その6
雨は止み、雲の切れ間から眩しいばかりの陽射しが漏れていた。
「はっ」
「あ、起きた」
仰向けに倒れていたシャンカの隣に、真人が腰を降ろしていた。彼の右腕はやはり焼け爛れたまま。形容し難い色になっている。服は、地面に放り出したままであった自分のバッグから取り出した適当なTシャツを着ている。
「……私は……生きていたのか」ゆっくりと上体を起こしながら、シャンカは意識を覚醒させていく。「で、君は何故まだここにいるんだ?」
「何故も何も。道端に放ったらかしにするわけにもいかないだろ。っていうのは建前で。訊きたいことがあるんだよ。魔法使いとしてのお前に」
「魔人に関することか」
「そう」
「魔人を完全に解放する方法か」
「それ」
「あのなあ……それを私が知っていたとしても、おいそれと君に教えると思うのか? あの魔人を解放することで私が被るのはデメリットだけだってことは重々承知のはずだろうが。まさか。命まで取らなかったんだから、その代わりに教えろとでも言うつもりか?」
馬鹿にしてくれるなよと言わんばかりの形相で睨むシャンカに、真人は苦い顔を見せる。火傷の軽い方の手でぼりぼりと頭を掻き、シャンカへの非難を交えながら釈明する。
「どうしてそう、ひねくれてんだよ。教えられないってんならそれでいいよ。仕方ない。ハナから期待なんてしてなかったから。ただ、あんまりにも手掛かりがないから、こっちは藁にも縋りたい気分なんだよ」
「ふん。なら、潔く諦めることだ。残念だったな。……まあ、魔人を解放する方法を教えられん代わりに、その右腕は治してやっても構わんぞ」
「え? いいよ、別に」
シャンカへの不信感からではなく、純粋に日本人的な遠慮で、彼の申し出を断る真人。
「本当にいいのか? ただの火で出来た火傷じゃないんだぞ? 普通の医術や自然治癒で治ると思ってるのか? 魔法の力を借りん限り、一生そのままだぞ」
「マジかよ」
「当然、マジだ。治癒は本来私の専門外なのだが、蛇は医師の象徴でもあるからな。簡単な治療ならば、出来ないこともない、と思う。実際に使う機会がなかったから確証はないが。どうだ、試してみるか?」
「なんだよ。要するに俺を、お前の魔法の実験台に使わせてくれってことじゃんか」
「たまに察しがいいな。まさしくその通りだ。結果を見届けられんのは残念だが」
「……わかったよ、やってくれ。どうせ何にもしなきゃあ治らないんなら、多少のリスクは伴っても一縷の見込みに賭けた方がいいや」
「ふむ。では少し待っておれ。blanka resanigi serpento」言って。男はその手から白く幽霊のようにぼやけた蛇を生み出した。次に彼は「metamorfoziu, ideala bildo」と唱えた。すると蛇は、くたっとした六メートルほどの布切れに変わる。「これを包帯代わりにして腕に巻いておけ。上手くすれば、一週間ほどで完治するだろう。それまで、新しい物に替える必要はない。風呂に入る時も巻いたままで大丈夫だ」
「おう、便利な物をありがとさん」受け取った魔法の布を右腕に巻き始める真人。「これからどうするんだ、お前は」
「そうだな。もう一度、自力で世界の壁を越えるという神秘に挑んでみるか。たとえそこへ辿り着けなくとも、その過程で得た力をもって君に再戦することも出来るしな」
「そっか。懸命過ぎて割り込む余地もない判断だな。頑張ってくれ。出来れば、自力で何とかする方向で。ぁ」
頭の上に電球の光でも灯ったかのように。或いは、背景に稲光でも走ったかのように。唐突に何かを思い出した真人が、小さく声を出す。小さくとは言っても、すぐ隣りにいるシャンカの耳には容易に届いた。だから訊ねる。
「何だ、突然」
「ひとつ気になってたことがあるんだよ。お前が言ってた、『上書』への対処方法ってなんだったのかな、と思って」
「ああー……あれか」確かにそんなことも言ったな、と。じわじわ思いだしながら、シャンカは言葉を続ける。「ただのハッタリだ。君のような馬鹿相手になら通用する確信があった。それでも、まさかあそこまで簡単に嵌まるとは思わなかったが。だいたい。世界も越えられない凡な魔法使いが、魔人の魔法を退けられるわけないだろ」
「お前、本当に碌でもない嘘吐きだな! やっぱりこの包帯も不安になってきたぞ!?」
真人は懐疑的な目つきで、巻き終えたばかりの包帯に手を掛ける。
「安心しろ、その包帯に危険はない。もし何か裏があって渡した包帯なら、巻いた瞬間に死ぬとか、魔人の居場所を吐かせるとか、そういう仕掛けを施しているはずだろうが。発信機代わりにするなんていう、回りくどいことをする必要もないのだし」
「そりゃあもっともだけど。説得力がないんだよな。オオカミ少年の理屈で。そもそもこの火傷だって、本当に魔法じゃなきゃ治らないのか?」
疑念は疑念を呼ぶ。嘘つきは何を言っても信用されないことの典型。馬鹿みたいに素直な真人ですら、今やシャンカを普通の感慨では見られなくなっていた。それも仕方のないことだと理解しつつ、シャンカは、
「ふん。信じられないのなら勝手にするがいい。さっさと捨てて、右腕を腐らせろ。どうせ殴るぐらいか使い道のない腕だろ」
と、意地悪く吐き捨てる。
「なんだよそれ! 闘いには勝ったはずなのに、立場は完全に俺が下になってるじゃんか」
「試合に勝って勝負に負けたというやつだ。よくあることじゃないか」
「確かに〝よくあること〟だけど、〝よくある嫌なこと〟じゃんか! 慰めにもならん」心を疲弊させた時に出す溜息を吐き、真人は額を抱える。抱えつつも言う。「でも、この包帯のことはとりあえず信じとく。『貰い物に難癖つけるな』って、親父からもよく言われたしな。たまにイイこと言うんだよ、うちの親父」
「たまにしか言わんのか?」
「たまにしか言わないんだよ。くっだらないことはしょっちゅう言うくせに」
父との、特に思い入れのない記憶の幾つか(『タツノオトシゴが魚なのは納得いかん』論争等)を回想しながら、真人がぼやくが。
「じゃあ、君と変わらないじゃないか。親子揃って残念なんだな。可哀相に」
シャンカは冷たかった。
「うるさい! ったく。魔法使いは皆、お前みたいな皮肉屋ばっかりかよ」
「まさか。確かに私は碌でなしの皮肉屋かもしれんが、かと言って魔法使いが皆、私のようかと言えばそうじゃない。中には、お前と同じくらい素直で、魔人のように心優しい奴だっているさ。あの魔人の話からもそれは知れただろう?」
「はあ? あいつから教えられたのは、〝魔法使いの汚い部分〟だけだった気がするぞ。どっちかっつうと」
何せ。ランプを巡った魔法使いと言えば、猫も杓子も彼女の力を目当てに殺し合いを重ねた連中。それが真人の認識だった。一見間違いのないようにも思えるが、彼は大事な一点を見過ごしていた。
「落ち着いてよく思い出してみろ。魔人は自分のために魔法を使うことは出来ない。そのことは君も知っているだろう?」
「いや知らなかったけど。でもまあ、そりゃそうだろうな。主の願いを叶える時だけ、必要に応じた魔法を使えるって話だったから。ふわああ」
欠伸。
「…………ああ、その通りだ。そしてそれは『上書』も例外ではない。奴が『忘却』の魔法を使えるのは、主に『何某の記憶を上書きしろ』と言われた時か、主の願いを叶えるために魔法を使っているところを無関係な人間に見られた時だけだ。ならば、奴が自分で自分の記憶を『忘却』させたのは、前者と後者のどちらのケースだと思う?」
「そりゃあ、前者に決まってるよな」真人は答えながらハッとする。驚くべき事実に気付かされ、言葉を紡ぐ。「ってことは」
シャンカは真人の言葉に頷く。
「そうだ。奴が自分の忌まわしい記憶を『上書』させられたのは、いつかの主が奴のために自分の願いを一つ消化したということだ。そういう魔法使いもいるのだということを、覚えておいて欲しい。もっとも、そんな一時的な記憶喪失なんぞ単なる気休めに過ぎんがな」
「わかったよ。お前とはまるで対極な魔法使いもいるってこと、よく肝に銘じておく」
「ほう、君にも皮肉が言えたのか。筋肉直情馬鹿のクセに」
「うっさい! 武道家皆が、俺みたいに馬鹿ってわけじゃないんだ! よく覚えとけ!」
「そうだな。肝に銘じておこう」
「銘じる気ないだろ。絶対」
皮肉と皮肉の応酬。どちらともなく、くっくと言う笑いが漏れ始める。
「さてと。じゃあ、私はそろそろ行くとする。君はまだここに座ってるのか?」
「んー、なあんか身体がやけに重いんだよ。まだ動く気がしない。〝地面の下から誰かに腰を掴まれてる〟ような感じだ。もうちょっとここでへたり込んどく」
「そうか……なるほど」真人の言い分に、シャンカは心得顔でにやりと笑う。「そういうことなら、邪魔者はさっさと退散するとしよう。今度こそ本当にさらばだ。願わくば、もう二度と会いたくないものだな」
「本当にな」
そして魔法使いは立ち上がり、武道家に背を向けゆっくりと歩き始めた。その姿が武道家の視界から消えるまで一度も振り返ることなく、彼はその場を後にした。
「邪魔者?」
「よいしょ、っと」シャンカから遅れること数分。ようやく真人も重い腰を上げた。
――そろそろ行くか。とにかく、親父を探さないと。
尻の砂を払い、ボストンバッグを肩に掛けた真人が第一歩を踏み出そうとしたその時。
「やあ!」
不意に。背後から耳許で叫ばれる。
「っ!! え? あ!」
振り返った真人の目に映ったのは。男とも女ともつかない中性的で整った顔立ちで、金髪を末広がりのシャギーボブにした青年。見た目だけなら、歳は二十代半ばか。服装は、空色のジーンズに紺のカットソー(『Sex is nonsense!』の文字が胸の部分に刺繍されている)。小さな鍵が一つ付いたネックレスをして、右手には琥珀色の指輪を嵌めている。
突如現れたこの青年のことを、真人は知っていた。
「一日振りだね、真打真人君!」
「……そうですね、主催者さん」大会主催者。青年は紛れもなく、真人が、ランプの入った件のトロフィーを獲得した大会の主催者件司会者であった。特徴的だったサングラスはしておらず、髪型も異なっているが人相は違いない。「いつからそこにいたんですか?」
「敬語は使わなくていいよ、面倒だから。で、質問に対する答えだけど――いつから? ずっとだよ。あの大会が終わった瞬間から、僕はずっとここにいた」
「いやいや、さっきまでいなかったじゃん。今、急に現れたようにしか思えないけど」
言われて早速敬語を封印した真人は、同時に遠慮まで封じて質問を重ねた。ある意味ではかなりの順応力を見せた真人に、青年は答える。
「今急に姿を現したってだけだよ。魔法で姿を消していただけ」
「ふう、ん? 魔法? ってことはやっぱりお前は、ランプが予想してた通り」
「そ。僕は『管理者』、あるいは『管理人』と呼ばれる存在だよ」
管理者。文字通り魔人を管理する者。ランプやシャンカの言葉によれば、文句なしに最高峰の魔法使い。何せ彼はすべての魔法使いを統括する管理人でもあるのだ。
「『管理者』……で、名前は?」
「名前に意味なんてないよ。僕を呼ぶ時はただ『管理者』とだけ呼べばいい」
「そういやあ、大会の時もずっと主催者って呼ばせてたな。シャンカといいお前といい、魔法使いは本名で呼ばれるのを嫌うもんなのか?」
「嫌うというか何というか、色々あるんだよ、色々とね」
「あっ、そ。ところでお前、俺とシャンカの闘いもずっと黙って見てたんだろ? なんでまた今更出て来たんだよ。何か用か?」
「勿論。用があるから出て来たんだから。ま、まずは話を聞いてくれ。僕はね、今回があの魔人にとって最後の召喚になるだろうと予感していたんだよ。だからこそ、その行く末は出来るだけ成り行きに任せようと決めていた。手出しする気はなかった」
「なかった?」
管理者の言が過去形だったのが、真人はやけに引っ掛かった。
「うん。なかった。なかったんだけど……いやあ、君と魔法使いの闘いを見たら感動しちゃってさあ! しかもしかも。結果としては君が勝っちゃうだもんな! 純粋な人間がガチで魔法使いに勝つなんて、そうそうないんだよ? そのご褒美でと言うかなんというか、僕が魔人に代わって君の願いを一つだけ叶えてあげよっかなあ、って気になったわけさ!」
唐突にテンションを上げた管理者は、興奮気味にそう述べる。
「マジでか? じゃあ、ランプを自由にしてやってくれよ」
迷いない即決。が。
「ブー! 叶えてあげよっかなあ、って気になっただけで、本当に叶えてあげるとは言ってません! 残念でしたあ!」
「なんじゃそりゃ! ぬか喜びさせやがって、この男女!」
「なっ! そっちが勝手に期待したんじゃないか、この男男!」
「なんだと、このガリガリ!」
「なにおう、このゴリゴリ!」
「ゴリゴリ!? せめてムキムキって言え、金髪!」
「どっちだって一緒だ、黒髪!」
「長袖!」
「半袖!」
…………。
……。
意味のないやり取りはしばらく続く。
「はあっ、ひはあっ」
「ふうっ、あふうっ」
小学生並の口喧嘩に疲れ、やがて二人は言葉もなく、荒い息を吐くだけになっていた。
「ま、まあ、不毛な言い争いはこれぐらいにしよう。そろそろ本題に入らないと。結局、お前がどうして姿を見せたのか、まだ聞いてなかったし」
「そ、そうだね。すっかり忘れるところだったよ」呼吸を整え、続ける。「僕が君の願いを叶えるというのはやっぱり無理だけど、ただ、君が自分自身の願いを自力で叶えるための大きな手助けぐらいはしてあげよう」
「手助け? わっかんないなあ。はっきりズバッと言ってくれよ」
「ランプを解放する方法を教えよう」
「な! それを先に言えや!」
「言おうとしたら君が僕のことを男女とか言うから、あんなことになったんじゃないか」
「すんませんでした!」恐ろしく正しい姿勢で頭を下げる真人。切実。「全部、俺が悪かったですから、どうかランプを解放する方法を教えて下さい! お願いします、先生!」
「誰が先生なんだよ。でも、んー、ま、いいか。そこまで言うなら許してあげるよ」満更でもない様子の管理者。余裕。「その方法って言うのは、実は恐ろしく簡単なものなんだよ。僕に聞くまでもなく、誰でも自分で思い付けるほど。ただ……もし思い付けても、机上の空論だと勝手に結論づけてしまう輩が大半なんだけどね」
「勿体ぶらずに教えてくれよ」
「魔人の願いを利用するだけだよ。自由になれって、命令してやればいい」
「え?」
あまりにあっさりとしたその方法に、真人は一瞬耳を疑う。
――え、だってそれは確か――。
「いやいや、待てよ。それは駄目だってランプが自分で言ってたぞ。何だっけ? 無限に続く願いは叶えられないとか何とか言う制約のせいで」
「確かに。魔人は、無限に続く願いを叶えることは出来ない。でも。逆を言えば、期限さえ設ければ問題ないわけだ」
「ええ??」
真人は混乱している。彼の様子を見て、管理者は苦笑しつつ話を続ける。
「無論。その期限は、何でもありとはいかない。〝将来的に起こる可能性がゼロな事象〟は期限として認められない。それじゃあ結局、無限と同じだからね。当然だ。でも逆に言えば、将来的に起こる可能性がゼロでさえなければ、有限のものとして認められる」
「? あー、えっと……それはつまりどういうこった?」
まるで説明を理解出来ずにいる真人に、さすがの管理者も呆れ顔で嘆息する。
「理解力が昆虫以下だなあ。ここまで言ってあげれば、よっぽどの馬鹿じゃない限りは分かるよ。ああ、君はその〝よっぽどの馬鹿〟だったっけ」
「とうとう頭に〝よっぽど〟まで付いたか」
真人も流石にちょっとへこむ。管理者は気にも留めない。
「仕方ないから、君が知りたい部分に絞って話を纏めるとするよ。要するに、魔人を解放したければ、〝意図的に起こすことは可能だが、偶発的には起こり得ないこと〟が起きるまで、を期限に設定すればいい。僕を主人と仮定した場合の模範解答を一つぶっちゃければ、『אברא כדברא 僕がこの手で猫を百匹殺すまで、お前は器を離れて自由になれ』とか」
「なんか、物騒な例えだな……」
「いやあ、むしろすごく平和的だよ。だって僕、猫大好きだから。一匹だって、わざと猫を殺すなんてあり得ないもの。そう、可能ではあるけど、あり得ない」
「へえ……って、とんちかよ! ズルじゃないのか!?」真人の抗議はもっとも過ぎた。「なんか、これと似たようなやり取りが、十年ぐらい前にもあった気がする」確かにあった。より正確には、十年と十一ヶ月前に。「でもさ、その例えだと、お前が死んだ瞬間に〝将来的に起こる可能性がゼロ〟になるから、やっぱり駄目ってことにはならないのか?」
「馬鹿な癖に変なところには気が付くんだねえ。でも、それは無用な心配だよ。あくまでも願いを叶える瞬間において〝将来的に起こる可能性がゼロ〟でなければいいんだから」
「じゃあ安心だ。でも、なんだってそんな方法をわざわざ裏道扱いにして残してるんだ?」
素直に永遠の願いも叶えられるにすればいいのに。真人は思わずにいられなかった。
「それはあれだよ。魔人の創造者達が自分で魔人を使う時用の措置だね。市販製品の開発者が自分用に裏コードを仕込むようなものさ。優越感と、有象無象の魔法使いがあんまり好き勝手な願いを言わないようにという枷との、両方の意味合いがある」
「ふうん。でも、なんだってお前は俺にそんなことまで教えてくれるんだ? ルール違反になるんじゃないのか? 管理者としては」
「本来ならね。でも、今回は既に色々とイレギュラーが起こってるし、何より、君なら大丈夫だと思ったんだ。永遠に続く願いが叶えられると知ったところで、君の気持ちは変わらないだろ? 必ずや探索の魔人を解放するはずだ」
「買被りすぎじゃないか? 会って何日も経ってない相手を」
「買被りじゃないよ。だって……母親が息子を信用するのは当然でしょ?」
「え……じゃ、じゃあ、あなたが、行方不明になってた僕の……?」
真人の声が、足が、震えている。
「今までゴメンね」
管理者の目から光るものが零れる。
「お母さん!」
「真人!」
ほとんど同時に、互いに駆け寄り抱きしめ合う二人。
「……で、もういいか? この寸劇」
「うん、満足」
真人の母親の一人称は僕ではない(ちなみに、そんなに若いわけもない)。
「まったく。何がしたいんだよ。お前、ちょっとだけ俺の本当の母さんに似てるから、なまじ冗談にもならないぞ」
「世の中には同じ顔の人が三人はいるっていうぐらいなんだから、ちょっと似てるってことぐらいよくあることだろうに。まあそんなことはさておいて。僕が君のことを気に入ったんだから、それでいいじゃないか」
「それもそうだな。とにもかくにも礼を言わないと。ありがとう。これでランプを自由にしてやれる。そのためにはまず、親父を探さなきゃならないけど」
「あー、そのことなんだけど。君のお父さんは、探索の魔人をとある人物に預けたらしいよ。なんでも、日本にいる、茉莉花っていう、君の昔の知り合いに」
「茉莉お姉ちゃ……いや、茉莉花さんに? どうしてまた……ってか、なんでお前がそんなこと知ってんだよ」
「君とあの魔法使いが闘っている最中に、君の携帯電話に連絡があったんだよ。勝手に鞄から取り出して、僕が代わりにその連絡を受け取っておいた。君のフリをして」
「お前、何勝手なことしてんの!?」
「いいじゃないか。携帯はちゃんと元の場所に仕舞っておいたから」
「そういう問題か!?」怒りこそないものの、呆れやら驚愕やらで叫ぶ真人に対し、管理者はどこまでもマイペースであった。普段ならボケ(ほぼ天然)に回る機会の方が多い真人の調子が完全に狂わされている。「はあ、もういいや。茉莉お姉ちゃんに会うのは辛いけど、とにかく日本へ帰って、さっさとランプを解放しないと」
「そうだね、帰った方がいい。日本に――だけではなく、日常へも」さきほどまでと打って変わり、シリアスな口調で管理者は言葉を紡ぐ。「ここで君に残念なお知らせがある。一度でもこっちの世界に足を踏み入れた以上、いずれまた、魔法使いや何やらという波風が君の頬を撫でるだろうことは避けられない。だけど、だからと言ってわざわざ自分から首を突っ込むこともない。積極性を発揮するのは己の同業者(武道家)相手だけにしておけ。だからとりあえずは日常に帰れ。そして」一呼吸。「日本に帰れ」
「ああ」二呼吸。「そのつもりだ」決意は変わらず新たになった。「でも泳いで帰るのはちょっと厳しいかもな。この火傷だし。真水ならともかく海水はキツイ」
「……泳いで帰る気だったのか」




