その0
相手を死に至らしめさえしなければ、武器を使おうが金を使おうが何でもあり。そんなドふざけた格闘大会が各地で頻繁に行われている世界があった。だがこの物語では、そんな大会はあまり重要じゃなかったりする。だが、とても重要だったりもする。切っ掛けであり、元凶であり、始まりにして終わりでもあった。
見渡す限り山と丘。緑は僅かに、古いマツの木々が飛び飛びに生えているのみ――いや、生え残っているというのだろうか。とにかく。そんな人里離れた荒地に、形状だけは古代ローマのコロッセオを思わせる、だがそれと比べると遥かに見劣りする、粗末でスケールの小さな舞台があった。それを周に取り囲む客席もまた然り。
「優勝はシンウチ・マサト選手です!」
舞台の中心で。円いレンズのサングラス、赤紫色のチャイナ服、肩にかかる直前まで伸ばした金髪、男女の判別が出来ない中性的な顔と、如何にも過ぎる胡散臭さを隠さない人物が、マイクを手に高い声で叫んだ。ある選手の名を。続け様に、ガラス戸を叩くような歓声が沸き上がる。舞台上には、司会を務めた人物の他、見目十七、八歳ほどの少年と、見目五十歳ほどの中年が立っていた。彼らはともに、素人目にもすぐ分かるほどに鍛え抜かれた肉体を持っていた。脱がなくとも凄い、有体に言えばムキムキというやつである。二人は向かい合い、互いに礼をして各々の手を固く握り、健闘を称え合っていた。
「参ったよ。まさか君のような子どもに負かされるとは夢にも思わなかった。正直、舐めていたよ。『無形格闘』だっけ? 今度、オレにも教えてくれないか」
「ええっ、今から会得するのはちょっと難しいと思いますよ? 既に他の形が出来上がっている武道家が、後から無形格闘に手を出すのは......。親から子への相伝が原則、って言われているぐらいっすから」
「わはははは! 分かっているとも! 冗談だよ、冗談。俺はやはり己の武道を貫きたいからな。とにかく、握手といこう。楽しかったよ。お前さんとは、またいつか闘いたいもんだ」
「こちらこそ。またいつか」
そう言って、固い握手を交わし終えた二人は、少しの間を取って離れた。二人の間に、例の胡散臭い司会が割り込む。勝者である少年の方を向いて。司会の手には――500mlのペットボトルより少し小さい程度の大きさの――銀色のトロフィーが握られている。
「これが賞品の純銀製トロフィーです。返還の義務はありませんので記念の品としてお持ち帰り下さい。解体しての売却もご自由に。そのまま売却する際は裏ルートでお願いしますよ?」
「わかってますって」
少年は柔らかな表情を保ったまま、トロフィーを受け取った。某人生擬似体験双六型盤上遊戯の棒人形そのままの形をしたそれは、ところどころ銀色が禿げて木目が覗いていた。
――銀って木だったのか?
そんなわけがない。




