船の上で
市場を一通り回り終わると、私達は帰路についた。
皆が取ってくれたであろう宿を探して、大通りを歩く。
すると、通りにある建物のうちのひとつ、その入り口前に、ユフィルが立っていた。
「ユフィル!」
私が名前を呼ぶと、ユフィルはこちらに視線を向ける。
そして目が合うと、ゆっくりと歩いて来た。
「お帰りなさいませ、アカネ様、シルヴェルク様。今日の宿はこちらになります。部屋は三階の端です。ご案内します」
「あ、ありがとうユフィル。ただいま」
「わざわざ外で待っていてくれたのか? ユフィル君も疲れているだろうに、すまないな」
「いえ。さあ、中に入りましょう」
「うん」
頷いて短く返事を返すと、私達はユフィルを先頭に、宿へと足を踏み入れた。
★ ☆ ★ ☆ ★
翌日、騎士団長達に見送られ、私達は船に乗り込んだ。
船着き場では、メイドさんが私達に向かって大きく手を振ってくれている。
その横で、騎士団長がじっとこっちを見つめていた。
手を振り続けるメイドさんに向かって、私も手を振り返した。
やがて船はゆっくりと動き出し、大海原へと滑り出す。
岸から離れ騎士団長達の姿が見えなくなると、船内へ入り、自分達に宛がわれた船室へと向かった。
隣国へは、三日程で到着するらしい。
それまでは、海の上だ。
初の船旅、しっかり堪能したい。
そう考えた私は船室には籠らず、早々に甲板へと出た。
空を見れば、まるで船と一緒に進んでいるかのように鳥がすぐ近くを飛んでいて、海を見れば、時々海面から魚が跳ねて姿を見せる。
11月も半ばな為少し寒いけれど、流れる景色は飽きることなく見ていられた。
しばらくそうしていると、ふいに後ろから、ふわりと何かがかけられる。
驚いて振り返ると、そこにはヴェルが立っていた。
「風邪をひきますよアカネ様? 甲板で景色を眺めるのは構いませんが、防寒はしっかりなさって下さい」
そう言って、私にかけた毛布をかきあわせ、体に添ってぐるりと巻きつける。
「あ、ありがとうヴェル。でも、よく私がここにいるってわかったね?」
毛布まで持ってきているのだ、知っていて来たに違いない。
「ユフィル君に聞いたんですよ。暇をもてあまして船内を散歩したら、甲板に貴女がいたと」
「ユフィルが? ……暇で散歩してたんなら、声をかけてくれれば良かったのに……」
どうして黙って立ち去ったんだろう?
散歩するならつき合うし、一緒に海を眺めても良かったのに。
「ユフィル君曰く、散歩してたら人気のない広い場所を見つけたので、アレクセイに稽古をつけてもらう事にしたから、景色を堪能しているアカネ様には声をかけなかったそうてすよ」
「え……広い場所? 稽古? わ、私もやる!!」
「え? し、しかしアカネ様、景色は、もういいのですか?」
「だって、今日の訓練まだだし! 景色はまた明日でもまだ見れるもの! ね、広い場所ってどこ? ユフィル達、どこにいるのヴェル?」
訓練できるなら、やらなくちゃ!
継続は力なりって言うし、怠けてたら魔王は倒せないし!
勢い込んでユフィル達の居場所を尋ねると、ヴェルはどこか残念そうに薄く笑った。
え、何その表情?
何で残念そうなのヴェル?
「アカネ様は、少し前から本当に熱心に訓練なさるようになりましたね。昨日も、お疲れでしたでしょうに、あのあとアレクセイに指導を願い出ていましたし。良いことだとは思いますが、無理だけはなさらないで下さいね?」
「わ、わかってるよ。でも……私の場合、相当訓練しないと、強くなれないし……魔王、倒せないでしょう?」
ヴェルの言葉にそう返すと、瞬間、ヴェルは何故か眉を寄せ、顔をしかめた。
え……あれ?
「ヴェル?」
「……そうですね。わかりました。ではユフィル君とアレクセイの所に行きましょう。こちらです」
そう言うと、ヴェルは体を反転させ、歩き出した。
私はその後に続いたが、何故かヴェルが歩く速度はいつもより早く、私は早足でその背中を追いかけなければならなかった。
……どうしたんだろう?
いつもは、私に合わせて歩いてくれてるのに。
さっき、ヴェルの顔に浮かんでいたのは、"嫌悪"だった。
わ、私、何かしたかな?
特に心当り、ないんだけど……。
ヴェルだって、さっきまでいつもと全く変わりない様子だったのに……何でぇ?
「ま、待って、ヴェル……!」
早足で歩いても段々差が広がっていく距離に、私は焦って声を上げた。
するとヴェルはハッとしたように体を震わせ、勢いよく振り返る。
そして少し離れた位置から早足で歩いて来る私を見ると、慌てて戻ってきてくれた。
「すみません、アカネ様! 少々考え事をしていまして……うっかり自分の速度で歩いてしまっていました。これからは、気をつけます」
「あ、ううん、別にいいけど……か、考え事って、何?」
私が何かしちゃってたなら、正直に言って欲しいんだけど……。
理由がわからなきゃ、謝るに謝れないし。
「……いえ、大した事ではありません。アカネ様が気にする必要はない事ですから」
「え」
「さぁ、行きましょう。ユフィル君が言っていたのは、この先です」
「あ、うん……」
ヴェルはそう言って私を促すと、再び歩き出した。
今度はちゃんと、ゆっくり歩いてくれる。
私はちらりと、視線だけを動かしてヴェルを見た。
ヴェルは、すっかりいつも通りの表情に戻っている。
その事にホッとするものの、さっきのヴェルの顔が、胸の片隅に引っ掛かる。
"私が気にする必要はない事"……本当にそうなら、いいんだけど。
小さな不安を抱えたまま、私はヴェルに連れられて、ユフィル達がいる場所へと、歩いて行った。




