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争人  作者: 直弥
第一話「ランプ」
3/17

その1

 人っ子一人おらず、拳二つ分ほどの大きさの鼠だけがチョロチョロと動き回り、申し訳程度に生えた雑草を齧っている。そんな荒野を、優勝賞品であるトロフィーを脇に抱え、汗と砂にまみれたシャツを着て、膝小僧の辺りが破れかぶれになったジーパンを穿き、ぱんぱんに膨らんだロングボストンを持った少年が歩いていた。

「暑っちいなあ......。まだ六月だってのに」

 伸び切った襟を扇ぎ、少しでも自分に風を送ろうと努力する少年。だが実際のところ、四十度近くまで上がった気温は、気持ちばかりの微風でどうとなるわけでもない。むしろ無駄な運動によってますます発汗し、流れ流れた汗が手のひらにも溜まる。

 結果。

「あっ」持っていたことも忘れ、無意識に近い状態で少年が所持していたトロフィーは、汗によって手から滑り落ちた。頭から落ちた棒人形型のトロフィーは、狙いすましたかのように転がっていた石にぶち当り、首か胴か判断し難い部分が見事に折れた。「あっちゃあ」

 少年が後頭部を掻きながら、

 ――とりあえず片付けないと。誰かが踏んだら怪我するな。

 と、折れたトロフィーを拾い上げようとして腰を屈めたまさにその瞬間、トロフィーの切断面――いや、切れたわけでもないので、この場合には〝折断面〟とでも言うのだろうか――から、大量の煙が噴出し始めた。色付けされた綿菓子のような、薄桃色の煙。〝もくもく〟というよりも〝ふかふか〟と広がっていくそれは、子どもが夢想する通りの雲よろしく、触感まで柔らかに少年の身体を包みこんでいく。突然の異常事態に少年は、

 ――食えんのかな、これ?

 と、常人には到底理解し難い反応を示し、舌を伸ばした。が。辺りを覆っていた、やたらと扇情的なその煙はほんの数秒で霧散した。代わりに。両側頭部を銀色のリボンでお団子頭にした、見目六歳ほどの小さな女の子が、咳き込みながら現れていた。

「けほっ、けほっ、きほっ、くほっ。はいはい、出まして来ましたよ。出来る範囲の願いを三つ叶える『探索』の魔人ですよ。............何してるの?」

「......温度調節を」

 少年が舌を突きだしたまま棒立ちしているというのはなかなかに意味不明な光景で、先に自己紹介と状況説明をして然るべき謎の女の子が思わず先んじて解説を求めたくなるのも無理からぬことであった。

 一方。舌を仕舞い込みながら応答した少年は、突然現れた女の子にたじろぐ。妖怪じみた登場をしたからではない。理由は女の子の恰好にある。彼女が身に纏っているのは、清潔感と高級感とを同伴させた純白のチャイナドレスなのだが、袖と呼べる部分はないに等しく、肩が完全に露出していた。丈も短く、膝小僧が丸見えになっていて、その上でスリットまである。色香こそないものの、不思議な妖艶さを湛えていた。自分より一回りほど年下であろう童女が相手だとはいえ、少年が羞恥を覚えて嘘を吐きたくなるのもまた無理からぬことであった。しかし。女の子の方は、少年にさほど深い興味を抱いたわけでなかったようで、あっさりとしたものであった。あまりにも冷めた彼女の立ち居振る舞いに、少年も段々と冷静さを取り戻していく。この状況において、冷静になった人間の言うことは一つしかない。

「ってか、なんじゃお前は! どこから出て来た!?」

「どこからもなにも、器からに決まってるじゃないの。で、わたしを喚び出したからには何かお願いごとがあるんでしょ? ちゃっちゃと言っちゃって」

 如何にも面倒くさそうに促す女の子であったが、何を言われているのかさっぱり理解できない少年は訊ねる。

「悪いけどこっちはまだ一つも理解出来てないんだよ。お前はどこの子で、これは何の遊びなのか。ちゃんと説明してくれ。じゃないと付き合えない」

「遊び、って......何を言ってるの? アナタがわたしを〝()〟び出したんじゃないの? それとも、偶然、わたしの器を撫でながら呪文を唱えたって言うの?」

 いやまさかそんなはずない。喚ぼうと思って唱えなきゃ、音の上で同じ言葉を紡いでも呪文にならないし。と、相変わらず一人勝手に得心する女の子をよそに、少年の頭の中のクエスチョンマークはますます膨らんでいた。

「〝呼〟び出した? 俺がお前を? ますます何のこっちゃ分からないんだけど。分かるように一から説明してくれよ」

「説明するってほどのことでもないんだけどな。わたしは銀の器に宿る魔人で、喚び出した人の願いごとを三つ叶えるの。但し、叶えられる範囲でね」

「思いっきりどっかで聞いたような話だな。ような、って言うか、まんまだな。......お前が叶えられる範囲の願い事って、具体的にはどんなのだよ」

「えーっと、『ジャスミン茶買ってきて』とかそういうの」

「パシリじゃないか」

「パシリじゃないもん。だって、どんなに遠くのコンビニでも、一分と掛からないのよ?」

 きりりと締まった唇。微かに細められた目。得意満面で言い切った女の子に、真人は、

「ああ、そう」

 ひどく冷たかった。

「......ち、ちなみに!」悔しさを顔面に前面に出しつつも、女の子はめげない。《一つの願いで探せる人は一人だけ》で、《探せるものは一つだけ》だからね。一度に二つの願いを同時に使う、っていうのはありだけど。気軽にパシ......願い事を言わず、慎重に考えた方がいいよ」

「お前、自分でも内心パシリだって認めかけてるだろ! で。魔人っていうからには、魔法の一つや二つ使えるのか? どんなに遠くのコンビニでも、一分と掛からないそうだし」

 きりりと締まった唇(但し僅かに震えている)。微かに細められた目(但し、皮肉に満ちている)。どの角度から見ても、人を馬鹿にしているとしか思えない表情。

「そのおかしな顔はなに?」

「さっきのお前の顔真似」

「冗談でしょ。そんな、阿保の鼻毛で蜻蛉をつないだような顔、わたしがするわけないもん」

「写真に撮ってあるぞ」

「いつ撮ったの!?」

 少年が見せつける写真を、兄に取り上げられた玩具を取り返そうとする妹のようにして飛び跳ねながら奪い取ろうとする女の子。その状況を少しだけ楽しんだ後、少年はわざと写真を手放した。ひらりと落ちていく写真を何とか両手で挟み込んでキャッチした女の子は、すぐさまそこに写ったものを確認した。縦長に撮られた写真に写っていたのは――見目十歳、腰近くまで伸びた黒髪、薄黄色のワンピースといった出で立ちの少女であった。

「誰よ!」

 少年に担がれたことを口惜しがり、女の子は写真を地面に叩き付けるべく投げつけた。

「こらっ。人の大切な物に何すんだよ」

 地面に落ちる直前で写真を受け止めた少年は、大事そうにその写真をロングボストンの中に仕舞った。

「はっ! アナタまさか、〝ロ〟から始まって〝ン〟で終わる嗜好の人じゃあ......」

 突如警戒心を剥き出しにした女の子は、熊と出くわした時の人間のように、少年から視線を放さずにあとじさった。

「待て待て待て待て。本気で引くなよ! 誤解だから! さっきのは、昔の知り合いの昔の写真だ。ロリどころか俺より年上だよ。それよりか、話が脱線しまくってるから、いっぺん元に戻そう。結局、お前は魔法とか使えんのか?」

「使えることは使えるけど、わたしが自由に使える魔法は『移動』と『探索』と『変身』、それから『上書』の計四つだけ。『移動』っていうのは言葉の通り、一瞬で別の場所へ移動する魔法。だけど、移動できるヒトはわたし自身だけ。アナタや他の誰かを移動させるっていうのは無理。『探索』と『変身』は説明なんていらないよね。まさしく名前通りの魔法だから。『上書』は、人の記憶に部分的な上書きをする魔法。無関係な人間に正体を見られたりした時の緊急措置用って感じかな」

「『変身』の使い道がいまいち分からんな」

「『変身』かあ......。普通は他の魔法と組み合わせて補助的に使うことが多いけど、単体で使うとなったらドッペルゲンガーごっこぐらいかなあ。知ってる? ドッペルゲンガー」

「聞いたことはある。まつ......いや、例の〝昔の知り合い〟が一度本当に見たとか言って大騒ぎになったことがあったからな(当の本人はショックのあまりか、次の日には忘れちまってたけど)。あれだろ? 自分とまったく同じ姿をしたお化けで、見たら死んじゃうってヤツ」

「そう、それそれ。で、ドッペルゲンガーごっこっていうのは、誰かに『変身』して、その誰かの前に姿を見せて、ドッペルゲンガーを見ちゃったと思わせる嫌がらせ。ドッペルゲンガーについて知ってさえいれば、精神的ダメージは特大だよ」

「魔法まで使ってそんな嫌がらせをしたがる奴がいるのか? いるんだろうな。世の中は広いから。それにしたって、結局まともに出来るのはパシリだけかよ」

「せめて、お使いって言い方にして欲しいんだけどな。って、それだけじゃないもん。たとえば、今までの願い事で一番多かったのは人探しだしね。次に物探し」

「お使いというより探偵だろ、それ」少年は呆れ果てて溜息を吐く。「まあいいや。とりあえず、一つ頼んでみていいか?」

「お。やっとその気になった? 何でも言ってみてよ。でも失敗したらゴメンね」

「散々大見得切った後で保険かけるのかよ。んー、そうだな。親父を......じゃなくって、たこ焼き買ってきてくれ。わかるか? たこ焼きって。蛸を焼きゃいいってもんじゃないぞ」

「馬鹿にしないでよ。たこ焼きぐらい知ってるよ。元々は、銅板に流した水溶き粉にショウガやネギ、コンニャクなんかを入れて焼いた、子どものおやつ的存在だった『ちょぼ焼き』が変化したものだとか、今のたこ焼きとほとんど変わらない形のものに、蛸の代わりにコンニャクやすじ肉を入れた『ラヂオ焼き』が原型だとか云われてる、あの『たこ焼き』でしょ? もっとも、ちょぼ焼きがそもそもラヂオ焼きの起源だとか、ラヂオ焼きがちょぼ焼きの元祖なんて説もあるけど。あ、あと『明石焼き』がたこ焼きの直接のルーツだって説もあったけ。ま、わたしとしては、ちょぼ焼きがラヂオ焼きになって、そこからたこ焼きの発想が生まれたっていう仮説を推したいところだね」

「......詳し過ぎないか」

「大阪人ならそれぐらいは知っておいてよね」

「俺は神奈川人だ。いや、六年しか暮らしてないからそれもどうかと思うけど」

「まあまあ。どうでもいいじゃないの、そんなこと。それじゃあ、行ってくるけども。その前にお金ちょうだい」

「へいへい。百元ありゃ充分だよな」

 言って。ジーンズのポケットから財布を取り出した少年は、中からくしゃくしゃの百人民元札紙幣を抜き出して、女の子に手渡した。受け取った女の子は、紙幣のしわを伸ばしつつ、上目遣いで少年を見つめて言う。

「お釣り、もらってもいい?」

「余った分は好きにしろよ」

「やった! ちょっと待っててね。あ、日本円に両替もしなきゃいけないから、時間が掛かるかもしれないけど、ここから動かないでよね」

言い残し、身体をくるりと半回転させて、女の子は姿を掻き消した。

「へ?」

 少年は、女の子の言うことを信じていたわけではなかった。ただ、子どもの遊びに付き合ってあげているつもりだったのだ。彼女に手渡したのは本物の紙幣であったが、もし彼女がなにがしかのわけあって切実に金を欲しているのであれば、そのままあげてもいいと思って渡したのだ。基本的に狩りと釣りで生活をしている少年には、最低限度の金しか必要なく、百元を失ったところで致命的な打撃ではなかったから。持ち逃げぐらいは覚悟の上だった。

 だが。女の子は確かに目の前で姿を消したのだ。一瞬の内に。どう見ても、種も仕掛けもない状況下で。彼女が現れた時には、妙な煙があった。だからまだ、あれが手品であったと思っていたのに。

「今って一元何円ぐらいだっけ?」


 チャイナ服の女の子が姿を消してから四十分、少年は葛藤していた。時計も持っていない彼からすれば、体感として既にかなりの時間が過ぎている。一応は女の子の言葉に従って待っているものの、流石にそろそろ『やはり彼女は凄腕の手品師で、自分は詐欺にあっただけではないのか』という疑念が頭をもたげてくる。

 ――しっかし。あの歳でこんな芸持ってるんなら、金に困りそうにもないけどな。わざわざ人を騙すような真似しないで、堂々と大道芸にでもすりゃいいんだし。

 結局。急ぎの用事があるわけでもない少年は、夜まででも待つつもりでその場にへたり込んだ。ごくたまに彼のそばを通りかかる人々も、特別彼を気にする様子もなく通り過ぎて行く。そんな調子で更に十分ほどが経った頃、件の女の子が突然に再び現れた。消えた時と寸分のずれもなく同じ場所に。舟皿に盛られた大量のたこ焼きと、袋一杯の駄菓子を手に持って。

「遅くなってごめんね。どうせなら本場のたこ焼きの方がいいと思って、大阪まで行ってきたよ。人が多くて参っちゃった。屋台でもあんなに並ぶもんなんだね。でも、三つもおまけしてもらっちゃったよ。それと、お釣りでお菓子も買っちゃった。急いで買ったから、たこ焼きもあったかいままだよ」

 女の子が右手に持ったたこ焼きからは、確かに焼き立てであることを全力で主張する湯気が立っている。ここに来て、少年はようやく彼女を認めざるを得なくなった。

「まさかお前、本当の本当に魔人ってやつなのか?」

「ありゃ。まだ疑ってたの? 自分から喚び出しておいて、いざとなったらアナタみたいな反応する人って結構多いんだよね」

 困っちゃうよ、本当に。と、首を左右に振りながら嘆息する女の子。が、少年の実際は彼女の想像とまるで違っていた。

「さっきからなんか、前提がまずおかしいんだよ。俺、お前のこと呼んだりしてないぞ?」

「まったまたぁ。だったら、どうしてわたしが外にいるの? アナタがトロフィーを擦りながら『アブラ カダブラ Argenta』って唱えたから、わたしがこうしてここにいるんじゃないの?」

「へえ、普通はそうやって呼び出すのか」

 感心した風に頷く少年を懐疑的に見ながら、女の子は言う。

「普通も何も、他に喚び出し方なんてないはずだけど。アナタ、一体どうやってわたしを器から外に出したの?」

「あー、それは......あれだよ、あれ」

 気まずそうに言って。少年は、女の子のすぐ眼下に転がるトロフィーの残骸を指差した。そこで始めてその存在に気付いた女の子は、たこ焼きとお菓子を持ったまましゃがみ込んで、トロフィーの破片一つ一つを見遣ってから立ち上がり、言った。

「ま、まあ......形はどうあれ。わたしを外に出したのがアナタなら、アナタはわたしのご主人さまに変わりないよ。だけど、よくまあこんな綺麗に折れちゃったもんだね。二千年も経つ内に、魔法の加護が薄れてなくなっちゃったのかな?」

「直せないのか?」

「無理だよ。そんじょそこいらの魔法具じゃあないんだから、一度壊れちゃうとどうしようもない。まったく! とんだ筋肉馬鹿さんに当たっちゃったよ」

「落として割れただけなんだから、筋肉は関係ない! 壊れるとまずいのか?」

「まずいと言えばまずいし、まずくないと言えば全然まずくない。とりあえず......、買ってきた物を食べようよ。こっちは間違いなく不味くないから」

「そうだな!」

 大らかな二人だった。


「そう言えば。お前、名前あんのか? 魔人ってのは要するに肩書きみたいなもんだろ? ちゃんとした本名は別にあるんじゃないのか?」

 土の上に腰を降ろし、二人でたこ焼きを突いていた途中、少年は急に思い出したかのように訊ねた。中身はどうあれ見た目には年端のいかない女の子相手に、名前を呼ぶ代替として『お前』と連呼することが躊躇われてきたからであったのだが。

「名前? 多分、ないかな」

「名前がない?」思わぬ返答に多少の動揺を覚え、少年は提案する。「じゃあ、俺が付けてもいいか?」

「アナタがわたしの名前を?」女の子はしばし迷う素振りを見せ、「いいよ」と答えた。

「何がいいかな。んー、そうだ。ランプってのはどうだ?」

「どうしてランプなの?」

「だってお前、まるっきり『アラジンと魔法のランプ』に出てくる魔人じゃんか。でも、魔人の名前をそのまんま取って〝ジン〟だと何か男っぽいし、〝ジーニー〟や〝ジニー〟って(ツラ)でもないから、思い切ってランプ」

「ヒトの名前をずいぶんと投げやりに決めようとしてない?」

「確かに発想としては完全に思いつきだけどさ。いいじゃんか、ランプ。けっこう可愛らしい名前だし、似合ってると思うぞ」

「そ、そうかな? じゃあそれでいいや。今日からわたしはランプだね」

「おう。短い間かもしれないけど、よろしくな、ランプ。さあって。食い終ったら喉渇いちまったな。町に行くか――って、お前、もう駄菓子も全部食い終わったのか!?」地面に山盛りにされた色とりどりの包装紙や空箱を見つけた少年は、驚愕とともに声を発した。寸刻前まで一緒にたこ焼きを食べているつもりでいたが、ランプの方は同時進行で菓子にも手を出していたのである。それ自体には、少年としても別に咎める気などなかったが。「道端にゴミを散らかすなよな。せっかく袋があるんだから、そこにまとめとけよ。ん? あぁ、懐かしいなあ、これ」ランプの散らかしたゴミを拾い集めていた少年は、煙草の箱を模したココアシガレットの空箱を手にして目を細めた。「昔よく買ったよ。近所のお姉ちゃんに連れて行ってもらってた駄菓子屋さんでさ。デザインもそのまんまなんだな。まあ、十年やそこらで変わらないか。下手したら親父や母さんが子どもの時代から同じなのかもしれないし」

「なになに? 日本で買って来たお菓子が懐かしいって......そう言えば、アナタはどう見ても日本人だよね? どうしてこんな、中国でも辺境なところにいるの? たった一人で。もしかして修行の旅とか? 若い身空で」

「修行の旅といやあ修行の旅には違いないんだが。ってか、若い身空もなにも。俺は六歳の時から一度も実家には帰ってないぞ」

「......何故(なにゆえ)?」

「半分以上は親父のせいだ」

「ごめん。全然意味分かんない」

 そりゃそうだ。と相槌を打ちながら、ゴミを集めた袋の口を縛り、少年は説明する。

「俺の親父、俺以上に根っからの武道家でさ。そりゃあ、自分の体を鍛えたり、闘っていたりする分には構わないんだけど、それをこっちにまで強要してくるような親なんだ。その究極系として、実の息子を人類未踏の地に一人で置き去りにしやがったんだ。自力で帰って来いってな。信じられるか? その時まだ小学校に入ったばっかりだったんだぞ? 俺」

「それって、まさか......捨てられたんじゃないの?」

「それはないな。俺の親父はろくでなしだけど人でなしじゃない。というか、子どもの時に自分が父親――つまり、俺からみた祖父さんにされたことの真似らしいし」

「とんでもない家系なんだね、アナタのお(うち)って」

「そうでもないぞ。武道家(ぶどうけ)としちゃあ、真打家はまだまだ新興だしな。世の中にはウチよりえげつない一族だっているよ」

「ふうん、それが武道家ぶどうか武道家(ぶどうけ)かあ。そういう人たちもいるってこと、知識としては知っていたけど、実際に会うのは初めてだよ。まだちょっと信じ難いな」大抵の異常を包み込む寛容な魔人の価値観を持ってしてもなお非常識な少年の話に、ランプは猜疑的にならざるを得なかった。「で、まだ日本には帰れてないの?」

「いや。帰ろうと思えばいつでも帰れるし、実際、一時的には何度か帰ってるんだけど。色々あって、まだこうして旅を続けてんだ」

「へえぇ」

 少年が〝魔人〟という存在を言葉だけでは受け入れられなかったのと同様、ランプもまた彼の言葉がそっくり真実であるとは思い難く、曖昧に返答した。少年は少年で、彼女の疑念に気付きながらもそれを晴らす努力をしようとしない。

「さあって。あんまりぐずぐずしてたら夜になるし、そろそろ町に向かうか」

「えーっと、わたしも?」

「他にどこか行く当てがあんのか? 第一、願いは一応まだ二つ残ってるんだろ?」

「そうだね。わかった。付いていくよ。そういえば、アナタの名前は何ていうの? まだ聞いてなかったよね? 教えてよ」

「おっと、そうだな。うっかりしてた。俺は真打(しんうち)真人(まさと)。真打が名字で真人が名前だ。どっちでも好きな方で呼んでくれ。よろしくな、ランプ」

「こちらこそよろしく、マサト」

 そして二人は歩き始めた。時は夕刻。遥か地平線に、太陽のお尻が触れ始めている。

「けっこうな距離歩くからな。極力は自力の脚力で努力して欲しいどころだけど、途中で疲れたら遠慮なく言えよ。負ぶってやっから。それとも、やっぱり今からおんぶしてやろうか?」

「じゃあ、もうおんぶしてもらっちゃおうかな。魔法使ってちょっと疲れてるし」

「甘ったれんな」

「ええ!?」

 理不尽。

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