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意外な誘い

自分の叔父でもある公爵が、想定していたよりもずっと酷い悪事を働いていた。

その公爵が無断で召喚した少女を利用し、彼に死よりも辛い罰を与えたい。

それに何より、私にこれ以上怪我を負わせるような事態を避けたい。

私のこれまでの努力を認め、お礼と感謝の言葉を言われた上でそんな事をユーゼリクス王に言われてしまえば、勇者の座を彼女に渡す事を、了承せざるを得なかった。

私が頷くと、ユーゼリクス王はホッとした顔をして、魔王を倒し、旅が終わった後については、王城にある、私が以前使っていたあの部屋をまた使うなど、衣食住の面倒を見る事を約束し、その旨を丁寧に誓約書にまでして私に渡してくれた。

これで、一人きりで新天地目指して旅立たなきゃならない、なんて心配はなくなった。

それだけでも、ありがたい。

たとえ、お城に残れても、その時私の側にはヴェルも、ユフィルも、アレクもいなかったとしても。

第三王子殿下が囚われている場所へと向かい、歩を進め、魔物との戦闘を重ねるごとに彼女への信頼を深めていく仲間達の姿を後ろで見ながら、持っている小さな鞄を握りしめる。

この誓約書がある限り、私は大丈夫。

心の中で、呪文のように何度もそう呟きながら。


★  ☆  ★  ☆  ★


「やぁアカネちゃん。俺とちょっと、月光浴にでも行かない?」

「…………え?」


明日はいよいよ第三王子殿下が囚われている場所に突入する、という日の夜。

万全の体勢で臨む為に野宿は避けようと立ち寄った村の宿の部屋で、ノックの音に扉を開けると、そこには意外な人物が立っていて、爽やかな笑顔で意外な事をさらりと言った。


「月光浴に行こうよ。俺と。今夜はいい月夜だよ?」

「……は、はぁ……」


…………ええと。

この人がどうして、私を誘っているんだろう。

この人は、彼女の仲間の、冒険者の青年だ。

月光浴に誘うのなら、その相手は私じゃなくて彼女じゃあないだろうか?


「……あの。……私より、武藤さんを誘ったほうがいいんじゃ……?」

「え? やだよ、あんな女。私的な時間まで一緒にいたくないよ」

「へ?」


戸惑いながらそう言えば、青年は驚愕の言葉を口にした。

あ、あんな女?

彼女を、そんなふうに言うなんて……何で?

彼女は、私と二人きりになる時以外では、凛々しくも謙虚な乙女を、完璧に演じているのに……。

私が目を見開き青年を見つめていると、青年は、ふ、と苦笑して口を開いた。


「俺ね、職業柄いろんな土地へ行っていろんな人と出会うの。そのせいか、人を見る目が鍛えられてね? 会った時からあの態度がどうも胡散臭く見えて、別行動の時にちょっとこっそり後をつけたんだよ。そしたら……ねぇ? 言動が普段と違いすぎて笑いを堪えるのが大変だったよ」

「あ……」


なるほど、そういう事かぁ。

そういえばこの人はゲーム内でも、人の嘘を見抜く事に長けてたっけ。

騙されて悪事に加担させられそうになるヒロインに助言して助けるイベントがあるんだよね。


「そんなわけで、俺はあんな女とは護衛契約(しごと)以外で関わりは持ちたくないの。だから、ね? 俺と月光浴、行こ?」

「あ……はい。わかりました」

「ありがと。じゃあ行こうか」

「はい」


再びの青年の誘いに頷いて、歩き出す。

しかし部屋を出て少ししたところで、はたとある事に気づいて足を止めた。

あれ……彼女と関わりたくないのはわかったけど、それでどうして私を誘うんだろう?

一人で行くか、それが嫌なら、一緒に旅して来た自警団の少年を誘えばいいんじゃない……?


「アカネちゃん? どうしたの? って……あ」

「えっ!?」


足を止めた私を振り返り、青年が声をかけるのとほぼ同時に、何かに肩を掴まれ、私は後ろに引っ張られた。

背中が温かい何かにぶつかる。


「……アカネ様を、どこへ連れて行く気です」

「え……ヴェ、ヴェル?」


聞き慣れた声に顔を上げれば、いつの間にか後ろにヴェルが立っていた。

気がつけば私は左肩と右腕をヴェルに掴まれ、背中をヴェルの体と密着させている。

……え、何これ、何事?


「あの……ヴェル? 私、月光浴に誘われてね? だからちょっと行って」

「アカネ様。散歩なさりたいなら、私がお供します」

「へ? いや、あの、私がしたいわけじゃなくて」

「特に散歩なさりたくないのなら、お部屋にお戻り下さい。……君は一人で行けるだろう? アカネ様をつき合わせる必要はないはずだ」

「え……」


ヴェルは青年を睨み、冷たく言い放った。

ど、どうしたんだろう……こんなヴェル、初めて見る。

ヴェルの様子に私が戸惑っていると、青年は呆れたように溜め息を吐いた。


「……あのさぁ騎士様。あの耳のいい騎士様に聞いて慌てて止めに来るくらい大切なら、何で普段放置してあんな女持ち上げてるわけ? アカネちゃんが寂しそうなの、気づいてないわけじゃないよね?」

「っ。……君には、関係のない事だ」


青年の言葉に、ヴェルの体が僅かに揺れる。

それは本当に僅かで、密着していなければきっと気づかなかっただろうと思う。

そんなヴェルの言葉に、青年はおどけたように肩を竦めた。


「関係ない、ねぇ? まあ、確かに。貴方もあの耳のいい騎士様もあの少年も、不本意そうに見えるのにそれでもあんな女持ち上げてる理由なんて、確かに関係ないけど。……もしアカネちゃんいらなくなったなら、俺が貰うからさ、いつでも言ってよ。アカネちゃんみたいな料理上手で健気で可愛い子が奥さんになったら、最高だし。野宿の間食べた料理、どれも美味しかったなぁ」

「えっ!? お、奥さんて!? ……っ!?」


突然告げられた青年の言葉に驚くと同時に、後ろから凄まじい殺気が放たれて、息を呑む。


「……アカネ様。お部屋に戻りましょう。……戻られますよね?」

「えっ……う、うん……?」

「……お聞きになりましたね? アカネ様は行きません。月光浴には、お一人でどうぞ」


穏やかなのにどこか反論を許さぬヴェルの問いに私が頷くと、ヴェルは冷たい視線を青年に投げ、そう言い放つ。

そして私の体を反転させ、背中を押して部屋へと半ば強引に向かわせた。


「あ、あの、ごめんなさい! 月光浴、楽しんで来てください!」


立ち尽くす青年をヴェルの体越しに見て、私は謝罪の言葉を投げた。


「残念だけど、仕方ないね。また明日ねアカネちゃん。おやすみ」


離れていく青年から、苦笑まじりの声が聞こえた。

ざ、残念て……奥さんとかいう話は、冗談なんだよね……?

いや、うん、きっと冗談に違いない。

……ゲームでの彼はそんな冗談を言うキャラじゃないけど……冗談に決まっている。


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