その3
「いやあ、まさか最後の最後でタコの怪物が出てくるとは。びっくりしたね!」
「雰囲気は台無しだったけどな」お化け屋敷から出てきた二人は、中でのことを語らいながら歩いている。まるで映画を見終えた二人組のように。「さてと。茉莉花さんは」
「あそこじゃない?」
言って。ランプが頭の動きで示した先には、誰かを探すようにしてきょろきょろと辺りを見回す女性の姿があった。その顔は茉莉花と瓜二つ。しかし。
「ん?」真人は違和感を抱いた。確かに女性の顔は茉莉花そのものであったが。「服、違くないか?」
そう。服装がまるで違っていた。大胆に肌を露出したキャミソールに、ミニスカートといった出で立ち。言われて初めて、ランプも気付く。
「あれ? ホントだ。でも、やっぱりどう見ても茉莉花さんだよ。だって、他のどこにも茉莉花さんの姿が見えないもん」
「んー、確かになあ。とりあえず、声掛けてみっか」
他人の空似ならばそれはそれで気になるということで、意を決した真人は、ランプの手を引いて女性へ近付いていく。彼にまったく気付かない女性は、相変わらず首の向きや視線をあちこちに振り動かしている。真人はとうとう彼女のすぐ背後までやって来る。そっと覗き見た横顔は、やはり茉莉花と酷似していた。しかし、彼女の方がやや化粧は濃いか。思わず真人は、声を掛けるのも忘れて見入ってしまう。すると。
「茉莉花さん!」
「ひゃ!」「おい!」
予告なく女性に声を掛けたランプに、女性だけでなく真人まで驚いてしまう。
「茉莉花さん、いつの間に服着替えたの? 化粧もしてない?」
遠慮なく次々と言葉を浴びせるランプを諌めるでもなく、真人は唖然としていた。唖然としていたのは女性も同じであったが、彼女はやがて口を開いた。
「ええっと……どちら様でしょうか?」
「あ! なんだ! 茉莉花さんじゃないみたいだよ、この人」
「もうお前はちょっと黙ってろ」
ようやく我に返った真人が、ランプの口を手で塞ぐ。どうすればそこまで無遠慮になれるのか、今度訊いてみようなどと思いつつ。
「すみません。あなたがこちらの連れにあまりにも似ていたもんで、ちょっと勘違いしてしまいました」
「ああ、いえいえ。気にしなくて大丈夫よ。ついさっきにも誰かと間違われて声を掛けられていたところだから、私に似てる人がここにいるんだろうな、とは思っていたの」
「(へえ。茉莉花さんの知り合いもここに来てたのかな)誰かを探してるんですか?」
「ええ。遊園地の中で待ち合わせしていたのだけれど、やっぱり無理があったみたいね」
はあっ。と、後悔の溜息を吐く女性に真人は、
「あの、よければ一緒にお探ししましょうか?」
「むが?」
ランプは怪訝な顔で真人を見上げる。真人はそれを無視して続ける。
「こっちの連れもどこかへ行ってしまったみたいですんで、そのついでになりますけど」
「え、でも……いいの?」
「はい。こんなに人が多い中、一人で誰かを探すのも難しいでしょうし。特徴を教えてもらえれば、自分達も一緒にその人を探しますよ。その代わりに、あなたにもこっちの連れを探してもらえれば、どっちも助かって言うことなしですよ。目は沢山あった方が、一度に多くを見渡せますしね」
「そう、かもね。なら、お願いしようかしら」
「むがが!?」
ランプが、口を塞がれながらも抗議しようとしているのも当然。本当なら、この場を動かないのが賢い選択だろう。ここで待っていてくれと茉莉花に指示したのは真人達なのだから。茉莉花は用足しか何かのために一時的にこの場を離れていると考えた方が自然。しかしそれでも。困っている女性を、そうと分かりながら放っておくことも出来ず、真人はつい申し出てしまった。
彼女が茉莉花に瓜二つの容姿をしていることは、この際大した理由にはなっていない。
「じゃあ、行きましょう。失礼ですがその前に、名前を教えてもらっていいですか?」
「名前ね。加奈よ。あなた達は?」
「俺は真人で、こいつはランプです」
「そう。よろしくね。真人君、ランプちゃん」
「はい。よろしく、加奈さん」
真人が口から手を放すと、観念したランプも「よろしく」と頭を下げた。
「それで。探している人っていうのはどういう人なんですか?」
「背は私とあなたの中間ぐらい。顔は……ちょっと待って、写真があるから」言って。加奈は、手に提げたハンドバッグの中から携帯電話を取り出し、何やら操作する。「あったあった。この、私の横に写ってる人」
「どれどれ?」
「ね、わたしにも見せて!」
加奈の携帯電話を覗き込む真人とランプ。小さな液晶画面には、若い男女が寄り添って写った写真が表示されていた。女性は加奈。男は――。
――あれ? この人って……。
真人はその男の顔に、引っ掛かるものを感じた。どこかで見た顔だ、と。
◇
真人達が加奈と出会っていた頃。茉莉花達は。
「本当にごめんなさい! 貴方があんまりにも僕の連れに似ていたもので!」
「いえいえ。そんなに気に病まないでください。わざとじゃないんですから」
ようやく誤解を解くことの出来た茉莉花が、男とともに、元いた場所へ向かっていた。
「でも、そんなに似てるんですか? 私と、その人と」
「もう似てるなんてものじゃないですよ! 実の親でも見間違いかねないほどです! 本当に親戚じゃないんですか?」
「遠い親戚なのかもしれないけど、少なくとも私が知る限りの近しい親戚には、加奈なんて名前の人はいませんよ」
「そうですか。他人の空似ってやつですかね。いや、本当に申し訳ないです」
「ですから、もう謝らなくても結構ですってば。あれだけ似ていれば仕方ありませんよ」
茉莉花が誰かを指差しながらそう言った。




