港町にて
『王都に帰る道すがら、ついでに港町に寄ってお見送りします』と言ってくれた騎士団長達と共に街を発って、早一日半。
やって来ました、港町!
さあ、気合いを入れますよ!
何しろトゥルシエル国を出る前の港町では、任意のキャラを誘って浜辺を歩くイベントがあるからね!
ゲームとは違って南じゃなく西の港町だけど、港町には変わりないし、細かい事は気にしない!
問題は、どうやってヴェルを誘うかだ。
『一緒に浜辺を歩きたい』……は、恋人でもないのに何言ってるのって感じだし、『海が見たい』……は、どうぞ行ってらっしゃいって言われたらそれまでだし、『散歩につき合って』……うん、これだ!
「ねぇ、ヴェ」
「では団長、アレクセイ。宿の手配をお願いします。私は明日の船の出航時刻のチェックと、切符を購入して参りますので」
「ああ、わかった」
私が誘い文句を決め口を開くと、ほぼ同時にヴェルは騎士団長とアレクセイに向かって話しかけた。
騎士団長がそれに頷くと、ヴェルは足を向ける方角を変える。
そしてそのまま、別方向に歩き出してしまった。
……え、えっ!?
そ、そんな……ちょ、ちょっと……!!
「ま、待って!!」
「え?」
慌ててヴェルの背中に向かって声をかけると、ヴェルは足を止めて振り返った。
よ、良かった……!!
「あ、あのっ、私も、一緒に行っていい? ヴェル?」
「一緒に? 構いませんが……お疲れではありませんかアカネ様? 船の事は私に任せて、先に宿で休まれてもいいのですよ?」
「だ、大丈夫!! さ、行こうヴェル!!」
私はヴェルに駆け寄ると、そう言って歩き出した。
船の切符を買いに行くなら、海の側に行くはず!
帰りに浜辺の散歩に誘おう!
★ ☆ ★ ☆ ★
「お待たせしました、アカネ様。出航が八時ちょうどの船の切符を購入しました。乗船は、十分前から可能だそうです」
「八時ちょうどだね? わかった。遅れないように気をつけないとね。……あ、あのさ、ヴェル。このあと、ちょっと……寄り道して帰らない?」
乗船所の窓口に切符を買いに行ったヴェルを、壁に寄り掛かりながら待つこと数分。
戻ってきたヴェルの言葉に相槌を打つと、私はついに誘いをかけた。
「おや、アカネ様も、同じ事をお考えでしたか。実は、私もお誘いしようと思っていたのですよ」
「えっ!」
お、"同じ事"って、"お誘い"って、じゃあヴェルも、私を誘って浜辺を散歩しようと思ってたの……!?
「ほ、本当に!? いいの!?」
「はい、もちろんです。では、行きましょうか」
「う、うんっ!!」
私は笑顔で頷いて、ヴェルと並んで歩き出した。
★ ☆ ★ ☆ ★
そして。
やって来ました、港の青空市場。
……えっと……うん、途中からなんだか嫌な予感はしてたんだよ?
何故か浜辺は遠ざかって行くし。
いや、ヴェルの言葉に浮かれて、ちゃんとどこに行くのかを確認しなかった私が悪いのはわかってるんだけどね?
今更だけど、私は市場じゃなくて浜辺に行きたいって言ったら……駄目かなぁ?
私はちらりとヴェルを見上げた。
すると私の視線に気づいたヴェルは、にこりと笑って口を開く。
「港に立つ市場では、異国の珍しい品を目にできますからね。通りに開かれているのを見て、覗きたいと思っていたのですよ。アカネ様も興味があったとは、幸運でした。興味もないのにお疲れのアカネ様を連れ回す事は、少し気が引けますからね」
「そ、そんな……大丈夫だよ。気にしないで……」
うん、駄目そうです……。
嬉しそうなヴェルを前に、真実を言うなんて残酷な真似は私にはできません……。
ま、まぁ、二人で出かけた事には変わりないし!
そもそも港町だって西と南の違いが既にあるんだし!
この際もう多少の誤差は気にしなくていいや!
目の前には、美味しそうな食べ物や見たことない楽器のような物や綺麗なアクセサリーが置かれているお店がズラリと建ち並んでいるんだし、せっかくだから楽しまなくちゃ!
よし、ヴェルと一緒にウィンドゥショッピングだ!!
「それじゃヴェル、行こう! 色々見て回ろうね!」
「はい。それでは、アカネ様。失礼します」
「え? ……えっ、ヴェル!?」
私の言葉に頷くと、ヴェルは突然、私の手を取り、そっと握ってきた。
驚いた私は、繋がれた手とヴェルの顔に交互に視線を走らせた。
「人が多いですから、念の為に。こうしていれば、はぐれる事はありませんから」
「あ……う、うん、そう、だね……?」
戸惑う私をよそに、ヴェルは平然とそう口にする。
は、はぐれ防止処置?
で、でもこれ……所謂"恋人繋ぎ"と言われるもののような気がするんだけど……?
いや、私としては嬉しいからいいんだけどさ……ヴェルは、いいのかな……?
あ、でも、待って?
この世界に"恋人繋ぎ"っていう概念はあるのかな?
ああ、でも、ゲームでヒロインが攻略対象者と手を繋いで歩くスチルは全部恋人繋ぎだったっけ……。
という事は……う~~~~ん……!?
「……アカネ様? どうされました?」
「えっ!? あ、い、いや……な、何でもないよ!? あっ、ねぇヴェル、あれ何かなぁ!?」
うっかり思考に沈んでいた私は、ヴェルに声をかけられ、焦ってとっさに近くにあった物を指差した。
「……あれ、ですか? 豚肉の串焼きですが……お食べになりますか? 店主、二本貰えるか」
「はいよ、二本だね! まいど!」
「えっ!? え、あ…………ありがとう、ヴェル……」
私が指差した先の物を見ると、ヴェルは私がそれを食べたがってると誤解したらしく、財布を取り出すとお店の人に購入を告げてしまった。
うぅ……何で、よりによってお肉を指差したんだろう私……。
これだけ店がある中で、一番最初に目を止めた物が食べ物で、しかもお肉って……ヴェル、どう思っただろう……?
「アカネ様、どうぞ」
「う、うん。ありがとう……」
ヴェルに差し出された串焼きを受け取った私は、恥ずかしさに俯きながら、それをもそもそと食べ始めた。
そんな私を見て、ヴェルが悪戯っぽく口元を歪めて、笑っていた事に、気づかずに。




