をする。慣れた道を鍛錬がてら器用に木を伝って駆けていくとそれなりに大きな屋敷が姿をあらわす。屋敷に着くとすぐに人が出迎えた。
「お帰りなさいませ、シュウ様」
メイド服で身なりを整えたその女性は、とても礼儀正しい態度と言葉遣いで鍛錬を終えた青年、シュウに話しかけた。
「ニオさんただいま。毎回出迎えてくれなくてもいいよ?疲れるだろうし」
「カイル様からシュウ様を見張るよう言われておりますので」
「出迎えてくれるのと見張りはあまり関係無と思うけど。まあでも、見張り役が嫌なら言ってくれよ?親父に言っておくからさ」
「嫌だなんて思ったことはございません。むしろ好きでしているぐらいです」
ニオに頬を赤くしながらそう言われ、恥ずかしくなりシュウまでつられて顔を赤くしてしまう。ひとまず心を落ち着かせないと、変なことを口走ってしまうのではないかという気分になった。
「そんな風に言ってくれて嬉しいよ。こんな役立たずな俺でもこの家でならニオさんのおかげで普通に暮らせる」
気持ちを落ち着かせてから少し寂しそうにそんなことを言うシュウにニオは顔を曇らせてしまう。
「…シュウ様が役立たずだなんて事はございませんよ」
「いやいや、実際ニオさんの方が俺なんかよりよっぽど役に立ってるし。ニオさんが持ってる家事スキルにはいつも頼りっぱなしだからなぁ」
ニオは「家事」というスキルを持つ。そこまで珍しい訳ではないが、すごく使い勝手のいい能力だ。家事をする時に限るが、様々な技術が向上し身体能力等も上がるという効果を持っている。
「確かに家事スキルは便利ですが、このくらいしか私には出来ることがありませんので」
「ニオさんの努力の賜物だろ?そんな風に言っちゃ駄目だよ。スキルを獲得するぐらい頑張った証なんだからもっと胸を張ってもいいと思うけどなー」
「…ありがとうございます。シュウ様」
「感謝されるような事は何も言ってないって。それよりお風呂ってもう入れるかな?いま汗だくだからさ」
笑いながらそう言うとニオも少し気が晴れたのか気持ちの切り替えの為に咳払いを一回して、普段通りの返事をする。
「用意は済んでいますよ。後ほど着替えを運んでおきます」
シュウは「ありがとう」と手短に感謝を述べると、そこそこ距離がある廊下を歩き風呂場まで移動する。
屋敷の風呂はかなり広い。1人で入るのは勿体無いと感じながら、鍛錬で流した汗がまとわりついた体をさっぱりさせ、10人は同時に入れるのではないかという大きさの浴槽に浸かる。
「俺も役に立つスキルが欲しいな…」
1人だけの空間でポツリと呟く。シュウは昔から1人になるとスキルの事を考え続けていた。風呂に入っている時間は、そもそもスキルとは何かという根本的な話を考えるのが習慣になっていた。
この世界において「スキル」という存在は絶対的な価値を持ち、「スキル」によって人生が決まるといっても過言ではない。それがこの世界の常識だ。
そもそもスキルとは、人間なら誰しも産まれた時から1つは持っている能力で、とある条件を満たせば何個でもスキルを持つ事ができる。例えば筋肉を鍛えると筋力が強化されるスキルが手に入り、何かに対して勉強し深い知識を得れば魔法スキルを手にすることも出来る。要するにとある条件とは、努力のことだ。スキルとは努力をすれば手に入るものなのだ。
ニオが持っている家事スキルは彼女が長年、掃除や洗濯等を一生懸命行い手に入れたスキルだ。
羨ましい。そんな事を考えていると風呂の入り口からコンコンと音が聞こえた。
「シュウ様。風呂場を出てすぐ左に着替えを置いておきますね。それと30分後にカイル様が帰って来られるそうなので1時間後に夕食になると思われます」
「分かった。ありがとう」
「何か御用がありましたら、お申し付けください」
特に無いかな。といつものやり取りを行うと「失礼します」とニオの声が聞こえ、扉から足音が遠ざかっていった。
さて、ニオさんも戻ったことだしもう一度集中するか。もちろん俺にも産まれた時から1つスキルがある。
アンノウンスキル「拒マレシ者」:この世界の様々な事変、恩恵から拒まれる。
アンノウンスキルっていうのは俺が勝手に言ってるだけだが、スキルの内容が知られていない、解明されていないスキルの事を世間ではそういうらしい。俺が初めてスキルの事を口にした時、両親にもこのスキルの意味は分からなかったそうだ。ただ、その名称と内容に不安を感じていたみたいだ。
そしてあるとき、俺が病にかかった時に異常事態が起きた。本来なら「治療」魔法スキルを覚えている者に頼み、治療してもらえば回復するはずが、俺には治療魔法が一切効かなかった。病から回復した後、筋力などを向上させる系統の魔法も試したらしいが効果が無かったのだ。
そんな事があって、両親は推測したそうだ。俺のスキルは魔法スキルによる恩恵を拒んでしまうのだと。
だが、それだけじゃ無かった。小さい頃から自分のスキルに不満を持っていた俺は他のスキルを手に入れればいいと考え、身体を鍛えたり色々な事を試した。
「筋トレや家事に勉強、釣りなんかもしてみたんだけとなぁ」
10歳頃から始めた様々な身体の鍛錬や魔法スキルを得るための勉強は今でも続けており、今年で16歳になる。
「遅くても1、2年筋トレすれば効果が弱くても筋力が上がったりするスキルが手に入るって本に書いてたはずなんだけどな…俺の努力不足って可能性もあるけど…」
憶測でしかないが、シュウが読んだ書物で書かれていた内容では、2~3日に1回腕立てを100回するなどが参考に挙げられていた。その参考の何倍も。ましてや腕立てに関しては1000回もこなしているのだ。それを考慮すると、自分がスキルを得られない原因がただの努力不足というわけではなく、生まれ持ってのスキルのせいである事は殆ど明らかだった。
「俺以外にも数少ない人がスキルを1個しか持っていないってのは知ってるけど、そういう人達は基本的に病気で体が動かせない人とかの事情がある人だったはずなんだけどな…俺はそういう訳でもないし、結構努力してるつもりだ」
この世界は基本的に努力すれば報われるシステムになっていた。努力した事への世界からの祝福、恩恵こそが『スキル』だからだ。
だからこそ、シュウはずっと疑問に思っていた。自分が持っている『スキル』が余りにも矛盾しているからだ。
「なんでスキルを否定するようなスキルがあるんだ?俺のスキルは一体なんなんだ?似たようなスキルすら聞いたことが無いし、本で見たこともない」
恩恵を否定する恩恵。そもそもスキルとは必ずメリットがあるもので、デメリットしかないスキルなどこの世界には存在しない。だが、シュウは自分のスキルによって得した経験など一度もなかった。
「俺のスキルにはきっと意味があるはずだ。今は分からなくても、きっと…」
とにかく今はそう考えるしか出来無かった。メリットがない、即ちそれは自分が世界に拒まれているのではないか、という感覚に陥ってしまうからだ。
「まだ、スキルが手に入らないだけで筋トレとかで体がしっかり鍛えられるのは良かったけど」
やはり今は考えても仕方がないのだろうか。そう思った時、再び風呂の入り口からコンコンと音が響いた。
「シュウ様、そろそろ夕食のお時間です」
風呂場に設置された時計を見ると、1回目にニオが来た時間からすでに30分経過していた。どうやら今日は熟考してしまったようだ。
「分かった。すぐ行くよ」
急いで着替えなどの準備を済ませ、食卓へと駆け込むとそこにはすでに筋肉が程よく引き締まった体格の良いシュウの父親、カイルが席についていた。
「おかえり、親父」
「おぉシュウか、ただいま。ところで、俺がいない間に外に出たりしていないだろうな?さっき玄関でお前の靴を見たら少し汚れていたんだが…」
しまった、そんなところを確認されているとは思わなかった…次からは気を付けないと。
長い時間黙っていると肯定ととられかねない為、シュウはなんとか口を開く。
「あはは…まあまあ、そんな事より親父は大丈夫なのか?今回の魔物退治は骨が折れそうだって言ってたけど」
とりあえずここはかなり強引に話をすり変える事にする。さすがに強引すぎたからか、カイルは呆れたようにため息をついたがとりあえず話しを続けた。
「まあ、苦労はしたが仲間のお陰で倒せた。ドラゴンの相手を久々だったがやはりブレスは厄介だったよ。やつのブレスに触れた場所、植物や地面がじわじわ腐食していく感じでな。あれをまともに食らった時を考えるとゾッとする」
「そんな化けもん倒せる親父の方がゾッとするって」
「面倒でも当たらなければ意味が無いからな。『神速』の速度を超えられたら不味かったな」
カイルの持つスキル「神速」は、「俊敏」というスキルが昇格したもので、とても簡単に説明するとメチャクチャ速くなるスキルだ。もちろん、簡単には手に入らない。
シュウが「やっぱり親父の方が化けもんじゃない?」と言うとカイルはしかめっ面になった。
「この話はもういい…それよりもさっきの話だが、お前の態度からしてやはり外に出ていただろ」
さっき強引に話を切り替えたら意趣返ししてきやがった。と思いながら適当に返事をする。
「ずっと家に居るのも暇だから庭で散歩してただけだって」
「林の方からこの屋敷に向けてお前と同じ靴の跡があったとしてもか?地面に木の葉がやたらと落ちているから上を見てみれば、誰かが通ったような痕跡もあってだな」
「あはは…やっぱりバレてたか。それは正直に謝るよ。でも、ちょっと体を鍛えていただけで、危険な事は無かったからさ」
シュウはこれ以上誤魔化したところで罪の上乗せになるだけだと悟り、正直に話しだす。
「お前が以前から外に出ていたのは薄々気づいていたが、やっぱりか…」
カイルはそばに立っているニオに対し「甘過ぎるんじゃないか?」と問うとニオは微笑んで「どうでしょう?」と答えるので頭を抱える。
「俺も新しいスキルが欲しくてさ、それで」
カイルの「はぁ…」という大きな溜息がシュウの言葉を遮った。
「もう外には出るな。お前はスキルが使えない無いばかりか、ただでさえ怪我をしたら治りが遅いというのに何故外に出る必要がある。体を鍛えるだけなら家の中でもできるだろう。俺が家にいるときには体術も教えているじゃないか」
「いや、でも、俺もこうみえて結構強くなってきたしさ、スキルが無くても腕立て1000回もできるようになったんだ__」
突如、シュウの話を遮るように机から音が鳴った。カイルが机をたたきつけて立ち上がったのだ。シュウが唖然としていると、頭と手を地面に付け、土下座の形を取っていた。
「お願いだ。もう外には出ないでくれ。お前に無理をさせているのは分かっている。それでも、もう家族を失いたく無いんだ…」
「ちょっ!やめてくれよ!そんな…」
「頼む!お願いだ、頼む…」
切実に頼んでくるカイルに「……分かったよ」と無愛想に返事をする事しか出来なかった。
「すまない、本当にすまない…」
食卓には延々と繰り返されるカイルの謝罪だけが響いていた。
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シュウ(主人公) 16歳
アンノウンスキル「拒マレシ者」:世界のあらゆる事象、恩恵から拒まれる。
見た目:紺色のショートヘアー、金色の目、服装は動きやすい物が多い。身長は165㎝ぐらいで体重が53kg
特徴:基本的にポジティブ。身体能力が高く、そこまで強くないスキル持ちと比べると身体能力を超えるレベル。
ニオ 23歳
スキル「家事」:炊事、掃除、洗濯、裁縫などのスキルが合わさった能力。家事に関する行動をする時、技術や身体能力が向上する。
スキル「索敵+」:半径200m以内の魔物などを感知する。特定の対象を思い浮かべる事で場所の特定も出来る。
見た目:茶色のロングヘアー、青色の目。
特徴:シュウの両親に幼い頃に助けられた事に恩義を感じ、メイドとして屋敷に尽くしている。屋敷の家事全般を担っている。シュウを弟のように慕っている。時々、それ以上の感情が出そうになる。
今回はここまでです。カイルは次にでも紹介します。戦闘シーンとか書きたいですね。強引な話の進め方をしてる時があると思いますがご了承ください。内容が少し変わることもあると思います。序章が終わるまで読んで頂けると幸いです。