確認
「確認か……そうだな。 よろしいでしょうか? 勇者様?」
「あ、はい……。まあ、それで人違いだって証明できるし。いいですよ。それで、どうやって確認するんです?」
「はい。では、まず私から。場所の移動をお願い致します、勇者様」
「移動ですか。わかりました」
そう言って頷くと、私は歩き出した赤い髪の男性――トゥルシエル騎士団騎士団長の後について行った。
★ ☆ ★ ☆ ★
連れて来られたのは、草ひとつ生えていない、
むき出しの地面が続いている広い場所。
ああ、総合訓練場ね。
周囲を見回した私は、見覚えのある場所にそう納得した。
総合訓練場。
ここはその名の通り、走り込みOK、素振りOK、打ち込み試合OK、魔法訓練OKの、だだっ広い訓練場所だ。
その為、常に誰かが訓練している場所で、ゲーム序盤の旅立ち前では、ここにいる誰か――仲間候補の攻略対象者達――か、すでに仲間にした攻略対象者を誘い、共に訓練して親密度を上げる事ができるのだ。
でも、私は今、勇者かどうかの確認の為にやってきたはずだ。
ここで、何をどうやって確認するのだろう?
……なんだかちょっと、嫌な予感がする。
「それでは勇者様。こちらをお使い下さい」
そう言って騎士団長が差し出してきたのは、木刀だった。
「……ええと、あの……まさかここで、これを使って貴方と戦う、なんて、言わないですよね……?」
「おや、さすがに勇者様は聡くていらっしゃる。その通りです。私ごときでは勇者様の腕前には遠く及ばないでしょうが、精一杯お相手させて戴きますので、よろしくお願い致します」
「………………」
ええと……何を言ってるんですかこの人?
腕前に遠く及ばないのは、貴方じゃなくて私なのですが。
……あ、駄目だ、なんか頭痛がする。
木刀を見つめながら、私は項垂れた。
「では、参ります!」
「へ!?」
言い放たれた言葉に驚き顔を上げると、騎士団長が物凄い速さで私に向かって来ていた。
え、えっ、ええ~~!?
ちょっ、わ、私まだ、やるなんて言ってないんですけどぉぉぉ!?
驚きのあまり硬直した私の目に、迫ってきた騎士団長の持つ木刀が振り上げられるのが映る。
そして。
それは、私の肩に振りおろされたのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★
……ああ、空が青い。
時折吹き抜ける風も爽やかで心地いい。
とてもいい天気だ。
……なのに、それなのに。
どうしてここには、こんなに重苦しい空気が流れているんでしょう……?
私の視線の先には、絶望の滲んだ顔を見合わせ、何かを小声で囁き合っているユーゼリクス王と各団長達がいる。
あれから、騎士団長の一撃をもろに受けた私は気を失い、慌てたユーゼリクス王の治癒魔法によって回復し、命をもってお詫びをとか言い出した騎士団長を必死で宥めた後、魔法師団長の確認作業に移り、魔法師団長が放った魔法をもろに受けて気を失い、慌てたユーゼリクス王の治癒魔法で回復し、処刑を宣告される覚悟はできていますとか言い出した魔法師団長を宥め、獣士団長の確認作業に移り、攻撃を受け、気を失い………………うん、説明、もういいですよね?
そんなすったもんだを経て、彼らは本当に私に勇者たる才がないとわかると……ああなったわけで。
こうして放置されて、はや数分。
まだお話は終わらないんでしょうか?
人違いなのはわかったはずだし、さっさと帰して欲しいんですが。
……仕方ない、こっちから切り出そう。
「あのぅ……私が人違いだという事は、わかって貰えたと思うんですが。そろそろ、帰して戴けませんか?」
私がそう声をかけると、彼らは息を飲み、一斉に振り向いた。
「あ……っ、も、申し訳ございません勇者様。お待たせ致しました」
一番に口を開いたのはユーゼリクス王だった。
彼は謝罪の言葉を紡ぎ、頭を下げる。
……いや、だから、私は勇者じゃないって言ってるじゃないですか。
確認も取れたでしょうに、まだそう呼ぶんですか?
あ、でもそういえば、私まだ名乗ってないや。
けど、これで帰るんだし、別にいいよね。
「お話は終わりました? ならさっさと私を帰して、本物の勇者を召喚し直したほうが双方の為にもいいと思うんですが、いかがでしょう」
これで帰れるはず。
そう思い、私はにっこり笑って言った。
けれど。
「……いいえ、勇者様。勇者様は間違いなく貴女です。我々はきちんとした手順を踏んで召喚の儀を行いました。人違いなど、ありえません」
ユーゼリクス王は、首を横に振り、はっきりとそう言った。
続いて、騎士団長が一歩前に出て、口を開く。
「勇者様。恐らく貴女の才は今だ、眠ってらっしゃるのでしょう。訓練を重ねれば、必ずやその才能を開花されるはず。どうかその為に、我が騎士団の者をお使い下さい。そして願わくば、魔王討伐のお供にも是非、我が騎士団の者をお連れ下さいますよう。必ずやお役に立ちましょう」
「い、いやいやいや! 私に才能なんかないですから! 私の運動神経、すこぶる悪いんですよ!?」
騎士団長の言葉を私が慌てて否定すると、魔法師団長が一歩前に出た。
「ならば、魔法の才がおありなのでしょう。勇者様はきっと、聡明でいらっしゃるのでしょうね。今はまだ慣れない為か使えないようですが、訓練を積めば、並ぶ者なき素晴らしい使い手となりましょう。その為に、どうか我が魔法師団の者をお使い下さい。そしてどうか、討伐のお供にもお加え下さい」
「は!? そ、そんなわけありません! 私の頭の作りなんて、平凡極まりないんですから!」
私が魔法師団長の言葉をそう言って否定すると、今度は獣士団団長が一歩前に出た。
「ならば、あとはスキルですな。異世界より召喚されし勇者様には、我が国の守護神たる女神様より、特別なスキルが贈られるはず。そのスキルを使いこなせるよう、訓練なさるといいでしょう。我が獣士団の者は体が頑丈にできております。どうぞ、訓練の為にお使い下さい。獣士団の者達の爪や牙は、魔王討伐にも役立つはず。どうか、お供に」
「いや、ですから……! ……って……スキル……?」
ああ、そういえばそうだ。
勇者は女神シエルからスキルが贈られるんだった。
という事は、そのスキルが贈られてなければ、勇者じゃないって何よりの証明になるね!
えっと、確か見方は……ステータス画面に表示されるんだけど……出るかな?
「ステータス」
そう言うと、目の前に透明な長方形の枠が現れた。
そこには体力、魔力、力、賢さ、といった、お決まりの項目が並んでいる。
数値は……うん、低い。
その枠は下から上へとスクロールできるようで、人指し指で流していく。
えっと、スキルの欄、スキルの欄……あ、あった。
……あ、あれ、何か書いてある……?
スキル
料理上手――旅には野宿がつきもの。けれど大丈夫! そこらに生えてる野草だって、食べられるなら美味しく調理できちゃいます! 健康な体は食生活から!
鑑定――どんな物でも、ありとあらゆる物の詳細情報がわかります! 食べられるかどうかわからない物から何に使うのかわからない物まで、困ったらとりあえず鑑定してみましょう!
「…………ええと。…………贈られてますね、スキル」
「……そのようですな」
「……やはり、貴女が勇者様で間違いありませんね」
「……はい、陛下」
「……無事に、勇者様を迎えられましたね」
そ、そっか……ありえないと思ってたけど、本当に私が勇者だったんだ。
……剣なんて使えないし、運動神経ゼロだけど。
……魔力値はもちろん、他もすっごい低いし、魔法使えないけど。
……スキルは、貰えてたけど……魔王を討伐するのに、これ、何かの役に立つの……?
……………………。
「…………嘘でしょおぉぉぉぉ!!??」
私は頭を抱え、本日二度目の絶叫を上げた。




