ブルーベリー
双子 と言えるのかわからないが、生まれた時私には半身がいた。
ある時くじで私は贄に、片割れは贖罪を、私達は道を違えた。
何もわからず終生を迎える贄の方が幸せなのか、
贖罪を負いながら野山に放たれる方が幸せなのか、
そんなことはわからなかったが、私は贄になり、そして、首を刎ねられ、捧げられたはずの私は、
この海辺の町にやってきた。
穏やかな気候で人の少ない美しい町。
ふと気付いた時には私はこの町にいて、見知らぬ老女に何者であるのかとどこから来たのかと問われた。
私は「山羊です」と答え、どこから来たのかはわからなかった。
この町で私はヤギさんと呼ばれている。
ある時別の老女に下の名前を聞かれ、その頃にはこの町での暮らしに少し慣れていた私は「贄です」と答えた。
人にはみな上の名前と下の名前があり、上の名前は家族を表すということ。下の名前は個を表すということ。それがわかっていたので、であれば私は贄である、と正直に答えたのだった。
この町は老人が多くみな親切で、今は小さな白い家に「山羊にえ」と表札がかかっている。
山羊宛に届くものもなく、表札はかかっているが水道代や電気代それにガス代は知らないミツヤキザブロウ宛てて届く。
どうやらこの家の持ち主の名前であるらしい。
私はいつの間にか現れ、少しづつ暮らしに慣れ、ミツヤキザブロウ宛ての請求を支払うべくちょっとした仕事をしている。
小さな雑貨屋の店番だ。
はじめに声をかけた老女、彼女はヨシというのだが、ヨシの紹介ではじめた仕事で今ではヨシの娘であるマリコが雇い主である。
朝目覚めると、水道の蛇口をひねりコップへ水を注ぐ。マリコのすすめるままに庭でとれたハーブとレモンを入れて水を飲む。
冷蔵庫を開け卵とハムを食べる。たまにパンも食べる。
それが終わったら歯を磨き簡単に身支度を済ませたら雑貨屋へ向かう。
雑貨屋までの道は細く長く私の足で三十分ほどで、穏やかな気候なのでこれといった苦労もなく特に春も終わりより暖かになる今頃は日差しが美しい緑を輝かせているのが目に入る。
店へつくと甘い匂いがして、クンと嗅ぐと店先に小さな粒の果物があった。
マリコが「おはようにえさん」と笑うので私も「おはようマリコ」と答える。
マリコは常から笑っているような顔で何でもないことでも歯をカッと出し活気の良い感じがする。
小さな頃から変わらない並びの良いマリコの歯を見るのが好きだ。
「見て、今日はブルーベリーが入ったよ」
小さな粒はブルーベリーというのだと知った。
去年町で唯一の八百屋の店主の身体が弱り、今年から野菜や果物も店で扱うことになったので今まで気にもとめなかった果物の生物を覚えた。
ブルーベリーはほのかに甘い匂いとは裏腹に黒ずんだ見た目でどこかぱつとしない印象だ。
「にえさんは食べたことある?」
「ないわ」
「じゃあ一パック持って帰りなよ。仕入れてはみたもののこの町でこんな洒落たもの売れるのかなぁ」
「ありがとう」
「味の感想教えてね!私はこれならジャムでいいかなって思っちゃった」
ブルーベリーは洒落たもの。と覚えた。
店番を終え、私は土産のブルーベリーと一緒にブルーベリーのジャムを買った。
パンにつけて食べるものらしい。
私の生活にこうやってふと新しいものが入ってくる。
家に帰りブルーベリーを口にすると甘酸っぱく少し薄い味がした。
ジャムもひと匙口にするとそれはとても甘く、マリコのいうジャムでいいの意味が伝わった。
ジャムの方が随分しっかりした味がするもので、私はその迷いのない味になぜだか感心した。
そしてジャムと比べて曖昧で所在無さげな小さな粒を可愛らしく思った。
ジャムの瓶にはオレンジ色の旗に、ジャムの銘柄と「今、幸せ?」と書いてあった。
私が「今、幸せ?」と小さな声で呟くと声が遠く遠く夜にこだまするような気がした。
離れ離れになった贖罪山羊のことを想った。今、幸せ?だろうか。贖罪山羊は幸せになれるのだろうか。私はこの町の暮らしが幸せなのだろうか。
随分遠くへ、丁寧に時間をかけて、私は来てしまった。
遠く遠くの夜に今も贖罪山羊は流離っているのだろうか。
窓の外の闇を見ながらジャムの蓋を閉めた。
匙を洗い夜の身支度をして眠りについた。
私は夢を見ない。




