暗殺少女のセカンドライフ【短編版】
某月某日、暗殺者になりました。
某月某日、お嬢様へと職業転職しました。
……しかも、伯爵家の娘として、です。
どうやら依頼をもらったところでわたしを一目見た伯爵夫人が、わたしのことを気に入ってしまったらしく。
そろそろ暗殺業もやめるべきだろう、と口うるさく言っていた頭領は、そこでわたしに引退を命じたんです。うちの頭領、女なので、無駄にオカンなのです。自分は結婚しているから、女の幸せは結婚だと理解しているのでしょう。
……わたしとしては、甚だ迷惑被るんですがね。
その伯爵家には、もう既に世継ぎがいらっしゃるそうです。ただ男の子しか生まれなかったため、夫人としてはとても淋しい想いをしていたのだとか。
……素晴らしくどうでも良いのですがね。
そういう経緯もあり、わたしは幼少より行ってきた暗殺業をやめ、お嬢様へと転職するハメになりました。
歳も歳です。貴族の社交界デビューは十七であるため、わたしはあまり言われることなく、社交界デビューを果たしました。
煌びやかな会ですね。正直、今直ぐにでも帰りたいです。
その嫌な気持ちが表に出てしまったのか、周りはわたしに見向きもしません。わたしは気配を完璧に殺していますからね。
それを良いことに、わたしはそっと、夜会の席を抜け出しました。
夜風が吹く庭の中は、なかなかに寒いです。しかし寒さには慣れていたわたしは、その感覚に心地良さを覚えました。
そこで思い出したのは、頭領たちのことです。
……暗殺業、嫌いじゃなかったんですが。頭領や他の仲間との生活も、悪くありませんでしたし。
うちの頭領は、実に暗殺者らしくない頭領でした。義理と人情に厚いその様は、まるでどこかの盗賊のようです。
かと言って他が劣るわけではなく。技術は達人クラスで、裏社会ではとても有名な人です。わたしもとても良くしてもらいました。女であるためか、無駄に贔屓されてましたしね。他の仲間たちも、わたしのことを可愛がってくれましたし。
……ただ頭領は思い込みが激しい部分があり、それが今回の貴族云々騒動に至ったのだと推測します。
「……いきなり貴族の娘になれと言われても、困るんですが」
頭領のお陰で礼儀作法は完璧ですが、だからと言って入りたいと思う世界ではありません。依頼者の傲慢さ加減を見ていると、つくづくそう思います。
ついつい持ってきてしまったナイフを握り締め、ため息をこぼしたときです。
「こんばんは、お嬢さん」
わたしは、右足を軸にして振り返りました。
瞬間、ナイフに重たい一撃が当たります。手からナイフが零れる。そう予測したわたしは、そのまま柄を離して一歩下がりました。
袖口から新たな投擲ナイフを抜き出し、投げ飛ばします。
しかし相手の剣は、それをいとも簡単に弾いてしまいました。
夜目に慣れた目で見れば、相手は何処かで見たことのある顔をしています。
……というか、騎士服を着てますね。
なら間違いなく、むしろ残念なことに、彼はこの国一番の剣の使い手である騎士団長でしょう。公爵家の次男ながら、素晴らしい腕を持っている実力者です。
……ついでに美人としても知られていますね。知ったことではありませんが。
一応構えたままでいましたが、一対一で勝てるはずもありません。
これはあれですかね。刺客と間違われたんでしょうか。一応、正真正銘、王家に届けを出した伯爵令嬢なのですが。
ただ、言い訳ができないのが辛いところです。わたし、なんで武器を出しちゃったんでしょうね。反射的なので、許してはもらえないでしょうか……。
どうやって逃げようかと考えていましたら、相手が剣をしまうのが見えました。
「やはり、素晴らしい」
「……は?」
しかし聞こえてきたのは、なんとも言えず反応に困る言葉です。
暗闇の中なのではっきりと判断ができませんが、わたしには彼が笑ったように見えました。
……なんとも言えず、嫌な感じのある笑みです。腹黒とは、この人のことを言うのでしょう。
そう、いつもの無表情で感じたときです。
「いや、すまないね。自己紹介もなく女性に手を出してしまった。わたしは王国騎士団団長のファラント・アビシリアという者だ。君の名前を聞いてもいいかな?」
いやです、と言いたいところですが、それを言ったらなんだか、よくないことになりそうな気がします。
夫人から「知らない人に名前を聞かれても、答えちゃダメ!」と言明されているんですが……さすがのわたしも、これはくぐり抜けられる気がしません。
だって、距離をかなり空けた今でも、殺気が直に伝わってくるんですよ。言わなかったらこれ、首スパンッですよ。そう言うことを平気な顔してやれる顔してます、この腹黒騎士団長。
夫人……あ、間違えた。お母様。とりあえず、言いつけ、破ります。
わたしは降参の意味も含めて、ナイフを地面に落としました。
「……はじめまして。わたしはアルメリア・フランディールと申します」
「ああ、君が、あのフランディール家の……」
早急に立ち去りたいのですが、許してはいただけないようです。
そして『あの』って、なんでしょう。フランディール家に、何かあったんでしょうかね。至極どうでもいいですが。
冷静に観察をしていますと、ぞわりと背筋が泡立ちます。なんでしょうか、この……体の中まで観察されているような、その視線は。
するとファラント様が近づいてきました。そしていつの間に拾ったのか、庭に落ちていたであろう投擲ナイフ諸々、そしてわたしの足元に落ちていたナイフを拾い上げ、手を差し伸べてきます。
「一曲、踊りませんか。可憐で素晴らしいお嬢さん?」
「……ありがとうございます」
副音声として、「ナイフのことは黙ってるから一緒に踊ろうか?」という声が聞こえました。腹黒確定です。とんだやつに捕まりました。
ナイフをいつの間に閉まったのか。その手にはありません。きっと証拠として、預かられてしまったのでしょう。面倒臭い男です。実に面倒臭い。
そのまま手を引かれて向かったのは、夜会の会場です。やっぱり、噂に違わない美貌の持ち主ですね。長めの金髪を首辺りでくくり、涼やかな緑の瞳を細める姿に、周りの令嬢からの視線がすごいです。わたしは痛いです。
しかも、彼が向かったのはその殺気と歓喜のど真ん中です。
この人、真面目に腹黒ですね。
視線で「こいつダメだわ」という視線を送りつつ、わたしはイヤイヤながらもワルツを踊りました。
……足を踏もうとしたのにさらりと避けられてしまったのが、無性に腹立たしいかったです。
……しかし本番はどうやら、こちらではなかったようです。
数日後、わたしのところにふ……お母様が駆け込んできたのです。
「メリアちゃん……大変よ!」
「……お母様、どうなさいましたか」
社交界でも淑女の鏡、と言われているふ……お母様が、珍しいことです。
彼女はその手に、しわくちゃになった紙を握り締めていました。
……ああ、嫌な予感がします。絶対に、ろくなことではありません。
そしてその予感が的中し、お母様はおっしゃいました。
「アビシリア公爵家のファラント様から、婚約のお誘いが入ったのよ!!」
……ああ、本当に、あの腹黒は策士です。
しわしわになった手紙を伸ばしつつ、わたしはため息をつくほかなかったのです。
突発ネタ。
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