その3
目を開けた真人の目に飛び込んできたのは、ランプの顔のどアップであった。
真人の腹の上に乗っかり、彼の顔を覗き込んでいたランプが言う。
「おはよう」
「ん? おう、おはよう。今何時だ?」
「もうすぐ一時だよ」
「もうそんな時間か。じゃ、飯食いに行くか。一階に食堂があったはずだ」
「うん! 行こう行こう!」
嬉しそうに言うと、ランプは真人の上から――同時にベッドの上から――ぴょんっと飛び降りた。対して。ゆっくりと身を起こしてベッドから降りた真人は、昨日は見られなかった、ランプの子供じみたはしゃぎように、聊かの違和感を覚えていた。
「やたら元気だな。そんなに飯食いに行くのが嬉しいのか? 滅茶苦茶腹減ったとか?」
「そういうわけじゃないけど、そもそもお腹は空かないけど。昨日、マサトに怒られて泣いちゃってから吹っ切れちゃったみたい」
「吹っ切れた?」
「うん。諦めるの止めにしたのから」
「諦める?」
「うん。あ、あのさ! 願い事叶えるの、やっぱり、ヤメにしない?」
「あん? なんで?」
突然の申し出の真意が分からず、真人は素直に訊ねる。
「だ、だって、願い事三つとも叶え終えちゃったら、もうマサトと会えなくなるし……。一緒にいてこんなに楽しい人に当たったの、久し振りなんだもん。別れたくないよ」
「……昨日今日で、楽しいようなことあったっけ? 碌でもないことはあったけど」碌でもないこと。当然、盗賊騒動のこと。「それにしても。願い事三つとも叶え終えたら、お前とも離れ離れになっちまうのか。考えてみりゃ当たり前か。次の主人んとこに行かなきゃならないんだもんな」
「う、うん。まあね」
ランプが俯き頷く。歯切れ悪く。
「おいおい、そんな顔すんなよ。ちょっと確認してみただけじゃんか。お前の意思は尊重するよ。それに、折角知り合ったのに二度と会えなくなるってのは、俺も寂しいしな」
「じゃ、じゃあ!」
ランプが顔を上げる。希望が差し込んだ表情を見せる。
「おう。願い事云々はヤメだ。元々、叶えて欲しい願いがあってお前を呼びだしたわけじゃなくて、ただの偶然だったんだしな。それに、魔人を呼びだした人間が魔人の望みを叶えるってのも逆転的で面白い。但し! 明日からでも修行は再開する気だし、旅も、切っ掛けがない限りは止めない。ずっとお前にだけ構ってはいられないけど、本当にいいんだな? はっきり言って、一緒にいて楽しいなんて思えるのは、今の内だけだと思うぞ。俺自身はそんなに面白い人間じゃないからな」
「そんなことないよ! 面白いよ、マサトは面白いよ! 愉快な人間だよ!」
「褒められてるのか馬鹿にされてるのか分かんねえ」ランプに悪意がないことは明らかであったが、釈然とはしなかった真人が、少し意地悪く言う。「まあ、俺に飽きりゃあ、また改めて別の主人を探しゃあいいだけだしな。とりあえずそれまではよろしく、ってことで」
「あ、飽きるだなんてあり得ないよ! 心配なのはむしろ、マサトがわたしのことを鬱陶しく思って捨てちゃうことだよ。これからはちゃんと言うこと聞くから、見捨てないで!」
ランプは必死。半日経って忘れかけていた真人の怒声を思い出してしまって。そんな彼女の様子に、真人は思わず苦笑する。
「俺は鬼か悪魔かよ。信用ないなあ。俺が自分の事情でお前を放棄するなんてことはあり得ないって。というか。約束した以上、今度は、最後まで面倒見させてくれ」
「今度は?」
どこか寂しげな表情を浮かべる真人に、言い知れぬ哀愁を感じたランプは訊ねるが、真人は「いや、こっちの話」と曖昧に誤魔化し、次の言葉を続ける。
「まあ、俺も最初はお前の言ってることなんて全く信じてなかったんだし、お相子と言えばお相子か。よし。じゃあ、指切りでもするか」
「え? ヤクザ?」
「本当に指切ってどうすんだ! ……ったく。ほら、こうやって小指出してみ?」
「こ、こう?」
真人が右手を指切りの形にして突き出したのを真似て、ランプも自分の右手の小指を差し出す。おっかなびっくり、おずおずと。真人は彼女の小指に自分の小指を絡める。指切りの仕方を知らないランプの小指は、真っ直ぐに立てられたまま、彼女のそれの倍ほどある真人の小指で軽く締められた。
「指切り拳万だ。これで、俺が約束を破ったらお前は俺を一万発殴ってもいい」
絡めた指を離しながら、真人が宣言する。
「マサトを一万発殴っても、痛くなるのはわたしの手だけで、マサトにはダメージゼロな気がするんだけど……」
彼の厳つい体つきを知る者としては、もっともな意見であった。
「いいんだよ。こういうのは形が大事なんだから。とにかく、女の子と指切りまでして約束した以上、俺はそいつを破らない」
「本当に絶対マジで?」
「本当に絶対マジで命懸けてだってば。だからもう、いちいち俺の顔色を窺うように喋るのはやめてくれ。さあ、飯食いに行くぞ。喋ってたら俺も腹減ってきた」
「うん!」
鞄から早々と財布を取り出し、その中に入れていたカードキーを抜き出しながら部屋の出入り口に向かって歩き出した真人の後を、ランプが早足で追い縋る。
「しっかし、お前の知識はどういう偏り方してるんだよ。たこ焼きとヤクザは知ってて、指切りは知らなかったのか?」
自分とランプが部屋の外に出てから、扉を閉めながら真人が訊ねる。
「前のご主人さまが、たこ焼き好きなヤクザの魔法使いだったの」
「やばい。どんな人かすごく気になる」
カードキーが通された。
昼食時間のピークを過ぎ、埋まった席と空いた席とが半々ほどになったレストラン。店員に案内されて、向かい合う小さな席に着いた真人とランプ。
「今更だけど、マサトの収入源ってなんなの? 修行の旅しているだけなのに、ホテルに泊まれたり、あまつさえそこのレストランで食事出来たり、言葉は悪いけど身分不相応だよね」
メニューを開いたランプは、全品が昨日のたこ焼きの十倍以上する値段設定に驚くのと同時に、それに物怖じしない真人に気付き、訊ねた。真人は答える。
「たまにはまともな日雇いみたいなところで働いたりしてるけど、大抵は〝まともじゃない〟仕事だな。賞金が懸かってる犯罪者をとっ捕まえたり、メチャクチャ胡散臭いけど金だけは持ってる道楽冒険家の冒険に同行したり。あとは、武道大会の賞金賞品か。そっちも、まともな大会じゃないけどな。賞金なら早いけど、賞品の場合はいちいちどっかに売って換金しなきゃならなくて面倒臭い。そういや、お前が入ってたあのトロフィーも大会の賞品だったな」
「あ、やっぱりまたそんな感じだったんだ?」
「〝やっぱり〟〝また〟?」
「わたしって、元々は『フラウィウスの闘技場』――今は確か、『コロッセオ』って呼ばれていたっけかな? とにかく。そこで行われていた闘技大会で優勝した人への賞品の一つとして創られたものだったらしいの。コロッセオが闘技場としての機能を失ってからも、色んな武闘大会の賞品になり続けているみたい。さっき言った人も、『全日本魔法ヤクザ選手権』――略して『魔ヤク大会』の優勝者だったんだよ」
「略称が洒落にならないな! どんな大会だよ! ……でも、なるほど。だから器とやらがトロフィーの形をしてたのか。でも、コロッセオで闘わされていたのって、主に奴隷や囚人じゃなかったっけ? 何年か前に寄ったことがあるけど、そう聞いたぞ? 賞品が出るような〝大会〟なんてあったのかよ?」
「…………闘技大会って言っても、戦士が自ら闘うような大会じゃなくって、貴族が自分の奴隷を闘わせる大会だったんだよ。だから当然、優勝して賞品を手に入れるのは、闘った人達じゃなくって、闘わせた人達だったの。当時はね」
「あんまり気分のいい話じゃないみたいだな。いや、ちょっと待てよ。コロッセオを作ったのも使ってたのも基本的には人間だろ? 貴族や何やら参加してる辺り、その大会も、基本的には人間の大会だったみたいじゃんか。どうしてその賞品が『魔人』なんてことになるんだ?」
真人は、抱いて至当な疑問をランプにぶつけた。『人間の人間による闘技大会の賞品に、魔法使いのための代物が用意される理由も過程も理解できない』と。
ランプは答える。
「魔法使いも、姿形は人間と変わらないからね。帝政時代のローマには、人間たちの中に紛れた魔法使いがまだまだいっぱいいたの。コロッセオの建設を進言したのも、わたしを創った魔法使い達の一人なんだよ」
詰まることなく、ランプはすらすらと答えた。予め予想していた返答に応じるかのように。「へえ」彼女の説明に、真人は大げさに感心してみせつつ、新たに質問を重ねる。「でも、参加者皆が皆魔法使いってわけじゃなかったんだろ? そういう奴が優勝しちまったらどうなるんだ? 宝の持ち腐れもいいところじゃないか」
「優勝した瞬間から二十四時間経ってもわたしを喚び出せなかった場合、自動的にわたしの器は『管理者』の手元に返っちゃうの。それは今も変わらないはず。マサトが例外なんだよ」
「管理者なんてのがいるのか、ふうん。じゃあ、ちゃんとした魔法使いがお前を手にして、願いを三つとも叶え終えたらどうなるんだ? 二十四時間以内に呼び出せなかった時と同じように、お前の管理者とやらのところに帰るのか?」
「うん、そうだよ。もう一度器に収まってからね」
「ふうん。でも、あの器は俺が昨日壊しちまったろ。今まではともかく、今回ばかりは勝手が違うんじゃないか? 仮に俺が願いを三つとも言い終えちまったら、お前はどうなるところだったんだよ」
「それは…………あ! そんなことよりわたしお腹空いちゃった! ウエイターさーん!」
「ハァイ! ショショウ、オマチクダサイ!」
強引に話を打ち切ったランプに、真人は(腹は減らないんじゃなかったのかよ)と思いながらも、それ以上の質問は避けた。
ウエイターはすぐにやって来る。
「オマタセシマシタ。ナニイタシマショウ?」
二人の席にやってきた中年のウエイターは、片言の日本語で応対する。
「わたし、奶汁烤虾仁[海老グラタン]お願いします」
「じゃあ俺は回鍋肉と麻婆那須、野菜ビーフン、肉まん二つ。あと、ご飯大盛りで」
真人とランプはメニューを開いたまま、それぞれ希望の品を指差して言った。二人の言葉よりも、彼らが指差した先からメニューを把握したウエイターは、紙にそれらをメモしていく。
「カシコマシタ。ショショウ、オマチクダサイ」
メモし終えたウエイターはそう言って一礼し、厨房へと戻って行った。
「そういや、今のウエイターさんで思い出したよ。お前、日本語上手いよな。あの町の長老さんよりもよっぽど流暢なぐらいだ。もしかして、どこの言葉でも話せるのか?」
「うーん……。話せると言えば話せるし、話せないと言えば話せないね」
「なんじゃそりゃ」
「願い事を叶える時、まず相手の言葉が分からないと話にならないでしょ? だから、どんな言語でも知っているってわけじゃなく、見知らぬ言語に遭遇した瞬間、その言語を自動的に把握できるようになってるの。時代性に合わせてね。ちなみに、一度把握して覚えた言語は二度と忘れないんだよ。すごいでしょ?」
そう言ってランプは、ありもしない胸を張った。得意気な顔をオマケに付けて。
「でもお前、魔法は『移動』と『探索』と『上書』と『変身』の四つしか使えないって言ってなかったか? どんな言語でも理解できるなんて、立派な魔法じゃんか。それとも、まさかそれも『探索』の内に入るってのか?」
ありそうな話ではあった。生粋のニューヨーカーに日本語で『自由の女神はどこですか?』と訊いても、その人が日本語を勉強していない限り、手掛かりは得られないだろうから。複数の言語を操ることが出来るのは、目的物の探索に不可欠な条件と言える。
だが彼の予想は外れていた。
得意気な顔を保ったままの少女が、ちっちっち、と指を振りつつ言う。
「違う違う。『言語把握』は『探索』の一片ってわけじゃないし、わたしが使える魔法は本当に四つだけだよ。そもそも『探索』の魔法は対象物或いは対象者を、手がかり一つで即座に発見するんだから、『言語把握』なんて必要ないの。この魔法はわたし自身の魔法じゃなくて、わたしを創った魔法使い達の魔法なんだよ」
「へえ。でもそれ、何だかんだで『探索』やら『変身』よりよっぽど便利な魔法だな。にしても、お前を創った魔法使いか。お前にとっちゃあ、父親か母親になるわけか?」
真人にとっては何気ない一言だった。その何気ないはずの一言に、ランプの表情が陰る。
「親、になるのかなぁ……。何せ何人もいるし、とりあえず三歳まで、盥回しにして育てられただけだし。その後はあの器に閉じ込めて――はい、さようなら。だよ? それ以来、一度も誰とも会ってない。そう言えば、管理者とも直接お喋りしたことはないし……。ちゃんとしたお父さんやお母さんがいるのって、羨ましいな」
「その一人が変態バトルマニアな上に、いい加減この上ない野郎だと大変だけどな。六歳の俺を人類未踏の地に置き去りになんかしてる以上、やってることは、お前を創った魔法使い連中と大差ないだろ」
「あははっ。それもそうかも。でも、何だかんだ言いながら、マサトって自分のお父さんのこと慕ってるよね」
ランプの言もまた何気ないものであった。
「俺があの親父を? 冗談やめてくれよ。そりゃ、親父が強いのは認めるし、武道家としては尊敬すらしてるけど。慕うってのはちょっとな。例の置き去り事件の後には、数えるぐらいしか会ってないし。考えてみりゃあ、親と言えるのかどうかも微妙だ」
「そんなことを言う割には、わたしに最初に頼もうとしたのは、お父さんを探すことだったじゃない。ちゃんと覚えてるんだから。『親父を』って言い掛けたこと。あれって、『親父を探してくれ』って言おうとしたんじゃないの? 今からでも探して来てあげようか?」
「何を言ってやがんだ。願いを叶えるのはヤメにしようって、さっき約束したばっかりだろうが」
「肝心なのは願いを三つ叶え終えないこと、でしょ? あと一回なら大丈夫じゃない」
ランプは無邪気に言う。まるで、真人が恥ずかしい勘違いをしていて、それを正そうとしているかのような口調で。家に帰るための電車賃には三百円必要だから、その三百円以外は使い切ってしまっても平気だという感覚。幼さ故か、彼女にはその手の危機感が欠如していた。先の盗賊との一件で、真人の言いつけを破って姿を現してしまったのも、この性質に由来するものであろう。だが。曲がりなりにも十一年と約一ヶ月間、世界中を旅して色々あり過ぎた真人はそうではなかった。危機感は常に抱いている。だからこう返答する。
「いや、本当にいいってば。一回分は、もしもの時のために取っとく。親父には、久し振りに組み手の相手でも頼もうとしただけだし。それに。放浪親父ぐらい、人間にだって見つけられる。魔法なんか使わなくってもな」
「ふうん。そっか、確かにそうかも。どうしても魔法が必要な時のために、余裕は残しておいた方がいいってことだね? 叶えられる願いが残り一つだけだと、それを叶えた途端にわたしは消えちゃうし」
「そういうこった。あ、待てよ? 今のでちょっと思いついたんだけど、お前を自由にするって願いは叶えられないのか? 『アラジンと魔法のランプ』が元になってるような話でよくあるじゃん。三つ目の願いで魔人を自由にする、ってやつ。それさえ叶えられりゃあ、〝うっかり願いを言っちまって、お前とさよなら〟って危険もなくなるんじゃ……」
真人は、自分がまだ日本にいた頃に、とある年上の女の子の家で見せてもらったアニメーション映画の結末を思い出してそう言った。如何にも、いいこと思い付いた、という風に。
しかしランプは首を横に振る。
「無理だよぅ。永続的な願いは叶えられないって言ったでしょ? 『わたしを永続的に自由にする』なんて願いは叶えられないの」
「ちぇっ、駄目か。やっぱりそう簡単にはいかないよな。でも、お前を創った魔法使いなんて連中がいたぐらいだし、お前を自由にすることだって出来るはずだ。これからはその方法も探しながら旅することにしようか。あくまで俺の修行のついでだからな! 別にお前のために旅をし続けるわけじゃないんだからな!」
甘やかし過ぎては駄目。かといって厳し過ぎても駄目。約半日でその二つを学んだ真人は、言葉を慎重に選び過ぎた結果、妙な言い方をしてしまう。まるで、突然降って湧いた娘への接し方に戸惑う父親のように。だが、そんな事情までランプに伝わることはなく、彼女は、ただ彼の口調を滑稽に思うだけであった。だから純粋に問う。
「どうしてツンデレ風なの?」
「? つんでれ、ってなんだ?」
「あれ? マサトと遭遇した時、準常用現代日本語として把握した単語なのに、肝心なマサトは知らないんだ。ま、色々と定義はあるみたいだけど、分かり易い例を一つ説明すれば、好きな子の前ではついツンとしちゃったり、かと思えば切っ掛け一つでデレっとしちゃうことらしいよ」
「?? !? 下ネタか!」
「一体何をツンデレと勘違いしたの!?」
「チュウモンモッテキタガ、ヨロシイカ?」
馬鹿馬鹿しい言葉の応酬を終わらせたのは、先程二人の注文をとったウエイターより幾分か若いウエイトレスであった。
食事を終えた二人は、チェックアウトの時間までを部屋で過ごした。
「さあて! 飯は食ったし、歯も磨いた。服は着替えて、荷物もまとめた。腹ごなしも済ました。三時過ぎたし、そろそろ行くか」
「遊園地へ?」
「違うわ! いつそんな話が出たよ!? お前を自由にするための手がかりを探しに行くんだろうが。あ! いや! 別にそれが最重要目的ってわけじゃないからな! あくまで分かり易い目的が一つ出来たから、それを優先するってだけの話だ」
「やっぱり、ツンデレだね」
明らかに取って着けた真人の言葉に、ランプは笑いながら言う。彼女の言い分に、真人は咳払いを一つして返す。
「下ネタはやめなさい」
「下ネタじゃないってば! もう!」二人の会話は、常識的な人間という第三者がいなければまともに成り立ちそうにない域にまで達していた。「……で。行くって言ったって、具体的にはどこへ? 手がかりも何にもないよ?」
「手がかりがなけりゃ、手がかりから探すまでだ。お前、この辺で魔法使いの知り合いとかいないのか?」
「無茶言わないでよ、前回わたしが呼び出されたのは、少なくとも三十年以上前だし、日本だったし……。『探索』を使えば一人ぐらいは見つけられるだろうけど、そんなことで貴重な一回を使うわけにはいかないんでしょ? その魔法使いがわたしを解放する方法を知ってるかどうかなんてわからないんだし。かと言って、この辺で知り合いの魔法使いなんて――あ」
「なんか心当たりがあったか?」
漫画キャラのように口に手を当て大仰な反応を示したランプに、真人は期待を込めた声で訊ねた。するとランプは、そんな彼に嘆息し、やれやれと首を左右に振った。そして少し冷めたような声で訊ね返す。
「いや、心当たりがあるのはむしろマサトの方じゃないの?」
「あん?」
真人は首を捻る。『なんのことだ?』と言わんばかりに。悪気なく。
いよいよ苛立ってきたランプは地団駄を踏む動きを見せてから叫んだ。
「もうっ! 鈍いなあ! それとも馬鹿なのかなあ!」
「うるさい! どっちもだ!」
「大声で言い返すようなことじゃないよそれ!」
少なくとも威張って言うようなことではない確かである。
……………………。
………………。
「なるほどな。一番の手掛かりは、お前の器が賞品になってた大会ってわけか。言われてみりゃあ、確かにその通りだな。あの大会の主催者が、お前の管理者である可能性は高いんだし」
ははは、と頭を掻きながら、呑気な様子で真人は言う。ランプは溜息を吐いている。ホテルを後にした二人は、半日前に歩いて来たばかりの道を逆戻りしていた。今にも雨が降り出しそうな曇天の中、件の大会が行われた闘技場へ向かうのを提案したのはランプ。
「普通は気付くよ。盗賊の一件では、見た目よりずっと聡くて鋭い人なんだなあ、とか思ってたのに。見た目通りのアンポンタンだったなんて、ちょっとがっかり」
「俺の見た目がアンポンタン!? 酷い言い様だ。昼飯前の殊勝なお前はどこへ行っちまったんだよ。あれは、今までも何度か似たような経験があったからピンと来たんだ。俺は学べる馬鹿なんだよ」
「……ツンデレ」
「下ネタはよせ」
「学べてないじゃん」
ランプは再び深く嘆息した。しかし真人は気付かず気にせず、次の言葉を紡ぐ。
「それにしてもよお、大会があったのは昨日だぞ? あの主催者兼司会者さんが本当に管理者かどうかはともかく、まだ同じ場所にいるとは思えないんだけど」
「でも、何か手がかりはあるかもしれないでしょ? それを元に『探索』出来るじゃない」
「おいおい、だからそれは――」
「他の魔法使いならいざ知らず、管理者を探すという目的ならやってみる価値はあるよ。だって、もしわたしを解放する方法があるんなら、それを知っている可能性が一番高いのは管理者だもん。逆に、もし管理者が知らないって言うんなら、そんなものは存在しないってことになるんだろうけど」
「その前に。お前を解放する方法を管理者が知ってたとしても、それを素直に教えてくれるのかどうかが問題じゃないか? あっちは当然、俺が魔法使いじゃないってことも分かった上で見過ごしてるんだろうに、この上こっちに良くしてる保証なんてありそうにないぞ?」
「あ、そうか……。どうしてそれを考えなかったんだろう」
ランプの表情が陰る。現在の空模様と同じように。一抹の不安に全霊が向かっていることが窺える。流石のアンポンタンも、彼女の憂心に気付く。
「なあにまた暗い顔になってんだよ。どうやってもお前を解放する手段がなかったら、そん時はそん時だ。三つ目の願いは絶対に使わないよ。解放出来るに越したことはないけど、絶対にしなきゃいけないってもんでもないんだろ?」
「え。あ、ああ。うん、そうだね」
ランプの顔はますます暗くなった。




