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ヒロインの見舞い

ヴェル達とユーゼリクス王が退出して暫くすると、扉から、コンコン、とノックの音が聞こえてきた。


「どうぞ」


ユーゼリクス王とのお話を終えたヴェルかユフィルが戻ってきたのかな?

そう思いながら入室を促す。

しかし、顔を出したのは意外な人物だった。


「アカネさん、怪我の具合どう?」


部屋に入って来た彼女は私がいるベッドへ近づきながらそう尋ねる。

武藤優姫。

本来勇者で、ヒロインであるはずだった少女。

これまでは、私は勿論、彼女も、挨拶以外お互いに関わろうとする事はなかったから、訪ねて来るとは思わなかった。

大怪我を負った私を心配してくれていたのだろうか。


「心配してくれたの? ありがとう。まだ痛いけど、この世界には治癒魔法あるし、すぐに良くなるよ」

「そう。……そうだね、魔法あるものね。治るのも早いよね」

「うん」


彼女に対し含むものはあるけれど、心配して様子を見に来てくれたのならきちんと応対すべきだ。

私はぎこちないながらも笑顔を浮かべて、会話に臨んだ。

けれど。


「……残念。死ねば良かったのに」

「………………え?」


次の瞬間、彼女の口から出た言葉に、固まった。

……え、い、今、『死ねば良かったのに』……って聞こえたけど……き、聞き間違えた?

き、聞き間違い……だよね?

彼女(ヒロイン)がそんな事、言うはずないもんね?


「あの……ご、ごめんなさい、今、何て? 私、聞き間違えたみたいなんだけど……」


私はひきつった笑みを浮かべながら、聞き返した。


「ねぇ、貴女、"女傑!恋戦記"って知ってる?」

「えっ……!? ど……どうして、それ……」


彼女は私の言葉を無視して、代わりに驚愕の言葉を口にした。

私は驚きに目を見開き、彼女を凝視する。


「ああ、やっぱり知ってるんだ? あのゲームの事も、この世界がそのゲームの世界だって事も。なら、勿論、本来の勇者が私だって事も、知ってるよね?」

「……っ……貴女も、ゲームの事……?」

「勿論、知ってるわ。"武藤優姫"って名前に転生して、家が剣道道場で、自分が大会で優勝できる程の腕前になって……まさかとは思ってたけど、いきなり見知らぬ場所に来た事で確信したの。私はこの世界のヒロインだって。……けど、何故か私を召喚したのはユーゼリクス様じゃなく公爵だった」


そこで一度言葉を切ると、彼女はベッドに腰かけた。

そして、私に侮蔑の色を濃く宿す目を向ける。


「図々しいよね~。何かの手違いで召喚されたんだろうに、そのまま勇者の座に収まろうなんてさ。ヒロインでもライバルキャラでもない、"加地朱音"なんてゲームのどこにも出てこない人間が。しかも勇者なんて名乗るのもおこがましい程能力が低い癖にさ?」

「な、わ、私は……! 私だって、努力して」

「努力? 努力してあの程度なの? あんな雑魚相手に大怪我したのに、それでも努力したって言えるんだ?」

「っ!!」


嘲るように笑って言う彼女に、私は唇を噛み締めた。

反論したいけど、できない。

彼女が難なく倒してた魔物と同じ魔物を相手にして大怪我を負ったのは事実だったから。

……悔しい。

これまでたくさん訓練したのに、あんなに努力したのに、私は彼女の足下にも及ばない。

私の努力を嘲笑う彼女に、言い返す言葉を持たない。

悔しい、悔しい、悔しい。


「私、このままシルヴェルク様やユフィルと一緒に旅をさせて貰うから。いいわよね? 彼らは元々、私の仲間になるはずだったんだもの。……皆の前から消えろとは言わないわ。旅にもついてきて構わない。だって貴女弱いし、一人になったら死んじゃうもの。同郷のよしみで情けをかけてあげる。それに、私が魔王を倒したら、貴女王都から追い出されるんだもの。その時の為に、世界を旅して永住する地の候補を見繕っておく事も必要でしょ? ああ、勿論、その時は一人で行ってよね。ユフィルは渡さないから」

「っ! そ、そんな! ユフィルは……!!」

「私のものよ? ユフィルもシルヴェルク様も、ついでに初めて見たあのアレクセイって騎士も。勿論、私のパーティーの冒険者も自警団の少年もね? 貴女には誰一人渡さないわ」


そう言うと、彼女はベッドから立ち上がり、にこりと笑った。


「じゃあそういう事で、お大事にね、アカネさん」


次いでそう口にすると、彼女は足早に部屋から出ていった。


「っそんな……待ってよ、それじゃ、結局私は……」


一人で、この世界で、見知らぬ土地で、全く新しい生活を、送る事になる。

勇者の立場も、これまで築いた仲間達との関係も、全て彼女に奪われて。


「うっ……うぅ、ふぇっ……」


彼女から告げられた言葉と、この先に待ち構える絶望的な未来に苛まれ、私は布団を頭まで被り、疲れて眠りに落ちるまで、泣き続けた。

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