秘め事
またシルヴェルク視点です!
船の切符を買いアカネ様の元へ戻ると、『寄り道をしよう』と提案された。
どうやらアカネ様も、港の市が開かれている事に気づいていたようだ。
俺も市に寄るつもりだったので、快く了承した。
けれど乗船所を出て、市場へ向かって歩いて行くと、何故かアカネ様の様子がおかしくなり、市場に着くと困ったような顔になった。
これは……アカネ様が行きたかったのは、市場ではなかったのかもしれないな。
しまった、きちんと確認すべきだったか。
俺がそう思った次の瞬間、アカネ様はパッと表情を変え、笑顔を浮かべた。
「それじゃヴェル、行こう! たくさん見て回ろうね!」
次いで、明るくそう言い放つアカネ様。
どうやら吹っ切って市場を楽しむ事にしたらしい。
港町へは滅多に来れないし、港に立つ市場にはそれ以上に来れない。
何しろ、所用で港町に来た日に市場が立たなければ不可能なのだ。
それ故に、アカネ様の切り替えの早さは正直助かった。
せっかくタイミングが合ったのだ、このまま市場を覗いて帰りたい。
アカネ様には申し訳ないが、今日は俺の希望を優先させて貰おう。
せめてものお詫びに、アカネ様が目を惹かれた品をひとつかふたつ、買って贈ろうか。
もちろん、後日また二人で出かける機会を作って、その時こそアカネ様の行きたい場所へつき合う事も、忘れないようにしないとな。
俺は考えを纏めると、アカネ様の手を取って歩き出した。
するとアカネ様は途端に頬を赤くさせ、戸惑うような、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべる。
俺が素知らぬふりをして様子を尋ねると、アカネ様は焦ったように声を上げ、近くにある店を指差した。
そしてそれが豚肉の串焼き屋台である事を認識すると、更に顔を赤くし、恥ずかしそうに俯く。
それにも気づかぬふりをして、串焼きを二本買い、うち一本を手渡すと、アカネ様は俯いたままお礼の言葉を口にし、もそもそと食べ始めた。
ああ、本当に、この方は可愛い。
この可愛い反応が見たくて、時々こんなふうについ意地悪をしてしまうが、程々にしなければな。
★ ☆ ★ ☆ ★
宿に帰ると、俺は騎士団長に呼ばれた。
アカネ様はアレクセイに棍の訓練をするかと問われて頷き、ユフィルも加わり、三人で庭へ向かった。
数日前から、アカネ様は以前よりも熱心に訓練をするようになった。
良いことだが、旅路の疲れもある事だし、無理だけはしないようにこちらも気をつけなければな。
「……それで、お話とは何でしょう、団長? アレクセイを使い、お疲れだろうアカネ様を訓練に連れ出させる程、アカネ様には聞かせたくない話、なのですよね?」
窓から庭を見下ろしながら、俺は団長に話を促す。
すると、団長は表情に僅かな嫌悪を滲ませ、口を開いた。
「……ああ、そうだ。シルヴェルク、あの閣下がまた動いたと、さっき陛下から報せがあった」
「おや……またですか。今度は何を?」
"あの閣下"。
この呼び名が指す人物は、この国の公爵家のひとつ……陛下の叔父にあたる方、ただ一人だ。
彼は大変困った事に、虎視眈々と玉座を狙い、常に我が陛下の失脚のネタを求めている。
今回動いたという内容も、どうせろくなことではないだろう。
そう思いながら、声色に明らかな呆れを滲ませて、団長に内容を尋ねた。
「……勇者様を、召喚したらしい」
「…………は?」
次の瞬間、団長から告げられた言葉の意味がわからず、俺は一瞬思考が停止した。
俺は庭から室内へと視線を移し、団長を凝視する。
「団長……今、なんと?」
「……勇者様を召喚したらしい、と言った。あの閣下は、独自に勇者召喚の儀を行い、勇者様を立てたそうだ。自分が全面的に支援すると大々的に公表したらしい」
再度団長が告げた言葉と、つけ加えられた内容が頭に入ると、俺は嫌悪に顔を歪めた。
「……なるほど。そしてその"勇者様"が魔王を倒したなら、陛下が喚んだ勇者様より自分が喚んだ勇者様のが優れていた、よって陛下より自分のほうが優れているのだ、とでも話を持っていく腹積もり、というわけですか。馬鹿馬鹿しい」
「全くだな。馬鹿馬鹿しい話だ。……だが、捨て置けないんだ。……シルヴェルク。あの閣下が喚んだ"勇者様"は、俺達とそう変わらない能力を持っているそうだ」
「……"俺達と変わらない"? 団長や、私とですか? そんな、まさか!」
続けて発せられた信じがたい言葉に、俺は声を荒げた。
俺も団長も、今まで厳しい訓練と実戦を重ね、腕を磨いて今の能力を手に入れた。
その俺達と、変わらない能力を持っているなど……。
「何かの間違いでは?」
「いや、事実らしい。閣下の"勇者様"は、陛下や各団長、副団長達の前で、ステータスを披露したとの事だ」
「……ステータスを……」
それでは、誤魔化しようがない。
本当に、俺達と変わらないという事だ。
……馬鹿な。
冗談じゃないぞ……?
「……アカネ様は、どうなります。そんなに能力に差がある"勇者様"が現れたと知ったら、アカネ様は。今も……今も懸命に、訓練に励んでいるというのに!!」
「落ち着け、シルヴェルク。その事を懸念しているのは、俺や陛下、各団長達も同じだ。とりあえず、この事は暫くアカネ様には内緒にする。時期を見て、お前から話してくれ。……たとえ誰が魔王を倒そうと、アカネ様のその後の待遇には何の変わりもないという事はしかと理解されるように、頼むぞ」
「…………はい。承知しました」
団長は俺の肩に手を置いて、最後にそう告げた。
……嫌な役を、任されてしまったな。
俺は再び庭へ視線を移し、懸命に棍を振り続けているアカネ様を見て、沸き上がってくる苦い感情を抑えるように、きつく目を閉じた。




