仲間集め 4
そして翌日。
私は今日もユフィルと一緒に、総合訓練場へやって来た。
そこには既に、騎士団員達が訓練を開始していた。
早いなぁ……何時から始めてるんだろう?
「あ、おはようございます勇者様、ユフィル君。団長、勇者様とユフィル君が来ましたよ!」
「お、そうか。おはようございます、勇者様、ユフィル」
「はい、おはようございます」
「おはようございます。訓練、よろしくお願いします」
私達に気づいたヴェルと騎士団長が近づいてきて、私達は挨拶を交わした。
「では、早速訓練に入りましょう。まずは素振りから。そのあとは、ユフィル、お前は俺達と型を覚える習練だ。そして勇者様は、獣士団から棍使いを呼んでありますので、その者に棍の使い方を習って下さい。素振りが終わる頃には来るはずです」
「棍使い、ですか?」
「はい、そうです」
獣士団の、棍使い……。
獣士団団長は素手で戦うし、副団長は弓使いだから……平団員さんかな?
つまり、全く知らない人だ……この世界に来て三日目にして、ついに未知との遭遇か……。
「それでは、素振りを開始して下さい」
そう言うと、騎士団長は私に細長い木の棒、ユフィルに木刀を渡した。
あれ?
そういえば……。
「あの、ユフィルが習うのは剣でいいんですか? 他の武器のほうがいいんじゃ……例えば、杖とか!」
ユフィルは魔法使いだ。
ゲーム内では杖装備だった。
それを思い出しての発言だったのだけれど、騎士団長は首を横に振った。
「いいえ、剣で大丈夫です。昨日私が確認致しました。彼には片手剣が適しています」
「え?」
確認って、いつの間に……。
ていうか、な、何で!?
ユフィルの装備は杖だったのに!
うぅ、ゲームと違う点が、こんな所にも……。
「そ、そうなんですね……わかりました。じゃあ、素振り、始めますね! ユフィル、今日も一緒に頑張ろうね!」
「はい」
私とユフィルは、横に並んで素振りを開始した。
★ ☆ ★ ☆ ★
「失礼致します。獣士団団長の命により、勇者様に棍のご指導をさせて戴くべく参りました」
しばらく素振りをしていると、総合訓練場の入り口からそんな声が聞こえてきた。
「来たか。こちらへ来てくれ!」
「はっ」
騎士団長が声をかけると、やはり初めて見る男性がこっちに向かって歩いてくる。
黄色がかった茶色の耳と、同じ色の丸みを帯びた尻尾。
栗色の髪に、朱色の瞳の、狐の獣人さんだ。
うん、やっぱり知らない人だ。
狐の獣人さんが私達の近くに来ると、騎士団長は私をちらりと見て、口を開いた。
「こちらの方が勇者様だ。理解はしていると思うが、訓練にそう長く時間はかけられない。短期間だが、出来るだけ鍛えて差し上げて欲しい」
「は、かしこまりました。勇者様、私はアレクセイ・ヴェストリアと申します。お目にかかれた上、棍のご指導をさせて戴けるなど、大変光栄でございます。誠心誠意ご指導させて戴きますので、よろしくお願い致します」
「あ、わ、私、アカネ・カジです! こちらこそ、よろしくお願いします!」
狐の獣人さん――アレクセイさんは、名前を名乗ると右手を胸に当て、深々と頭を下げて挨拶をしてきた。
つられて私も名前を名乗り、勢いよく頭を下げた。
な、なんか、真面目そうな人だなぁ。
「それでは、早速始めさせて戴きたいのですが……今は、何をなさっておいでだったのですか?」
「素振りだ」
「素振り……そうですね。やはり最初は、そこからがいいでしょう。まずは棍を振るう事に慣れて戴かねば。勇者様、そのまま素振りを続けて下さいませ」
「はい、わかりました!」
アレクセイさんにそう言われ、私は素振りに励んだ。
けれどしばらく経つと、段々と腕が疲れてきて棍を持つ力が弱まり、振った拍子にするりと手から抜けてしまう。
そしてそれは、ちょうど私の正面でアレクセイさんと何かを話していた騎士団長の元に飛んでいった。
騎士団長はさすがの反射神経で棍を避けたが、私を見ると溜め息を吐き、訓練終了を告げ、昨日の魔法士団長同様『残りの仲間をお決め下さい』と言って、私を総合訓練場から追い出したのだった。
うぅ、わざとじゃないんだし怪我もしなかったんだから、何も追い出さなくてもいいじゃない……。
私は一人、とぼとぼと歩き出した。
★ ☆ ★ ☆ ★
……何故、こうなったんだろう?
私は今、騎士団本部の食堂にいる。
たくさんあるテーブルのひとつにつき、お茶を飲んでいるのだ。
そして目の前には、ヴェルが座っていた。
あれから、誰の所に行こうかと考えながら廊下を歩いていた私は、ふいに後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、何故か総合訓練場で他の騎士団員と一緒に訓練しているはずのヴェルがいた。
疑問をぶつけたところ、ヴェル曰く、『小隊を率いて王都の見回りに出ていて、訓練には途中から参加していなかった』らしい。
言われてみれば確かに、総合訓練場にヴェルの姿はなかった気がする。
そして昨日と同じようにどこに行くのか聞かれ、同じように私が『騎士団長に追い出されてどこに行くのか考えてたんです』と言うと、『それは申し訳ございません。私が代わりにお詫びします。勇者様、こちらへどうぞ』と、言われて、ここへ連れて来られたのだ。
もう一度言いたい。
何故、こうなった?
「……勇者様? 今度は何をお考えですか?」
「あっ! ご、ごめんなさい! えっと、仲間を、誰にしようかと……」
「ああ、そうでしたか。やはり、誰がいいのか、悩まれますか?」
「は、はい。そうですね。各団の団長と副団長の中から、と言われても……迷います」
本当に、誰にしよう?
「……ユフィルに魔法の才があるんだから、魔法はユフィル頼りでいいですよね。となると、騎士団か獣士団から誰か二人、ですかね?」
「そうですね。仲間パーティーのバランスを考えるなら、騎士団から一人、獣士団から一人、仲間に加えられるとよろしいかと」
「……一人ずつ、ですか……う~~ん」
獣士団長か副団長で一人。
騎士団長か副団長で一人。
確かにそれが最善かもしれない。
「勇者様。もし、そうなさるのでしたら、騎士団からは是非、私をお連れ下さい」
「え? …………えっ!?」
き、聞き間違い?
聞き間違いだよね!?
『私をお連れ下さい』なんて、言われてないよね!?
「あ、あの、今、何て?」
「私をお連れ下さい、と、申しました」
「!!」
き、聞き間違いじゃなかった……!!
で、でも、何で!?
私とヴェルとの交流は、昨日武器を見に行ったっていうだけなのに、それで何でこんなお願いされるの?
ゲームでも、攻略対象者が仲間に立候補するってイベントはあったけど、それは交流を深めて、親密度がある程度上がらないと起こらないのに!!
……ま、まさか、昨日のあの交流で、ヴェルとの
親密度が、このイベントが起こる程上がったの……!?
だとしたら私、ヴェルに少なからず好意を持たれてるって事に……!!
う、うわ、どうしよう、顔がにやける……っ!!
私は顔を隠すように頬に手を当て、ヴェルから視線を反らした。
ヴェルは視線を反らした私を見て、一瞬苦々しい表情を浮かべたのだが、ヴェルの顔を見ていない私は、当然気づく事はない。
「……勇者様。騎士団には、団長が必要なのです。いくら勇者様のお供で魔王討伐の旅にとはいえ、団長が長く団を離れるなど……。騎士団をまとめられるのは、あの方しかいないのです。ですからどうか、お願いでございます勇者様。騎士団からは、私をお連れ下さい」
ヴェルは再び口を開くと、さっきよりも強い口調で、改めてそう告げた。
「…………え」
その言葉が耳に届くと、私の顔から笑みが消えていく。
……騎士団の、為……?
「……あ……そう、そうですよね、うん!」
だよね、そりゃそうだよね!!
ヴェルが私に好意を持って、一緒に行きたいなんて言うわけないもんね!
やだな、一瞬誤解しそうになっちゃったよ……!!
「……勇者様? お聞き届け下さいますか……?」
はっきりとした返事を返さない私に、ヴェルは眉を下げ、すがるような目で私を見つめ尋ねた。
う……っ!
「か、考えておきますっ!」
思わず頷いてしまいそうになり、私は慌ててそう言うと、ガタンと音を立てて立ち上がった。
「考えたいので、これで失礼します!」
次いでそう言い放つと、即座に駆け出して、私はその場から立ち去った。
……ヴェルが騎士団長を連れて行って欲しくないなら、騎士団長は選ばない。
でも、ヴェルも選ばない。
ヴェルと会うと、心が揺れる。
そのしぐさや言葉に、一喜一憂してしまう。
……失恋なんて、もうしたくない。
ゲームのキャラじゃない現実の彼を好きになってしまう前に、離れるんだ。
パーティーのバランスなんか、どうでもいい。
旅には出ても、どうせ、魔王の元へまでは行かないんだから。
だから、騎士団からは、誰も選ばない。
獣士団と魔法士団から選ぶんだ。
私はそう決心して、部屋に戻った。
けれど、この翌日、ユーゼリクス王から思いもしなかった言葉を告げられる事を、この時の私はまだ、知らなかった。




