足留め
ぴんと張った両手から力を抜き、意識を集中させる為に閉じていた目を開ける。
掌の先にあるものの状態を確認して、私は顔を上げた。
「やっぱりまだ、完治にはほど遠いですね。ごめんなさい、もう三日も治癒魔法かけてるのに、これだけしか治してあげられなくて……」
今日も治癒魔法をかける前と僅かにしか違いがないそれを見て、私は肩を落としてそう言った。
けれど目の前にいる男性は首を振って微笑む。
「いや、謝る事はないよ。私はとても感謝しているんだから。大怪我を負って意識がなかったのに、今はこうして起きて話せてるんだ……貴女のおかげだよ。本当にありがとう」
「い、いえ、そんな……私は、ご覧の通り、大したことはできてないですし……」
「そんな事はないよ。とても助かっている。……ところで……騎士団長のほうは、どうなっているかな? 私の前に現れないという事は、彼もまだ、歩けるまで回復はしていないのだろうか?」
「あ……はい。ヴェルがずっと回復魔法をかけ続けたおかげで、昨夜やっと意識が戻ったらしいんですが……」
「昨夜? ……そうか、彼の意識が戻ったのは昨夜か……。……私よりも、酷い怪我だったからな。当然か……」
そう言うと、目の前の男性は辛そうに眉を寄せ、目を閉じた。
しまった。
余計な事を言ってしまったかもしれない。
「あ、あの、大丈夫ですよ! 意識は戻ったんですし、今もヴェルが回復魔法、かけてますから! ヴェルは私よりずっと上手に魔法使えますし、すぐに良くなりますよ!」
「……ああ……すまない、気を使わせたね。けれど、そうだな。貴女方がずっと献身的に看病をしてくれているんだ、大丈夫だな。私も、彼も」
「は、はい、頑張ります! あ、それじゃ、そろそろお昼なので、食事休憩して、また後で来ますね」
「ああ。申し訳ないが、お願いするよ」
「はい!」
私は大きく頷くと、ベッド脇に置かれた椅子から立ち、静かに部屋を出た。
今私達は、港町と王都の、ちょうど中間辺りに位置する村にいる。
港町を発った日の夜、夜営をしていたところ、アレクが魔物と人が争う音を聞き取った為、急いで助けに向かった。
その場に着くとすぐ戦闘になり、無事に魔物を撃退したものの、襲われていた人達は満身創痍で、戦闘が終わった途端、その場に倒れた。
それを見て、私達を迎えに来てくれたこの国の騎士達は揃って悲鳴を上げた。
倒れた人達は、なんと、この国の第二王子殿下と騎士団長だというのだ。
私とヴェルは慌てて治癒魔法をかけた。
そして夜が明けるのを待って、そこから近い、今いる村へ二人を運び、以降ずっと回復魔法をかけ続ける日々を送っている。
怪我した王子殿下や騎士団長を放って王都に向かうわけにはいかない。
せめて歩ける程度まで回復するまでは、この村に留まる事になる。
私はもちろん、ヴェルも治癒魔法を使えはするものの得意という訳ではないようなので、いつまでいる事になるかは不明だ。
けれど、王子殿下と騎士団長は、なんと拐われた第三王子殿下の行方を突き止めたらしいので、歩けるようになればそこまで案内を頼めるから、焦って王都に行くより、二人の回復を待ったほうが第三王子殿下の救出には早い。
だから。
「休憩したらまた、回復魔法、頑張らなくちゃ!」
私は歩きながらそう呟いて、ユフィル達が待つ食堂へと、歩いて行った。
王子殿下や騎士団長が回復し、再び王都へ向けて旅立ったのは、それから更に三日経ったあとだった。




